第108話

【天王洲アイル視点】


 黒衣の騎士、ツヴァイ――。


 そして、青のローブのドライ――。


 ドライが全身から触手のように稲妻の腕を伸ばし、ツヴァイは黒棺を操ってその稲妻を飲み込んでいく。


 状況は拮抗しているように見えたけど、崩壊は案外と早かった。


 ドライの全身が雷と化し、その身から無数の稲妻を放電したからだ。


 ツヴァイの棺は全部で十三個しかなく、防ぎ切れない稲妻を避ける為に、大きく後退するしかない。


 そして、それは王子に悠々と先を行く道を譲ることに繋がった。


「チッ……!」

「征くぞ。動ける者は、俺様に続け」


 ズンズンと進んでいく王子の後に続いて、青の鎧と黄色の鎧を纏った兵士が歩いていく。


 ツヴァイはその集団に向かって襲い掛かろうとするのだけど……。


「邪魔な雷め……!」

「悪いが、ツヴァイくん、君と私では相性が最悪でね。あぁ、勿論、君にとっての最悪なんだが」


 包帯の女が腕を伸ばして、兵士に襲い掛かろうとするが、稲妻の鞭が包帯の女を鋭く弾き飛ばす。


 そんなドライの体を引き裂こうと別の包帯の女が迫るけど、その体はドライの体を突き抜けるだけで、ドライは顔色ひとつも変えない。


 逆に、包帯の女の人はドライの体を突き抜けるだけで雷に打たれでもしたかのように大きく体を震わせて、勢い良くその場に倒れてしまう。


 まさか、【物理無効】……?


 幽霊のようなものなの……?


「私のユニークスキル【雷帝】は、自分の体を雷に変えることができる。つまりは君自慢の【黒棺】の乙女では、私に触れることは不可能なのだよ」

「ならば、吸い込むまで……!」


 蓋を開け放った黒い棺が、瞬く間にドライへと迫る。


 そして、そのままドライの姿を消し去ってしまった。


 稲妻さえも吸い込んだ不可思議な黒い棺だから、それにドライが吸い込まれたことで、ドライが倒されたと、私たちはハッと息を飲むが――。


「冗談はよしてくれ。まさか、あの【黒棺】が雷よりも早く動けるだなんて、思ってもいないだろう?」


 ――そんな容易いはずがなかった。


 ドライは、まるで最初からそこにいたかのように、ツヴァイの目の前に立っており、そこで銀縁の眼鏡のブリッジをクイッと直す。


「…………」

「どうした、ツヴァイくん? 顔色が悪いようだが?」

「チッ!」


 包帯の女性とすかさずスイッチしながら、黒棺を同時に複数操作するツヴァイ。


 空中を複雑に飛び、絶妙な連携でドライを棺桶の中に吸い込もうと努力してるけど……。


 空気中を電気が駆け抜ける速度で飛び回るドライには一切当たらない。


 こんな相手……、一体どうすれば……。


 私たちが絶望に包まれている間にも、ドライは眼鏡のブリッジをしつこく直しながら喋り続ける。


「ツヴァイくん、君は決して弱くはない。君のユニークスキル【黒棺】は何でも吸い込む『防』の棺桶と、どんなことをされても滅ぼすことのできない『攻』の屍姫がセットになった攻防一体の非常に使い勝手のよいユニークスキルだ。だが、残念なことに、素早過ぎる相手や物理攻撃が効かない相手を敵に回した時には、恐ろしく脆くなる」


 包帯を巻き付けた女性がドライを引き裂いたりもするが、ドライは雷となって、一瞬砕けはするものの、すぐに結合し稲妻となって空間を駆け巡って女性たちを感電させていく。


 多分、ツヴァイの攻撃で効くのは、棺による吸い込みだけなのだろうけど……。


 棺の速度が雷に追いつけないのだから、倒すことに関しては絶望的だ。


 いや、倒すという一点に関してなら、もしかして……と思う人物がいる。


 私は、気配を消して静かに立つ、ミタライくんに視線を向けていた。


「君が弱いわけではない。私が君と戦えば十回に十回勝てると思うが、私がフィーアくんと戦えば、恐らく十回に八回は負けることになる。だが、君ならフィーアくんと戦ったら十回に五回は勝利を収められるだろう。要は相性の問題なのだよ」

「なら、その相性差を覆す……!」

「それには実力が必要だ。そして、それは君にはないのだよ、ツヴァイくん」


 ミタライくんは、ずっとツヴァイとドライの戦闘を観察していた。そして、一撃を入れるチャンスをずっと探しているように私には思えた。


 ミタライくんのユニークスキルは【必殺技】――。


 フザけた名前だけど、効果は名前の通りだ。


 発動には、本人が必殺技に相応しいと思うモーションと必殺技名を叫ぶ必要があって、物凄く隙が大きいんだけど……どんなカス当たりでも、当たりさえすれば――相手は死ぬ。


 そう、必ず殺す技を地でいくユニークスキルなのだ。


 ミタライくんは、このユニークスキルを上手く使えば、どんな格上のモンスターだって絶対に倒せるから攻略に有用だと考えてチョイスしたらしいんだけど……。


 問題は、雷の状態になっているドライに当てられるかどうかだ。


 相手が、ミタライくんをナメていてくれれば……。


 切られたところで平気だと考えていてくれれば……。


 僅かな希望だけど相手を即死させられることも考えられる。

  

 ……けど、普通は怪しむ。


 隙を自ら作り出して突っ込んでくる理由を考えることだろう。


 だから、ミタライくんも慎重になっているんだと思う。


「十三体の屍姫は強力だ。強力だからこそ、それに頼りがちとなり、本人の鍛錬が疎かになる。いや、君に言わせれば、より精密に複雑に動かすのも鍛錬の一環なのかもしれないが、個人で戦うことを想定して、自分一人に負荷の掛かる鍛錬を行なってこなかっただろう? それでは私に勝つのは不可能だ。それとも、人形遊び以外に何か奥の手でも用意しているのかね?」

「……黙れ」


 棺と、包帯の女性による間断のない攻撃。


 まさに、ワンマンアーミー。


 だけど、それでも実体のない雷という姿のドライは捉えられない。


 それを、ミタライくんは捉えられるの……?


 バチンッ!


 大きな音と共に稲妻が走るが、その攻撃を先読みしたのか、蓋を開けた棺が待ち構えていたかのように稲妻を吸い込んでいく。


 いや、先読みってだけじゃないよ……。


 ツヴァイは、自分の棺桶と包帯の女を操りながら、ドライの攻撃を危なげなく防いでいるんだ。そして、防ぎながらも攻めを継続させることを怠っていない。


 ドライは、ツヴァイが自分一人だけで立ち回る場合の鍛錬を怠っていた、と指摘したけど、棺と包帯の女性たちと連携した場合のツヴァイの動きは恐ろしいほどに仕上がっているように感じる。


 まるでパズルのように難解でありながらも、途切れがないほどに流麗な動き。


 それが、第二騎士団団長ツヴァイの真骨頂なのだろう。


 ドライを倒すのは難しいかもしれないけど、ツヴァイが倒されることも、また難しい――と、私にはそう思えた。


 そんなに戦闘が強くない私でもそう思えたのだから、それはドライも感じたのだろう。


 一度距離をとって、その姿を完全な人型へと戻す。そして、眼鏡のブリッジの位置を直してみせていた。


 あれは、もう癖みたいなものなんだろうね。


「あなたを直接狙っても埒が明きませんね。それでしたら、搦め手でいきましょう」


 ドライの片腕が私たちの方向に向けられる。


 ……え?


 反応する暇もなく、輝きを灯すドライの掌。


 それが放たれるとほぼ同時に、私たちは自分の身をかばうようにして身を縮こませる。


 けど、予想していた稲妻はいつまで経ってもやってこず――。


 ゆっくりと薄目を開けたところで、私たちの目の前に黒い棺が浮かんでいることに気がついた。


 庇ってくれた、の……?


「でしょうね。王都の民が傷つけられるのを、王都防衛の要である第二騎士団団長が見過ごせるわけがない。ですが、そのおかげで、ツヴァイくんを守るための盾がひとつ減りましたよ?」


 そして、視線を向けることもなく、今度は倒れているTAXさんを狙って稲妻を放つ。


 けど、それも別の黒棺が回り込んで防ぐ。


 え……。


 黒棺は全部で十三しかないんだよ……?


 このままだと……。


「これで二つ減った。私の攻撃が十四箇所を同時に攻撃した場合――、ツヴァイくん、君はどうするんでしょうね?」

「その前に倒す」

「ほう……?」


 四つの黒棺がドライを中心にしながら回転しつつ迫る。


 そして、一気に距離を詰めるとドライの姿を飲み込もうとする。


「なるほど。四方を棺で囲めば、私の攻撃が周囲に漏れ出さなくなると……。ですが、甘いですね。上ががら空きですよ!」


 四方を囲む棺の壁が隙間なくドライを囲み、その距離がゼロになろうかという瞬間――光が上空へと飛び出し、その姿を人のものへと変える。


 高さ三メートル。


 建築物でいえば、凡そ二階建ての建物の高さに浮かぶドライは余裕の笑みを見せるけど――。


「必殺、エリミネーションセイバー!」


 ――その背後には、剣を勢い良く振るうミタライくんの姿があった。


 ■□■


【ミタライ視点】


 ツヴァイさんが、ドライの前後左右を完全に遮断する気だと気がついた僕は、狙うならここしかないと考えて走り出していた。


 相手の動きの選択肢を狭め、逃げ道を一箇所に絞ったのは、ツヴァイさんも何かを狙っているのだと思ったけど……手は沢山あった方が良い。


 剣を円月殺法のように大きく回しながら、足だけは回転させて、崩れていた瓦礫を駆け上り、そのまま低くなっていた建物の屋根を足場に空中に身を踊らせる。


 僕のユニークスキル【必殺技】は、モーションと必殺技名を叫ばないといけないというおかしな制約はあるが、威力に関しては絶大だ。


 当たりさえすれば、相手の防御力や残HP、それどころか【物攻無効】などの特殊なスキルさえも無視して、完全にHPをゼロにしてしまう。


 そう、強制即死の本当の意味での【必殺技】なのだ。


 当然、このユニークスキルを使いこなすために、一番モーションとして静かでやりやすく、自分がだと感じるだけの技名を考え出している。


 そう、このユニークスキルの【必殺技】足り得るかどうかの判定は厳しく、少しでも羞恥心を持って、スキルを発動したりすると【必殺技】として発動しなかったりするのである。


 だから、僕は羞恥心を捨て、とにかく大声を出すことで、そのユニークスキルに力を持たせる。


「必殺、エリミネーションセイバー!」


 横一文字に振られた剣が、丁度姿を現したであろうドライを捉える。


 ドライの緊急時の回避距離はツヴァイさんとの戦闘を見て


 本当に危ない時の長距離移動以外は、大体この辺りにポップするだろうという場所に、ドンピシャで現れる。


 そして、振られる剣の軌道上に現れたドライには、この一撃を避ける術はない。


 当たれ、当たれ、当たれ、当たれ……ッ!


 僕の思いがそのまま力になったかのように、逃げようとするドライの雷の体に僅かながらも触れる。


 パチッ。


 ――ドギュアアァァァァ!


 静電気のような小さな音が鳴ったかと思った次の瞬間には、派手な音を残して、ドライの体が変形して歪み、やがてドカァンと弾け飛んでいた。


 相変わらず、僕の【必殺技】はその名の通り、トドメも派手だ……。


「やった……」


 剣を振り切った後の体勢で空中に投げ出されながらも、小さくガッツポーズをとってしまう。


 とてもじゃないけど、勝てないだろうと思っていた相手に行動パターンを読み切っての勝利。これほどゲーマー冥利に尽きるものもない。


 何とか地面に着地を決め、ふぅ……と息を吐いた僕を、周囲の歓声が出迎えてくれる。


「うぉぉぉ! やりやがったぁ!」

「ミタライくん凄すぎ! マジかよ!」

「流石、SUCCEEDのエース! レベル差なんて関係ねぇ! ジャイアント・キリングだ!」

「流石はミタライニャリ。敵の行動パターンの解析も正確無比ニャリ」

「まぁ、ミタライなら当然だな。それよりも、誰かポーションをくれないか?」

「くそ、出遅れたか。オーバー」


 あ、ゴードンくんも無事だったようだね。


 良かった。


 僕がホッと胸を撫で下ろすのと、ほぼ同時に僕の頭上に影が射す。


 え、と思った次の瞬間には、耳を劈くような轟音と共に雷が落ち、それを僕の頭上にまで移動していた黒棺が受け止めていた。


 視界が白と黒に明滅する中で、僕はまさかという思いで冷や汗を流す。


 そんな馬鹿な……。


 僕の【必殺技】は当たれば即死のユニークスキルなんだぞ……。


 そして、眩い落雷が終わったかと思った次の瞬間には、


「いや、吃驚しましたよ。まさか、私の半身が死滅するとは……。冒険者もなかなか侮れませんね。では、第二ラウンドといきましょうか。今度は油断しませんよ?」


 ドライという名の絶望が、何事もなかったかのようにその場に立つのであった――。

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