第67話

「うーん、潮風が心地良いね……」


 白い波頭、宝石を思わせるような深い蒼、そして抜けるような空の水色スカイブルー――。


 ざばざばざば……。


 舳先に付けられた水瓶を肩に担いだ女神像が、水瓶から大量のモンスター避けの水を海に撒き散らしながら波を掻き分けて進む。


 これをやってると弱いモンスターはなかなか近づいてこられないらしいよ?


 というわけで、こんにちは。


 さすらいの生産職、ヤマモトです。


 ちなみに、私は現在、海の上。


 超豪華客船に乗船中です。


 この船――大武祭のイベントで用意された船らしく、大きいし、内装も豪華だし、王国の権威をこれでもかと見せつけるくらいには立派な船だったりする。


 そんな船にタダ乗りしてる私は、豪華客船で行くクルーズ旅行が懸賞で当たったような気分で旅を楽しんでいる最中だ。


 うん、最近、街中に籠もってばかりいたからね。


 海も、船も、何もかもが目新しくてテンション爆上がりだよ!


「う〜〜〜み〜〜〜!」


 そんな風に叫んじゃうくらいには御機嫌だよ!


 大武祭終了直後、大会参加者を人族国にまで送っていく船があると聞いたんで、その人混みに紛れてみたら、何か無料タダで乗れちゃったんだよねー。


 どうも、イベント期間中は無料で運行してる船らしいよ?


 それで、人族国と魔物族国を行き来しているプレイヤーも大勢いるみたい。


 ほら、今も甲板を見回してみると大勢のプレイヤーがいるし。


 時折、甲板の上を人外がウロウロしてたりするんだけど、それはそれでプレイヤーってわかるからね。特に混乱とかは起こってないみたいだ。


「あ」


 あっちでなんかイルカみたいなのが跳ねた!


「おーい! おーい!」


 テンション爆上がりで手を振ってみたら、イルカの群れが徐々に近づいてきて――。


 うん、なんか凶悪な顔したモンスターだったよ……。


「【木っ端ミジンコ】」


 全然可愛くないから、群れを一瞬でポリゴンに変えちゃう。


 ゴメンね。もっと愛嬌身につけてから来てね?


 ▶経験値254を獲得。

 ▶褒賞石124を獲得。


 ▶【バランス】が発動しました。

  取得物のバランスを調整します。


 ▶褒賞石130を追加獲得。


 うん。嫌な事件だったね……。


「む。近づいてきたモンスターが消えた」


 イルカ型のモンスターが近づいてきたことに気づいた乗客もいたようだね。


 私のすぐ近くに来ると、その乗客は転落防止用の手摺りを掴んでガックリと肩を落とす。


「食いでがありそうだったが……」


 いやぁ、どこにでもツナさんみたいに食い意地のはった人はいるもんだなぁって思って、そのプレイヤーを見たら――。


「ツナさんじゃん!?」

「む、ゴッド?」


 筋肉ムキムキ褌一丁の変態だったよ!


「いや、何してるの、ツナさん?」

「なに、新しい味や料理を求めて、違う国にも行ってみたくなってな」


 それで、この船に乗り込んでいたらしい。


 まぁ、ツナさんらしいといえば、らしいかな?


 ちなみに、この船の行き先はファーランド王国という国で、豊かな土壌を持っているために農業が盛んで、安定して人口を伸ばし、今は割りと栄えている国なんだそうだ。


 まぁ、それは表向きの話で、現在は現国王が寝たきり状態で、三人の王子が次の国王の座を狙って色々と水面下でドンパチやってるらしいけどね。


 ちなみに、そんな情報をどこで手に入れたかというと……。


 情報屋から買ったよ!


 本当は名物料理だとか、街の名称だとか、国の特徴だとかを聞くだけのつもりだったのに、情報屋さんのトークが上手過ぎて、違う情報まで買わされて参ったよ。


 私、深夜の通販番組とかでも必要ないのに買っちゃうタイプだからね。対面サシでやられたらホント抗えなかったよ……。


 あと、情報屋なんて使ったことがなかったから、テンションが変になってたのもあったかも。良いLIAライフを、とか連呼してたしねー。


 とりあえず、そんな情報屋から得た情報をフレンドであるツナさんに横流ししてみる。


 情報屋に言われた、フレンド少ないでしょという言葉が決して刺さってたわけじゃないよ? 本当だよ?


「ファーランドは小麦の栽培が盛んだから、パンとかパスタとかが色々あるって話だよ」

「洋食か。楽しみだ」

「だねー」


 私もパンは好きだし、パスタはホワイトクリーム系が好きなんだよね。たらこクリームパスタとかあるといいなー。


 ちなみに、LIAはプレイヤーにストレスを溜めさせないためか、食に関しては不自由な中世寄りじゃなくて、現代寄りに調整されている。


 だから、食べ物に関しての知識チートとかはできない仕様なのだ。


 だけど、現実世界のあの味がそこかしこにあったりするわけじゃないから、某有名ハンバーガーチェーン店の味とかが再現されたりすると、プレイヤーにバズったりはするみたい。


 その内、某有名牛丼チェーン店だとか、コンビニスイーツだとかの味を再現してくれれば嬉しいんだけど、どうだろうなー。


 そんな風にちょっとしたグルメに思いを馳せていると、


「あら、毒スープ屋さんじゃない……」


 全身真っ黒な装備に身を包んだ長身の女性に話しかけられる。


 うん、愛花ちゃんだね。


 でも、なんか調子悪そうだなーと思っていたら、愛花ちゃんはもの凄い勢いで手摺りに捕まって、海に向かってオロロロしとる。


 うん。


 昔から乗り物酔いする子だったね……。


 大丈夫かな?


「し、失礼……」


 辛いなら、無理して気丈に振る舞わなくてもいいと思うよ?


 私は無言で愛花ちゃんの背中をさすってあげる。


「あ、ありがとう……」

「いえ」


 私の裏声にツナさんがピクリとするが、わざわざ指摘はしてこない。食にしか興味を示さないその姿勢、私は好きだよ?


「おかしいわ……、気分が優れないから、甲板で景色でも見て、気分を癒そうと思ったのに……。なんだかますます……」


 そう言って、またオロロロするー。


 あー、そういえば、【調合】の依頼のひとつに乗り物酔いの薬があったっけ。こんなの何に使うんだろと思ってたけど、こういう場合に使うんだね。


 というわけで、アイテム【酔い止め】を愛花ちゃんに渡すよ。


「これ飲んで船室で休んで」

「こ、これは……」

「【酔い止め】のお薬だよ」

「そう、流石は毒のスペシャリスト……、そんなお薬も持ってるのね……」


 なんか、もの凄い勘違いをされてるけど、別に正さなくても良いかな?


 【調合】持ってるのは確かだし。


 毒にもそこそこ強いし。


「この借りはいずれ返すわ……、【聖女】の名にかけて……」


 愛花ちゃん、聖女だったんだ。


 って、ほら、口元汚れてるー。


 ハンカチ代わりの布切れで拭ってあげるよ。


 微妙に手間がかかる辺り、子供みたいだ。


 ふふ、愛花ちゃん、可愛い。


「あ、aika。こんなところにいた」


 そんなことをやっていたら、aikaちゃんのパーティーメンバーの人たちがやってきた。チャラいイケメンのユウくんは分かるけど、他の二人は初顔合わせだ。


 なんか、大武祭に参加してたんだっけ?


 重武装したゴリマッチョの背の高い戦士と、三角帽子を被った魔法使い風の少女の組み合わせ。


 しかも、少女の方は片目にこれ見よがしに眼帯をしている!


 なんて厨二なんだろう!


 ちょっと親近感湧いてきた!


 …………。


 いや、私、厨二じゃないし……。


 というか、大武祭に積極的に参加してたってことは、武闘派なのかな?


 そんな子たちと付き合いがあるなんて、お姉ちゃん、ちょっと心配です。


 そんなことを考えていたら、ユウくんに軽く会釈をされた。


 見た目チャラいけど、ユウくんは割りとイイ人なんだよね。


 で、それを見たゴリマッチョと厨二少女も軽く頭を下げてくれる。うん、イイ人たちかも?


「キミ、あの毒スープの店の子だよね?」

「えぇ、まぁ」


 私の裏声にゴリマッチョと厨二少女が変な顔をするが、まぁ、それは無視。私はユウくんと話を続ける。


「aikaの面倒をみてくれたんだ? ありがとね」

「いえ」


 まぁ、お姉ちゃんですしね!


 そして、こんな場面でしか、お姉ちゃんを示せない私の悲しさよ!


「余計なお世話かもしれないが、船酔いが酷い時は、船首や船尾には近づかない方がいい。中央部から離れれば離れるほど揺れるからな」


 ここでツナさんからのお得情報!


 流石、海の男! 海の情報には詳しいね!


「いや、助かるよ。行きはこんなに酷くなかったんだけど、帰りは急にこんなになっちゃったから、俺らも結構困ってたんだ。そういえば、割り当てられた客室が結構船首寄りだったかも。客室を交換できないか他のプレイヤーにあたってみるよ」

「そうした方がいい」


 というわけで、ヘロヘロになったaikaちゃんはパーティーメンバーに抱えられて退場。


 後に残ったのは、私とツナさんだけなんだけど……。


「リアルの知り合いか?」


 一瞬でツナさんに看破されてる件。


「なんでそう思うの?」

「わざわざ声色を変えてるのはそれぐらいしか思いつかなかった」


 私は天を仰ぐ。


 ツナさんは食に拘る人だけど、馬鹿じゃないんだよね。


 変に隠してもアレかぁ。


 ちょろっとだけ出しとこう。


「そ、リアルの知り合い」

「何で正体を隠す?」

「EODとソロで戦ったことがバレると、すんごい怒られるから。泣くまで説教するって言ってたし」

「それだけ敬愛されてるのだろう。教えてやってもいいんじゃないか?」

「食べることを一ヶ月禁止されるとか言ったら、ツナさんは耐えられる? 私にとってはそれぐらいの痛みを伴う苦行なんだけど?」

「うん、明かさなくていいんじゃないか」


 わかってもらえて嬉しいよ。


 私は満足そうに頷くと、また海の景色を眺め始める。いやぁ、ずーっと変わらない海の景色を眺めてると飽きるっていうけど、私は全然飽きないね。


 だって、波の形とか雲の形とか全然一緒じゃないんだもん。あれを、絵にしたらどんな風に描こうかなーとか考えてたら、時がどんどん過ぎていっちゃうよ。


「しかし、アレだな」

「アレ?」


 今日のツナさんは饒舌だね。


 そういう気分なのかな?


 まぁ、まくし立ててるわけでもないので、BGMには最適だなーとは思うけど。


「お前さんが海に出てもEODは襲ってこないんだな」


 それは考えないわけでもなかったけど……。


「普通に考えたら、EODは海の中じゃないの?」


 お約束通りなら、デカいイカだかタコだかが深海の中で待ち受けていたりとかさー。


 そんなことをツナさんに説明してみたら、


「ゴッド、一回海の中に落ちてみないか?」


 そんなことを真顔で言われた。


 嫌だよ!


 本当、ツナさんって食に対してだけは貪欲になるよね!

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