第88話

 結論から言うと、勝負はあっさりとついた。


 あっさりとついたというか……。


 ツナさんが参戦したところでは、まだ襲撃者と第三王子の戦力は五分五分くらいで競っていたんだ。


 まぁ、変わったのは、ゆっくりと歩いて近づいてきた私が参戦してから。


 いきなり、近くの冒険者もどきの襲撃者が盾で殴りかかってきたので、それを両手で受け止めて、その盾を勢いをつけて押し返したら、盾が思いきり男の顔面にヒットして、顔面を陥没させちゃったんだよね。


 次の瞬間には【全体攻撃】が発動して、襲撃者全員の目の前に一斉に盾が現れたんだ。


 うん。


 あっという間に襲撃者の大半が顔面を陥没させて、その場に倒れちゃったよ。


 まさに、集団「前が見えねェ」事件の発生だ。


 嫌な事件だったよ……。


「な……、何が起きた……?」


 セイル王子が戸惑ったように周囲を見回す。


 まさに、一瞬で状況がひっくり返ったからね。


 そりゃ、半信半疑で状況を確認するってもんでしょ。


 でも、襲撃者のほとんどはまだ生きてるし、王子様の護衛の人たちも相当数やられちゃって、戦況の趨勢は決まったというのに、場を収められそうな感じじゃない。


 このあとどうするんだろ?


 そう思ってたら――、


「うっ!?」


 私の足元に倒れていた襲撃者が小さく声を上げて身震いをする。


 え、と思った次の瞬間には、地面に血の染みが広がって――、その背にゆらりと陽炎のように、いきなり矢が現れる。


 これ、【光魔術】レベル7の【ミラージュ】!?


 矢を透明にして、狙撃されてるってこと!?


「遠距離から狙撃されてるよ! まだ気を抜かないで!」


 私が警告を発するのとほぼ同時に、ざくざくざくっと音が響いて矢が次々に倒れている襲撃者に突き刺さる。


 王子やその護衛は、とりあえず馬車の後ろに身を隠す形で潜み、私たちは【アースウォール】を使って、その影に身を隠す。


 いや、私の防御力なら身を隠す必要がないのかもしれないけど、あたったら痛いものにわざわざあたりたいとは思わないからね?


 矢が降る度に、「うげっ」だとか、「ぐぇっ」だとか聞こえてくるけど、それを気にしてる余裕はない。


 というか、関係ない私たちも含めて亡き者にしようとしたんだから、襲撃者さんたちは罰が当たったと思って成仏して下さい。なんまんだぶ、なんまんだぶ。


「おかしくないか?」


 私が両手を合わせてお経を唱えてたら、ツナさんが急にそんなことを言い出す。


「おかしいって、何が?」

「矢が、俺たちを狙ってない」


 思わず、王子たちが隠れた馬車に視線を向ける。


 その馬車は矢も刺さってなくて綺麗なものだった。


 けど、近場では今も地面に……いや、地面に倒れている襲撃者に次々と矢が刺さってるみたいだ。


 一体、どういう状況?


「嫌な予感がする」

「偶然だね。私もだよ」


 やがて、矢による攻撃も無くなって、ホッとしていたところで、私たちの背後でボンッと火柱があがった!


 あれは、私が戦闘不能にした襲撃者たちが燃えてる……?


「えぇっ!? 折角手加減して生かしてたのに!? 色々聞こうと思ってたのに!?」

「なるほど、口封じか。さっきの矢も恐らく、倒れた襲撃者の口封じを狙っていたんだろう」

「いや、待ってください。今、炎の中に何か……」


 エンヴィーちゃんに言われて、炎の中を注視していると、確かに人影のようなものがちらりと見えるような……。


 と思ったら、炎を纏ったまま、体中穴だらけの襲撃者がもの凄い勢いで何人もこっちに向かって走ってくるじゃん!

 

 えぇっ!? 急に元気になった!?


「応戦する」


 ツナさんが前に出て、炎を纏った襲撃者をデカい銛で思いきりぶっ叩く。


 それだけで、襲撃者の体はめきめきっと変な形に折れ曲がるんだけど、それでも襲撃者は動きを止めようとはしない。


 ぐわっとツナさんに掴み掛かろうとしたけど、それよりも早くツナさんの蹴りが入ってすっ飛んでいく。


 いやいや、何あれ?


 最初の一撃でほぼ即死じゃなかったの?


 けど、まるで痛みなんか感じてないって動きだったけど?


 まさに、死兵――って、あ!


「ツナさん! もしかしたら、ソイツら、ゾンビ化してるかもしれない! 狙うなら頭を狙った方がいいかも!」

「そういうことか……」


 ツナさんの巨大銛が唸って、近づいてきた炎を纏った襲撃者の頭を潰す。


 すると、襲撃者は糸が切れた操り人形のように、その場にパタンと倒れて動かなくなった。


 やっぱりゾンビ化してたってこと……?


「まさか、【死霊術ネクロマンシー】……?」

「ネクロマンシー?」


 エンヴィーちゃんの言葉を問い正したいけど、それを行っている暇がない!


 さっきの矢の攻撃が、私たちを狙ったものじゃないとして、地面に倒れていた襲撃者を狙ったものだとしたら……。


 私は暗闇の中、続々と起き上がる生気のない死体の姿を目撃する。


 いけない!


 そう思って、【アースウォール】の影から飛び出そうとするけど、飛び出そうとした瞬間に見えない矢が私を狙ってきて、思わず【アースウォール】の後ろに隠れる!


 迂闊に動けないんですけど!?


「む、スティーブ、生きておったのか!? 良かった……」

「……ッ! 若、危ないっ! ――グッ!?」

「爺!? おのれ、スティーブ、何をするか!」


 王子の馬車の方でも混乱が起きてる!


 もしかしたら、死んだ護衛の人がゾンビになって味方を襲ってるのかもしれない。


 だとしたら、とんだ胸糞だよ……。


「殿下! これは死者の躯を操る外道の法でしょう! 騙されてはなりません! えぇい、皆の者! 殿下を御守りするために円陣を組むのだ! こやつらを殿下のもとに向かわせてはならん!」

「「「応!」」」

「頼む! くっ、爺! しっかりしろ! 余をかばって倒れるなど許さぬぞ! 誰か! 誰か、回復のできる者はおらぬか!」


 王子たちの近くでも倒れ伏していた襲撃者たちが次々と起き上がっては、間断なく襲いかかってきてるようだ。


 護衛の人たちも奮戦するけど、起き上がったゾンビ襲撃者は力やタフさが生前に比べて段違いに上がってるみたい。武器や技こそ使ってきてないものの、護衛の兵士の人たちも戦うのに苦労してるみたいだ。


 なら、私がと思うんだけど、【ファイアーストライク】を発動したところで、炎の槍が見えない矢に迎撃されて、魔術が霧散させられる!


 見えない射手は、とんでもない凄腕だよ、これ!


 恐らく、この射手と周囲をゾンビ化させてる奴が、野盗の更に後ろからついてきていたとかいう暗殺者なんじゃないかな……。


 野盗作戦が失敗した時のための保険とか、そういう感じなんじゃないの?


 それにしても、私の動きを封じながら、王子たちを追い詰めるとか厄介極まりないことをしてくれるね!


 しかも、ゾンビが私の攻撃範囲に入らないように、王子たちの馬車のみに狙いを絞ってるのもいやらしいよ! これじゃ、【全体攻撃】が発動できないじゃん!


 でも、私は物攻だけや、魔攻だけといった生産者じゃない。


 そう、私は【バランス】を扱う生産者なのだ!


 本当は、これだけは使いたくなかったんだけど、仕方ない……。


 取るに足らないゾンビは、粉微塵に砕け散れ――。


「【木っ端ミジンコ】!」


 どんっと一瞬でゾンビの一体がミンチになったかと思うと、王子の一団を襲っていたゾンビたち全てが粉微塵に砕け散る。


 うん、これだけは使いたくなかった……。


 だって、ツナさんがいると【解体】の効果でもの凄く現場がグロくなるんだもん……。


 多分、今の私の目は死んだ魚のような目をしてると思うよ……。


 あと、破片が飛び散るから装備が汚れるのも嫌だったんだ。できる限り避けたけど、少しだけ裾が汚れちゃったよ。この血の汚れ落ちるかな……。


 あぁもう、こればかりは仕方ないと諦めよう……。


 使わざるを得なかった……そう納得をしよう。


「流石、ゴッド。そっちも終わったか」


 声に振り向くと、頭の潰れた死体が死屍累々。


 巨大な銛を肩に担いだツナさんがノッシノッシと歩いてくる。


 結構な数がいたと思うけど、流石はツナさんだね。速攻で倒しちゃったみたい。


「ゾンビ化してくれて助かった。力勝負は得意だが、技で受け流されたりするのは苦手だからな。思考力が低下してくれたのは、俺にとっては追い風だった」


 王子の加勢にいった時は、そんなに暴れられなかったのかな? そんな感想を告げてくる。


 いや、力だけでもツナさんは相当なもんだと思うんだけど?


 技とか覚え始めたら、手がつけられないんじゃない?


 本人にやる気があるかどうかは知らないけどさー。


「暗殺者二人組が退いていきます」


 エンヴィーちゃんがそう告げてくれる。


 ふぅ。


 どうやら、当面の危機は去ったみたい。


 私たちが【アースウォール】の影から出てきたのに気づいたのだろう。


 王子一行の護衛の一人がこちらに駆け寄ってくる。


 うわー。全身に血と肉片を浴びてビチャビチャのホラー状態だ……。


 ごめんね、と心の中で謝っとこう。


「迷惑をかけてしまってすまなかった。助太刀、忝ない」

「放っといたら、こっちにまで被害が及びそうだったからね。き、気にしなくていいよ……」


 というか、見た目がショッキング過ぎてキツイ!


 流石に、視線を逸しながら話すしかないよ!


「迷惑ついでにもうひとつ良いだろうか? 【ポーション】の類が余っていたら、是非買い取りたいのだが、余ってないだろうか?」

「べ、別にいいけど、お仲間さんが怪我でもしたの……?」

「怪我、だけならいいのだが……」

「?」


 とりあえず、【ポーション】を市場価格より少し高値で売る。うん、毎度ありー。


 護衛の兵士が、未だ騒がしい王子の陣営にそそくさと戻るのを見つめていたら、エンヴィーちゃんに袖口を引っ張られた。


 何かな?


「すみません、ヤマ様。少しお時間よろしいでしょうか? 少々厄介なことになっているかもしれません……」


 そう言うエンヴィーちゃんの表情には、少しだけ憂いの色が浮かんでいた。

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