第109話
【ドライ視点】
ギョッとした顔の皆さんと相対しながら、彼らは何をそんなに驚いているのだろうと、私は思うのです。
【並列思考】と【雷帝】のスキルを併用すれば、私は本体とスペアの二つの体を用意することができます。
そして、今、倒されたのはスペアの方で、ずっと上空で待機していた本体の方が地上に降りてきた――。
ただ、それだけのことなのですよ。
なのに、この世の終わりのような表情を見せてくれるとは、なかなかに滑稽ですね。
それにしても、あの若い冒険者のスキル……。
驚きました。
あのスキルを受けてから【並列思考】が復活しません。完全にスキルが死んだ状態なのです。こんなことは初めてですよ。
まぁ、いいでしょう。
所詮はスペアがやられただけです。
ここからは本気を出してツヴァイくんだけでなく、邪魔な冒険者たちも排除するとしましょうかね。
「いや、吃驚しましたよ。まさか、私の半身が死滅するとは……。冒険者もなかなか侮れませんね。では、第二ラウンドといきましょうか。今度は油断しませんよ?」
そう言って、眼鏡のブリッジを直したところで……。
「あのー」
!?
急に背後からかけられた声に、私は思わず驚いて距離を取ります。そんな気配は一切しなかったのに、一体いつ現れたのか……。
そこには、何故かボロボロになった黒の鎧を身に着けた相手がいました。
黒の鎧ということは、第二騎士団の兵士でしょうか?
それにしても、私が気づかない内に私の背後を取るなんて……そんな手練が第二騎士団にいるとはリサーチ不足でしたね。
私が油断なく、その黒の騎士とツヴァイとに気を配る中、黒の騎士の方がやや遠慮がちに声をかけてきます。
「さっきから、遠くでピカピカ、ピカピカ眩しいなぁって思ってたんだけど……」
どうやら、この黒騎士は私の【雷帝】スキルに引き寄せられて、この場に来たようですね。興味本位で近付いてくるなんて、なんて無謀な……。
「あぁ、やっぱり! やっぱりそうだ!」
「何がやはりなのです?」
まるで昔の知り合いに会ったかのように、はしゃぐ黒騎士の姿に私は思わず声をかけてしまいます。
すると、黒騎士は片手を口元にやり、声を潜めるかのようにボソボソっと私に向って声をかけてきました。
その情報がさも重要だと言わんばかりに。
「いや、色素の薄い水色の髪を下ろして誤魔化してますけど分かりますよ? ……生え際、大分キテますよね? ピカピカ眩しいんで、スカルプケアちゃんとした方がいいですよ?」
「…………」
「フッ……」
この野郎……!
公衆の面前で、私がh○geだと言いやがった……!
確かに、十代後半から、ちょっと抜け毛が多いかなーとは思っていました! それに、私の御先祖様の肖像画に三人に二人は坊主頭の者が多かったような気もしました! たまに、父親の元に通いのカツラ師がやってきては、いそいそと帰っていくのも目撃しています!
ですが! ですが、私は大丈夫!
適度に運動して、食生活も気をつけているし、睡眠だってちゃんととるようにしているんです!
だから、私に限っては頭皮が寂しいことになることはないんですよ!
「頭皮、綺麗にしてます?」
「え?」
「ほら、毎日お風呂に入ったりだとか」
「風呂には、二、三日に一回は入っていますが……」
「その際に頭をシャンプーで洗ったりしてます? トリートメントは?」
「シャンプー? トリートメント? 何です、それは?」
「あー、それダメですね。禿げますね、確実に。毛根に汚れが詰まってますよ」
何なんですか、毛根に汚れが詰まっているというのは!
それに、シャンプーやトリートメントというのは何なんです!
どこの国のどんな秘薬なんですか!
ふざけないで下さいよ! その秘薬がないと、私はh○geるというのですか!
くっ、落ち着け……ペースを乱されてはいけない……。
戦場で髪の話などをしている場合ではないんですよ!
いえ、ですが、この黒騎士は私の髪に対する重要な情報を持っているのでは……?
それを殺してしまえば、私のFusaFusaライフが潰えることになってしまうのではないでしょうか?
くそぅ、なんとやりにくい!
「というか、男の人の髪のことは、私よりもそっちにいる冒険者たちの方が詳しいでしょ?」
黒騎士に言われて、何人かがビクッと背中を震わせるのが見えました。
どうやら、覚えのある者たちがいるようですね……。
ならば、冒険者たちを皆殺しにするわけにもいかなくなりました……!
くっ、この黒騎士、いきなり現れて、私の選択肢を圧倒的に狭めていくとは!
一体何者なのです!
「フフ、ふふふ……」
「あ、洗髪の重要性に気がついたのかな?」
「えぇ! あなたの世迷い言に付き合う義理はないと気づいたんですよ!」
「こちらでは、『あなたの世迷い言に付き合う義理はない』というのを、『洗髪の重要性に気がついた』という意味で使うスラングがある?」
「どこの国にそんなフザけたスラングがあるんですか!? 私は王国第三騎士団団長、ドライ! 第二王子、ディーン様の命により、この場にいる者を皆殺しに致します! その使命を思い出したのです!」
「えー」
私がその身を雷に変えようとしたところで、万力のような力で私の肩が掴まれる。
ば、馬鹿な!?
私の体は瞬時に雷となって、物理的に触れることなど不可能なはず! いや、待て! 私の肩を掴む手から並々ならない魔力が放出され、それが私の体全体を包み込んで、雷化するのを妨げている!
【魔力操作】……しかも、魔力量に長ける私の動きを抑え込むほどの、高次元の魔力量と【魔力操作】の使い手……!
この黒騎士、成りはボロだが恐ろしく強い!
「まぁまぁ。短気は損気だよ。抑えて、抑えて」
「貴様……! 私を油断させて近づいて、私を嵌めたな……!」
「実体のない相手の捕まえ方は、チュートリアルで習ったからねー。流石に光の速さ? で動く相手を捕まえるのは、ステータスがいくら高くても難しいかなーと思って、ちょっと油断を誘ってみたんだけど、ハマったねぇ」
黒騎士の腕を振りほどこうと暴れてみても、物攻が違い過ぎるのか、まるでビクともしない。
個の力を磨くのを怠ったのは、私も同じということですか……。
「あなた、第二王子派なんでしょ? これから、クーデターは普通に失敗すると思うからさー。兵をまとめて、王都から退いてくれない?」
「私に、殿下を裏切れと? ふん、馬鹿げていますね。そもそも、何故クーデターが失敗するというのです?」
「え? 私がいるからだけど?」
「フッ、話になりませんね」
「じゃあ、ヒント1ね。これだけウダウダやってるのに、あなたの部下は一人も駆けつけて来ません。それは何故でしょう?」
黒騎士が私の耳元で、誰にも聞かれないように小さく呟く。
言われてみれば、私とツヴァイがこれだけ戦っていたというのに、援軍が一切現れていない……? これは一体……。
「じゃあ、ヒント2。【レビテーション】【エアウィング】」
私の肩を掴んだまま、黒騎士の姿が上空高くに浮かび上がり、私たちはそのまま王都の遠景を見下ろす形となります。
これは、【風魔法】?
なかなか多芸ですね……。
「はい、ヒント2〜」
眼下を指し示す黒騎士の指先を見やれば、そには王都を囲んでいるはずの膨大な数の兵の姿はおらず、ただただ真っ赤に染まった景観が広がっているのみ――。
兵は……? 兵はどこに……。
それに、あの血の海は一体……。
その答えはわかっているはずなのに、私の脳がその回答を導き出そうとするのを拒否します。
それを嘲笑うかのように、黒騎士が軽薄に告げてきます。
「さて、兵士はどこに消えたのでしょう?」
「やったんですか……」
「ヒント3〜。私、魔王軍四天王って肩書きらしいんですけどー。その意味分かりますー?」
「貴様が! 貴様が私の部下をやったというのですか……ッ!」
腸が煮えくり返る思いで告げると……。
「別にあなたの部下たちだけなら生き返らせてあげてもいいけど、どうする?」
「――っ!?」
このみすぼらしい黒騎士は悪魔の如き提案を囁いてきました。
コイツは、何を言っているんですか……!?
「ほらー、第四、第五騎士団が壊滅状態で、第三騎士団まで潰れちゃうとさぁ。魔王国側でも攻めちゃおっかなー? どうしようかなー? って空気になっちゃうじゃない? それが厄介でねぇ」
「魔王軍四天王だというのに、敵に塩を送るつもりですか……!」
「私は戦争反対派だからねー。あなたにとっても悪い話じゃないでしょ? それとも国の玄関口を守るような精鋭騎士団をもう一度一から作り直したりする? 死ぬほど大変だと思うけど?」
「私が退けば、私の部下たちを蘇らせてくれるというのですか……?」
そんなことができるというのなら、という話ですが……。
「うん。ついでにシャンプーもプレゼントするよ?」
そちらはどうでもいいのですが……。
徐々に高度が下がっていく中で私は考えます。
国のためを思えば、ここは首肯するのが正解なのでしょう。
ですが、国のためを思って、殿下と共に挙兵したのも事実……。
私はどうすれば……。
「殿下は……。第二王子はどうなるのですか?」
「その処分を決めるのは、あなたたちファーランド王国の人たちでしょ? 私ができることなんてないけど?」
「ならば、ここで私が徹底抗戦すると言えば、どうするおつもりです?」
「え? 首を、こうコキっとすると思うけど?」
この黒騎士、微妙に恐ろしいことを平気で言いますね……。
というか、この黒騎士が本当に魔王軍四天王だと言うのであれば、無策のままに戦って勝てる相手でもありませんか……。
恐らくは、フィーアも、フンフもそのことを知らずに戦って戦死したのでしょう。
それを知ってなお、私一人がおめおめと生き延びるなどというのは……。
「ちなみに、第二王子だけど――」
その次に黒騎士から発せられた言葉は衝撃的なもので……。
私に、翻意を決断させるには十分な内容なのでした――。
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