第106話

 ■□■


【マリス視点】


 王城の最奥――。


 隠し通路を通った先にある薄暗い石造りの通路を皮のブーツが叩く音がする。音の主は何を隠そう、このボク……マリスだ。


「誰かいますね」


 そして、足音ひとつ立てずにボクをエスコートしてくれているのは、金髪巻毛の騎士アインズくん。


 大武祭でお世話になったレオンくんは、サラサラ髪の金髪で如何にも爽やかなイケメンという感じなんだけど、このアインズくんはどちらかというとナルシスト系のイケメンで「君を俺が幸せにするよ……」とか言っちゃう系のイケメンだ。


 で、そんなアインズくんは、実力もレオンくんとは格が違う感じで、第一騎士団団長を務めていたくらいには強い。


 だから、誰もいないように見える通路にも、誰かが潜んでいることを簡単に見通してみせてくれた。


 ボクたちと行動を共にするレオンくんなんて、目をパチクリとして、どこに敵がいるのかとキョロキョロと辺りを見回している。


 いいんだよ、レオンくん?


 レオンくんは、若い分、伸び代があるからね。経験を積んでいけば、その内、アインズくんにも追いつけるから、今はまだ焦らずともいいんだよー。


プリンセスの前で殺生沙汰は起こしたくない。見逃してあげるから、さっさと逃げなよ、ドブネズミ」

「はぁ、まさかとは思ったけど……」

「あー、もしかしてだけど……」


 通路の薄暗い部分から出てきた全身をメタリックな装備に包んだエルフの姿を見て、ボクはピンときた。


 というか、この局面でこんなところにくる人間なんて、よっぽどLIAに精通でもしていないと無理なんだよ。それだけで分かる。同業者だ。


「宮本さん?」

「今はmasakiで通ってるから、それで頼む」

プリンセス?」

「あー、知り合いだから気にしなくていいよ」


 ボクはそう言って殺気立つアインズくんたちを抑える。むしろ、ボクのためにちょっと警戒してくれてるんだなって思うと嬉しくなっちゃうね!


「で、masakiさんもここにいるってことは?」

「そりゃ、どさくさ紛れの火事場泥だよ」

「だよねー」


 第一王子と第二王子が戦うファーランド国内の戦争。


 プレイヤーがどっちにつくかを選ぶことができ、どっちが勝つかで、また物語の進行が変わってくるといった大規模なイベントだ。


 けど、本来ならこのイベントはもっと後で起こるはずだった。


 第二王子派でプレイヤー戦力を募集するイベントがあったり、第一王子派で大臣の一人が殺されて、シティアドベンチャーが始まったりと、色々とあったはずなんだ!


 それが、何故か、イベントが数段飛ばしで進んでいるように見える……。


 物語を誰が進めたのかは知らないけど、とにかくストーリーの進行が早過ぎるんだよ!


 おかげさまで、ボクなんかアインズくんしか仲間に迎え入れられずに、王国からおさらばしようとしてる。


 で、それはmasakiさんも同じみたい。


 さっきからブツブツと文句言ってるよ。


 masakiさんは頭がキレるけど、真面目なトコあるからねー。自分が描いた予定通りにいかないのがちょっと許せないみたい。ま、それでも柔軟に対応できるあたりが、チーフディレクターって感じだけどね。


「ったく、戦争イベントが始まるタイミングが早いんだよ。おかげさまで計画を前倒ししないとならないじゃないか」

「こっちもだよー。ツヴァイくんも仲間にしたかったのにー」

「というか、マリスが第一騎士団団長アインズを引き抜いてるから、第一王子派は百パー勝ち目がないだろう。そして、王国が倒れたとなれば、時代は一気に荒れるぞ」

「分かってるよー。だから、王家の隠し宝物庫にまで向かってるんじゃん!」


 王家の隠し宝物庫に入れるチャンスは戦争中のみだ。しかも、この情報は闇ギルドの幹部関係者じゃないと知り得ないという希少な情報となっている。


 けど、その情報さえ知ってれば、割と簡単に隠し宝物庫に忍び込めるのだ。しかも、そこにある強力無比な武器を選び放題ときたものだ。


 だから、さっさと強力な装備をチョイスして掻っ払って、こんな国からトンズラしようと考えて来たんだけど、やっぱり同じ開発者だねー。


 考えることは同じときたもんだ。


「ちなみに、masakiさんはどの宝具が目当て?」

「遮絶マント」

「あー、それかぁ……」


 光学迷彩付きで上級スキルである【遮絶】がレベル7で付いてるっていう素敵な装飾品。


 あれを羽織っているだけで、ほとんどのプレイヤーがmasakiさんを認識できなくなるだろうね。


 いや、腕利きのNPCでも気づけないんじゃないかな?


 いいチョイスしてると思うけど……。


「暗殺者にでもなるつもりなの?」

「銃撃メインにする予定だからな。姿を隠す装備は必須なんだ」

「じゃあ、ボクが特殊効果のある魔剣を選んでも文句ないよね?」

「サブウェポンでひとつ欲しい」

「えー……」


 銃以外に興味はないのかと思ったら、案外とそうでもなかった。


 まぁ、この場にボクたち以外は誰もいないようだし、そのへんは交渉して決めればいいかー。


「というか、路銀の足しになるなら、何でも欲しい」

「欲張りじゃない? masakiさん?」


 このあと、めちゃめちゃmasakiさんと交渉することになるのだが、それはまた別のお話である。


 ■□■


【ミタライ視点】


「城門が突破されただって!?」


 第二王子の率いる軍勢との小競り合いがようやく収まり、サーズの冒険者ギルドで小休止していた僕らは、その報告に驚愕を隠し切れなかった。


 本当の命を懸けてのデスゲーム。


 そんな環境で切った張ったを繰り広げて、心身共に疲弊し、ようやく小休止をとっていたところに先程の報告だ。


 僕たちに与えた衝撃は軽くはない。


「何で城門が破られる! あの門はそう簡単に破られるほど薄っぺらくは見えなかったぞ!」


 TAXさんが苛立ち紛れにそう叫ぶが、答えは分かってるはずだ。


 ユニークスキル。


 そう呼ばれるとんでもないスキルが、このLIAには存在する。


 普通のコモンスキルとは一線を画す、普通のゲームだったらバランスブレイカーと呼ばれるようなスキルが一人ひとりに無造作に配られているのだ。


 だからこそ、このゲームの攻略に我々SUCCEEDも慎重にならざるを得ない。


 ただのゲームであれば、逆転要素を搭載していて面白いなという感想を抱くだろうが、それがデスゲームともなれば、笑えないのだ。


 そんな破格のユニークスキルを使えば、あの強固そうな城門だって簡単に開門させてしまえるのだろう。


 僕は、全身から力が抜けるのを感じながらも、静かに立ち上がる。


「SUCCEED傘下のチームで動けるのはどれくらいいる?」

「ミタライ!」

「仕方ないだろう? ここで抗わなきゃ、どの道、第二王子の軍に全滅させられる」

「そりゃそうだが……。先程の小競り合いで消耗してる連中も多い。平時の実力の半分も出せるかどうか……」

「その分は、僕らSUCCEEDで埋めればいいさ」

「そういうことニャリ、TAXさんは心配し過ぎニャリ〜!」


 格闘ゲームの申し子であり、見た目小学生のささらちゃんがそう言えば、FPSを得意とするガンマンコスのゴードンくんも静かに頷いている。


 現在はブレーンであるDr.が遠征で抜けちゃってるのが痛いけど、主力は揃ってる。


 ここで、第二王子の暴挙を見逃すわけにもいかないだろう。


「それに、王都防衛戦は冒険者ギルドからの緊急クエストなんだ。ここで、尻尾を巻いて逃げるわけにもいかないだろ?」

「ったく、タフだな、お前ら……」

「だてに毎日何十時間もゲームしてないニャリ〜」

「右に同じ。オーバー」

「仕方ない。俺も腹を括るか……」


 TAXさんは、SUCCEEDの一番の年長者だけあって結構慎重派だ。


 僕はそれでいいと思うけど、若いささらちゃんなんかには、TAXさんの態度は弱腰に映るみたい。ささらちゃんも、もっと色んなことを経験すれば落ち着きというか、慎重さが身に付くと思うんだけどね。


「ミタライくん、PROMISEだけど……MP枯渇気味でパーティーとしては十分には動けないかも」

「FUTUREの方は、部位欠損のメンバーが二人いる。とてもじゃないがスイッチしながらの戦法は無理だ。撹乱ぐらいならやれるが……」

「HOPEは損傷軽微だが、手持ちの回復アイテムが少ない。どこか融通してもらえれば、まだやれると思う」

「ALIVEは装備の耐久度が限界だ。誰か替えの装備を持ってないか?」


 各々が各々で問題を抱えてるけど、調整すればまだまだやれそうだね。


 諦めるには、まだ早いかな。


「TAXさん、みんなの調整頼める? 部位欠損で動けない二人の装備を渡す形で、二人にはギルド内に残ってもらうようにしてもらって――」

「わかった。ミタライはどうする気だ?」

「第二騎士団に混じって応戦してくるよ」

「ささらも行くニャリ〜!」

「俺も行こう。オーバー」

「じゃあ、サポート頼むよ、二人共」


 元気よく返事する二人を引き連れて、僕はギルドを飛び出す。


 というか、昨今のプロゲーマーは、タレント化が著しいというのもあって、ただゲームが上手いだけじゃ、プロと言えない風潮がある。


 だから、個性を上乗せするプロゲーマーが多いんだけど……。


 二人はかなりやり過ぎの部類だとは思うんだよね……。


 まぁ、SUCCEEDにスカウトする前からこんな感じだったから、改めるつもりもないんだろうけど。


「うわぁ、かなり攻め込まれてるな……」


 サーズの冒険者ギルドは、王都の中心部近くにあるんだけど、そこに向けて駆けてくる青色を基調とした兵士の集団が見てとれる。


 青色は第三騎士団のシンボルカラー。


 つまりは、第二王子派の連中だ。


 そして、それを迎え撃つのは、漆黒の鎧を纏った兵士たち。


 黒は第二騎士団のシンボルカラー。


 つまりは第一王子派であり、味方ということだ。


 けど、防衛ラインをこんな王都の半ばまで下げていることで分かる。


 かなり、第二王子側の軍勢に押し込まれてる――。


 そして、青の兵の中に黄色の兵が混じり始めた。あれも、第二王子派の第四騎士団の兵隊だ。あっちも僕たちは相手にしないといけない。


「ゴードンくんは、第三騎士団所属の兵隊を、ささらちゃんは第四騎士団の兵隊を狙って!」

「オッケーニャリ〜!」

「心得た。オーバー」


 FPSの大会では常に上位入賞を果たすゴードンくんには、魔術使いを多く有する第三騎士団の兵士を狙ってもらう。彼らはそこまで防御力が高くないから、ヘッドショットによるクリティカルを狙えば、割とすぐに倒れてくれるのでゴードンくんにはやりやすい相手だろう。


 逆に物攻、物防が高くてタフな第四騎士団の相手はささらちゃんに任せる。彼女は出場した格闘ゲームの大会では全て優勝してきたという猛者だ。


 だから、読みとキャラ対がしっかり出来てる相手には滅法強い。魔術や魔法が相手だとまだ苦戦するけど、物理的な攻防だったら読みと反射で一方的に押し勝てるはず。


「ニャリリ〜! おとといきやがれニャリ!」


 囲まれないように立ち回りつつ、手甲で三人を殴り倒す小学生というのもなかなかのインパクトだよね。


 そして、ささらちゃんを援護するようにが飛んできて、即死したらしい兵士がポリゴンとして散る。相変わらず、ゴードンくんもいい腕だ。


「状況はクリアしないな。オーバー」

「二人が頑張っている以上、僕も頑張らないとね」


 そして、僕……ミタライにはゲーム大会で優勝したとか、そういった輝かしい経歴は一切ない。


 元々、視聴者数も大したことのないゲーム動画配信者ってだけで、とりたてて大したことのないプレイヤーなんだ。


 けど、僕の動画は何故か一部で人気になり、バズり始め、そして気づいた時にはTAXさんにスカウトされて、SUCCEEDに入っていた。


 そう、僕の感覚ではいつの間にかプロになっていたという思いが強い。


 だから、二人よりも大してゲームは上手くないんだけど、それでもSUCCEEDの一員として全力を尽くす必要がある。


「じゃあ、行くよ」


 まずは【剣術】レベル3の【ソードストライク】で距離を一気に縮めて、相手の喉を貫いて仕留める。これでストライクはリキャストタイム10秒。


 次に【剣術】レベル2の【ハインド】を発動して、弧を描いて相手の攻撃を躱しながら、背後に回って一撃。ストライクが7秒、ハインドが5秒。


 たたらを踏む相手を背後に蹴り倒しつつ、【剣術】レベル4の【ダブルスラッシュ】をコントロールしつつ、両脇から迫っていた兵士を瞬時に仕留める。ストライクが4秒、ハインドが2秒、ダブスラが7秒。


 で、更に正面から来た敵を【剣術】レベル1の【パワースラッシュ】で弾き返す――と同時に、【ソードストライク】を発動。体勢の崩れていた目の前の敵の喉元を突き刺してトドメをさしながら、さっさとバックステップして蹴り倒した相手にも、背中から剣を刺してポリゴンに変える。ストライクが8秒、ダブスラが1秒、パワスラ8秒っと。


「相変わらず、流れるようにスキルを繋ぐニャリね〜。ミタライ見てると、相手に勝つのが実に簡単に見えるニャリ!」

「スキルのリキャストタイムを管理して、相手の攻撃を良く見て避けて、ちゃんと弱点部位を狙って攻撃してるだけだよ。大したことはしてないさ」

「言ってることは基本中の基本だな。けど、それをミスせずにずっとできるっていうのは、ある種の才能だ。俺はそういうとこを買って、ミタライをスカウトしたんだから、これぐらいはやってもらえんと困る」


 ささらちゃんの褒め殺しに照れてると、TAXがSUCCEED傘下のパーティーを連れて現れた。


 ようやく準備完了ということらしい。


「よし、みんな暴れるぞ! 第二王子の軍勢を城にまで近づけさせるな!」

「「「おーっ!」」」


 各々が気炎を上げる中――。


「目障りだ。退け」


 その一言を伴い、巨大な剣が大通りの全てを斬り裂いて駆け抜けたのであった――。

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