第82話

【フィーア視点】


 さっきのアレは何だったのだ?


 俺はさっき見た光景が忘れられずに、良く思い出そうとしていた。


 だが、俺の記憶にあるのは白い影だけだ。


 我が愛馬シュンエイが、不敬な女を踏み殺そうとしたことは鮮明に覚えている。


 だが、その瞬間、白い何かが視界を横切った気がした。


 そして、次の瞬間には女が消えた。


 シュンエイは空振った足を不服そうに地面へと下ろし、低くいななく。


 多分、シュンエイも何が起きたのかは理解できなかったのであろう。俺も一瞬、何が起きたのかは理解できなかった。


 俺がそれに気づいた……あるいは気づけた……のは、あの場にいた者の中で白い衣装を着た者が一人しかいなかったからだ。


 その女は、まるで何事もなかったかのように道端に立ち、俺たちの様子を観察しているように見えた。


 最初から、最後まで全く動いていませんよ、というていで立ち続けている。


 日傘で顔を隠し、優雅に佇む姿はまるで深窓の令嬢だ。


 だが、見た目があてにならないことは、数多の戦場を駆けずり回った俺には常識。


 思わず、【鑑定】をかけたくなるところだが、一般的には相手の許可なく【鑑定】をかけるのは無作法だとされている。


 だが、相手の脅威を正確に知っておくのも、この国を守る者の努め。


 故に、俺は相手の強さを測る抜け道を利用する。


 【魔力感知】。


 これは、視界に頼らずに、魔力を持つ相手の位置を特定するスキルではあるが、魔力の過多によって光量が違ってくるスキルでもある。


 つまり、【鑑定】に頼らずとも、相手の光量から、その魔力の大凡の値を導き出し、相手の強さを簡易ではあるが、推測することができるのだ。


 とはいえ、だ。


 この推察方法では、物理職の脅威度は正確には測りにくいという欠点もある。


 だが、やってみるだけの価値はあるだろう。


 俺は、女を視界に収めたまま【魔力感知】を行う。


「ッ!?」


 ……ゾッとした。


 俺が見たものは、太陽――、太陽だった。


 眩しすぎて目が眩むほどの魔力量。


 魔法を得意とする、第三騎士団長ドライですら遥かに凌ぐほどの恐ろしいほどの魔力の塊。


 あれが、側にいるだけで、周囲の一切が掻き消されて見えなくなるほどの存在感。


 思わず、【魔力感知】を切っていなかったら、こちらの視界が潰れて落馬しかねなかっただろう。


 それだけの魔力量を、かの白い令嬢は身に纏っていたのだ。


 思わず体中に脂汗が滲む。


 それだけではない。


 体中が震えだそうとするのを必死で堪えて、俺はあの場から逃げるようにして去っていったのだ。


 自身の恐れを騎士団の面々に気取られないようにしながら、俺は威厳ある騎士団長としての仮面を被り続ける。


 アレは危険だ。


 むしろ、アレと関わり合いになりたいとも思えない。


 だが、国防を司る王国騎士団としては、アレを気にしないわけにもいかないだろう。


 王国全土の騎士団に注意を促す意味合いでも警鐘を鳴らす必要はある。


 だが、果たしてそれは正解なのだろうかとも考える。


 王族を護衛する近衛の立場である第一騎士団。その騎士団長であるアインズは実力は確かだが、軽薄な男だ。


 俺が警告したところで、全く取り合わないことだろう。


 そもそも、奴は第一王子派。


 場合によっては先程の白の令嬢を取り込みにかかるかもしれん。


 奴は無類の女好きでも知られており、女にモテるとも聞く。もし、白の令嬢が靡いたらと思うと迂闊に情報は渡せないだろう。


 ならば、王都を警護する第二騎士団の団長ツヴァイはどうだ?


 アインズとは正反対の生真面目なタイプだから、俺の忠告は聞くかもしれん。


 だが、奴も第一王子派。


 もしかしたら、偽報の類ではないかと疑ってかかる可能性は捨てきれない。


 奴が、どこまで真剣に考えるかは甚だ疑問だ。


 港町セカンを守る第三騎士団の騎士団長ドライであればどうか?


 奴は第二王子派ではあるが、野心に溢れた男でもある。


 この情報を聞けば、翌日には白の令嬢にコンタクトを取ろうとするだろう。


 だが、奴は高慢でもある。


 白の令嬢は燃え盛る太陽だ。


 彼奴がその身に太陽を抱こうとして、あっという間に骨の髄まで焼き尽くされる未来しか見えない。


 必要なのは、アレが不測の事態を引き起こした時の備えであり、アレを取り込めると考える楽観さは不要なのだ。


 なれば、俺と同じ大陸全土を巡り、国の平和を守る……ふっ、守るか……第五騎士団長のフンフであればどうか。


 奴は賢い。


 だから、俺と同じく脅威を正しく理解するだろう。


 だが、奴自身が外道に過ぎる。


 白の令嬢がその行為に嫌悪感を抱いたとあれば、王国騎士団との衝突は必至か?


 ならば、フンフには今まで通り、表面上は凪のように動いてもらうしかない。


 下手に情報を渡すことで、フンフの興味を惹いて藪蛇を突く事態にだけはなって欲しくないが、私一人では荷が勝ちすぎるだろう。彼にはそれとなくだが、情報を渡すべきだな。


 そして、ファースを守る第六騎士団の団長であるゼクス。


 奴は唯一の第三王子派。


 そもそも、ファースを第三王子が直轄しているのだから、当然といえば当然だが派閥争いにも加わらぬ変わり者だ。


 とはいえ、白の令嬢はそんな派閥争いの勢力図を一気に塗り替えるだけの力を持った存在ではある。


 奴に要らぬ野心を抱かせないためにも、情報は引き渡さないのが正解か。


 後は、我が主、第二王子ディーン様ではあるが……。


 の人に報告はするが、強さに関してはなるべく伏せねばなるまい。


 あの人は自分が一番でなければ済まない性分。


 ディーン様よりも強いと報告した場合には、第三〜第五の騎士団を総動員して、白の令嬢狩りを始めることだろう。


 そうなれば、国の治安は乱れ、ファーランド王国は二、三世代は時代を逆行することになる。


 魔王国との決戦を目論んでいる最中で、そんな馬鹿げた事態になることだけは避けたい。


 なれば、やんわりとした注意喚起を行うのが吉であろう。


 ディーン様は武勇に優れ、軍の指揮もしっかりとしたものだが、時折、まだ若さを見せるのが困りものではあるな……。


 それでも、弱腰の第一王子であるエリック様などよりは、よほどマシではあるが。


「フィーア様、どうかされたのですか?」

「いや、なんでもない」


 人知れずため息を吐いていたのを、部下に目敏く見つけられてしまったか。


 俺の鍛えた王国随一の精兵たち……。


 彼らに戦場という名の活躍の場を与えるために、ディーン様の血気盛んさは有り難い。


 あの方についていけば、やがて魔王国も平らげてくれるのではないかという覇気を、の方は纏っておられる。


 だからこそ、ディーン様を旗頭に、この平和ボケした国を今一度強国へと押し上げる必要があるのだ。


 それには、エリック第一王子では実力不足。


 いずれは、この国に変革が起きよう。


 その時に、あの白の令嬢が動くかどうかは分からないが、それまでに十分に注意する必要があるな……。


 ■□■


【天王洲アイル視点】


 はぁ……。


 思わず、ため息が漏れてしまう。


「お、アイルちゃん、どうしたどうした? 恋かー?」

「そうだねー……」

「えぇっ!?」


 小学生時代からの親友である沙友理ちゃん……違った、今はサユリンだ……が大袈裟に驚いて、その事実をパーティー内に広めようとする。


 私が死にかけたあの後、唐突のことに呆然とする私を、パーティーメンバーは宿屋に引きずるようにして連れ帰ってくれた。


 流石にあの場に残って、もう一悶着を起こすのはマズイと感じたのかもしれない。


 逃げ帰るようにして宿に戻った私たちは、思い思いに反省点を述べては、改善点を洗い出す作業を行う。


 私はそこでも、ぼーっとして意見を述べることはしなかった。


 というか、色々とショックで出来なかった。


 基本的に、私たちPROMISEは配信者である私と、リアルフレンドであるサユリンや、チック。それと古くからのディープなファンである運慶さんや庄司さん、大艦巨砲主義さんで構成されている仲良しパーティーだ。


 元々、LIAでも配信を行う予定で、それで色んな部分にケチをつけたりして、炎上商法で再生数を稼ぐつもりだったのだけど、その目論見はたった一日で瓦解した。


 いきなり、デスゲームが始まったからね……。


 それでも、周囲を知り合いで固めて、更にはファンの人たちについてもらえたのは幸運ではあったのだろう。


 私は炎上系の配信者だし、ファンの前で弱気なところを見せるのはイメージダウンに繋がる。


 本当は宿に引きこもって、デスゲームが終わるまで震えていたかったけど、なけなしのプロ意識がそんな私を奮い立たせたのだ。


 そうして、私はファンに見てもらっているという強い気持ちを持って、何とか無理しながらもPROMISEというパーティーを引っ張り続けた。


 炎上するようなことをしないと私じゃないから、とにかくファンの中のイメージを大事にし、冒険者界隈のみんなからはウザがられる存在になってしまったけど……それに関して悔いはない。


 私は私を信じて、ついてきてくれる人の期待に応えるだけだから、有象無象にどう思われようと気にしないのだ。


 というか、炎上系配信者だしね。


 バッシング慣れしてるんだよ。


 ただ、デスゲームという環境上、不和をもたらす存在が嫌われて、排除対象となる可能性もなくはない。


 だから、私は昔に行った配信者コラボ企画の伝手でSUCCEEDのミタライくんを頼ることにした。


 ミタライくんと懇意だと分かれば、私を安易に排除できなくなると考えたのだ。


 そもそも、このデスゲームは誰かがクリアしないと終わらないと、最初の宣言でプロデューサーの人が言ってた気がする。


 そして、そのゲームクリアに一番近い存在なのが、プロゲーマー集団であるSUCCEEDであることは間違いない。


 彼らには、実績もあるしね。


 だから、私はミタライくんの名前を借りながらも、SUCCEEDにゲームクリアの足しになるような戦力や情報を集めることにしたんだ。


 デスゲームなんて物騒なものは、さっさと終わらせたいから、多少迷惑に思われようとも、攻略の足しになりそうな情報はグイグイと集めにいったし、それをSUCCEEDに渡してデスゲームを早く終わらせてくれることを、私は願っていたんだ。


 うん。私だって馬鹿じゃないから、この状況で炎上する動きばかりしていれば、いずれは本当に命を落とすだろうということは理解してる。


 だから、とにかく必死に、それでいてファンの期待を裏切ることなく、ギリギリのラインを攻めてきたつもりだった。


 そんな最中に少しだけトラブルが起きてしまった――。


 相手は王国の騎士団。


 洒落の通じない相手NPCだ。


 それはわかっていたけど、配信の時の癖というか、相手を煽るようなムーヴが今日に限っては止められなかった。


 あ、ヤバイ。


 そうは思っていても、口が勝手に回る。


 そして、逃げ出したいほどに怖い状況だというのに、炎上系配信者としての意固地な部分が出てしまう。


 けど、NPCには、そんなことは関係なく……。


 ――私は一度あそこで殺された。


 いや、殺さたれはず


 けど、私は生き残った。


 何が起きたのか、その時はまるでわからなかった。


 でも、今は理解している。


 一瞬だけど、私に触れた柔らかな……その、双丘の感触が……私に何が起こったのかを理解させたからだ。


 そう、あの場で鎧をつけていなかった者は、あの御方――……そうだ、心の中でお姉様と呼ぼう……しかいなかったし、あれだけのメロンというか、ご立派なものを持っておられたのも、お姉様しかいなかったのだから……。


 だから、私にはわかった。


 お姉様は、私の命を救ってくれたんだ。


 それこそ、誰にも気取られないくらいの動きで、私を救ってくれた。


 だからこそ、分かる。


 ネームドを倒したのは、恐らくお姉様だ。


 私の【鑑定】をあっさりと弾いたのも、ネームドを苦もなく倒したのも、あの見えない動きを考えれば頷ける。


 相当な実力者。


 あんな動きは多分、ミタライくんでも無理。


 そんなお姉様に、多分だけど、お姫様だっこをされて救出されたんだよね、私……。


「はぁ……」

「うわ、重症だねー……」


 サユリンが何か言ってくるけど、仕方ない。


 私、煽られたり、槍玉に上がったりすることばかりで、打っても平気なサンドバッグみたいに、普段は周りにボッコボコに言われ放題で、批判され放題なんだよ?


 再生数稼ぐために自業自得な部分もあるけど、それがもう私の芸みたいに浸透してきちゃって、アイツは何言われても絶対に凹まない鋼メンタルの持ち主だ! みたいな感じになっちゃってるけど……。


 そんなわけないじゃん!


 ちゃんと傷ついてるし、ちゃんと凹んでるし……。


 本当は、この環境が辛くて、苦しくて……。


 けど、それをやめるわけにもいかなくて……。


 そういうギリギリのトコで頑張ってるんだよ!


 けど、そんな辛い思いを沢山溜め込んでいたところに……。


 こんな私だから誰も助けてなんてくれないんだろうなーって思ってたところに……。


 さっとスマートに助けてくれる人が現れたら……それは、誰だって恋に落ちるよ!


 同性だけど! あぁ、同性だけどもっ!?


 そういう変なアレじゃないもん! プラトニックなアレだもん! わー!?


「あぁあぁぁぁ……!」

「なになに? 今度は変な声出して?」

「世はなんて無常なの!」

「駄目だ。やっぱりアイルちゃん、壊れちゃってる……」

「死にそうな目にあいましたからね。二、三日も置いておけば、その内復活するでしょう」


 あぁ、そうじゃない!


 私は壊れてなんてない!


 というか、折角、白馬に乗った王子様が来てくれたと思ったのに、実際は白いサマードレスを着たお姉様だったという現実が受け入れられないだけなんだよ!

 

「私は! 私はどうしたらいいのぉぉぉ!」

「とりあえず、面白いからそのままでいいよ」

「面白いとか言うなぁ!」


 あぁ、お姉様!


 安心して下さい! 私はお姉様の秘密は絶対に喋ったりはしませんから!


 だから、願わくばもう少しだけ、懇意にお近づきにさせてはもらえないでしょうか!

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