第三章、四天王って、知ってんのぅ?
幕間
【???視点】
「それ、本気で言ってる? イコ婆?」
魔導具での緊急通信が入ったので、すわっ、人族との戦争か!? と緊張したのだけど、どうやら違ったみたい。
それにしても、イコ婆から通信を行ってくるなんて珍しい……と思っていたら、突然の引退宣言で、私の頭の中は絶賛混乱中だ。
元々、魔王軍という組織の中に四天王という存在はなかった。
先代魔王が武力でもって、この大陸を統一したのが、数百年前。
私はその頃から、先代魔王が過不足なく戦えるように、軍事侵攻の日程調整から費用計算、資金捻出から、兵站や装備の確保に、他の魔王軍の面子の都合をつけたり、先代魔王の思いつきのような作戦を実現可能なレベルにまで落とし込んだり、各部隊との調整や戦況の把握、確認、伝令の通達など、まぁ、獅子奮迅の活躍で頑張ってきた。
言ってしまうと、私の役割は軍師。
大体が過労で死んじゃう運命の奴である。
で、このまま、先代魔王に付き従ってたら死ぬなーと思っていたら、先代魔王はイイ人を見つけたらしく、いきなり「結婚するからあとヨロシクー♪」とか言って、魔王軍を私に丸投げしてきた。
こうして、新魔王が誕生したわけである。
うん、過労死する事案が再び発生したわけだ。
というか、個人的な戦闘能力としては、そこまででもない私は、とにかく魔王軍をまとめるために、戦闘能力に秀でた四人を要職につけることで、好き勝手やって分解しそうになる魔王軍を諌めたわけなんだけど……。
その一角が辞めたいと言ってきた時点で、私は頭を抱えた。
「イコ婆、それやられたら、私が過労で死んじゃう……」
そうなのだ。
現在、魔王軍は事務屋の私が魔王として働いていて、その下に絶対的な暴力の化身である四天王を置いており、更にその下に各地を治める名のある貴族である六公と呼ばれる存在が付き従っているという組織構造を取っている。
四天王の方は、昔から気心の知れた知り合いだし、裏切る心配もなくて、私にとっては頼れる存在なのだが、その下の六公という奴らが、まぁ、好き放題な発言をして私を困らせてくれる困ったちゃんなのだ。
まぁ、六公は富も権力もあるし、馬鹿ではないので、各地域を治める分には役に立つ存在なのだが……。
ただ、長く平和な時代が続くと、力をつけ過ぎた者が勘違いをし始める。
その最たるものが、戦争と侵略を推してくる武闘派の六公たちだ。
彼らは蓄えた富で私兵を充実させたせいか、人族国とやっても一方的に勝てると踏んでいるきらいがある。そのせいか、とにかく会議の場でも人族国と戦争しよう、戦争しようとうるさいのだ。
というか、戦争になったら、私がまた全ての段取りを決めないといけないわけでしょう?
もう、それなりの年齢にもなってきてるんだから、そんなものやってたら本当に死んじゃうよ……。
というか、そんなに言うなら、六公だけで攻めに行けと言いたいんだけど、彼らだけで行かせると普通に敗走しそうで怖い。
イコ婆が引退したように、六公も世代交代が行われていて、今は戦争も知らないような世代が活躍の場を求めてイキってるような状態だ。
人族国に攻め込んだら、普通に活躍するかもしれないが、結構あっさりと敗走しそうな気もする。
そもそも、人族国というのは、隣の大陸のファーランド王国だけではなく、五つの大陸に五つの国があるのだ。そんなのを攻め落とそうとしていれば、国庫がすぐに空になって簡単に国が傾くだろう。
しかも、侵略に失敗すれば、逆に攻め込まれるリスクもあるわけで……。
おいそれと侵攻案に許可を出すことはできない状態なのである。
そんなボンクラな一部の六公に睨みを効かせる立場として、四天王が有用なわけだけど、ここにきてイコ婆の離脱ときたか。
はぁ……。
『私も流石に歳だからねぇ』
「そこを何とか……」
『大丈夫だよ、マユンちゃん。後任は見つけたから』
「後任?」
そんな話は全く聞いてなかったんだけど?
イコ婆が勧めるくらいだから、良い人材なのかな?
『全盛期の私と五分以上にやって負かすくらいだからね。実力的には十分よ』
「それは凄いね……」
『名前はヤマさん。本人は……いえ、これ以上は明かしちゃうと面白くないわね』
いたずらっ子のように通話口で笑うイコ婆に私も苦笑する。
昔からこういうことをやる人なのだ、イコ婆は。
それにしても、イコ婆の推薦ねぇ。
イコ婆は、四天王の中でも最も欠点が少ないことで知られる実力者だ。文武に優れ、物魔に精通しており、穴がない。
悪くいえば、特徴がないということだけど、それだけ、どの状況でも力を発揮できるし、使い勝手も良い人材ということになる。
そんなイコ婆が絶賛する相手に、俄然興味が湧いてきた。
どんな子なんだろう?
「性格面はどう? 面倒くさそうな性格してる?」
『まぁ、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきり言っちゃうタイプだね。はっきりし過ぎて、四天王になるのが嫌だって逃げちゃったくらいだし』
「え?」
普通は魔王軍の四天王といったら、六公からすら狙われるオイシイ立場なんだけど、逃げちゃったの?
プレッシャーとかに弱いタイプなのかな?
「メンタルとかは? 弱かったりする?」
『私はそうは思わないけどね。ただ、面倒くさかったり、厄介そうだと思ったことからは、遠ざかろうとするかもしれないねぇ』
「それは、メンタルが弱いってことじゃないの?」
『自由を愛しているとも言えるねぇ』
物は言いようだね。
だけど、イコ婆の決心は簡単に覆せるものでもないし、その逃げちゃった四天王を新しい四天王に据えるしかないのかな?
というか、四天王を空席にしておくと、六公が新しい四天王をねじ込んできそうで面倒なんだよね……。
あぁ、それを考えると頭が痛い……。
とりあえず、目の前のできることからこなしていこう。
私はパンパンと手を叩く。
「エンヴィー、いる?」
「はい、ここに」
従者たちが待機する控室の扉が開き、紫髪を短髪にまとめた褐色肌のスーツ姿の女性が歩み出てくる。
私の秘書の一人で、文武に優れた優秀な人材だ。
「イコ婆の四天王の退任に関する事務処理をお願い」
「承知しました」
『マユンちゃん、お世話になりました』
「イコ婆、お疲れ様。また四天王やりたくなったら、いつでも戻ってきてくれていいからね」
『うふふ、しばらくはお爺さんとのんびりする予定だから、気が向いたらね。それじゃ、またね』
「うん、また」
そこで、イコ婆との通信が終了する。
ちゃんと通話が切れたことを確認してから、私は通信の魔導具を執務机の片隅に戻す。
「さて、と――」
イコ婆の四天王退任の処理を頼んだエンヴィーだけど、まだ私の目の前にいて行動を開始していない。
うん、賢い子だね。
私の秘書なだけはある。
「聞いていたと思うけど、四天王であったイコ婆が引退する。そして、そのイコ婆から新しい四天王にと推薦のあった人物がいる」
私は独り言を呟くようにしながら、執務机の引き出しの中にあったひとつの羊皮紙と紙を取り出すと、紙の方に簡単に手紙を書き、それと羊皮紙を封筒へと納めてから、封蝋を行う。
「けどまぁ、だから、はいそうですかと決めるわけにはいかないのは、エンヴィーも分かるよね?」
「はい」
「だから、どういう相手なのかを確かめる必要がある。これ、【遠話の魔法陣】が入った封筒。私とのホットラインが繋がるようになってるから、これをイコ婆を負かした『ヤマさん』という人物に渡して。それで、一度話をしてみたいということを伝えて?」
「承知しました」
「それとは別に、貴女自身もそのヤマさんという人物を観察なさい」
「観察、ですか?」
少しだけエンヴィーの戸惑いを感じる。
この子は私の命令に忠実だけど、自分で考えて動くことが苦手なのだ。
だからこそ、秘書として信用しているのだけど……。
「そう、観察。貴女の視点でいいわ。ヤマさんという者の長所や短所、なんでもいいからレポートにまとめて送りなさい。四天王に相応しいかどうかは、私が直接見極めるけど生の意見も欲しいから、その辺はきちんとレポートにしたためて頂戴」
「わかりました」
先代魔王だったら、使えない奴とわかったら、その場で殺せとか命令を出すんでしょうけど、イコ婆に勝っちゃう相手でしょ?
そんなのをエンヴィーがどうにかできるとも思えないから、ファーストコンタクトは慎重に行う。
というか、嫌なことから逃げるってことをスパッと決めちゃう辺りに思い切りの良さを感じるんだよね。
だから、少しでも第一印象で悪い印象を与えちゃうと、「もういいよ」となってしまう可能性がありそうで怖い。
エンヴィーに下手なことはさせられないというのが、私の結論だ。
というか、イコ婆以上の実力者って、生きた災害でしょ?
そんなのに迂闊にコンタクトをとって大丈夫かしら?
「――待って」
私は一礼をして執務室から出ていこうとしていたエンヴィーを呼び止める。
これ、もしかしたら、機嫌を損ねたら大変なことになるんじゃないの?
危ない……。
私としたことが判断ミスをするところだった……。
けど、今ならまだ大丈夫。
立て直そう。
「エンヴィー。私の権限で、そのヤマさんとやらには仮ではありますが、四天王としての権限を授けます。だから、なるべく丁重に接触しなさい」
「丁重に、ですか?」
「貴女がこれから探すであろう、ヤマさんは機嫌を損ねれば、街ひとつが滅びるかもしれない爆弾なの。だから、なるべく丁重に扱うのよ?」
「分かりました。仮四天王として扱わせて頂きます」
「それでいいわ」
エンヴィーが執務室から出ていくのを見て、私はようやく肩の荷が下りるのを感じた。
今日はいきなり驚かせてもらったけど、まだまだ仕事はたんまりとある。
新四天王の件だけにかかりきりになることもできない。
「それにしても、四天王かぁ」
強さに重きを置きすぎたせいで、私の負担がちっとも軽くならないのは失敗だったかな、とは思う。
私は執務机に山積みになった書類を見ては、そんなことを思うのであった。
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