第84話

「うーん、ちょっと待ってね」

「はっ」


 私は必死で頭を回転させて、上手いこと言い訳できないかを考える。


 そして……、


 ――思いついた!


「少し尋ねたいんだけど……貴女は、この部屋を見てどう思う?」

「この部屋、ですか?」

「そう、この部屋」


 使者の女の人は、さっと宿の一室を眺めてから、少し言いづらそうに視線を伏せる。


「その、シンプルな良い作りかと存じます」

「正直に言っちゃっていいよ。貧乏くさい、何もない部屋だって」

「いえ、決して、そのようなことは……」

「私は別にこの部屋でもいいんだけどさー。会談の席を設けようとした魔王様がどう思うのかって考えるとねー」

「魔王様が?」

「ほら、この魔法陣って相手の姿が見えるんでしょ? となると、後ろの部屋の様子とかも映るんじゃない?」

「そうですね」

「そうなった時に、貧乏くさい部屋が背景に映ったら、魔王様に『あ、この会談をそんなに重要視してないんだな』って思われちゃうかもしれないじゃない?」

「魔王様は、そんなに心の狭い御方ではないと思うのですが……」

「でも、印象的には悪いものを与えるとは思うんだ」

「印象で言えば、確かにそうかもしれません」

「だから、魔王様との会談は然るべき場所、然るべきタイミングで行いたいと思うんだよね。なので、しばらくこの魔法陣は預っておこうと思う」

「わ、わかりました……」


 どこか腑に落ちないという顔をしている使者の女の人を前に、私は逃げ切ったという安堵感で心の中でガッツポーズする。


 ふぅ。


 とりあえず、いきなりの魔王との会談は逃れられたね。


 あとは、どうにか時間を稼ぎつつ、上手い条件を考えたいところだ。


「ヤマモト様、私からもひとつ良いですか?」

「え、何?」


 私が心の中でほくそ笑んでいたら、使者の女の人が声をかけてきた。


 なんだろ?


「私は魔王様より、直接、ヤマモト様を観察するように仰せつかっております。ですので、ヤマモト様を観察するために、同行したいのですがよろしいでしょうか」

「同行?」

「はい、ヤマモト様がどのような御方か調べ、魔王様にレポートを提出するため、近くで見守らせて頂きたいのです」


 それって本人に言っていい奴なの?


 でも、使者の女の人は大真面目のようだ。


 うん、真面目過ぎて融通が利かないタイプなのかな? なんかそんな感じするね。


「まぁ、私の邪魔をしなければ別にいいよ」

「ありがとうございます」


 下手に追い払っても、それはそれで魔王側に悪印象を与えちゃうかもしれないしね。


 ここは、穏便にいこう。


「優しい対応、四天王ポイントマイナス1と」


 ん?


「えーと、今、四天王ポイントがなんたらって聞こえた気がしたんだけど……?」

「はい。レポートを魔王様に提出するために、個人的に定めた基準で点数をつけ、魔王様に報告できれば分かりやすいであろうかと思い、ポイント制を導入してみました」

「へぇ。なるほどねぇ」


 全く興味ないけど、色々と考えてやってるんだねぇ。


 その時、私の部屋のドアがノックされる。


「ゴッド。そろそろ夕飯のパスタが無くなりそうだったぞ。食うなら急げ」

「え、それは困るよ!」


 風花亭はメインのパスタ料理が切れると、後はお酒のオツマミみたいなものしかオーダーできなくなるんだよね。


 しかも、それは食事分の料金とは別料金になっちゃうんだ!


 だから、ちゃんと食べれる時に食べておかないともったいないんだよね。


 というわけで、折角だし、使者さんと一緒に食べに行こうかな?


「今から食べに行くよ。ありがとね、ツナさん」

「おう」


 扉越しに会話しながら、私はさっと立ち上がる。


「今の方は……」

「あー、旅の同行者のツナさん。なんか本当の名前は長ったらしい名前だったから忘れちゃったけど、ツナさんって呼んどけばいいよ」

「わかりました。えー、同行者の名前をあっさりと忘れる。四天王ポイントプラス1と……」


 そのポイントって、人でなしな行いをするとプラスになるの?


 つまり、四天王ってクソな人種ってことなの?


 だったら、四天王とかになりたくないなぁ。


「とりあえず、食事に行こうと思うんだけど、貴女も一緒に行く? えーっと……」

「エンヴィーです。魔王様の秘書官を務めております」

「そう、よろしくね。エンヴィーちゃん」

「はい、よろしくお願い致します」


 というわけで、本日はエンヴィーちゃんと一緒に夕食だ。


 ■□■


 空いてる席にエンヴィーちゃんと一緒に着いて、店員さんに声をかけたところで、「もう少しでパスタ終わるところでしたよー」と言われたので、かなりタイミング的にはギリギリだったと思う。


 とりあえず、本日の日替わりパスタを適当に頼んでエンヴィーちゃんを見ると、彼女はメニューを相手に、にらめっこをしていた。


 食事のメニュー自体はぶっちゃけ本日の日替わりパスタしかない。


 あとは、エールとかオツマミのメニューが少々といった感じだ。


 何を悩む必要があるのだろうかと思わず疑問に思ってしまう。


「なんか悩むことあった?」

「聞き及びのない品ばかりで困っています。カロリーバーはないのですか?」

「カロリーバー……?」


 いや、食堂でカロリーバーなんて出すところあったら、暴動案件でしょ……。


 一応、店員さんに聞いてみるけど、やっぱり無いっていうか、「カロリーバーって何です?」って状態だったので、もういいやって感じで、エンヴィーちゃんの分も日替わりパスタを頼んでしまう。


「勝手にメニューを決められた……。四天王ポイントプラス1……」


 いや、カロリーバーがメニューにないのかとか聞いてる時点で、人族国の料理を良くわかってないでしょ!


 むしろ、ちゃちゃっと決めた私は感謝されこそすれ、恨み言を言われる覚えはないんじゃないかな!?


「というか、魔王国の王都にはカロリーバーとかあるんだ?」

「え、わかりません」


 え? どういうこと?


「私は魔王城の秘書官控室でしか食事をしたことがありませんので」

「王都にまで出て食べたことがないと?」

「はい」


 ふーん、と流しそうになったけど……。


 いや、ちょっと待って?


 百歩譲って、王都で食べたことがないのはわかるとしても、何で秘書官控室で食事をしてるの?


 王城とかいうくらいだから、立派な食堂とかあるものじゃないの?


 って話をエンヴィーちゃんに振ってみたら……。


「少なくとも、私や魔王様、他の秘書官も食堂を利用したことは御座いませんね。その代わり、私たちの控室には常にカロリーバーとエナジードリンクが切らさずに常備されています」

「え、ずっとそれを食べて仕事してるわけじゃないでしょ?」

「基本的には、カロリーバーとエナジードリンクだけですね。理論的には、それで完全な栄養補給ができますし、時短にもなります。むしろ、そうやって仕事をこなさないと、国の行政が回りません」


 え? それって、なんて苦行?


 カロリーバーとエナドリ漬けの生活なんて、締め切り前の私と同じような状態じゃん。


 それが、二十四時間365日続いているんだとしたら、魔王軍ってどんだけブラックなのって感じなんだけど?


 それとも、トップが他に仕事を回すのが下手な人で、仕事を抱え込んじゃってるのかな?


 いや、秘書官を複数持っていて、その人たちですら地獄のような状況ってことは、そもそも魔王軍という組織自体に問題がありそうな気が……。


 四天王を引き受けたくない理由が増えた気がするよ……。


「はい、本日の日替わり、アンチョビとキャベツのパスタお待ちどう」

「ありがとー」


 運ばれてきたパスタがテーブルに置かれる。


 うん、美味しそうな匂い。


 いいね。


「…………」


 あ、エンヴィーちゃんがパスタを見て固まってる。


 まさに未知との遭遇って感じなのかな?


「あの、すみません、お客さん」

「はい?」

「そちらのお客さんは泊まりのお客さんじゃないですよね? すみませんが、パスタの代金を支払って欲しいんですが……」

「だってさ、エンヴィーちゃん」

「え?」


 パスタを見つめることに忙しくて話を聞いてなかったのか、エンヴィーちゃんは目をパチクリさせている。


 いや、本当、魔王の秘書官なんだよね?


 できるイメージを持っていたんだけど、違うのかな?


「宿のお客じゃないから、パスタ代を払って欲しいんだって」

「え? ありません」

「あり……え?」


 今度はこっちが「え?」だよ。


 え、手持ちがないの?


 それでどうやってここまで旅してきたの?


 聞けば、魔王国では、私を探すのを優先して、手持ちのカロリーバーとエナジードリンクで昼夜問わずに情報を集め、どうしても疲れが取れない時は、魔王軍の宿舎の一室を借りて仮眠を取っていたらしい。


 いや、馬鹿じゃないの!?


 死んじゃうよ、この子!?


 で、人族国に来てからも、カロリーバーとエナジードリンクで食いつなぎながらも、私を探して【魔力感知】をしまくっていたらしく……。


「お金という概念を忘れていました。城では使う機会もありませんでしたので、不要だと決めつけていたようです」

「じゃあ、持ち合わせはないんだ?」

「恥ずかしながら」

「はぁ……。仕方ないから、ここは私が代わりに出しとくよ? あと、部屋も一部屋、一泊分お願いできる?」

「はい、問題ないですよ」


 というわけで、エンヴィーちゃんの宿泊代と食事代を立て替える。


 あとで、なんとかして返してもらおう。


 お金関係はなぁなぁにしちゃいけないって、よく言うしね。


「食事代と宿泊代を奢ってくれた、四天王ポイント、マイナス1……」


 奢ってないから!


 一時的に貸しただけだから!


 はぁ……。


 もう、食事の前から疲れるよ……。


 というわけで、早速、本日のパスタを食べ始める。うん、アンチョビの塩加減とキャベツの甘さが相まって丁度良い感じだね。


 個人的には、もうちょっと味を濃くしてもらっても構わないんだけど、キャベツの味も味わってもらうためには、これぐらいが丁度いいのかな? 美味しいことは美味しいよ。


 で、肝心のエンヴィーちゃんだけど、私の食事風景を見て、見様見真似でパスタを口の中に放り込んだようなんだけど……そのままの姿勢で固まってる。


 まぁ、カロリーバーでは味わえない味だろうし、自分の中で色々とまとめる時間が欲しいのかも?


 で、5分ほど経ってから、ようやく動き出した。


「アンチョビとキャベツのパスタ、四天王ポイント、マイナス1万……」


 それ、パスタの評価じゃん!?


 私関係ないからね!?

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