第87話

 野盗……。


 野盗、ねぇ……。


 森の中からゾロゾロと出てきては、私たちを囲む野盗を観察する。


 見た目は冒険者を装っているけど、装備も充実してるし、統制も取れてるように見える。


 ざっ、ざっ、ざっと規則正しく囲んでくる姿は、どちらかというと野盗というよりも……。


「これ、本当に野盗?」

「冒険者に偽装しているという直感が働いた。だから、野盗なんじゃないかと考えたんだが、まさか中身がだとは普通考えん」

「だよね。兵士だ、兵士」


 盾を前に構えて、体を隠しながらギラつく剣を持って迫ってくる姿は兵士そのものだ。


 もしかして、王国騎士団?


 いや、どこかの私兵?


 その違いや見分け方について知らないので、判断のしようがない。


 それにしても、数が多い。


 私たちを二重三重に囲むのは五十人くらい?


 たった三人相手に何て人数かけるのさとボヤきたい気分だ。


 まぁ、【全体攻撃】が生えた今となっては、人数の多少はそんなに影響を与えないんだけど……。


 というか、この人数で囲んでおきながら、降伏勧告もせずに殺気増し増しなのがヤバイよね!


 絶対私たちを許さないマンに囲まれてる気分だよ!


「ま、ツナさんは適当に追撃お願い。私は相手するから」

「わかった」


 というか、【全体攻撃】のせいで勝手に全員に攻撃がいくようになるわけなんだけど!


 私の宣言を聞いていたのか、野盗(?)の皆さんが盾を前面に掲げて身構えながら、じりじりと進んでくる。


 一気に進んで来ないのは、まだ射程距離外だからかな?


 魔術とか遠距離攻撃を受けたら、それを耐えて一気に攻めかかってきそうで怖い。


 戦うだけのスペースを潰されるのが、一番嫌だからね。


 なので、ここは手数を増やそうかな。


「【見た感じ魔道王】発動」


 これで、魔術スキルのクールタイムが半減。


 あとは、


「【ファイアーストライク】――セット」


 普通は、魔術名を言った瞬間に魔術が放たれるものなんだけど、【魔力操作】を極めたせいか、魔術の発動タイミングを自由に操れるようになってるんだよね。


 ついでに言えば……。


 私の目の前に浮かぶ炎の槍を、細く短く、炎の針になるまでに魔力を凝縮、圧縮していくことも可能になった。


 そして、それができた瞬間――、


「ゴー」


 私の掛け声と共に射出される一本の炎の針。


 それが、一瞬で私の周囲一帯を囲うように円上に広がって分身し、同じく囲うようにして包囲していた野盗たちに向かって放たれる。


 野盗たちは一斉に盾を前面に出して堪えようとするけど、炎の針は容易にその盾に穴を開けて貫通。盾を構えていた野盗たちの体にまで穴を開けて、更に背後にいた野盗の盾を激しく弾いて消えていた。


 野盗たちの顔色が変わる。


 まぁ、私の魔攻は400近くあるわけで……。


 それが【全体攻撃】で半分の威力になったとしても200前後。


 これって、A級冒険者の得意分野と同じだけの威力があるってことだからね?


 盾ぐらい貫いて、ついでに後ろの体も貫いて、更に背後の盾を弾くぐらいの威力はあるってことらしいよ?


 うん、印象は悪いけど、A級冒険者って割りと強いんだよね。


 しかも、この炎の針は【ファイアーストライク】を圧縮したものだから、普通の【ファイアーストライク】よりも、貫通性に優れてる。


 だから、馬鹿みたいに真っ直ぐに進んできても、穴だらけになるだけなんだけど……。


「怯むな! この規模の魔術はそう何発も撃てるものではない! 一気呵成に攻めたてよ!」

「【ファイアーストライク】【ファイアーストライク】【ファイアーストライク】【ファイアーストライク】【ファイアーストライク】」


 チュンチュンチュンチュンチュン!


「ば、馬鹿なっ!? ぐはっ!?」


 え、連打できますけど、何か?


 適当に圧縮しながらポンポンポンポンと【ファイアーストライク】を放っていく。


 そもそも、【ファイアーストライク】って、【火魔術】のレベル3だし、そんなに大規模の魔術ってわけでもないんだよね。


 大規模に見えるのは、勝手に【全体攻撃】が発動して派手に見えてるだけで、基本的には【ファイアーストライク】一回につき、【ファイアーストライク】一回分のMPしか使ってないので、消耗も大してなかったりする。


「魔王の如き所業、四天王ポイントプラス1……」


 四天王への評価なのに、比較対象が魔王ってどうなの?


 まぁ、でも言いたいことはわかる。


 【ファイアーストライク】を圧縮した分、貫通力は上がったんだけど、ダメージを与えられる表面積の規模は減った上に、なおかつ傷口を焼いちゃうから血が流れないんだよね。


 つまり、どういう状態になるかというと、痛みもあまり気にならないし、動けないほどでもないんだけど、体の内が熱くなって、いつの間にか次から次へと体中に穴が空くという、ある種のホラー状態になっている。


 気づいた時には体中が穴だらけになって、でも自身は致命傷を負ったという自覚もなく、何が起きているのか良く理解できないままに地面に倒れてるという……サイレント殲滅。


 うん、魔王と評したエンヴィーちゃんは何も間違ってない。


 気づいたら、五十人いた野盗たちは全員地面に倒れちゃってるし。


 しかも、全員まだ息があるというね。


 私はなかなかエグい殺傷方法を見つけたのではないだろうか?


 うん。この殺傷方法を手加減と呼ぼう。


「上手く手加減できたね」

「手加減……?」

「極悪非道の感性に震えが止まらない……、四天王ポイントプラス1……」


 え? 誰も殺してないし、無力化してるんだから、手加減でしょ……?


 違うのかな?


 そんなことよりも、あっちの馬車がヤバイみたい。


 護衛たちが円陣を組んでちょっと豪華な馬車を守ってるんだけど、多勢に無勢な上に襲撃者の装備が良いのもあって、圧倒的劣勢に追い込まれてるね。


 それでも、持ち堪えてるのは老執事さんが孤軍奮闘してるからなのかな? 一人だけ、ちょっと動きのキレが違う気がする。


「どうする? 助けるのか?」

「何もしないで待ってたら、どうせこっちにも襲いかかってくるんでしょ? だったら、協力して一緒にやっちゃった方が早いでしょ」

「お待ち下さい」


 だが、私たちが動こうとするのをエンヴィーちゃんが止める。


 なにか懸念点でもあるのかな?


 エンヴィーちゃんは強い意志を秘めた瞳でこっちを見つめてくるよ。


「私のユニークスキルである【秘書は何でも知っているオールレンジワイズ】が、人族の地位ある者との接触を予知しています。このままですと、人族国への内政干渉、または人族圏での勢力争いに巻き込まれる可能性が高いと思われます。ですので、ヤマ様、どうかご再考を――」


 なんか、凄いユニークスキル名が出たね。


 というか、【まねっこ動物】が発動しないんだけど?


 もしかして、動作がない系のスキルはから、覚えられないとかそういうこと?


 でも、アイルちゃんの【審判の目】はラーニングできた……って、アレは一応見るって動作があるのか。


 うーん。まだまだヤマモト流は謎が多いなぁ。


 でも、ここで悩むのはそんなことじゃなく、人族の地位ある人を助けるか助けないかなんだけど……。


「エンヴィーとか言ったか。悪いが、それはできない相談だ」


 最初に拒絶の意思を伝えたのは、意外にもツナさんだった。


 食にしか興味ないから、平気で見殺しにしようとか言い出すのかと思ってたよ。


「何故ですか?」

「ここで連中を助けずに見殺しにしたとする。そうなると、何が死ぬと思う?」

「あの馬車を守ってる者たちと、馬車の中の貴人、それに幾人かの襲撃者――」

「違う。死ぬのは、だ」


 かーっ! 渋いねぇ!


 けどまぁ……。


「ま、そういうことだね。助けられる命を見逃した結果、明日食べるご飯がちょっと美味しくなくなったり、寝る前にちょっと考え込んじゃったりするようになるのを、私たちは求めてないの。そもそも、殺されそうになってる人たちをぼーっと見てられるほど、悪趣味じゃないんだよね、私たち。というわけで、行くよ、ツナさんー」

「ふん、全部ゴッドがやったからな。こっちは運動不足だったんだ。丁度いい」


 私たちが動き出すのと同時、襲撃者の一人が護衛を斬り倒し、馬車の扉に手をかける。


 あ、まずっ。


 そう思った次の瞬間には、馬車の扉が内側から外へ勢いよくスッ飛んでいくよ。


 扉に手をかけていた襲撃者も、その扉と一緒になって宙を飛んでいく……いや、戸板じゃないんだよ? 馬車の扉だよ?


 蝶番もろもろ破壊してすっ飛ばすとか、なかなかパワフルな貴人さんが乗ってるみたいだね。


 扉を失くした馬車から出てきたのは、グレーの髪色をした中肉中背のイケメン。


 けど、一目でわかるぐらいには、青を基調にした仕立ての良い服を着ている。


 デザインは軍服に近いんだけど、軍服ほど厳つくもないのは、着ている人が涼やかだからかな?


 そんな涼やかイケメンは、腰に差していた特異な形状をした剣……多分、魔剣だろうね……を抜くと、高らかに名乗り出る。


わきまえよ、下郎ども! 余がファーランド王が第三子、セイル・ファーランドである! 余の首欲しくば、その命捨てるつもりで掛かってこい!」

「若っ!?」


 うわー。


 第三王子とか、思った以上に大物だー。


 そして、早速、近くの襲撃者に斬り掛かっていく。


 血気盛んなのはいいけど、老執事さんが顔色を青くさせてるよ。


 そして、襲撃者も弱いわけじゃないからね。


 セイル王子の剣をしっかりと受け止め、反撃しようとしている。


「むっ、コイツら、ただの賊ではないな!」

「若、お下がりを! コヤツらは訓練を受けた兵で御座います!」

「ふん、ならば余計に退けぬわ! 国を乱す逆賊どもめ! その身を捕らえ、此度の企みをつぶさに明らかにしてくれん!」

「殿下、どうかお下がりを! 我々が守りますゆえ!」

「殿下! 御身を大切になされよ!」

「ならん!」


 うわぁ……。


 あんまり強くないのに前線に出てくるから、護衛の人たちも大混乱だよ……。


 いや、セイル王子自身はそんなに弱くはないと思うよ?


 歳も若いし、それも考慮すれば才能のある少年って感じなんだろうね。


 けど、周りのレベルが、それよりも一歩も二歩も抜けてるんだ。


 だから、足手まといに見える。


 叩き上げの兵士と温室育ちの王子様とじゃ、戦い方も大分違うだろうし、事故が起きるのも時間の問題な気がするよ。


「ツナさん、急ごう」

「そうだな」

「では、名乗り上げは私が行いましょう」


 名乗り上げ?


「こういう乱戦の場では、どちらの味方か、はっきりと示さねば後背から味方に斬られてしまいますよ? では、いきます。――傍迷惑な賊の暴挙を見逃すわけには参りません! 故に、我ら、第三王子に助太刀致しますがよろしいか!」

「構わぬ! 存分に暴れられよ!」


 セイル王子の許可も出たようだし、それじゃあ助っ人として頑張ろっかなー。

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