第90話

 ■□■


 ファーランド王国エリア1のエリアボス、ビッグバイパー。


 その名の通り、人の腰ぐらいの太さを誇る巨大な蛇だ。


 渓谷に掛かる一本橋を馬車で爆走して渡りきったと思ったら、いきなり専用フィールドに飛ばされたんでちょっと吃驚したけど、予定通りなので何も問題はない。


 そして、私たちが動けなくなっている間に紹介ムービーが開始。


 草の根を掻き分けて何か巨大なものが這いずり回る音。それと草のガサガサとした揺れ。


 で、その揺れが徐々に円を描くようにして小さくなっていき、しんっと静まり返ったと思ったら……土の中から大口を開けたビッグバイパーさん登場!


 はい、こんばんは!


「ふぅ、ふぅ……! この状態でビッグバイパーと戦うのは……!」


 アルバート隊長とお付きの護衛さんたちは、爆走する馬車に並走して走ってきたこともあり、息があがっている。


 これは、使い物にならないかな?


 ちなみにセイル王子と老執事は馬車の中だ。


 老執事はともかく、王子を中に入れたのは、放っておくと、すぐに戦闘を始めそうで怖いからだ。 鳥籠だよ、鳥籠!


 一応、馬車内に出しっぱなしにしていた素材やら荷物やらは【収納】にしまったので、中は人が乗り込めるぐらいには片づいているはず!


 うん、少し臭うかもしれないけど……今は綺麗に片付いてるから大丈夫なはずなんだ!


 きっとそう! そうであれ!


「で、どっちがやるんだ?」

「え? えーと、ジャンケンで決めよっか?」

「いいぞ。勝った方がやろう」


 というわけで、ジャンケンポン。


 ツナさんが勝ったので、ビッグバイパーをツナさんに譲る。


「ひ……、一人でやる気か!」

「無茶だ! 我々も加勢するぞ!」

「いいから、見てなってー」


 というか、近づいたら逆に巻き込まれちゃうってば。


 そして、ツナさんお得意のアレ発動。


「【狂神降臨】――あぁァァアァァァッ!」


 出た。ノー理性、イエス暴力。


 ビッグバイパー相手に銛で滅多刺しな上に、ビッグバイパーの攻撃を全て紙一重で躱してる。まさにワンサイドゲーム。スポーツの興行じゃないんだから、それでいいんだけど。


「つ、強い……!?」

「なんという戦い方だ……。純粋な暴力……そうとしか言いようがない……!」

「なんだ、あの強さは……! A級の冒険者なのか……? その割には名前も聞いたことないが……」


 いやぁ、ツナさんって全然依頼を受けてないから、多分まだD級かE級なんじゃないかなー?


 それでも、鍛えてるであろう兵士さんたちに強い、強いって言われるとは、やっぱりツナさんって強いんだねーって実感する。


 その実力をひっそりと知ってた身としては鼻高々ですよ!


「あの実力でしたら、我が軍でも隊長クラスは任せられます」


 エンヴィーちゃんも認める強さ!


 でも、ツナさんに人を纏める力なんてないんじゃないかな?


 あと、美味しい物を目の前にちらつかせたら、簡単に裏切りそうだから責任ある立場におこうとするのはダメだと思うよ?


「そろそろビッグバイパーも本気を出してくるぞ……」

「あぁ、追い詰められてからが本番だ……」


 兵士の皆さんが期待するのを裏切ることなく、ビッグバイパーの動きが変わる。


 多分、HPが減ったことによる行動パターンの変化だろうね。


 さっきまで、噛みつきや体当たりがメインだったのに、締め付けや毒吐きなんかをやってくるようになってきてるんだけど……。


 まぁ、躱す、躱す。


 ツナさんのあの動きの鋭さは何なんだろう?


 例の直感が働いてるから、上手く躱せるのかな?


 それとも、プレイヤーとしてのリアルスキルの問題?


 うーん……。


 結局、ほとんど被弾らしい被弾をせずにエリアボス戦は終了。ポリゴンとならずに残ったデカい蛇の素材を手に入れて、ツナさんはホクホク顔だ。


「終わったぞ」

「おっけー。はい、休憩終わりー。みんな走るよー」

「「「お、おう……!」」」


 ツナさんは馬車の上に、私とエンヴィーちゃんは御者台に乗ってから、馬車を走らせる。


 さぁ、ここからは護衛の兵士さんたちの行軍訓練という名のマラソンである。


 一応、ついていける速度で馬車を走らせているけど、鎧とかを装備した状態で走り続けるのは辛そうだ。


 一定のリズムで呼吸している者もいれば、早くも息を乱し気味の兵士もいる。この辺は体力の差なのかな?


「くそ、こんなもの着てられるか!」


 あ、ついに一人がキレて、鎧や武器を【収納】にしまっちゃったね。護衛がそれでいいのかって話だけど、アルバート隊長は頷いてる。


 良いみたい。


「キツイ奴は、重い物をなるべく【収納】にしまって、無理をしてでもついてこい! こんな所で一人ちぎれる方が危険だ!」

「「「はい!」」」


 アルバート隊長はそう言うけど、彼自身はフル装備で走り続けてるよ。


 だてに隊長をやってないねー。


 で、結局、一時間後――。


 半数ぐらいは武装解除して走ってる状態になっちゃった。


 なんだろう、普通に兵士の訓練風景になってるんだよね。


 というか、ひょっこり現れるモンスターを、私が魔術で倒すってことがわかったみたいで、武装してる意味がないって気づいたみたい。


 ちなみに、この状況でまだ武装をしてる面々は、気を抜いていないか、もっと自分に負荷をかけて鍛えようとしている変態たちだ。


 心なしか、キツイはずなのに顔が輝いて見えるのは、私の方に変なフィルターがかかってるからなのかな?


「あ、街の壁が見えてきたね。みんな、ラストスパートだよー」

「「「応っ!」」」

「ふぅ、これはもう誰が隊長なのやら……」


 そう言いつつも、最初からずっとフル装備で走り続けてるアルバート隊長は偉いと思う。


 というわけで、最後はほぼ全力ダッシュに近い形で進んで行く。


 結果、三十分もしない内に、要塞のような高い壁に囲われているファースの街の入口までたどり着いたよ。


 なお、最後の全力ダッシュで力尽きたのか、護衛の兵士さんたちはほとんどが虫の息だ。


 街の門番さんなんかは、不審そうな目でこっちを見てる。


「【ウォーターボール】」


 バテてる全員にトドメをさすわけじゃないけど、私は手加減した【ウォーターボール】を一人にぶつける。そしたら、【全体攻撃】で全員が水浸しだ。


 いや、だって、血と肉片と汗ですんごい状態になってたからね。それが門番さんの不審感を招いたと思うんだ。


 だから、とりあえず洗い流した方がいいかなーって。


「そういうことは、やる前に言って欲しかったな……」


 ということを事後報告したら、アルバート隊長にピキピキとした顔で忠告された件。


 なんで、そんなにピリついてるんだろう?


 よかれと思ってやってあげたのに。


「余計な親切、余計なお世話。四天王ポイントプラス1」


 え、そこはマイナスじゃないの?


 うーん。


「とりあえず、王子にも今の奴やっときたいんだけど、呼び出してもらえる?」

「殿下に、こんな犬を洗うようなマネをさせられると思うのか!」

「え、ワンちゃんを洗うならもっと丁寧にするよ?」

「尚更悪いわ!」


 アルバート隊長に怒られて、結局王子は血みどろのままで、ファースの街に入場だ。


 後で馬車の中を掃除しないと、かなりスプラッタな光景が広がってそう。嫌だなぁ……。


「アルバートさん、これ、どこまで行けばいいの?」


 ガラガラと舗装された大きな道を歩く。


 まだ夜も始まったばかりなので、そこそこ道端には人がいる感じだ。


 風景的には、中世ヨーロッパを意識した、本当に王道もののRPGといった感じの街並みで、ファンタジーRPGの開始直後の街としては良い感じだと思う。


 ただ、やはりゲームという部分もあり、街中には灯りを放つランプが沢山取り付けてあって、夜中でもそこそこ活動できるようにはできてるみたい。


 まぁ、ゲーム内でいきなり『夜中になったので酒場以外の店全部閉まります』とかやられても困るからね。その辺は配慮がされてるんじゃないかな。


「街の奥に見える巨大な四角い建物があるだろう? あそこまで頼む」

「あの大きい建物? なんか砦みたいだね」

「みたい、ではなく砦だ。元々、このファースの街は南に棲息するモンスターたちに対抗する防衛拠点として作られたと聞いている。だから、街の至る所に防衛拠点としての機能を残しているんだ」


 言われてみれば、街の外壁も巨人に対する備えかってぐらいに分厚かったし、この大通りも妙に鉤型に折れ曲がってる。


 それもこれもモンスターに対する備えだと言われれば、納得できる部分もあるのかもしれない。


「とりあえず、領主館の方には門番に言って伝令を走らせてある。我々はその準備を待つためにゆっくりと歩を進めればいい」

「まぁ、のんびりと街の景色でも見させてもらうよ」


 というわけで、エンヴィーちゃんと街の景色を楽しみながら、ゆっくりと馬車で進んでいく。


 まぁ、エンヴィーちゃんは一人ちまちまと街の構造をマッピングしてたけどね。どうも、こういうのが軍事情報として重要になるらしい。


 いや、備えあれば憂いなし……もとい嬉しいなってこと?


 戦争は魔王もあんまり望んでないとは思うけど、それはそれ、これはこれらしい。


 で、十五分くらいかけて街を見学した後で、ようやく到着。


 鉄柵でできた領主館の門を潜り、馬鹿みたいに広大な庭をガラガラと馬車で潜り抜けたところで、石の要塞っぽい見た目である領主館に到着。


 そこでは、やたら頑丈そうなドアが開け放たれて、赤い鎧を着た金髪の騎士が恭しく頭を下げて待っていた。


 その後ろの館……というか、多分、砦……の中にも使用人や兵士たちがずらっと並んで頭を下げている。


 こういうのを見ると、王子というのは改めて偉い人なんだなーって思うね。


「大変な旅となったようですね、殿下」


 馬車の扉を護衛に開けてもらった王子は、自らの肩を貸して老執事を運び出そうとしたところで、赤鎧の騎士に気づいたようだ。


 その場で飛び上がらんばかりの勢いで、赤鎧の騎士に声をかける。


「ゼクスか! すまぬ、細かい話は後回しだ! 爺の容態を医者にみてもらうように取り計らってくれ! それと、この辺の薬草に長じた者を招集せよ! 急げ、時間はあまりないぞ! 今すぐにだ!」

「殿下の仰せのままに。ですが、殿下、その格好は少々頂けませんね……」


 血だらけ、肉片だらけの王子の格好を見て、ゼクスと呼ばれた赤騎士が眉をしかめる。


 うん、私もその格好はないと思ってたよ。


 だから、【ウォーターボール】を使うって言ったのにねー。


 というわけで、王子は侍女の人たちに連れて行かれてしまい、老執事は兵たちに抱えられて何処かに連れて行かれてしまった。


 残されたのは私たちと馬車と、赤騎士ゼクスさんだけだ。


 ゼクスさんは、私たちに視線を移すと、


「お客人にも部屋を用意してあります。本日は、ゆるりと休まれるがよろしいでしょう。馬のない馬車の方は庭の方に移動をお願いできますか?」


 そう私たちに告げるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る