第89話

 まだ、ざわざわとしてる第三王子陣営と少しだけ距離を取ったところで、エンヴィーちゃんと秘密の会話だ。


 ツナさんは、ちょっと調べることがあると言って、話し合いの場を軽く拒否。


 自由に動ける分、私もそっちの立場がいいなぁと思いつつも、エンヴィーちゃんとの会話に集中する。


「ヤマ様は【死霊術ネクロマンシー】を知っていますか?」

「そういえば、戦闘中にエンヴィーちゃんがそんなこと言ってたね」

「【死霊術】は不死系モンスター、または不死系魔物族の上位種のみが使える種族スキルになります。つまり、あの暗殺者二人組の一人は確実に魔物族です」

「魔物族が人族国の第三王子抹殺に力を貸してるってこと? なるほど、厄介な案件だね……」


 というか、普通に戦争案件では?


 やだよ、LIA内で戦争って!


 プレイヤー同士での殺し合いとか絶対に起きる奴じゃん! 人殺しダメ絶対!


「あの執事のことといい、どうにもきな臭い感じがします。これ以上の関わり合いは避けられた方がよろしいのでは?」

「うーん」


 避けることで戦争が回避できればいいんだけど……。


 もしかすると、既に何らかのイベントに巻き込まれてて、このイベントを途中で放り出すことで、人族と魔物族との間で戦争が勃発! とかなったらどうしよう……。


 ほら、第三王子を守るミッションが始まっててさ。それを無視することで王子が死んじゃって、罰則ペナルティとして戦争が起こったりとか……。


 というか、LIAってイベントの開始時にアナウンスがなくて、イベント終了時にのみアナウンスが発生するから、分かりづらいんだよ!


 普通にトラブルに巻き込まれた! とか思ってたけど、もしかしてイベントが始まってた! とか、そういうこともありえるんじゃないかな?


 だとしたら、本当にLIAは凄い……。


 ゲームのイベントが始まってただなんて、全然気づけなかったし、それだけ没入感があるってことだ。


 けど、折角始まったイベントのスケールが少々大きい気もする。


 第三王子が襲撃されるって、後にワールドイベントに発展しそうなくらいの衝撃イベントでしょ?


 エンヴィーちゃんが、手を引く方が賢明だってアドバイスしてくれてるのは、相応に規模が大きいイベントだってことを示唆してるのかな? それとも、今ここで手を引くなら戦争は起こらないってこと?


 うーん。わからない……。


 そもそも穿って考え過ぎなんだろうか?


 もっとゲームを楽しんだ方がいいのかな?


「ゴッド」

「え、あ。何、ツナさん?」


 あ、ツナさんが帰ってきた。


 でも、その表情は浮かないものだ。


「襲撃者は全てがゾンビ化したようだ。試しにゾンビ化した死体に【蘇生薬】をかけてみたが、ゾンビとして復活した。知能が完全に失われてモンスター化してたから、襲撃者から情報を抜き出すのは無理そうだ」

「そ、そう……」


 豪快に【蘇生薬】を使うねぇ……。


 まぁ、また作って渡せばいいけど……。


 というか、暗殺者二人組の狙いはこれかな?


 このLIAの世界だと【蘇生薬】のせいで、『死人に口無し』が通用しないからね。


 下手に復活させられて、拷問の後に口を割られるよりも、ゾンビ化して知性を奪っちゃえばいいやと考えたのかもしれない。


 なにげにえげつないこと考えるよねー。


 四天王ポイントあげたらいいんじゃないの? あの二人組に。


「となると、事情を知ってそうなのは、後一人かな?」

「他に誰かいたか?」

「例の老執事さん。あの人なら全部知ってるんじゃない?」


 ファーストコンタクトでは、何か知ってそうな素振りだったしね。


 この騒動の原因を尋ねてみてもいいと思うんだ。


「ですが、あの執事は契約で縛られているから喋れないと言っておりました」

かもしれないし、契約で縛られてない部分なら聞けるかもしれない。とりあえず、あげたはずの串焼きも渡さないといけないから、ちょっと様子を見に行ってみようよ」


 というわけで、連れ立ってゾロゾロと第三王子一行の馬車に近づく。


 あー。


 馬車を引く馬は死んじゃってるし、扉はひとつ吹っ飛んじゃってるし、馬車自体がボロボロの状態だねぇ。


 そんな馬車の傍らで、数人が輪になって集まってるよ。


 これからの行動を相談してるのかなぁと思っていたら――違う。


「爺、しっかりしろ! 傷自体は治したぞ! これで動けるようになるだろう?」

「…………」


 例の老執事を囲んで輪ができていた。


 そして、なにやら、老執事が意識不明の重体になってるっぽい?


 いや、えぇ……。


 どんだけ悪辣なイベントなの……。


 心情的にも、ヒント潰し的な意味合いでも極悪難易度であることを感じるよ!


「殿下、心苦しいですが進言致します……。フォスター殿をここで斬り捨てねばなりません……」

「馬鹿な! 爺は幼少の頃より余を支えてくれた忠臣ぞ! そんな爺を斬るだと!」

「フォスター殿は、殿下をかばってゾンビに噛まれました。ゾンビの一部には襲った人間を同じゾンビに変えてしまう種がごさいます。恐らく、フォスター殿はもう……」

「それは、余も知っておる! だが、ゾンビに変じる時は一瞬だと聞いたぞ! なれば、まだゾンビになっておらぬ爺には望みがあるのではないか!?」

「それは、襲われた者がその場で死に至った場合です。フォスター殿の場合は、一命を取り留めた結果、生きながらにしてゾンビになるという地獄が待つことでしょう……。フォスター殿のことを思うのであれば、決断は早ければ早いほど苦しめずにすみます……」

「なんとか……なんとかならぬのか? 爺は、余に全てを教え、育ててくれた……余の親も同然の男なのだぞ……? それを斬れと、お前たちは申すのか……?」

「申し訳ごさいません……」

「――ッ!」


 深々と頭を下げる兵士を前にして、王子の手が魔剣の柄にかかる。


 けど、王子はそれを何とか唇を噛みしめることで堪え、強張った手の指を一本ずつ解いていく。


 多分、兵士の言う事が正論だと、王子も気づいてるんだろうね。


 けど、感情の整理がつかないとか、そういったところなんだろう。


 というか、このまま老執事に倒れられると、私たちも色々と困るんだけど……。


 襲撃してきたのは誰とか、あの暗殺者二人組は何者なのとか、そういった疑問に答えられるのは、今のところ、この老執事だけだからね。


 ある程度ヒントを上げて、彼らにはその情報を元に自衛してもらって、それで王子の安全を確保した上でおさらばっていうのがベストだと思ってたんだけど……。


 老執事がこの調子だと……どうにかならないかな?


「それでしたら、【メティクス草】を使えば良いのでは?」


 沈痛な雰囲気の中、エンヴィーちゃんがポツリと呟く。


 全員がエンヴィーちゃんに注目していることに気づいてるのか、いないのか、エンヴィーちゃんは続ける。


「我が国の少数部族の間では、ゾンビ化を防ぐ特効薬として、【メティクス草】と呼ばれるものが伝わっております。この付近に、それがあるのかどうかまではわかりませんが、煎じて飲めばゾンビ化を防げると聞いておりますよ?」

「アルバート! その【メティクス草】というのは、この付近にあるのか!」


 俄然食いつく王子。


 光明が見えたんだから、それに飛びつきたくなる気持ちはわかるんだけども……。


 けど、名前を呼ばれた護衛の一人は困惑顔だ。


「申し訳御座いません。何分、浅学の身ゆえ、薬草学には長じておりません……。ですが、この王国南部は薬草の宝庫とも呼ばれる地。この地の薬草に明るい者に聞けば、恐らくは……」

「ならば、早急にファースに帰還するぞ! ゼクスに聞けば、薬草に長じた者などすぐに探し出してくれる!」

「お待ちを殿下! 行きにビッグバイパーに襲われたのをお忘れか! この人数の上に夜間の戦闘となれば、苦戦は必至! 我らだけでは殿下を守るのも難しくなりますぞ!」


 王子様の護衛の生き残りは五人。


 死にかけの老執事を入れても六人。


 確か、ビッグバイパーっていうのは、人族側エリア1のエリアボスだったはず。


 魔物族側のエリアボスであるロックリトルドラゴンと比較するのは違うのかもしれないけど、精鋭の兵士五人もいれば普通に打倒できそうなものだと思うけど違うのかな?


 そんなことを考えていたら、王子と目があった。


 まぁ、普通に考えたら、イベント的にも、王子の心情的にも私たちを巻き込むよねー。


「そなたらは旅の冒険者だな?」

「いえ、ただの生産職です」

「冒険者か、生産者かなど些細な問題だ」

「重要な問題です」

「…………」

「重要な問題です。重要な問題です」

「何故、三回も言う?」


 重要だからだよ!


「貴様、殿下に向かって、なんだその態度は……!」

「やめぬか、サムソン! 私がポーションをお譲りして頂いたのも彼女だ。言わば、彼女は我々の命の恩人でもある。それに、彼女たちの助太刀がなければ、我らもゾンビの仲間入りをしていたことを忘れるでない」

「し、しかし……。わ、分かりました、アルバート隊長……」


 不敬罪でひと悶着あるー?


 と思っていたら、【ポーション】を買い付けにきたオジサンが仲裁してくれた。


 隊長ってことは、ちょっと偉い立場の人なのかな?


 というか、多分、中間管理職だよね? アホな部下と猪突猛進王子の間に挟まれて可哀想に……、ホロリ……。


「態度についてはとやかく言わぬ。余も態度について言えるような性分ではないからな。今、重要なのはお主等が十分な戦力であるということよ。必要なら頭も下げるし、報酬も十分に用意する。故に、頼む。余らを護衛と共にファースまで送り届けてはくれぬか?」

「殿下! 金子はともかく、頭を下げるなどあってはなりませぬぞ! ファーランド王家の格が下がります!」

「黙れっ!」


 護衛の一人が諌めようとするけど、王子が一喝。その大声に護衛の人はビックリしたように固まるね。


「王家の格が、親の命よりも重要と申すか!」

「そ、そんなことは……」

「これは爺だからというわけではない! 余に忠誠を誓うお前たちが同じ事態に陥ったとしても、それで命を救えるとあれば、余はお前たちのために、いくらでも頭を下げよう!」

「で、殿下……」

「だから、恥を忍んで頼む。余たちを助けてはくれぬだろうか?」


 そう言って、深々と頭を下げるセイル王子。


 浪費癖の第一王子、戦争馬鹿の第二王子と比べたら、優秀って言われてる第三王子かぁ……。


 王族の権威だとか、そういうのを考えたら、これは褒められた行動じゃないんだろうけど――。


「言語道断ですね。為政者がみだりに頭を下げるなどあってはならないことです。それは、ついてきている者たちにとっても誤った道に導いていると――」

「――いいんじゃない?」


 エンヴィーちゃんが場の空気を悪くするよりも先に割って入る。


 エンヴィーちゃんは、優秀なんだけど正論ばっかりで嫌われそうなタイプなんだよね。


 多分、石田三成タイプだよ。


「ヤマ様?」

「私は気に入ったよ、セイル王子。賢君、暴君、暗君なんかよりも、仁君であることが気に入った。だから、冒険者の護衛依頼の相場の値段でファースの街まで護衛してあげる。……ま、生産職だけどね」

「俺は美味い飯で請け負ってもいいぞ」


 ツナさんらしいねーって思ったんだけど……あれ?


 そういえば、タツさんと最初に出会った時に、貴族は想像もできないような新感覚の美食を食べてるみたいな話があったような……?


 これって報酬の要求に失敗した?


 い、いや、でも、お金をもらえば、それが即座に経験値になるわけだし、別にいいよね?


「分かった。どちらもファースに着いたら用意させる。それで引き受けてもらえるか?」

「いいよ。商談成立。超特急でやっちゃうよ」


 というわけで、セイル王子の目の前で【馬車召喚】を行う私。


 え? エンヴィーちゃんの報酬はないのかって? いやぁ、エンヴィーちゃんはむしろ守ってもらう立場なんで、護衛依頼なんて受けられないんだよね。うん、残念。

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