第86話

 ファースの街は、基本的にセカンの街を街道沿いに南下した場所にある。


 場所的には、セカンの南西にあるシノモリを通り過ぎて、更に街道沿いに南に行くと渓谷に架かる一本橋があり、その先の広大な麦畑を南に抜けると、ファースに着く……ということらしい。


 距離としては、歩きで二日。


 馬車で一・五日。


 私が本気を出せば、半日かからないとは思うけど、エンヴィーちゃんが酔っちゃう可能性を考えて、それは却下。


 というわけで、道程のどこかで野営を行うプランを私は考えていた。


 キョロキョロと野営ができそうな場所を探して進んでいた私は、パーティーメンバーから見たら、さぞ滑稽に見えたに違いない。


 結局、私たちは渓谷に架かる一本橋の手前で馬車を止めて、モンスターを探し出して死の宣告を行い、馬車をしまうとそこでキャンプを行うことに決めた。


 理由としては、その場の下草が短く、テントを張ったりするのに便利だということ。


 また、周りが割りと木が多くて、ここぐらいしかキャンプ地に適さなかったということ。


 そして、一本橋を渡りきったところで、エリアボスとの戦闘が開始されるという前情報を得ていたので、十分に休息を得たいと考えていたからだ。


 問題なのは、そのキャンプ地に選んだ場所のすぐ近くで、例の馬車も止まり、何やら野営の準備を始めたのと、その馬車を襲うためなのか、野盗の数が徐々に増え始めているということであった。


 というか、これ、絶対襲う対象に私たちも含まれてるよね?


 いつ襲われるかわからないのは、精神的にも休まらないから嫌なんだけどなー。


 別に、こちらから先制攻撃を仕掛けてもいいのかもしれないけど、わざわざ森の中に入ってまで相手を追いかけ回したくないって気持ちが勝っちゃって、動きたくない感じだ。


 あと、例の暗殺者が誰を狙ってるのかわからないから動き難いってのはあるよね。


 エンヴィーちゃんからは、絶対に単独行動はしないで下さいね、と釘を刺されちゃってるし。


 とりあえずは気づいてないフリをして、私たちは普通にキャンプを行うだけである。


「普通の野営にお酒の飲み放題はつかないと思いますが?」

「付くだろ」

「付くね」


 そして、野盗の襲撃や暗殺者の襲撃があるとわかっていて、飲む二人である。


 ちなみに、エンヴィーちゃんは、まずエナドリの呪縛から解脱しないといけないので、コーヒーを飲ませている。


 最初は、うぇっ、とやっていたが、カフェオレにしたら気に入ったようだ。ちびちびとバーベキューコンロで肉や野菜を焼きながら、一口食べては動きを止め、しげしげと食材を眺めているのが面白い。


 一方のツナさんの方は、ほとんど醤油を塗った焼きイカメインで日本酒をキュッとやっている。本人としては、マヨ七味が無いと嘆いているのだが、焼きイカは焼きイカでお祭りの屋台のような暴力的な香りを漂わせてるので、個人的には凄く美味しそうには見える。


 私は私で肉と野菜を刺したバーベキュー串をひっくり返しながら、焼肉のタレをつけてもぐもぐしている感じだ。一応、バーベキューにはビールかなーと一杯だけ飲んだが、後は恒例の梅酒のロックでちびちびやってる。


 いやぁ、それにしても、吸い込まれそうなくらい真っ暗な渓谷を見ながらのキャンプというものも、なかなか風情があっていいね。


 おかげで、お酒が進む進む。


「飲みすぎないで下さいよ?」

「【状態異常無効】があるから酔わないよ」

「それならいいんですが……。同行者を無駄に不安にさせる行動、四天王ポイントプラス1と」


 そのポイントって今どうなってるのか、ちょっと知りたくなってきたよ。変なことになってないといいんだけど……。


 で、こんな美味しそうな香りを漂わせていれば、人間辛抱堪らん! となろうもの。


 既に、日がとっぷりと暮れた中を誰かが近づいてくる。


 まぁ、多分、みんなその接近には気づいてるんだけど、キャンプ用に置いておいたランタンの灯りにその人物が照らされるまでは、何事もないかのように振る舞ってるね。


 演技派というより、単純に興味がないだけなんだけど。


「もし、夜分遅くに失礼致します」


 私たちのキャンプに近づいてきたのは白髪のご老人。質のいいスーツの上下を着込み、執事というイメージがしっくりくるような、しゃんとした姿勢はどことなくエンヴィーちゃんを思わせる御仁だ。


 そんなご老人は綺麗に一礼すると、私たちに向かって、


「申し訳ないのですが、我が主様がどうしてもそちらの御料理を所望しておりまして、よろしければ幾分か譲っては頂けないでしょうか?」


 と告げてくる。


 まぁ、私としては別にいいんだけど……。


「俺は嫌だぞ」


 まぁ、ツナさんはそう言うと思ってたよ。


 自前の希少ネームド素材を自分で焼いて食べてるんだから、他人に分け与えるなんて絶対に嫌って考えてそう。


 まぁ、私も『剣打ちたいから希少な素材をくれ』とか言われたら、絶対に嫌って思うから仕方ないのかも。


 けど、わざわざ頭まで下げてきている相手を無下に扱うっていうのもちょっとねぇ……。


 仕方ないから、串焼きの何本かでもあげようかなーと思っていたら……。


「あなた、魔物族ですよね? 何故、身分のある人族に仕えてるんですか?」


 エンヴィーちゃんが、コーヒーに口をつけながら、さらっと爆弾発言を投下する。


 いや、もう、老執事さんがそれを聞いた瞬間に殺気バリバリなんですけど?


 気づいても言っちゃダメな奴なんじゃないの、それ?


 というか、後ろの馬車って身分ある人が乗ってたの? 全然気づかなかったんだけど?


「はて、何の事ですかな?」

「魔王様の秘書官である、このエンヴィーを出し抜けるとお思いですか? 魔王様も知ってる案件で動いているなら作戦コード名で答えなさい。さもなくば、他国への内政干渉とみなし、魔王様に直接報告致しますが――」


 魔王様に報告って言葉が出た時点で、老執事さんが懐に手を突っ込んで特異な形状のナイフを取り出し、一気にエンヴィーちゃんに突き立てようとする!


 ……なので、すかさずトングで掴んで止めたよ。


 危ないなぁ。


「うっ!?」

「ダメだよー。短気は損気」

「あ、ありがとうございます……。常識外れの動き、四天王ポイントプラス1……」


 エンヴィーちゃんって有能だけど、戦闘能力は低いのかな?


 老執事さんの動きに全くついていけてなかったもんね。


 秘書って言ってたし、完全に文官タイプなのかも?


 まぁ、今はとりあえず、老執事さんに説教だよ。


「お爺さんもさぁ、少し看破されたくらいで相手を殺そうなんてムーヴはダメだよ? 事情を話してみるとか、誤魔化すとか、懐柔するとか、色々あるじゃない? それをすっ飛ばして、最終手段に走っちゃうのは下策もいいところでしょ?」

「…………。そうですな。申し訳御座いません。少々焦ってしまったようです」


 素直に謝りながら、ナイフを懐にしまう。


 まぁ、だからといって、素直に喋る気はないと顔に書いてあるわけだけど。


「では、事情を話すと?」

「契約で縛られてる故、話すことはできませんな」

「貴方は、今、魔王国に対して不利益になるかもしれないことを行っているという認識はありますか?」

「そちらも契約故に話せませんな」

「なるほど。事情を話すでも、誤魔化すでも、懐柔するでもなく、黙秘を選ぶか。賢いな」


 ツナさんが変なところで感心してる。


「じゃあ、私からも質問」


 串焼きの火加減を調整するために、くるくるとひっくり返しながら確認するよ。


「アナタが仕えてるのは、誰?」

「…………。あちらの主様でごさいます」


 ふぅん?


「エンヴィーちゃんー。私、そのへんちょっと詳しくないんだけど、人族が魔物族を従わせるために、契約で縛るってことはあるの?」

「言う事を聞かない相手を無理やり縛りつけるといった意味でならあります。ただ……」

「…………」


 老執事は落ち着いた表情で話を聞いているけど、その内心はどう思ってるのかわかったもんじゃないね。


 また激昂しなければいいんだけど。


「魔力の高い悪魔種の魔防を貫いて、【契約魔法】を使うとなれば、人族であれば相当な腕の魔法使いを用意する必要があるかと思います」

「なるほどねぇ」


 というか、老執事さん、悪魔種なの?


 見た目人間だから、さっぱりわからなかったよ。


「何が『なるほど』なんだ? 俺にはさっぱりわからん」


 ツナさんがイカ焼きを齧りながら首を傾げる。


 まぁ、ツナさんにもわかりやすく言うと、


「そっちのお爺さんは、魔王様へ報告するって聞いた瞬間に襲い掛かってきたでしょ? つまり、魔王様に知られるとマズイことをしてるってわけ。けど、お爺さんがいうには、自分の主は人族の貴人(?)なんだって。そうなると、人族の貴人が魔王様に知られるとマズイことをしてるってことになるけど、一介の人族の貴人のやることで、魔王様に知られちゃマズイことって何よ? ってなるでしょ?」

「まぁ、そうだな。『魔王国に攻め込む準備をしています』とか言われても、人族国全体の話でもなければ、ふーん程度だしな」

「そこで出てくるのが、さっきの契約の話。このお爺さんは多分本当に契約で縛られてるんじゃない? で、契約で縛ってる奴の計画の一端で人族国の貴人の下についてるんだとしたら……。ほらほら、口封じのためにいきなり人を殺さなきゃいけないほどに、きな臭くなってくるでしょー」

「なるほどな」


 老執事はだんまりだけど、あからさまに顔色が悪くなってる。


 これを魔王に伝えるよーとか言ったら、また襲いかかってきそうだねぇ。


「なかなかの慧眼、四天王ポイントプラス1……」

「はい、串焼き。持っていっていいよー」

「あ、ありがとうございます……。その、いいのですか……?」

「いいよ、いいよー。というか、アナタのおかげで疑問も晴れたし」

「疑問、ですか……?」

「うん」


 言ってる間に、誰か先走ったのか夜風を裂いて、ひゅんっと飛んできた矢が老執事さんの足元にびぃんっと刺さる。


「!?」

「私たちを囲むように動いてた野盗も、誰を狙ってるんだかわからなかった暗殺者も、多分、そっち関係のゴタゴタでしょ? 二君に仕えるのを許さずって奴? ま、私たちが無関係だってわかっただけでもありがたいから、それはお礼として――……」


 うぇっ!?


 余裕綽々に講釈垂れてたら、雨のように矢が降ってきたんですけど!?


 それは聞いてないよ!?


 あぁーっ! 私のバーベキューコンロとドリンクボックスが穴だらけになっちゃう! 守らないとー!?


 ▶【バランス】が発動しました。

  攻撃回数のバランスを調整します。


 ▶【全体攻撃】スキルLv1を取得しました。


 ▶【バランス】が発動しました。

  スキルのレベルバランスを調整します。


 ▶【全体攻撃】スキルがLvMAXになりました。


 ▶中級スキル取得条件を満たしました。

  【貫通攻撃】がアンロックされます。


 ぜ、【全体攻撃】!?


 思わず思考加速をして、スキルの詳細を確認するよ!


====================

【全体攻撃】

 単体にダメージを与える攻撃全ての対象を全体に変更する。相手が単体の場合は発動しない。発動時のダメージは、物攻(または魔攻)×0.05×スキルLvで算出。

====================


 えーと、レベルMAXなら、攻撃力半分で全体攻撃になるってことね!


 これなら……!


 降ってくる矢をトングの射程距離を伸ばして、明後日の方向に弾く。


 すると、その瞬間、トングの先が無数に分身して、全ての矢を払い除ける。


 ガガガガガガンッ!


 …………。


 なにこれ!? オラオラ感が凄いんですけど!?


 もしくは、無駄無駄感!


 もの凄い音を残して、あらぬ方向に吹き飛んでいく矢の雨を見て、全員が呆けている。


 というか、矢を射ってきた賊の方も固まってるんじゃないの?


 けど、遠くに停められた馬車の方から、ワー、ワーと応戦する声が上がるのを聞いて、ハッと老執事さんが正気に戻ったようだ。


 急に怖い顔をして走り出す。


「若っ! ……失礼します!」


 うわっ!


 受け取った串焼きをその場で放り捨てないでよ!


 私は素早さを活かして、空中で串焼きを回収すると、【収納】へとしまい込み、ついでにバーベキューコンロやドリンクボックスもしまう。


 うん、薄暗い森の影から、完全武装した野盗がゆっくりと進み出てきてるね。


 狙いはあっちの方でも、目撃者は全員消すって感じかな?


 老執事さんが恨みかってるんだか、老執事さんが仕えてる『若』が恨みかってるんだか知らないけど、こっちはいい迷惑だよ!


 ちなみにツナさんは、しまわれる前に焼いたイカ焼きを皿に積み重ねて退避していた。


 流石だね。


「はっ!? じ、人知を超えた動き、四天王ポイントプラス1……」

「あー。エンヴィーちゃんは戦えないなら、私の後ろにいてね? 危ないよ?」

「は、はい! わかりました! 時折、見せる気遣い、四天王ポイントマイナス1……」


 そそくさーと私の後ろに避難するエンヴィーちゃん。


 それと前後する形で、ツナさんが前に出る。


 そして、声を張り上げるよ。


「プレイヤーがいるなら、さっさと逃げろ! コイツは手加減ができないタイプだ! 警告して逃げない奴は自殺志願者だと断ずるからな!」


 動揺は――、ない。


 どうやら、NPCだけってことらしい。


「だったら、暴れるだけ暴れても問題ないってことだよね、ツナさん?」

「ほどほどにな」


 うん、わかった。


 ほどほどに殲滅することにしよう!

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