第107話

 ■□■


【天王洲アイル視点】


 え、何?


 ギルドから飛び出した私たちの目の前に現れたのは、巨大な銀色の刃で――。


 それが、私が見ている前でどんどんと大きくなっていって――。


「アイルちゃん!」


 サユリンに組み付かれて、後方に転ぶようにして地面に倒れる。


 私が驚きに目を見開き、空を見上げている間にも剣の刃は徐々に横幅を広げて、通りを覆い尽くすどころか周囲の建物にまで侵食していき、やがてゆっくりと圧し切るかのように、その刃が建物の壁へと食い込んでいき――。


 ――ガンッ!


 その剣の拡大化……いや、巨大化とでもいうべき?


 それが終わったのは、遠くから聞こえてきた何かを弾く音がキッカケであった。


 私が慌てて首を回すと、黒の鎧を着た兵士が沢山ポリゴンに変わって死んでいく中で、黒い壁が王城を守る盾のように積み重なり、巨大な剣の切っ先の進行方向を何とか捻じ曲げている。


 え、えぇ、なに、これ……。


 ビュルル。


 ひとつの異音を残して、先程まで天空を覆うように存在していた巨大な剣が消える。


 そこにきて、私はようやく理解していた。


 まさか、今のユニークスキル……?


 あんな……。


 あんな一瞬で大勢の人を殺してしまうようなユニークスキルがあるの……?


 背中をゾクゾクとした震えが走って止まらない――。


 私は何を相手にしてるんだろう……そんな虚無感に囚われる。


「アイルちゃん、しっかりして! 大丈夫!?」

「サユリン……」

「ボーっとしない! 戦闘中だよ!」


 サユリンの言葉にハッと意識が覚醒する。


 そうだ! いつまでも路上で倒れてる場合じゃない!


「つぅ……。腰いったぁ……。サユリン、そっちは大丈夫……?」

「私の方は大丈夫。でも、PROMISEの他のメンバーが……。ミタライさんたちも……」


 ガバリと立ち上がって周囲を見回す。


 ミタライくんは、先程の攻撃を何とか躱したのか、ゆっくりと起き上がってるのが見えた。


 ささらちゃんも反射で屋根の上に登って無事みたい。


 ゴードンさんの姿は……見えないけど、物陰に隠れていると信じたい。


 重症なのは、TAXさん? 避けるのが遅かったのか、胸部が深く切り裂かれてる。


 いや、それだけじゃない。


 チックも巨大な剣を避ける時にどこか引っ掛けたのか路上に転がって血を流してるし、庄司さんに至っては、上半身と下半身が泣き別れしてポリゴンになりかけてる!


 大艦巨砲主義さんは!? 運慶さんはどこ!?


 姿も見えないのはどうしたらいいの!?


「サユリンは庄司さんに【蘇生薬】使って! 私はチックに回復魔術をかけてみる!」

「わ、わかっ――……あ」


 慌てて動こうとする私たち。


 そして、そんな私たちの動向を歯牙にもかけないで堂々と道の真ん中を歩いていく一人の騎士の姿――それを見て、私たちは思わず動きを止める。


 その鎧の色は金色であり、どの騎士団のシンボルカラーとも違う色――。


 そして、誰よりも威風堂々とした態度に、私たちは王者の風格のようなものを感じとってしまっていた。


 多分、彼が第二王子、ディーン・ファーランドなのだと直感的に理解する。


「さ、サユリン、回復急いで……、こ、このままだと庄司さん死んじゃう……」


 震える声でそう絞り出せたのは、奇跡といってもいいだろう。


 多分、先程の凶行を行ったのはこの王子だ。


 そう、直感が警鐘を鳴らす。


 そんな相手の不興を買ったり、興味を引くかもしれない動きは一切したくなかったのだけど、それでも仲間を見殺しにしたくはないという思いが勝った。


 だからこそ、出た声だったのだろう。


 けれど、王子は私たちの動きなんか、虫の鳴き声ほどにも思ってないのか、ノッシノッシと先へ進んで行ってしまう。


 その視線は、巨大な凶剣を逸した黒い壁へと向けられているようだ。


 私は、素早くチックに近づいて回復魔術をかけながら、王子の動向を見守る。


 あんなド派手な技をそう何回も連打できるとは思えないけど、できないという確証もない。だったら、注視するのは当然の行動だろう。


「ゲホッ、ゴホッ……、アイル……」

「チック! ちょっと我慢して! 少し引きずるよ!」


 か細い声が聞こえて、チックがまだ死んでないことを知って、少しだけホッとする。


 でも、ずっとここにいちゃ駄目だ。


 私はチックが回復しきらない内から、引きずるようにして王子から離れる。


 そして、そのままギルド前まで退避する。


 先程の一撃で、ギルドは建物ごと切断されたのか、天井部分が崩れてきて建物の入口を塞ぐ形となっていた。坂のようになってしまった壁が痛々しい。中にいた人もいるはずだけど、大丈夫なんだろうか……。


 そして、どうやら怪我人を集めて退避させようと同じようなことを考えていた人は多いらしく、同じSUCCEED傘下のメンバーや他のパーティーもギルド前へと集まってくる。


「アイルちゃん、庄司さんの回復終わったよ!」

「面目ない。なけなしの【蘇生薬】を使わせてしまって……」

「デスゲームでケチ臭いことは言いっこなし! それよりも、運慶さんと大艦巨砲主義さんの姿が見えないんだけど!」

「二人なら恐らくあそこの瓦礫の下だ。しゃがみ込んで躱したのはいいが、屋根が崩れてきて生き埋めになってるはずだ」


 庄司さんから有用な情報がもたらされる。


 じゃあ、助けないと……。


 自力で脱出するのは難しいよね?


 私とサユリンは最前線に助っ人に入ることが多かったから、MPにそんなに余裕がないけど、庄司さんならまだ余裕はあるかな?


 生き返ったばかりで悪いけど、庄司さんメインで動いてもらうしかないか……。


「庄司さん、サユリン、悪いけど、二人で掘り出してこっちまで連れて来てもらえる?」

「うむ、力仕事なら任せ給え」

「うん、迅速にやってくるよ」


 サユリンの視線がちらりと王子に向く。


 サユリンも王子のヤバさについては良く理解してるみたい。できることなら、このまま無視していて欲しいんだけど……。


「ツヴァイか」


 王子に意識を向けていたからか、その声は私の耳にまで良く聞こえた。


 ツヴァイって……確か、第二騎士団団長?


 そこで、私は王城を守るように山積みになっていた黒い壁が宙を浮いて、こちらに向かってくるのを確認する。


 いや、アレは壁なんかじゃない。


 あれは……黒い棺だ。


 西洋風の棺が浮かんでスッと近づいてきたかと思うと、王子の行き先を塞ぐようにガンガンガンと路面に縦に突き刺さって止まる。


 その数は全部で十三。


 そして、その黒棺に追いつくようにして、黒髪オールバックの一人の男が歩いてくる。黒の軍服に、黒のロングコートと分かりやすいシンボルカラーを身に纏っている。


 あれが、恐らく第二騎士団団長ツヴァイ……。


 王子もそんなツヴァイを前にして、足を止めていた。


「再三の俺様の招集要求に応じずに、今頃になって姿を現すとはどういうつもりだ?」

 

 うぁっ、お腹に響くバリトン。


 王子の声、いい声優使ってる……。それとも、合成音声なのかな? 分からないけど……。


 あ、庄司さんにサユリン、こっちこっち!


 私は運慶さんと大艦巨砲主義さんを担いで近寄ってくる二人を慌てて手招きする。意外と早かったけど、浅いところに生き埋めになってたのかな?


 それにしても……。


 現状、冒険者パーティーで戦えそうなのは、SUCCEEDくらい?


 SUCCEED傘下のパーティーも、それ以外のパーティーもさっきの一撃でほぼ壊滅。


 辛うじて死人が出ていないのは、先の大武祭の報酬である【蘇生薬】が足りているからだろう。


 あれが無かったら、今頃、どのパーティーも悲嘆にくれていたはずだ。そう考えると背筋が凍る。


 運営がデスゲームを始めた時は恨みもしたけど、イベントのタイミングは神懸かり的だったと言わざるを得ないかな……。


「俺の仕事は、この王都を守ることだ。王位を簒奪しようとする者の命に従う気はない。そして、今、俺の目の前には王都を荒らす愚者がいる。仕事の時間ということだ……黒棺よ、を解き放て――」


 バカンッ、と道路に突き刺さっていた棺の蓋が次々と開け放たれ、そこから全身包帯塗れの髪の長い女たちが現れる。


 まさか、不死者アンデッド……。


 私が想起したのは、ミイラだ。


 だけど、ミイラというには肉づきがいいので、違う種類のモンスターなのかもしれない。何にせよ、不気味な外観をしているというのが、私の感想だ。


「相変わらず、つまらん男だ。そして、何よりも女の趣味が悪い」


 挑発するような王子の言葉に、十三人の包帯の女性たちがひと息に飛び掛かろうとするが――。


 その姿が空中でバチィッと激しく弾かれる。


 何か、光のようなものが迎撃したように見えたけど……。


「ディーン殿下、お戯れを」

「ドライか」


 !?


 その男は、一体いつの間にそこにいたのだろう?


 私にはまるで、魔法のようにその場に急に現れたようにしか見えなかった。


 水色の髪に銀縁の眼鏡を掛け、色鮮やかな青のローブを着ている男。それが、いつの間にか王子の傍らに跪いている。あの色鮮やかな衣装は、もしかして第三騎士団団長……?


「殿下はお先にどうぞ。私はこの辺のゴミを掃除してから向かいますゆえ」

「ふむ。ならば、頼もうか、ドライ」

「御意に」

「――行かせると思うか?」


 王子が顔色ひとつ変えずに歩こうとする中を、包帯女と宙を浮く棺桶が妨害に出るが、それよりも早く、真っ青な稲妻が何本も大気を駆け抜けて全てを撃ち落とす。


 地面と平行に真っ直ぐに駆け抜けた稲妻は、ドライと呼ばれた水色髪の男のものだ。


 彼は片手をツヴァイに向けながら、片手で銀縁の眼鏡の位置を直しつつ、冷たい視線をツヴァイに向けていた。


「まさか、ツヴァイくん。君は私の二つ名にして、ユニークスキルを忘れたわけではないでしょう?」

「【雷帝】ドライ……」


 ツヴァイがそう呟くと同時に、ドライの姿が一瞬の輝きと共に消える


 え、ちょっと……、どこに……。


 私がその姿を見失うと同時――。


 ドォンという雷が落ちる音が轟き、姿を現したドライの拳を、引き寄せた棺桶で何とか防御するツヴァイの姿が見て取れた。


 一瞬。


 一瞬で百メートル以上の距離を移動できるのは、ライテイと言っていたユニークスキルのおかげなの? 恐らく、雷の特性を持ったユニークスキルのように見えるけど……。


「なるほど。この速度でも対応できるとは驚きですね。武人の勘というのもなかなか侮り難い」

「では、ドライよ。この場は任せる」

「はっ。殿下、城内にいるであろうアインズにお気をつけ下さい」

「ふん、あの程度の優男取るに足りん」

「待て。行かせん」

「貴方のお相手は私ですよ」


 ドライの体から幾筋もの稲妻が伸び、ツヴァイの体を貫こうとするが、それよりも先に複数の棺桶が回り込み、蓋を開けて、激しく荒れ狂う稲妻を飲み込んでいく。


 普通なら棺桶が一瞬で燃え尽きそうなものだけど、そうはならずに吸い込み続けているのは、あの棺桶が特別製なのかな……。


 それとも、あの棺桶もユニークスキルなの?


 分からないことだらけだけど、私にも分かることもあった。それは……。


「私たちなんかとは次元が違い過ぎる……」


 とばっちりで死なないことを祈るだけしかできないということであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る