第80話

「はぁ、何か変に疲れたよ……」

「俺もだ……」


 馬車に乗ってガラガラとシノモリの中を進みながら、私とツナさんは御者台でため息をつく。


 というか、商人を目指してるのに、【鑑定】も知らなかったというのは致命的なんじゃないかな?


 でも、教えてもらえなければ、そのへんは分からないかー。


 そういった情報はチュートリアルで教えればいいのにとも思うけど、チュートリアルの内容って基礎的な冒険者の心得であって、ゲームの遊び方ではないからねー。


 まぁ、没入感が凄いゲームでいきなりゲームの遊び方をペラペラと説明されたら、萎えるって人も多いんだろうけど……。いや、そこは説明の仕方で頑張れないかな?


 というか、商業ギルド側でもきっちりとチュートリアルを用意しておけば良いのでは?


 その辺、運営の片手落ちじゃないの?


 ……まぁ、いいや。


 今日は疲れたので、さっさと帰って寝たいです……。


「そういえば、ゴッド」

「何?」

「ラプーはいいのか?」


 ああぁぁぁ……。


 すっかり忘れてたよ!


 仕方ない。


 私は前方を塞ぐ竹を馬車でへし折りながら、方向転換をする。


 うん。【魔力感知】を発動すると、ラプーが大体どこにいるか分かるんだよね。


 で、あそこでほんのり光ってるのがラプーでしょ?


 というか、わざわざ、こんな苦労をしてまでシノモリに入ったんだから、十匹ぐらいは狩りたいよ!


 というわけで、竹林を散々に破壊しながら、私はラプーに死の宣告をしたりしつつ、ツナさんと二人でラプーを狩りまくるのであった。


 ■□■


 講義の後にラプー狩りなんて行っていたせいで、辺りはすっかり夜になっちゃったよ。


 一応、夜になるとモンスターが凶暴化して、手強くなったりするらしいんだけど、私たちにとっては、この辺のモンスターの凶暴化なんて誤差でしかない。


 出てくるなり、【木っ端ミジンコ】でポリゴンに変わるモンスターに、特に何の感情を抱くこともなく淡々と街道を進むよ。


「腹減ったな」


 いや、感情は抱いていたみたい。


 空腹による不幸感かな?


 というか、LIAでは空腹とか、そういう生理的な感覚は覚えないものなんだけど、毎日のように食事をして習慣化していると、そういう感覚になってしまうものらしい。


 かくいう私もちょっとお腹減ってるし。


「イカを少し削って、イカ刺しでも食うか。ゴッド、醤油出してくれ」

「薄口、濃い口、減塩、昆布醤油、刺し身醤油、色々あるけど? どれにする?」

「雲丹醤油がいいな」

「え、無いよ」

「なん、だと……」

「一応、味のイメージがしっかりしてるなら、イメージから再現できるボタンがあるから、それで作ったらいいよ」


 というわけで、道端で【収納】からドリンクボックスを取り出す。このドリンクボックスには、私が過去に飲んだり、口にしたりして知ってる味の飲み物、調味料が全てボタンとして用意されてるんだけど、私が知らない未知の味に関しては対応していないんだよね。


 なので、そういった味に対応するためのボタンも一応用意されてるんだけど……。


「どこだ?」

「そこ。右側の端っこの方」

「ここか。というか、ボタン多過ぎないか?」

「元々、ジュークボックスをモチーフにデザインしてるからね。ボタンが多いのは想定通りなんだけど、使い難いデザインはしてるかなー」

「まぁ、逆に知らない味も偶然発見できたりして、それはそれで楽しいんから良いんだが……」


 ポチッとボタンを押しながら、ドリンクボックスにイメージを伝えるツナさん。


 そして、出てきたのが、ちょっと明るめの色をしたお醤油かな?


 ツナさんが言うには、雲丹が醤油にしっかり溶け込んでいて美味しいんだって。


 そんなこと言われると、私も気になるので少し分けてもらって、ツナさんがささっと切り出した、イカの足を薄切りにした刺し身に雲丹醤油をつけて食べる。


「うん、美味しい!」

「だろ?」


 雲丹の風味とイカの甘みが絡み合って、これは絶品だね! イカの塩辛とはまた違って、上品で柔らかい味わいだ。


「うむ、コレでセカンまでもつな」


 ぺろりと結構な量のイカ刺しを平らげて、ツナさんは満足そうだ。


 まぁ、これだけの味をあれだけ食べれば、満足になるのも頷けるね。


 というわけで、私とツナさんは少しだけ気分が上がりながらも、セカンの街を目指す。


 そして、たどり着いた。


 たどり着いたんだけど……。


 何か入口が渋滞してる?


 セカンは港町ということもあって、昼間は海産物を手にした商人とか、依頼を受けた冒険者とかが、わりと頻繁にセカンの入口を出入りしてたりするんだけど、それでも混むという感じじゃない。


 けど、今は普通に混んでるね。


 混んでるというか、全身を黒い鎧で固めた騎士と黒馬がずらっと並んでは、ゆっくりとセカンの街に入っていく。


 なんだろ、これ?


 あ、もしかして、噂の騎士団だったりする?


 それにしても、数もそうだけど、完全武装の圧が凄いね。


 不穏な動きを見せる者がいれば即座に斬るって感じが、雰囲気から滲み出てるよ。


 これが、夜魔燃斗を討伐するために呼ばれた第二王子の息がかかった騎士団だっていうんなら、確実なオーバーキルだったね。


 だって、夜魔燃斗じゃ、絶対この人らには勝てないだろうし。


 パカラパカラ歩く黒馬があげる粉塵を嫌って、私たちはちょっと離れて待っている。


 うん、なんか近付いても文句言われそうだし、ある程度離れてるのが正解な気がするよ。


 そうやって、後ろで待っていたら、チラリと騎士の一人に見られているような気がした。


 え、なんか文句言ってくるのかな?


 私たち何もしてないけど?


 と思っていたら、騎士団の最後の一人がセカンに入ったところで――、


 ガチャン――。


 セカンの門が閉められた。


 えぇぇぇ……。


 私たちまだ門の外にいるんですけどー。


 それは、セカンの門番さんも見てたよね?


 目が合ってたよね? 確認してたよね?


 というか、この門ってずっと開放されてるもんだと思ってたのに、閉まることってあるんだ。


 ちょっとどういうことなのか、門番さんに聞きにいこうとしたら、セカンの扉の奥から大きな声が響いてくる。


「我が国、ファーランドは人族の国である! そして、港町セカンはこれより、人族守護の大任を負った王国第四騎士団が駐屯し、慰労する場である! そこに不浄な魔物族が入ることは許されない! 貴様らは自らが魔物族であることを反省し、そこで一晩頭を冷やすが良かろう!」


 えーと……。


 あれ?


 王国第四騎士団に魔物族ってだけで締め出しくらった?


 というか、私たちが魔物族だってよくわかったね?


 もしかして、ツナさんの頭の上の角が原因なのかな?


 そんなツナさんは、少し物悲しそうだ。


「宿の夕飯が食えん……」


 まぁ、そんなことだろうとは思ってたけどさ。


 それにしても、聞きしに勝る魔物族嫌いだねー、王国軍。


 王国軍というか第二王子?


 問答無用とはまさにこのことだね。取り付く島もない感じだよ。


 セカンの門を守る門番さんも、申し訳ないって感じで目礼してくる。


 多分、ここで無理やり門を越えると、あの門番さんたちが怒られちゃうんだろうなー。


 …………。


 よーし、仕方ない! ここはプラスに考えよう!


「よし、ツナさん!」

「ん?」

「街の目の前でバーベキューパーティーしよう!」

「ほう、いいな……」


 というわけで、私とツナさんは街に入れないことを全く苦にせずに、その場で宴会の準備を始める。


 そう、作ったはいいものの、バーベキューコンロとスーパーフードプロセッサーの出番がないことをちょっと気にしてたんだよね!


 なので、ここで思い切り活躍してもらうことにするよ!


 というわけで、キャンプセットを【収納】から取り出して、早速パーティー開始だ!


 バーベキューコンロは簡単に火が点くし、スーパーフードプロセッサーは、その場で即座に材料を加工してくれるから、下準備とかがほとんど要らないのが強みだよね。


「なんだこれ? 自動で素材をカットしてくれるアイテムか?」

「そうそう。言葉で言えば、大体のサイズに加工してくれるよ」

「では、厚切りステーキ450g」


 って、ツナさん、早速ラプーの肉を加工し始めてるじゃん!


 そして、いきなり450とかガッツリいくね!


「こっちは200gにしようかなー」


 というわけで、私もラプーの肉を取り出しつつ、少し様子見の200gでカット。


 それに、ドリンクサーバーから取り出した醤油ダレなんかを塗りつつ、バーベキューコンロでじっくりと焼いていく。


 で、焼き上がりを待つ間に暇なので、


「鳥肉を串打ちお願いー」

「!? まさか、焼き鳥も作る気か!?」

「お酒も飲むでしょ? そりゃ、作るでしょ」

「だが、このバーベキューコンロでは……」

「あ、このバーベキューコンロは、自動で焼く温度を調整してくれるから、別に焼き鳥専用の機械でなくてもムラなく美味しく焼けるよ?」

「そういうことなら、俺も焼き鳥を作るぞ!」

「あ、そうだ。イカも少し焼いてみようかな」

「いいな! そういえば、この間の磯釣りの時の獲物が少し残っていたし、それも出すか!」

「あ、そういえば、タケノコを頭に生やしてた兎のタケノコもあったね。少し炙ってみようかなー」


 というわけで、途端にバーベキューコンロの上が賑やかになってくる。


 いやぁ、肉とか海産物とかばかりだけど、実に絵面が美味しそうで食欲を誘う!


 そして、醤油の焦げる香りが暴力的だよ!


「じゃあ、ツナさん!」

「あぁ」

「今日も一日お疲れ様でした! 乾杯ー!」

「乾杯!」


 というわけで、カチンとグラスを交わしながら、私たちはアルコールで喉を潤す。


 それが終わったら、次はバーベキューコンロの上で焼いてるものの大試食会だ。


「あっふ! でも、ラプー肉のステーキ美味しい! ジューシーで肉自体も柔らかいね! 醤油タレもまた絶妙に鳥の脂に合うねぇ!」


 これは、ちょっと一枚じゃ収まらないでしょ! もう一枚用意しよーっと。


「ゴッド、焼き鳥も美味いぞ! これは酒が進む!」

「ツナさんにかかれば、何でもお酒が進むでしょ!」


 私は笑いながら答える。


 そんな私たちを羨ましそうに眺めている門番の人たち。


 ごめんねー。


 多分、私たちと仲良くやってたら、門番さんたちが怒られちゃうからねー。


 そこで、美味しそうな光景を眺めるだけ眺めててねー。


 別に、王国軍にいじめられたから、いじめ返してバランスとってるわけじゃないからね? あしからずー。うふふ。

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