第64話

「我々だって、本当はこんなことしたくなかったんだ! だが、王命には逆らえん! このまま無惨に負けたら、王国に帰っても国に命を狙われてしまうんだ! だから、どうか俺たちを助けると思って、勝ちを譲ってくれ!」

「え? やだぴょん」

「え?」

「やだぴょん」


 聞こえなかったみたいだから、もう一回言ってあげる。


 いや、なんでそっちの都合に合わせて、私たちが負けなきゃいけないのさ?


 そんなのアナタたちの都合であって、私たちには関係ない話だよね?


 むしろ、その都合を優先して、リリちゃんといい、コグツーといい、Takeくんといい、やってくれちゃったよね?


 許すと思ってんの?


「最初に言ったじゃん。見せしめにするって。泣き落としが通じる相手だとでも思ってるの? 大体、王命だから断れなかったとか言ってるけど、断ることもできたはずだよ。アンタたちの肩身が狭くなるってだけで、王国が有用な人材を自ら摘み取るわけないじゃん。そんなことをやってたら、国が立ち行かなくなるし。つまり、この依頼を受けたのは、王国に名前や顔を売って、更にお金もガッポリせしめようとしたアンタたちの自己責任。ここで惨めに負けたところで、自己責任なんだから仕方ないよねって話なんだよ、分かる?」

「……お前は、どうやら本当に魔王らしい」


 ナバルが、土下座から一転して立ち上がる。


 そして、何か構えみたいなものを取り始めたね。


「ソードマスターの無手による奥義……その名も【菩薩返掌】! この秘奥義を受けて立っていられた者は――」

「そういうのいいから」

「な、何……?」


 ▶まねっこ動物が発動しました。

  【菩薩返掌かな?】を習得しました。


 あー。また、変な技覚えちゃったよ。


 まねっこ動物は、オン、オフ出来ずに覚えちゃうのが玉に瑕だよねー。


 というか、こっちの目的である魔剣破壊も終わったし、もう終わりでいいよね?


 というか、放っといたら、ずーっと「この技ならどうだ!?」みたいなことをやってきそうだし、もう終わらせよう。うん、決まり。


「じゃあ、終わらせるよ」

「ふっ、バカめ! この技は返し技の極み! 先に攻撃を仕掛けた方が負――」


 スパパパッ!


 ナバルが粉微塵になって、光の粒子となって舞台の上から消える。


 いや、うん。


 返し技ってスピードが同じくらいで初めて効果を発揮するんじゃないの?


 あっちの攻撃が全部スローモーションに見える絶望的な速度差でそんなのやられても、そうなるでしょとしか言えないよね?


 ▶【ヤマモト流】に【木っ端ミジンコ】が登録されました。


 えぇ……。


 どんな技なんだろうと思って確認してみると、


====================

【木っ端ミジンコ】

 技の使用者が木っ端と判断したものが、粉微塵になる。

====================


 凄いアバウトな内容で、凄い危険な効果のスキルだった!


 ごめん、ナバル。


 私にとって、アナタは木っ端だったみたい。


 ちなみに、木っ端っていうのは取るに足らない相手ってことね!


『勝者! タツ&リリ! 最後は魔王が貫禄の虐殺勝ちだー!』


 いや、虐殺勝ちって何!?


 二人しか倒してないよ!?


 ■□■


 というわけで、決勝にまで勝ち上がっちゃったわけなんですけども――。


「タツさんには悪いんだけど、私、決勝戦は棄権しようかなーって思ってるんだよねー」

「ま、ヤマちゃんなら、そう言うやろなとは思っとったわ」


 適当な選手控室を選んで入りながら、タツさんと会話してる私。


 うん、タツさんの洞察力の高さには恐れ入るよ。


 そこそこ広い室内には、テーブルや机、それに闘技場の様子を映す大きなテレビ画面のようなもの……魔道具なのかな?……があって、そこそこ落ち着ける造りになっている。


 そこに、【収納】から、煎餅とお茶を取り出して、タツさんと飲んで食べてしてるんだけど、もう何か終わったようなリラックスムードを出していたから、タツさんも気づいたんだろうね。


 というか、私の目標って別に優勝じゃないし。


「ほら、元々、私ってリリちゃんの仇が取りたかっただけだし。生産職だし。この大武祭にも最初からエントリーしてないし。そういう人間が決勝の舞台に立つってのは、ちょっと違うかなーって思うんだよねー」

「ま、決勝の舞台に上がるんやったら、スジ通したいって気持ちは分からんでもないけどなぁ。せやけどなぁ……」


 タツさんの歯切れが悪い。


 え、何か言いたいことでも?


「向こうは、そうは思っとらんのとちゃうか?」


 タツさんの視線を追うと、壁にかけられたテレビ画面(?)で準決勝の第二試合が行われようとしていた。


 そこに映るのは、イコさんとゴブ蔵さんで……二人とも気合十分に見える。


「次の対戦相手にやる気を漲らせてるんじゃないの?」

「相手は攻略組のトップと言われとるアクセル&クロウやけど、まぁ、イコさんたちの相手にはならんやろ。それでも気合十分っちゅーのは決勝に向けてやる気マックスっちゅーことやろ」


 なんとなく画面越しにイコさんと目が合う。


 その視線が、「決勝で戦おう!」と言っているような気がして、私はその考えを振り払うようにして頭をプルプルと振るう。


「そもそも、スジが通ってないって話やったら、決勝であの二人と戦わへん方がスジが通らんのとちゃうか?」

「え、なんで?」

「今回のワールドイベントの開始フラグを立てたのは、多分、ワイらやろ? そのイベントの最後に立ちはだかるのがイコさんたちってことなんやから、一番最初にイベントを始めた奴がケツもたんとスジは通らんのとちゃうか?」

「うーん。まぁ、そういう考え方もありかなぁ?」

「ちゅーか、期待のアクセルも逃げ一辺倒や。イコさんとゴブ蔵さんも変身しとらんし、これ、かなり手加減しとるやろ。こんな消化不良の試合のまま、決勝が不戦勝とかなったら、イコさんら泣くんとちゃう?」


 画面の中のイコさんとゴブ蔵さんの試合は、一方的にトコトコと歩くイコさんたちがアクセル&クロウを追い回すような展開だ。


 もはや、その様子はコントに近い。


 観客席からもブーイングが上がっているのか、ここまで聞こえてくるね。


「ま、決断するのは、ヤマちゃんや。どうするのかはヤマちゃんが決めたらえぇ」

「タツさんは、そういうとこズルいよねー」

「大人の処世術って奴や。決定的な責任を生むような発言は、責任を取る立場の人間に投げんのが普通やねん」


 つまり、私が今、決断する立場ってわけね。


 うーん。


 正直、イコさんたちと戦いたいかっていうと、答えはノーだ。


 別に、私は戦闘狂ってわけじゃないし、自分の強さがどれくらいのものか試したいって考え方をしてる方でもないんだよねー。


 ただ、まぁ、LIAを楽しみたいっていうのはあるかな? ……うん、あるね。


 本物と変わらない仮想現実の世界に自由度の高い……高過ぎるスキルや魔術とかね。本当にゲームの世界に入り込んでしまったかのような状況で、それを満喫したいと思う気持ちはあるわけよ。


 それが、例え、デスゲームになってしまっていて、痛みが現実と寸分変わらない痛みになってしまっていたとしても、その思いは変わらない。


 だって、このために仕事も無茶して片付けて、食料だって買い込んで、引きこもって廃プレイしようとしてたんだよ?


 楽しまなきゃ損じゃん!


 だから、その楽しむって中に、イベントに飛び入り参加するってのはあり寄りのありだと思う。


 適当なフィールドでいきなり喧嘩吹っ掛けられて、嫌だけど戦うとかいうよりは、お祭り騒ぎだから乗らなきゃ損だよねってノリで戦うのは、普通にありなんだよねー。私の中ではだけど。


 戦いたいとか、試したいじゃなくて……楽しみたいから戦う。


 そんな理由なら、私はイコさんたちと戦ってもいいかな、とは思うよ?


 と、視界の端にいきなり、メッセージが浮かび上がる。


 ▶リリからフレンドコールです。


「え、リリちゃん?」


 眠りの呪いが解けたってことは想像がつくけど……一体なんだろう?


 とりあえず、フレンドコールをオンにするよ。


「はい、もしもし」

『ヤマさんですよね! リリの代わりに戦ったの!』


 あ、うん。


 バレテーラ。


 まぁ、コグツー作ったのが私ってことを知ってるからね。


 見かけがコグツーそっくりのニセ魔王が準決勝で戦ってたら、そりゃ気づくよねーって話だよねー。


「ごめん、リリちゃん。リリちゃんが努力してたことは知ってたんだけど、私、どうしてもアイツらが許せなくて……。リリちゃんに代わって出場しちゃった……。リリちゃんの努力の成果を横から掻っ攫うようなマネしてゴメンね?」

『私、悔しいです……』

「そうだよね。怒ってるよね……」

『違いますっ! 私、ナバルさんたちに妨害されて眠らされて、それが悔しかったのは確かですけど……。それ以上に、準決勝でナバルさんたちと戦わなくて済んだことに、少しだけホッとしてしまったことが悔しくて……』

「ホッとした?」


 どういうことだろう?


 私の疑問に答えるように、リリちゃんは続ける。


『ナバル&ハサンの過去の試合を映像で見てしまって、私じゃ勝てないって、多分、無意識の内に思っていたんです……。だから、私が眠っている間に準決勝が終わったと聞いた時に、ホッとしてしまって……。私はそんな自分の弱い心に悔しさを感じているんです……』


 リリちゃんは真面目だね。


 真面目だからこそ、私の世迷い言を信じて、一ヶ月近くも努力を積んできたんだよね。


 本当、良い子だと思うよ……。


『多分、こんな弱い私が準決勝に出ていても負けていたと思います……。戦う前から、心が後ろ向きだったから……。だから、決勝に勝ち残ったのはヤマさんの力で……えーと、その……』


 うん。この決めきれない土壇場での弱さとか、リリちゃんの可愛いところだよねぇ……。


『あーっ、まどろっこしい!』

『Takeくん!?』


 あ、Takeくんも近くにいたんだね。


 少し怒ったように怒鳴るTakeくんの声は耳に痛いかな。


『お前、俺に嘘ついて部屋出ていきやがっただろ!』

「あー、うん。ごめん」

『その罰だ! お前、決勝に出て優勝掻っ攫ってこい!』

「はい?」


 いや、その決勝に出るかどうかを悩んでいてですね……。


『っていうか、リリがガッカリしてんだよ! お前の戦う準決勝を生で見れなかったって! だから、決勝で派手に暴れて、それで優勝しちまえ! それで、噓ついた件についてはチャラだ!』


 無茶苦茶言うね、Takeくん。


 というか、私が優勝するって、ひとつも疑ってないのかな?


 いや、イコさんとゴブ蔵さんは本当強いからね?


 そう簡単に、優勝できるものでもないって言いたいよ。


 言いたいけど、言うよりも早くリリちゃんが言葉を被せてくる。


『そのっ! だから、私には関係なく、ヤマさんには頑張って欲しくて! 決勝戦頑張って下さい! 応援してます!』


 プツッと通信の終わる音。


 私はそんな通信の終わり方に、どうしよ? といった顔をしていたに違いない。


「ま、外堀も埋まってもうたんやし、やるしかないんとちゃう?」


 タツさんのニマニマと笑うトカゲフェイスを見ながら、私は長い嘆息を吐き出すしかない――。


 はぁ。


 ……しゃあない、やりますか!

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