第81話

 ■□■


「ふぁ……。何ぃ……?」


 昨日は盛大に飲み食いして、テントで爆睡したんだけど、朝起きたら何だかテントの外が騒がしい。


 なんだろ、と思って日傘をさしつつ、テントのジッパーを開けて外に出てみたら、朝から頭の痛い存在が目の前にいた。


「ようやく出てきたか! 寝坊助め!」


 今朝もいきなり元気いっぱいの登場は、天王洲アイルちゃんだ。


 お供の五人も引き連れて、絶好調といったていである。


 私は無言でテントに引き返してジッパーを引き上げようとしたところで、アイルちゃんに肩を掴まれた。


「それは無体むたいだろう!?」

「寝起きに金貸しに付き合わされる私の方が無体されてるよ……」

「金貸しじゃないって言ってるだろ!」


 というか、そういう面倒そうなのはツナさんにやってよー。


 なんで私の方に来るのさー。


 あれかな?


 やっぱり見た目のいかつさかな?


 筋肉ムキムキの天狗仮面に正面切って喧嘩売るってちょっと怖いもんね。


 その点、私はとっつきやすいと?


 …………。


 これは喜んでいいのかな? それとも、悲しむべきなのかな? でも、比較対象がツナさんだしなー。うーん。


「いいから出る!」

「わー」


 半分テントに入りかけていた体が引っ張り出される。


 そして、無理やり対峙する形で立たされちゃったよ。


「ふぁ〜。で、何?」

「こら、あくびするな! 私たちなんか、貴女よりも早く起きてるんだからな! こっちの方が眠いんだからな!」

「あの、アイル様、本題の方を……」

「わ、わかってる!」


 また、目が糸の人にたしなめられてるー。


 あの人が、このパーティーの参謀なのかな?


 というか、いちプレイヤーに様付けって考えてみるとおかしいよね?


 もしかして、アイルちゃんって有名人?


「アイルちゃんって、もしかして有名配信者か何か?」

「ど、どうしてそれを!? ってか、アイルちゃんって呼ぶなぁ!」

「……有名かなぁ?」

「炎上系配信者なので、それなりに有名なのでは?」

「ボッコボコに叩かれて凹むトコまでがセットだよねー」

「お前らなー! あと、私は叩かれていない! あれは愛のご指導ご鞭撻だ!」


 物は言いようだねー。


 とりあえず、炎上系の配信者だってことはわかったよ。


 だから、こう、人の迷惑も考えずに突撃できるんだね。納得。


「とにかく、今日、私が来たのは、貴様が白銀鎧の女であるという決定的な証拠を手に入れたからだ!」


 決定的な証拠!


「ふーん」

「あっ、信じてないな! その目は全然信じてないな! 今からビックリするからな! 覚悟しておけよ!」


 どうせ、くだらないでっちあげの証拠でしょ?


 なんか、はいはい言って終わる未来しか見えないよ。


「これは昨日の夜中の出来事だ! 街中を歩いていた一部のプレイヤーから、とんでもなく美味しそうなニオイがするというタレコミがあった! そして、やってきてみれば、確かに美味しそうなニオイがする! そう、私がニオイを嗅いだのは、この塀の向こう側だ!」

「うん。……で?」

「壁を越えてまで漂ってくるほどの香り! それは即ち、大量の食料を焼いていたということだ! 白銀鎧の女はネームドを倒す直前に海で大物を釣っていたという情報もある! この二つを鑑みるに、白銀鎧の女はネームドという大物を釣り上げて倒し、沢山の素材を持っていたのだろう! そして、その素材の中でも可食部位を焼き上げれば、大物ゆえに量も多くなり、沢山の煙も出るということだ! つまり、ここで昨日野営をして、大量の煙を出していたものこそが、白銀鎧女の正体ということだ! つまり、お前だーっ!」

「ねぇ?」

「なんだ!? 観念したか!?」

「そのガバガバ推理を私に聞かせるためだけに、ここに来たの? 二度寝してもいい?」

「誰がガバガバ推理だ、誰が! 私の推理は完璧だ! な、皆? え……なんで皆して目を逸らす!?」


 パーティーメンバーにそっぽを向かれちゃう程にはガバガバだってことじゃないの?


「いや、昨日、たしかにここで野営してたけどさぁ。別にシノモリでラプーを狩ってきたから、それで焼肉とかしてただけだよ? ちょっと煙かったのは申し訳ないとは思うけど……」

「ラプー!? ラプーの煙だったというのか!? そんなはずはない! きっと、ネームドだったんだ! そうだと言ってくれ! そうでないと、私のリーダーとしての威厳が!」

「いや、そんなこと言われても……ん?」


 その時、遠くからパカラ、パカラと多くの馬が連れ立って歩く音が聞こえてきた。


 私は思わず、PROMISEの立ち位置を確認する。


 彼らは、まるで自分たちが正道だと誇示するかのように、セカンの入口を塞ぐような位置に立ってるけど、これってマズいんじゃない?


「アイルちゃん、その位置ちょっとマズイかも」

「は?」

「ほら、もっと道の端に寄らないと」

「何故そんなことをしなければならない! この道は誰のものでもないはずだろう! 私が端に寄る必要などどこにもないではないか!」

「いや、でも、危ないよ?」

「うるさい! 道を利用するなら、私ではなく相手が避けて通ればいい話だ!」

「いや、でも、ほら……」


 バカラ、バカラと馬の足音が大きくなり、やがてそれが止まる。


 そして、そこでようやく気づいたのか、アイルちゃんはセカンの街の方に視線を向けていた。


「貴様らぁ! 王国第四騎士団、騎士団長フィーア様の通り道を塞ぐかぁ! 故あっての行動だろうなぁ! さもなくば、処断するぞ!」


 黒馬に乗った大柄な騎士がそう声を荒げる。


 PROMISEのお供の面々はそんな大柄な騎士の威圧に震え上がって、ささっと道の端に移動するが、アイルちゃんだけは膝をガタガタさせながらも引こうとはしない。


 え、いや、危ないよ?


「こ、この道は誰の道でもないはずだ! だったら、貴様らが迂回すれば、い、いいだろ!」


 いや、そこは引こうよ!?


 なんで、そこで根性見せちゃうの!?


 見せるトコ違くない!?


「何ぃっ!?」

「ひぃっ!?」


 ひぃっとか言っちゃうくらいなら引こう?


 私、起き抜けに殺人現場とか見たくないよ?


「いや、ちょっと、アイルちゃんマズイってー……」

「アイル様、流石に騎士団は……」


 ほら、パーティーメンバーもこう言ってるし、引こうよ? ね? ね?


「う、うるさーい! 私はSUCCEED傘下のPROMISEのリーダーだぞ! いずれ、SUCCEEDはこのデスゲームを終わらせる英雄となる! そして、PROMISEはそんなSUCCEEDを支えた英雄の一枝として、伝説の存在となるんだ! そんな英雄のサポート役が、こんな横柄な騎士たちの横暴なんかに屈してたまるものかぁ!」

「何だとぉ!」

「きゅぴっ!?」


 ほらぁ。


 きゅぴとか言っちゃってる時点で勝負ついてるし! 足ガクガク震わせてるし! もうどこうよ、アイルちゃーん。


 というか、PROMISEも騎士団もどっちも横暴なんだよねー。


 それをどっちも自覚してない時点で、両方とも傍迷惑過ぎるんだよ。


 そのへん、どっちも改めて欲しいんだけどなー。


「貴様、言わせておけば!」

「ヒィィィ……!」

「……何事だ?」

「これは、フィーア様!」


 うわー!


 デカイ! 黒○号かってぐらいデカイ馬に、世紀末覇者かってくらいにデカイ人が乗ってるー!


 アレが、王国第四騎士団の騎士団長フィーア?


 ちょっと、本当に人族なのか疑っちゃうぐらいに、デカイ人だよ!


 そんなデカイ人が、象みたいにデカイ馬に乗って迫ってくる姿は大迫力だ!


 地面とか普通に馬の歩行で震えてるし。


 あ。


 あまりの大迫力に、アイルちゃんがその場に、ペタンと女の子座りになっちゃったね。


 ちょっと漏らしてないか、心配だよ。


 このゲーム、そういう無駄な機能があるからね。


 あ、そうだ。


 今後ウザ絡みされないためにも、スクリーンショットで今のアイルちゃんを撮っとこうっとー。パシャパシャっと。


「それが、この者が道を譲らぬと申しまして……」

「ほう」

「ひぃっ、な、なんでしょうか……?」


 敬語! 思わず敬語になっちゃってるよ、アイルちゃん! そんなことになるぐらいなら、もういいじゃん! 道を譲ってあげようよ!


 そもそも相手が悪いし、理も多分全部あっちにあると思うし! 頑張りが全部無駄なんだけど、そこそこ見てる分には面白かったから、もう引こう? ね?


「我ら、第四騎士団は王国全土を守る王国の盾である。我らが現場にく着くことによって国民の命がより多く守られることは理解できるか?」

「ぴゃ、ぴゃい……」

「そして、我らが迂回し、数秒遅れたことで散る命もあるやもしれないということも理解できるか?」

「ぴゃ、ぴゃい……」


 いやぁ、数秒程度の誤差じゃ大して変わらないでしょ?


 それは、事を大袈裟に言い過ぎだよー。


 とか思ってたら……。


「ならば何故! 我らの道を塞ぐかっ!」

「ひぃぃぃぃっ!」


 !?


 いきなり叫ばないで欲しいんですけど!?


 耳がキーンってするぅ……。


 目も白黒しちゃうよ……。


「それとも、貴様は我が王国に対する敵対者か! そこの薄汚い魔物族に与する裏切り者か!」

「ち、違いまふ……」

「ならば退けぇ! それとも斬り捨てられたいか!」

「しょ、しょれが、腰が抜けて……」


 あー。


 もう動きたくても動けない状態なんだね。


 だけど、それを理解してないのか、ズシン、ズシンとフィーアの駆る巨馬が動き始めた。


 あれ?


 これ、アイルちゃん、踏み殺されちゃうコースじゃない?


 いや、パーティーメンバーのみなさん? 助けてあげないと……。


 と思ったけど、どうやらあまりの迫力におののいちゃって、みんなして動けない様子。


 あー。


 もう、巨馬が足を上げて、アイルちゃんを踏み殺そうとしてるじゃん。


 もー。


 起き抜けに、そういうショッキング映像はキツイって言ってるんだから、やめてよねー。


 仕方ないので、私はささっと巨馬の足元まで近づき、アイルちゃんを抱きあげると、さっと道の端にまで寄って、アイルちゃんをぽとりと落とす。


 この間、僅か〇・一秒以下。


 いや、正確には知らないけどね。


 うん、足元ハイヒールだけど、バランスさんがあると普通に動けるみたいだね。


 転ぶってことを心配しないで動けるのって素敵だなー。


「――あいたっ!?」

「え!?」

「えぇっ!? なんで!?」

「いつの間に!?」

「急にワープした!? バグ!?」


 お尻から落ちたアイルちゃんの悲鳴に、パーティーメンバーはビックリしたような声を発する。


 どうやら、PROMISEの面々には私の動きが見えてなかったようだね。


 ま、敏捷のステータスが十倍違うし。


 そりゃ、瞬間移動したようにしか見えないのかも。


 けど、実力者の目は誤魔化せないか。


 フィーアが巨馬の動きを止めて、こっちを凝視してるよ。あれは確実に、私が何かをやったことを理解してる目だね。


「フィーア様、どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。……行くぞ」


 そして、私をひと睨みした後で去っていく。


 うーん。


 もしかして、厄介なのに目をつけられちゃったかな?


 ま、いっか。


 とりあえず、騒ぐPROMISEの面々を放っといて、私は二度寝しよーっと。


 いそいそとテントに戻ると、私は改めて寝直すのであった。

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