第74話

 とりあえず、ディーパの死骸をこのままにしておくわけにもいかないので、ツナさんと相談する。


「ツナさん、分け前はどうする? ちょうどイカが半分になっちゃったし、半々でいいかなーって私は思うんだけど」

「俺はそんなに活躍してないぞ?」


 活躍してないとか言いつつ、ディーパの動きを【ダークアバター】と一緒に止めてくれてる時点で地味に活躍してくれてるんだよねー。


 それに、【暴食】や【締め付け】を食らってもないから、こっちの手間も増えてないし。


 普通のプレイヤーじゃ、こうはいかないでしょ?


「いいよ、半分で」


 というか、私にリアル解体スキルがないから、多くもらっても死蔵するだけだしね。


「じゃ、遠慮なく」


 というわけで、ツナさんにディーパの死骸を半分押し付けて、もう半分は私がもらう。それにしても岩場に漂う生臭さ……。


 凄惨な現場ってわけでもないんだけど、とにかく磯臭い。


 いや、元々芳しい香りに満たされてたってわけじゃないんだけど、それにしたって臭過ぎる! 日が昇って、釣り人たちが来たら色々と騒ぎになりそうな気がするよ!


 何か良い感じの魔術とかないかなーと探してみたら、【風魔術】のレベル4に【エアピュリフィケーション】という魔術があった。


 説明文を見ると、汚染された空気を浄化してくれると書いてある。


 多分、毒ガスとか、空気の澱みとか、そういうものを解消する魔術だとは思うんだけど……。


「【エアピュリフィケーション】!」


 あ、生臭さが減った。


 何でも試してみるもんだね。


「臭さが減ったか?」


 ツナさんも気づいたみたい。


「ちょっと臭過ぎたから、空気を綺麗にしてみたよ。ここで釣りする人たちもいるから、ちゃんと掃除くらいはしとかないとね」

「だったら、水も撒くか?」

「そうだね。そうしよう」


 私は【水魔術】レベル10の【ウォーターウエイブ】を行使する。


 25メートルプールサイズの範囲を指定すると、私の掌の先から高さ三メートルの波が生まれて、その場を洗い流す。それを三度ほど繰り返した。


 うん、これで綺麗になったね。


「じゃ、帰ろうか。もう、眠いよ」

「そうだな。もう五時だ。お、日の出だ」


 日の出の太陽を目を細めて見守りながら、私たちは帰途に着く。


 そして、宿につくなり泥のように眠るのであった。


 ■□■


 私が目を覚ましたのは、辺りがオレンジ色に染まり始めていた時間帯だった。


 うわぁ、寝すぎたなぁ……。


 そんなことを思いながらも、私の眠りを妨げていたフレンドコールを取る。


 何か、寝てる間にも何度かかかってきたんだけど、眠くてガチャンと切ってた記憶が朧げにある。うん、気のせいだね。気のせい。


「もしもし? おはよー、タツさん」

『遅ようや! 何回こっちがコールした思うてんねん!?』

「三回?」

『七回や! その度に問答無用で電話切るってどないなってんねん!』

「ごめーん。眠たかったからー」

『せやろな! 夜遅くまで釣りしてたんやから、そらそうやろな!』

「あれ? 何でそのこと知ってるの?」


 まさか、タツさんも人族国に来て、あの場にいた……!?


 と思っていたら、なにやら知らないURLがフレンドチャットに貼られた。


 なにこれ?


『明け方にワールドアナウンスが流れて、ネームドが倒されたっていうんで、今も掲示板は祭りや!』

「わっしょい、わっしょい?」

『可愛いか! そういうボケ要らんねん! 問題はその筆頭候補にヤマちゃんがあがっとるっちゅーことや! しかも、スクリーンショット付きでや!』

「いやー、照れる……へ? スクリーンショット?」


 何それ? そんなもの許可した覚えも撮られた覚えもないんだけど?


『なんや、大勢の前で大物を釣ろうとしとる姿が、スクリーンショットで撮られて、それが拡散されとるわ! その上で、ネームドの討伐の情報が出たやろ? ヤマちゃんがやったんやないかって掲示板で騒がれとるで!』

「えー。またメンドイことになってるー……」


 タツさんの貼り付けたURLに跳んでみると、確かに釣りをしてる私の後ろ姿が写っていた。


 でも、後ろ姿だ。


 顔を撮られたわけじゃない。


「顔バレはしてないから大丈夫じゃない?」

『その白銀鎧は目立つやろ……。捕まったら質問攻めに仲間勧誘、素材売買の交渉に、厚かましく素材寄越せみたいなのも続々来るでー』

「実感籠もってるねー」

『誰かさんのせいで、実体験したからなぁ!』

「ゴメンってー」


 これ、情報だけを持って帰ってもタツさんの御機嫌が斜めのままな気がするなぁ。何か他のお土産も探しとこっと。


『ちゅーか、何やねん! 優勝と同時に『探さないで下さい』の一言だけ残して姿消すって! ワイ、怒ってんねんぞ!』

「いやぁ、その……」


 そういえば、タツさんに全く事情を説明しないままに、人族国に逃げてきちゃったんだよね。


 なんというか、とても気まずい。


「わ、わかったよ。あの時、何が起こったのか全て話すよ……」


 その方がすっきりしそうだしね。


 ■□■


『魔王軍四天王やと!? なんでそないなことになってんねん!?』

「いや、私が聞きたいよ……」


 タツさんに決勝戦でのイコさんとのやり取りを話したら、とんでもなくびっくりされた。


 やっぱり、魔王軍四天王に推されるって相当なイレギュラーなんだね。


 タツさん曰く、プレイヤーがかなり強くなった場合に、魔王軍幹部にスカウトされるルートが用意されてるらしいんだけど……。


『けど、それもゲーム後半でプレイヤーが強くなり過ぎたらって話だったはずや。稼働二ヶ月近くでスカウトされるとか異様やぞ? ヤマちゃん、どういうプレイングしとんねん?』

「え、自由気まま……?」

『いや、成長の方向性すら決まっとらんのに、四天王っておかしない?』

「そんなこと言われても」


 大体は【バランス】さんのおかげのような気もするけども。


「まぁ、そんなわけでね。話を元に戻すけど。イコさんにいきなり『新四天王がんばって』とか言われちゃって、ヤダくなって逃げ出してきちゃったんだよ」

『ヤマちゃんの気持ちも分からんでもないけど、出世の大チャンスなんやで? ワイだったら飛びつくんやけどなぁ』

「えー。ゲームの中でまでセコセコ働きたくないよー」


 私も色んなゲームをしてきてるけどさー。


 ゲーム内のクランリーダーとか、パーティーリーダーとかやってる人たちを見るとスゴイなーって思うんだよね。


 だって、自分じゃ絶対やりたくないんだもん。


 人の価値観なんて十人十色でしょ?


 あっち向いたり、こっち向いたり、人に尋ねることしかしなかったり、逆に話を聞かなかったり、そんな連中をうまくまとめようと思ったら、面倒くさくて死んじゃうよ。


 そんな役目を自ら背負うんだよ?


 普通に、スゴイって思うよねー。


 で、私はそういうのができないタイプ。


 私は私の興味のあることにしか動かないタイプだからね。


 だから、統制を取ることもできないし、組織のために動くこともない。


 まぁ、言っちゃうと、集団生活が苦手なタイプなんだよねー。


 だから、そんな人間を上に据えちゃダメだとは思うんだよ。


『逆ちゃうか?』

「逆?」

『ワイは下っ端の方が働かされてるイメージや。エライ方が自由気ままに振る舞える印象やな』


 うーん。


 言われてみれば、そうなのかも?


 権力を持つことでやれることが増えるというのは、あると思うんだよね。


 お金を持ってないのよりも、持ってる方がやれることが多いのと一緒でしょ?


 そう考えると四天王という立場も……アリなのかな?


『ちゅーか、逃げてるだけじゃ何も解決せんやろ。あっちがヤマちゃんを求めとるんやったら、ヤマちゃんの方から雇用の条件を出しても、向こうが飲むんとちゃうんか?』

「あー、それはいいかも」


 三食昼寝付きで権力だけ手に入るなら考えてもいいね!


 というか、それはもう王様だけどね!


 四天王なのに待遇が王様って、これもうワケ分かんないね!


『とりあえず、魔王側が接触してきたら、話だけでも聞いてみたらえぇんとちゃう?』

「そうだね。私もいつまでも逃げ回ってるわけにもいかないし、そうしてみるよ」

『それでえぇと思うで』


 というわけで、タツさんから色々とありがたい助言を頂いたので、色々と考えることが増えてしまった感。


 あ、考えることついでに、もうひとつ聞いておこうかな?


「ところでタツさん、知ってたら教えて欲しいんだけど」

『なんや?』

「ネームドとEODって何が違うの?」


 正直、強さにそんなに違いがなかったから、気にはなっていたんだよね。


 タツさんが答えるには――。


『EODはプレイヤーに対するお仕置きモンスターや。正面から戦ったら簡単には倒せないとか、倒しにくいって奴やな。単純にプレイヤーの腕や知恵が試される感じや』

「じゃ、ネームドは?」

依頼クエストやサブストーリーのボスやったりする奴やな。格が出るように名前が付けられとるけど、ピンキリやぞ。弱いのはゴブリンレベルでもネームドとかおるし』


 つまり、私はピンを引いたと。


 いや、引いたのはツナさんかもしれないけど。


 まぁ、気になってた部分も解消したのでスッキリだ。


 とりあえず、わかった、ありがとー、お土産期待しててね、とフレンドコールを切りながら、次にやることの優先順位を決めていく。


 まぁ、真っ先にやることは決まってるかな?


「着た切り雀はよろしくないでしょ?」


 というわけで、【魔神器創造】スキルを発動して、私は新しい鎧の製作に取り掛かるのであった。


 ■□■


 鎧。そう、鎧だ。


 そもそも、ディラハンというモンスターが首なしということで、騎士には鎧が必要不可欠ってことから、私は鎧を外せないという縛りがある。


 縛りというか、種族特性?


 とにかく、鎧じゃないと装備できないし、ひらひらの布の服とかは装備不可な仕様。


 前に店先で可愛い服とか見つけて、ちょっと手に取ってみたら、『ブブーッ、装備できません』って怒られたからね。あくまで鎧しか装備できないみたいなんだよね。


 しかし、鎧かぁ。


 宇宙空間に漂いながら、私は新しい鎧のデザインを考える。


 そもそも、どこからが鎧なんだろう?


 鎖帷子も鎧の範疇に入るのかな?


 それなら、細かい鎖を繋げて、シースルー的な衣装も鎧の範疇に入るんだろうか?


 あと、ビキニアーマーとかは?


 アーマーって付くから鎧?


 でも、ほぼ下着だよね、アレ。


 うーん。


 こんなことなら、情報屋さんに鎧の定義でも聞いとけば良かったよ。


 いや、知ってるかどうかは知らないけどさー。


 とりあえず、適当にイメージしては、それが鎧なのかどうかを確認していく。


 何が鎧で、何がそうでないのかを、システムがどう判断しているのかを割り出していく作業だ。


 実際に素材さえ使用しなければ、イメージした鎧がポンポンと目の前に出てきて、鎧の見本市を開催してくれる。その性能やデザインを見てるだけでも面白かったので、気づけば二時間ぐらい鎧の見本市を堪能してしまっていた。


 うん、私のある程度のイメージを元にして、多くの部分をコンピューターが補って作り出してくれるんで、意外性とかもあって結構面白い物ができたりするんだよね。中には何でそのデザインになったし、って思わずツッコんじゃうものもあってなかなかに楽しい。


 でも、二時間も観察していれば、流石に鎧と呼ばれるものがどういうものかも分かってきた気がする。


 要するに、急所部分を硬い素材で防護しているものがシステム的に鎧と呼ばれるものだと、私は結論づけた。


 ドレスのあちこちに貴金属が散らしてあっても、それは鎧ではなかったんだけど、胸元だけ金属にしたら、それはドレスアーマーという鎧の種類になった。


 つまり、布をふんだんに使ってようと、急所を守る部分を硬い素材で作っておけば、それは鎧認定されるに違いない!


「これ、アレかな? 胸部の裏地に鋼鉄のパッドとか仕込めば、鎧扱いになるのかな? いや、これ以上胸を盛ってどうするのよって感じだけど……」


 でも、それでも、見た目的に全布製の服が着れるというのなら、挑戦してみる価値はあるかも?

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