第70話

 仕方ないので、掲示板に貼り出してある依頼から、適当にクリアできそうな依頼の紙を選んで引っがしていく。


 ペリ、ペリ、ペリ、ペリ……。


 二十枚くらいになっちゃったけど、まぁいいか。


 脇に抱えて、さて受付に戻ろうとしたところで、首筋に冷たい金属の感触。


 なんか、私の背後に回った一人の男が私の首筋にナイフをあてがって、興奮気味にわめき立ててるね?


「オイコラ! クソ筋肉ダルマ! テメェの連れの命が惜しかったら、抵抗すんのをやめやがれ!」


 あ、ツナさん、また褌一丁の姿に戻ってるじゃん。


 もー、公序良俗的にダメだってばー。


 そして、どうやら一悶着あったのか、髭面くんと鑑定くんが床に呻きながら倒れてる。


 うーん、ツナさんが軽くボコっちゃったのかな?


 で、その二人の知り合いが見かねて、私を人質にとったってとこ? 何ココ? 本当に商業ギルド? 盗賊のアジトの間違いじゃないよね?


 人族プレイヤーの数が多い分、人族国ではこういうマナーの悪いプレイヤーが多いのかもしれないねー。


「このデスゲームで首をちょん切られたら、タダじゃすまねぇぞ! 連れが殺されたくなかったら、抵抗をやめやがれ!」


 いや、それ、アナタ人殺しになりますけど?


 モラル的にどうなの?


 というか、ツナさんを止めないと殺されるとでも思ってるの? ツナさんはそんな分別のない人じゃないよ? 格好はアレだけど。


 うーん。仕方ない。


 手首に巻き付けていたチョーカーネックレスを【収納】でしまって、スポンっと首を片手で持ち上げると、頭を浮かせて、ナイフの部分を素通りして、受付に向かうよ。


 これぞ、ディラハン的スルー。


 あ、首とチョーカーネックレスは元に戻しておこっと。きゅっきゅっきゅっ。


「すみませーん。この依頼の品を納品したいんですけど――」

「ちょっと待てーーーっ!?」


 もー、うるさいなぁ。


「【ダークバインド】」


 【闇魔術】のレベル3。私の影が伸びたかと思うと、ナイフ男を影で雁字搦めに縛って、その場に転がしてしまう。


 魔防が高ければ抵抗もできるんだろうけど、私の魔攻は400近くあるからね。抵抗できるならしてみてよって感じだ。


「あ、それで、この依頼の納品なんですけど」

「結構、容赦ないですね……」


 そうかな?


 むしろ、ギルドで狼藉を働いてるコイツらが悪いと思うんだよね。


 依頼の品物を納品する傍らにちょっと聞いてみる。


「ちなみに、このギルドでは入ってくる相手にいきなり【鑑定】をかけるのはオッケーなんですか?」

「いえ、オッケーではないですけど、【鑑定】をしたという証拠もありませんので……」

「ギルドでは取り締まらない?」

「取り締まらない代わりに自己責任としています」


 なるほど。


 つまり、ツナさんが三人をまとめてボコボコにしてようと、ギルドは止めないと。


 まぁ、【鑑定】で情報を抜かれる奴が間抜けなんだってことかな。生き馬の目を抜く商人の世界はなかなか怖いねぇ。


「いいか! 俺はお前らが憎くて殴ってるんじゃない! 迂闊なことをして怒らせたら、洒落にならない相手もいるんだ! そういうことを教えている! 貴様らも【鑑定】ひとつで粉微塵になって死にたくはないだろ!」


 それ、誰のことを言ってるのかな?


 そういえば、船旅の中で、こっちに向かってきた有象無象のモンスターを【木っ端ミジンコ】で消し飛ばしてたのを、ツナさんに見られてたっけ。


 大丈夫大丈夫。プレイヤーには絶対使わないからって笑って言ったんだけど、信じてもらえなかったみたい。


 私が次々に依頼書に合わせて、アイテムを取り出すのを受付嬢さんが真剣にルーペで見ている……多分、【鑑定】の効果があるルーペかな?……のをぼーっと見ながら、そんなことを考える。


「はい、依頼二十件、全納品物問題ありません。というか、凄く品質が良いですね。もしや、名のある生産者の方なのでは?」

「いや、たまたまだよ。たまたま」


 本当は、同じ品質の物を二つ用意できれば、それに合わせて【バランス】さんが発動するから、全てが同じ品質になるわけだけど……。


 まぁ、わざわざ説明する必要もないでしょ。


「ギルドカードに情報を書き込むので、出してもらってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。どーぞ」

「ありがとうございます。はい、これで依頼の実績がカードに書き込まれました。それと、こちらが依頼の報酬になります」


 ▶全部で20の依頼を完遂しました。

 ▶褒賞石73800を獲得。


 ▶【バランス】が発動しました。

  取得物のバランスを調整します。


 ▶経験値73800を追加獲得。


 ▶ヤマモトはレベルが2上がりました。


 普通に大礫蟲よりも経験値が多い件……。


 まぁ、流石に二十件もこなせば、そうなるかー。


 というか、取得した褒賞石分、経験値を得られる私がおかしいんだろうけど。


「ありがと。ちなみに、この辺だけで取得できる素材とかあったら教えて欲しいんだけど?」

「それは、【調合】ですか? それとも【錬金術】?」

「ん、両方だね」


 そう告げると、受付嬢さんは少しだけ考え込むような仕草をした後で、


「この辺だけというと、やはり海の素材ですね。メンヘラ、ヤブサカ、シノギョなどが【調合】の素材として存在します」

「メンヘラ?」

「はい、ヘラ科の魚ですね」


 あぁ、うん。


 そういう魚なんだ……。


「後は、シノモリのラプー素材とかですかね」

「死の森!」

「あ、違います。良く勘違いされるんですけど、シノモリです。竹が沢山生えてる森ですね」


 説明してもらって、ようやく理解する。


 漢字で書くと篠森と書くのかな?


 けど、漢字だとファンタジーの雰囲気が薄れるから、シノモリといった記載になるみたい。依頼書の記載を見せてもらって、ようやく納得したよ。これ、運営の遊び心かな?


 そこにいるラプーというモンスターが、この辺にしかいないんだって。


「ラプーは素材としても優秀なんですけど、何かを背中に乗せると途端に大人しくなるという特徴があるモンスターなんです。だから、ベテランの冒険者は、ラプー専用の鞍なんて持ってたりして、移動手段として使ったりしてますね」


 なにそれ、面白そう。


 だけど、乗り物は馬車があるからなぁ。


 まぁ、遊びで乗ったりする分にはいいかもね。


「この辺でとなるとそれぐらいですかね」

「そっか。ありがと」


 お礼を言って、受付を離れる。


 ツナさんは例の三人を顔の形が変わるまで殴った状態で正座させてるね。ま、彼らも生産職なら【ポーション】ぐらい持ってるでしょ。


「ツナさん、遊んでないで行くよー」

「遊んではないのだが……。まぁ、用事が終わったのなら行くか。お前たちは反省しろよ」


 というわけで、ツナさんを伴って商業ギルドを後にする。


 この後はどうしようかな?


「ツナさんはどうするー? 冒険者ギルドに寄ってく?」

「俺は別に依頼をこなしたりするタイプではないからな。寄る必要はない」


 どうやら聞いてみたら、依頼はこなさずに討伐したモンスターを定期的に持ち込んではギルドに売りつけてるらしい。一応、それだけでもギルドとしては貢献値が増えているらしく、クビにはならないんだそうだ。


「じゃ、今日は海に行こうかなー」

「海に入るのか?」

「入らないよ」


 どうするのよ。私が海に入った瞬間に巨大なイカだか、タコだかが現れて、この街が壊滅しちゃったら。


「海釣りするよ、海釣り」

「釣り竿なんてないぞ」

「買えばいいよ」


 というわけで、釣り具屋さんを探す。


 釣り具屋さんはなかったけど、道具屋の片隅に釣り具セットとして竿が幾つか置いてあるのを発見した。


「見ないのか?」

「ツナさんが選んで。私、竿の良し悪しとか分からないから」


 いや、手に取って見てみたいのは山々なんだけど、私が複数の竿を手に取ったりしたら、全ての竿の品質の【バランス】が調整されそうな未来しか見えない。


 だから、ここは離れて見守るよ。


「言っても、俺も釣りは良くわからん。むしろ、釣りで魚が釣れてるなら、銛なんぞ持って海に入ってないからな」


 そうなんだ。


 海のことなら、何でもお任せかと思ってたよ。


 結局、適当な竿を二本選んで買う。


 お値段はなかなかに良いお値段だ。


 全て手作業で作ってるとしたら、やっぱりそれなりにはするかー。


「あとは、餌だな」

「餌は何がいいのかな?」

「適当にモンスター肉でも付けてみるか」


 あまり考えない二人である。


 こういう時にブレインが欲しいと考えてしまうけど、今回はのんびりと海釣りだから、別に考えなくてもいいかなーとは思ってる。魚との勝負を楽しむタイプの釣り人には怒られそうだけど。


 というわけで、石造りの堤防までやってきたんだけど、海の奥にまで続く部分は、人でぎゅうぎゅう詰めだ。あそこで釣りをしようとは思えないほどには人がいる。


「やっぱり、海の素材を狙ってる人も多いのかな?」

「食うためじゃないか?」


 それは、ツナさんだけだと思う。


 とりあえず、石造りの堤防を海に沿って歩いてみる。すると、堤防の端まで行ってみたら、結構広めの岩場に辿り着いた。こっちも釣り人がそこそこいるけど、釣れないほどじゃない。


「じゃあ、この辺でやろうか」

「そうだな」


 というわけで、ツナさんと並んで糸を垂らす。


 私は素材確保のために――。


 ツナさんは食べるために――。


 互いの誇りを賭けて、いざ、釣り開始!


 ………………。


 …………。


 ……。


「釣れないねー」

「釣れんな」


 モンスター肉が悪かったのかな?


「モンスター肉って何付けたの?」

「【ゴブリン肉】だな」


 あれって臭くて硬くて食べれた物じゃないんだけど、そんなの海に放り込んで大丈夫?


「魚は臭い物が好きと聞いたことがある」

「それって、ザリガニじゃないの?」


 私たちが、やいのやいのとやっていたら、近くの釣り人のお兄さんに、


「にーさん、【ゴブリン肉】はやめといた方がいいぜ。あれは、魚も不味いと知っているのか近づかない。むしろ、魚を近づかせない魚避けになっちまう」

「つまり、私が釣れないのもツナさんのせい?」

「ちなみに、ゴッドの釣り餌は何なんだ?」


 え? 私の釣り餌?


「【スライムの核】だけど?」

「…………」

「ねーさん、流石にそれは餌じゃねぇよ」


 え、ゴメン。


 餌って何?


 モンスターが食べるんだから、【スライムの核】とかパクパクしそうじゃない?


「むしろ、【錬金術】の素材だろ、それ」


 駄目ってことらしい。


 仕方ないので、餌を【マーダーベアの肉】に変えて再度挑戦。


 ………………。


 …………。


 ……。


 餌の力は偉大だね。


 私でもボチボチ釣れるようになったよ。


 でも、メンヘラとかは釣れない。


 磯釣りじゃ駄目なのかな?


 思い切って、釣り好きのお兄さんに聞いてみたら、メンヘラとかは沖合にまでいかないと釣れないらしい。


 だから、【調合】の素材として、どうしても欲しいんなら、漁師に頼むか、魚屋に行って買った方が早いんだって。


 なにそれ〜!


「どうするんだ、ゴッド?」


 釣った魚をその場で焼いて、塩降って食べてるツナさんは流石だよ。


 私は腕を組んで、うーんと悩んだ後で、


「明日リベンジするよ!」


 そう決意して、今日のところは海水を汲んで引き上げるのであった。

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