第63話

「……ふっ、流石は偽物とはいえ、魔王を名乗るだけはあるな。だが、ハサンは元々斥候職だ。近接戦闘を得意としているわけではない」


 ハサンを転がしておいたら、今度はナバルが語り始めたよ。


 あと、ハサンって斥候職だったんだね。


 ダンジョンの罠とかの解除が得意なのかな?


 だったら、そんなに強くなかったのも納得だね。


「そして、この俺――ナバルはA級の冒険者にして、近接戦闘のエキスパート……ソードマスターの職に就いている身。ハサンなんぞと一緒にしてもらっては困る」


 そう言って、ナバルは【収納】を使うとそこから一本ずつ剣を引き抜いていくよ。


 あ。


 何か特殊な効果の剣とかあったりしたら、防具越しでも触りたくないし、こっちも【収納】からガガさんの魔剣を取り出しておこう。


「ほう。お前さんも魔剣を使うか」


 【収納】から取り出しては、舞台の上に剣をざくっと刺していくナバル。


 えぇ、もう三本も刺さっているのに……。


 まだあるの?


 そして、それ全て魔剣って、装備が豪勢過ぎない?


 やっぱ、A級冒険者は違うわー。


 儲けてるわー。


 ▶【バランス】が発動しました。

  魔剣の戦力バランスを調整します。

  【ヤマモトの魔剣】の性能が4倍に上がりました。


 え……?


「だが、どうやら、お前さんはこの俺の異名を知らんらしい」


 【収納】から新しい魔剣を取り出して、舞台にドスッ。


 ▶【バランス】が発動しました。

  魔剣の戦力バランスを調整します。

  【ヤマモトの魔剣】の性能が5倍に上がりました。


「いや、もう、それくらいにしといた方が……」


 ナバルが魔剣の本数を増やす度に、私の魔剣の性能がその本数分上昇していくんだけど!


 だけど、ナバルは私に侮られたとでも思ったのか、フッとニヒルな笑みを漏らす。


「俺のコレクションがこの程度だとでも言いたげだな、魔王?」


 いえ、言ってないです!


 そんなこと言ってる間に、また魔剣を舞台に刺すー!


 ▶【バランス】が発動しました。

  魔剣の戦力バランスを調整します。

  【ヤマモトの魔剣】の性能が6倍に上がりました。


「俺の異名は、【魔剣コレクター】! 普通の剣士であれば、この大量の魔剣に魅了され、破滅への道を突き進むことだろう……だがっ!」


 どすすすっ!


 【収納】から出てきた魔剣が一気に舞台の上に突き刺さる。


 ▶【バランス】が発動しました。

  魔剣の戦力バランスを調整します。

  【ヤマモトの魔剣】の性能が10倍に上がりました。


 うん、全部で十本の魔剣が現れたね。


 そのおかげで、ガガさんの魔剣が十倍の性能になっちゃったけどね!


 倒さないようにする方が難しい状況じゃないの、これ!?


「ソードマスターである俺には、この魔剣全てを振るうことができる! 見よ!」


 そう言って、ナバルが魔剣を装備し始めたんだけど……。


 うーん。


 これ、この間に攻撃しちゃダメかな?


 チラッとタツさんを見ると、待ってあげなさいという優しい目をしてたよ。


 仕方ないなぁ……。


 モタモタと準備するのを待った結果――。


「これが、魔剣コレクターと呼ばれる俺の真の姿だ!」


 魔剣同士の柄をガッチャンコして、それを口に咥えるナバル。


 うん。


 口に二本を咥え、指の間に挟むようにして片手に三本ずつを装備。尚且つ、足の指で挟んで一本ずつを装備して、計十本だね。


 というかね?


 見た目が、小学生の考えた『ボクの考えた最強キャラ!』状態なんですけど。


 何これ?


 私の黒歴史をダイレクトアタックしてきてるの……?


 だったら、大した魔剣だよ!


 そんなところ攻撃されるなんて、思ってもみなかったからね!


「――――!」


 私が動揺したのに気づいたんだろうね。


 ナバルが動く。


 でも、動揺したのは、黒歴史を思い出したからであって、ナバルの魔剣フォームに動揺したわけじゃないから!


 ナバルはまるで、スケートでもしているかのように、地面をすーっと滑るようにして近づいてくる。


 気持ち悪っ!


 ソードマスターってこういう気持ち悪い動きをする人のことを言うのかな?


 だったら、私はソードマスターにはなりたくないなー。


 そんなことを思っていたら、ゆっくりとナバルが近づいてきたよ。


 うん、【思考加速】のせいか、動きがスローに見えるんだよね。


 あと【先読み】のせいか、どう動くのかも良く分かる。


 とりあえず、ナバルの攻撃を簡単にひょいひょい避けるよ。


「〜〜〜〜!」


 避けまくってあげたら、何か「避けるんじゃない!」的にめっちゃ睨まれたよ……。


 というか、避けながら確認したんだけど、Takeくんが言っていた眠りの魔剣の特徴を持った魔剣がないね。


 まだ【収納】から出してないのかな?


 それとも……。


 あ。


 考え事をしてたから、ナバルの右手に持ってた三本の魔剣に、私の持ってたガガさんの魔剣が噛み合っちゃったよ。


 ニヤリと笑うナバル。


 そのまま、私の手から魔剣を弾き飛ばそうと、ナバルの手が流麗に動く。


 多分、魔剣三つで私の魔剣を絡め取ろうとしたんじゃないのかな?


 うん。


 ナバルの持ってた魔剣三本がバターのように切り裂かれて、断ち切られた剣身がぴゅーんと遠くに飛んでいった以外は、良い作戦だったと思うよ。


「十五年かけて集めた、俺の魔剣の内の三本が!?」


 口に咥えてた魔剣を吐き出して、思わず叫んじゃうくらいにはショックだったみたい。


 でも、こっちの魔剣は一本で十本分の攻撃力があるからね。


 まぁ、言っちゃうとペーパーナイフでデカい鉄の塊にえいやって斬り掛かって、ポッキリ折れちゃうぐらいの感じでしょ?


 そらそうよ以外の感想が出てこないんだけど?


「貴様……貴様、貴様、貴様、貴様っ! 良くもやってくれたな! 俺が命懸けの冒険の末に手に入れた三本を、こうもあっさりと!」

「ショボい魔剣だったんじゃないの?」

「魔剣にショボいもクソもあるか!」

「だったら、アナタの腕が悪いってことになるんだけど?」


 ナバルの言葉が止まる。


 そして、少し考えた後で、


「ふん、この魔剣がショボかっただけだ……!」


 プルプル震えながら、強がりを言ってみせる。


 どうやら、ナバルにも譲れない一線があるみたい。


 まぁ、こっちとしてはどうでもいいけど。


「それにしても、お前は素晴らしく運が悪いな、魔王。俺を本気にさせたぞ……!」


 いや、私、最初から本気できてねって言ったよね?


 まだ本気じゃなかったんだ。


「この技は本当は使いたくなかったんだがな! 仕方あるまい! 貴様を倒すためだ! ――【魔剣融合】!」


 ナバルの言葉に応じて、装備していた魔剣が次々と勝手に浮かび上がる。


 そして、全てが集っていき、ひとつの魔剣に合体していく!


 ▶まねっこ動物が発動しました。

  【魔剣融合っぽいもの】を習得しました。


 え、このスキルは要らないかな……。


「【魔剣融合】は俺のユニークスキルだ! 所持している魔剣全てを融合し、ひとつの魔剣を生み出す! 生み出された魔剣は融合された魔剣、全ての攻撃力や特殊能力が合算されるのだ! そう、この魔剣こそが――」


 ナバルが自分の目の前に浮かぶ、合体魔剣の柄に手をかける。


「世界最強の魔剣というわけだ!」


 でも、それ、七本しか融合してないから、まだ攻撃力的には七倍くらいの力しかないよね?


 それとも魔剣によっては、結構攻撃力の差があったりするのかな?


 それだったら、ガガさんの剣の攻撃力を上回りそうで困るけど……。


 ▶【バランス】が発動しました。

  武器の融合状況のバランスを取ります。


 ▶【失敗したクズ剣】×217を【ヤマモトの魔剣】に融合します。

  融合に成功しました。

  【ヤマモトの魔剣】の物攻が3689上昇しました。


 【バランス】さんがかつてないほど、この状況に荒ぶっておられる!?


 いや、融合状況のバランスって何さ!?


 あっちが融合したから、こっちもあるもの全部融合させてやろうってこと!?


 どうも、【バランス】さん的には、この状況が余程許せないみたい!


 ちなみに、融合された【失敗したクズ剣】というのは、ガガさんの工房でひたすら剣ばかり打ってた頃の失敗作ね。


 いつか鋳潰して使おうと思ってたんだけど、まさかこんなところで融合素材になるとは思わなかったよ!


 そして、ドヤ顔のナバルには悪いんだけど、私の魔剣って今ざっと計算したら物攻だけでも、5000近くあるんだよね。


 むしろ、こんなの食らったら、私でも消し飛ぶレベルの危険な代物なんだけど……。


 それをさぁ、魔剣七本を融合させたからって調子に乗るとかさぁ……。滑稽を通り越して、哀れにすら見えてきちゃうよ……。


「そう、最強魔剣となった以上、俺の魔剣の物攻は700オーバー! この剣に斬れぬものはない!」


 700……。


 700かぁ……。


 というか、ナバルが頑張れば頑張るほど、私が超絶パワーアップを遂げていく、この構造は一体何なの?


 行く先々で死を振り撒く存在として、恐れられたくはないんですけど?


「行くぞ! 死ねぇ!」

「大武祭のシステム上、死なないよ?」


 論破してあげるけど、火に油を注いだだけだったみたい。


 顔を真っ赤にしながら、例のスケート走りで私に近づいてくる。


 狙いは、私の首……ではなくて、魔剣みたいだね。


 どうやら、三本の魔剣が斬られたのが、よほど腹にすえかねたらしい。


 私に意趣返しをしてやろうって思いがビンビン伝わってくるよ。


 でも、言っていいのか分からないけどさ。


 さっきよりも物攻の差が開いてるんだよね。


 さっきは、物攻差900ぐらいだったのが、今は物攻差4300くらいに開いちゃってるんだよ?


 結果は、火を見るより明らかなんだけど……。


 それでいいのかな……?


 私は思わず【思考加速】で思いを巡らせる。


 ナバルが十五年かけて集めてきた魔剣。


 きっと沢山の思い出があるに違いない。


 魔剣を抱えながら食事をするナバル……。


 魔剣を丁寧にお手入れするナバル……。


 魔剣と一緒に散歩するナバル……。


 魔剣を抱えて共に眠るナバル……。


 その顔はいつも穏やかで楽しそうだ。


「その顔が何かムカつく」

「ああぁぁあぁぁあぁぁーーーっ!?」


 スパっと最強魔剣を切ってやったよ。


 私のコグツーを破壊しといて、許されると思うなよ!


 切ったと同時に最強魔剣がボロボロと崩れ落ちていく。まるで、最初からそれが紛い物であったかのように……。


 うん、ゴミになっちゃったね。


「おまっ、おまっ、俺がどれだけの思いで、この魔剣たちを集めてきたか!? それを知っての、この仕打ちかぁぁぁ!?」

「いや、知らないよ」

「この悪魔……いや、魔王めがーっ!」


 割りと余裕あるよね? ナバル?


 私がナバルに気を取られてると、視界の端で動く影がある。


 あー、やっぱりね。


 ハサンが【収納】から一本の剣を出している。その柄には、二等辺三角形が沢山絡まりあったようなデザイン。


 あれかー。


 あれが、眠りの呪いをもたらす魔剣かー。


 まぁ、予想の内だよね。


 気を引こうとするナバルの相手をしながら、【並列思考】でハサンの様子を見守る。


 一発逆転を狙える超強力な剣が【収納】の中にあれば、何かの拍子にうっかり使っちゃいかねないし、使わないようにするには、他の人に預けておけばいい――用心深ければ、それぐらい考えるでしょ。


 でも、ここにきてようやく出し渋っている場合じゃないと理解したんだね。


 ハサンが立ち上がり、眠りの魔剣を投げようと――


「ダンナ! これをつ――」


 ――した時には、私は既にハサンに近づき、その魔剣を粉微塵に切り刻んでいた。


「――か、え?」


 魔剣を放ろうとした姿勢のまま、自分の手からバラバラと零れ落ちていく魔剣の欠片を見て、動きを止めるハサン。


 だが、次の瞬間には状況を理解したのか、掌から刃をシャキンと飛び出させて、私に襲いかかってくるよ!


「殺してやる!」

「いや、無理でしょ」


 だって、切ったの魔剣だけじゃないもん。


 動いた瞬間に、ハサンだったものがバラバラになり、それがすぐさま光になって消えていく。


 私が魔剣だけを切り刻めるぐらいに器用だと思うなよー!


 もちろん、ハサンごとバラバラです。 


 それを見ていたナバルは――、


「すまん! どうかしてた! お願いだから、我々に勝ちを譲ってくれないだろうか!」


 振り向いたら、見事なまでの土下座で停戦交渉を求めていたわけだけど……。


 いや、そんなこと言われても……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る