第71話

 というわけで、一晩経ってまた同じ岩場までやってきたよ。


 今日もツナさんが一緒だ。


「で、どうするんだ、ゴッド?」

「これを使うよ。じゃーん、【キラーロッド】ー!」

「なんか物騒な名前だな」

「一応、ツナさんの分も用意したから、使って、使って」


 昨日の夜に頑張って【魔神器創造】で作った凶悪釣り具、それが【キラーロッド】だよ!


 というわけで、二人で【キラーロッド】を装備する。


 【キラーロッド】は黒い魔鉄の竿と、ワイヤーのような糸を巻き付けた巨大なリールが標準装備であり、その糸の先端に鋭い鏃のような大きな針が付いているのが特徴だ。


「あ、ちなみに、これ私とツナさんぐらいしか使えないと思うから、人に貸したりとかはしないでね?」

「わかった。そういえば、竿が少し重いか?」


 竿だけじゃないんだけどねー。


 というわけで、使い方を説明する。


「使い方は至ってシンプルだよ。海に向かって遠くまで針を投げればいい。そしたら、後は

「ん?」

「針が勝手に大物目掛けて突撃してぶっ刺して引っ掛かるから。後はリールの巻き戻しボタンを押してから、ガンガンに腕力で引っ張るだけだよ」

「おおっ! こういうのを待っていた!」


 わぁ、ツナさんの目が輝いておられる。


 こういう力技で何でもできそうな奴、好きそうだもんね。


「ちなみに狙いの魚がいるなら、魔力を通しつつ、竿にイメージを伝えるとその魚を狙って針が勝手に探し回るよ」

「それで、朝から魚屋に行ったのか」


 朝っぱらから魚屋でちゃんとメンヘラ、ヤブサカ、シノギョを確認したからね。


 確認だけして、何も買わずに去る私たちを魚屋のおっちゃんが変な目で見ていたけど気にしない。


 というわけで、二人で試し釣り。


 ひゅーんと海に針を投げ入れ、私はメンヘラをイメージして魔力を流し込む。


 すると、ビューっとリールから糸が引き出されていく。恐らく、針さんがメンヘラを探してくれているに違いない!


 と、当たりが手元に返ってくる感触。


 私はリールに付いていた自動巻き戻し用のスイッチを入れながら、釣り竿を引っ張る。


 うん。普通は魚との死闘を楽しむんだろうけど、私の物攻は武器なしで400近くあるからね。一発で魚影が海から飛び出し、ひゅーんと私の元まで降ってくる。うん、胴体を貫かれてもビチビチしてる魚だね。


 これが、メンヘラかな?


 えーと、多分、メンヘラだと思う。


 顔がそんな感じするし。


 魚屋で見たのと大体一緒だし。


 一応、【鑑定】も発動して、メンヘラであることを確認。うんうん、いい感じ。


「ゴッド。これ、適当なイメージでも大丈夫か?」

「例えば?」

「カニとか」

「一応、イメージに近いものを目指して一直線に進むからね。大丈夫なんじゃない?」


 というわけで、ツナさんもやってみる。


 狙いはカニみたい。


 既に、傍らで湯を沸かし始めてる辺りが、ツナさんらしいね。


「お、きた。結構重いな」


 どうやら、カニらしきものがかかったみたい。ツナさんがその腕力で、グイグイと引っ張っていくよ。


 でも、私ほどの腕力はないらしく、それなりに時間がかかっている。


 いや、普通に大物なのかな?


「どうだ!?」


 ざばっと引き上げて、出てきたのはでっかいハサミを持った二メートル近くの巨大な蜘蛛。


 ギョエー!?


 ビックリした私はガガさんの魔剣を即座に【収納】から取り出すと、デカい蜘蛛を一撃で縦に真っ二つにする。


 あー、ビックリした!?


 ビックリし過ぎて、封印してたガガさんの魔剣を抜いちゃったぐらいだよ!


 ▶経験値234を獲得。

 ▶褒賞石147を獲得。


 ▶【バランス】が発動しました。

  取得物のバランスを調整します。


 ▶褒賞石87を追加獲得。


 真っ二つになった蜘蛛はそのまま燃え上がって、良い具合に赤く色付いていくけど、すごく香ばしいニオイが漂ってくる……。


 普通に美味しそうだね……。


「焼きガニではなくて、ボイルしたのが食いたかったのだが……」


 ツナさんの【解体】スキルが発動したのか、まるっと蜘蛛の死骸……というか見た目鋏付きの蜘蛛だけど、カニなのかな? うん、立派な焼きガニが残ったよ。


 しかも、凄い香ばしいニオイを醸し出している。


 釣り人が皆こっちを見て、涎を垂らすぐらいには香ばしいニオイだ。


 というか、何であんなデッカイ獲物が釣れるんだ? って呟いてる人もいるね。


 そして、それを全く気にせずにカニを食べ始めるツナさんの肝の太さは計り知れないよ!


「うむ、これはこれで美味いな。日本酒が欲しくなる」

「出そうか?」

「本当か? 流石、ゴッド話が分かる」

「けど、周りの人たちにも、そのカニを少し配ってあげてね。何か目つきが怖いし」


 ゴゴゴ……と擬音語が聞こえるくらいには、羨むような視線を感じる。


 昨日もここで釣ってたから知ってるんだけど、この辺って常識的な大きさの魚しか取れないんだよね。大きいのは沖合にいかないと釣れないみたい。


 だから、羨む目も多いんだと思う。


 けど、のんびりと釣りを楽しみたいのに、こう不穏な空気になるのは避けたいからね。


 というわけで、ドリンクボックスを出してあげて、ぷち宴会。


 お酒を飲んで気分が良くなったのか、ツナさんも出し渋ることなく、焼きガニと酒を配って歩く。


 いや、お酒は配らなくても良いんだよ?


 まぁ、でも、お酒の力か、みんなも陽気な感じで釣り始めたからいいか。


 というか、お酒のアテに自分で釣った魚を捌き始める人もいる。


 それ、素材じゃないの?


 それとも、ツナさんが言ってたように食用で釣ってたわけ? 良く分かんないな。


 というわけで、皆がいい感じにできあがっていく中でヤブサカ、シノギョと釣り上げていく私。


 うんうん、大漁大漁。


 ひとつだけだと素材として足りないかもしれないから、複数釣っとこうかな?


 そして、何故かツナさんは私にも焼きガニをくれた。


 うん、少しのお焦げが香ばしさを引き立たせて美味しいね。


 身は大味かと思ってたけど、結構ジューシーでカニの味もしっかりとしてる。あと、海の塩っぱさがちょうどいいスパイスになって、確かにお酒が進むかもね。


 ただ、ちょっと海からあげたばかりで磯臭いかも?


 好きな人には好きな香りかもしれないけどね。


 そうして、私の平和な釣りはしばらく続いた――。


 ■□■


 とまぁ、ここまでは平和だったんだよ。


 問題は、ツナさんが放った一言から始まったんだ。


「イカ刺しが食いたいな」


 この時の私は、ふーんとしか思わなかったんだけど、針を遠くまで飛ばしたところで慌ててツナさんを止める。


「ちょっと、ツナさん! イカとかタコとかはEODアレの可能性があるから、釣るのはやめて!」


 街が壊滅したら、どうするのさと慌てて警告する。


 すると、ツナさんは少し考えた後で……。


「じゃあ、EODアレじゃないイカを釣るように念じてみよう」


 とか言い始めた。


 いや、針がEODかどうか判断できるわけないじゃん!


 それはやめて、と私が言うよりも早く、びきっと嫌な音がツナさんの竿から鳴り響く。


「うおぉぉぉ……、これはなかなか……!」


 なかなかというか、ツナさん引っ張られてるじゃん! このままじゃ、海に落ちちゃうよ!


 慌ててツナさんに飛びついて、体を引っ張る。


 これで、なんとかツナさんの動きが止まったけど……嘘でしょ!? 私の物攻でも釣り上げられない!?


「ぐぐぐっ、体が千切れる……!」

「ツナさん、竿借りるよ!」


 ツナさんの体から手を離し、竿を受け取る。


 そして、リールの巻き取りボタンを押すが……全然動かない!?


 完全に力が拮抗してるの!?


 ギシギシっと軋む竿を握りながら、私は踏ん張り続ける。


 足元が滑ったら、一気に海に落ちそうだったので、無理やり岩場に穴を空け、そこに足を突っ込んで踏ん張るよ!


「重いっ! もー、何釣ったのよ!」


 文句を言いながらも力比べだ。


 【釣り】スキルレベル9の効果で、糸が切れないことを願うのみ!


「おいおい、ねーさん! それじゃ駄目だ!」


 あ、釣り人のお兄さん……。


「魚が暴れてる時は引くのを我慢して、暴れ疲れたところでグイグイ引くんだよ!」

「それだと、普通に釣りじゃん!?」

「普通に釣りだよ!?」


 普通に釣りするのがダルくて、この竿作ったんだけどなー。


 仕方ないので、釣り人のお兄さんのアドバイスに従って、暴れさせては疲れたところで引くを繰り返す。


 これは、時間掛かるなー。


「根気の勝負だよ、根気の」


 というわけで、謎のイカと私の根気比べが始まった。


 というか、元凶であるツナさんは、何故か早々に日本酒飲み始めてるし! そこは何か応援してくれてもいいんじゃないの!?


「ゴッド。ゴッドの釣り竿借りていいか? 何かツマミになるものを釣りたい」

「イカとか、タコじゃなきゃどうぞ!」


 自由過ぎる!


 もう好きにして頂戴といった感じだ!


 ■□■ 三時間経過 ■□■


 もうお日様が天頂部分に届いている。


 お昼時といった感じかな?


 それでも、私とイカの戦いは続いている。


 というか、【火魔術】のレベル4に【ホットウォーミング】とかいう攻撃力を上げる補助魔術があったから使ってみたら、これが大正解。


 状況は物攻が上がった私に若干有利に傾いた。徐々にイカを手繰り寄せている手応えがあるよ。


「おーい、ゴッド」

「何?」

「ドリンクボックスが動かないんだが?」

「水が切れてるんじゃない? 補給口から水を入れてあげて」

「海水でもいいか?」

「駄目に決まってるでしょ!?」


 そんなことしたら、ドリンクボックスが壊れるし! 出てくる飲み物の味もおかしくなるからね!


 ツナさんは理解したのか、どこかへと走り去っていった。水でも探しにいったのかな?


 というか、またイカが暴れ始めたね!


 そうはいかないよ!


 まさに、イカだけにね!


 ……なんちゃって。


 ■□■ 九時間経過 ■□■


 夕焼けが綺麗な時間帯になってきた……。


 黄金色に光る海を眺めながら、私は機械のように、耐えては引いてを繰り返すばかり。


 この行為にある感情は虚無。


 というか、何で私、イカなんて釣ってるんだろ? とそういう根本的な疑問がふつふつと……。


 いや、別にイカ食べたいわけじゃないし。


 イカがEODだったら、街が壊滅の恐れもあるし。


 今やってるのって、本当に意味のない行為なんじゃないのって思い始めてるよ。


 というか、この体がアバターで疲れを知らない体だから無理できるけど、現実世界だったら糸ちょん切って、このへんで諦めてるよ。


 というか、折角作った、私謹製の竿だから傷つけたり、海の中に引きずり込ませたくないっていうのが、一番の目的な気もする。


 私の作ったものは、私の子供みたいなものなんだ。それを、イカなんかに渡さないよ!


「ゴッド」

「何?」

「ドリンクボックスを共用で使いたいから、冒険者ギルドまで持っていってもいいか、と連中が聞いてくるんだが?」

「いいわけないでしょ!? 何で私の私物を共用の備品扱いするのよ!?」


 というか、ドリンクボックスも私の子供みたいなものだからっ! なんでそれを勝手に持ってこうとするかな!?


「ツナさん、ドリンクボックス持ってきて。もう【収納】しちゃうよ」

「分かった。文句を言ってくる奴はどうする?」

「これが、私の私物だってことを説明して。それでも食ってかかるなら……穏便にぶっ飛ばしちゃっていいよ」

「分かった」


 というわけで、ドリンクボックスが私の近くに移動してきたので、最後に梅酒のロックだけを用意して、ドリンクボックスを【収納】にしまう。


 そして、あーだこーだと背後で騒ぎ立てる声が響き始めるんだけど、すぐにひゅーんっと何人かが海へと向かって、すっ飛んでいったら静かになった。


 うん、泳ぎのスキルを持ってることを願うよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る