第58話

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※注意※

胸糞展開かもしれませんので、そういうのが苦手な方は本話を飛ばして読むことをオススメします。

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【Take視点】


 思えば、俺は昔からお節介な性格をしていたのかもしれない。


「ナニ、ダセェことしてんだよ」


 学生時代――。


 たまたま通りかかった校舎裏で複数人で一人を取り囲んでいるのを見て、思わず俺が放った言葉だ。


 その時の俺は、別に不良だとかそういうわけでもなく、単純に単車が好きなだけの少年だった。


 いずれは、自分の店を持つか、メーカーに勤めて開発に携わりたい、もしくは何らかの形で8耐に携わりたい……そんな夢を持つ少年だったのだ。


 そんな夢に向けて、学生の時分からバイトという形で街の単車ショップで修行という名の雑用を続けていたし、それのせいで、まぁ、単車に乗ってる素行の悪い奴らとも知り合いにはなっていた。


 だからか。


 いつの間にか学校では距離を置かれて、一匹狼の不良みたいな扱いを受けていて、何やらよく分からない内に、一目置かれる存在となっていたのは……。


 遠くまでレースを見に行くために、ちょいちょい学校を休むことがあったのも、学校で俺が浮く原因になっていたのかもしれない。


 何にせよ、俺としては学校という施設に惰性で行く以外の価値が見いだせなかった。


 夢や目標があり、そこに向けての道筋が見えているのであれば、それに向けての努力をした方が良い――そう考えていたのだ。


 そして、そんな俺がたまたま目撃したのは、イジメの現場であった。


 何やら怖い連中と繋がりがあるという噂の俺が声を発したことで、イジメていた連中も『マズイ!』とでも思ったのか、そそくさと退散していく。


 俺は別にそんなに怖い人間じゃないんだけどな、と思いながらも俺はイジメられていた男に手を差し伸べてやる。


「大丈夫か?」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 俺としては、それはそこだけの話で終わるつもりだったのだが……。


 だが、そうはならなかった。


 助けた男子生徒が、何かと俺に付き纏うようになったのだ。


 男子生徒としては、俺という後ろ盾があれば、もういじめられずにすむとでも思っての行動なのだろう。


 けど、俺はそれでも嬉しかった。


 浮いていた学校生活にようやく楽しみを見つけられた気がして、少しだけ学校生活が楽しくなったからだ。


 最初は、どちらも打算的な関係だったのかもしれないが、結局、どちらも他に親しい友人もいなかったために、長くつるむことになる。


 そうなると、二人は自然と仲良くなり、趣味の話なんかもしたりするようになる。


 アイツはインドア派ではあったけど、意外にも単車の話に興味を持ってくれた。


 やってるゲームの中に単車が出てくるゲームがあって、それで興味を持っていたとかいう話だったけど、興味があるなら丁度いい。


 ゲームの中で乗り回すよりも実際に乗った方が数倍楽しめるんだってことを説明して、単車好きにしてやる。


 当時の俺はそんなことを考えていたのだ。


 ■□■


 大型二輪の免許が取れる歳になった俺たちは、お互いに一発で免許を取得し、単車を買った。


 俺はバイトで貯めていた金で、アイツは親に頼み込んで出してもらった金ではあったけれど、単車は単車だ。


 俺たちは揃ってツーリングに出かけては、単車での旅を楽しんだ。


 むしろ、俺よりもアイツの方がより楽しんでいたのかもしれない。


 俺は街のバイク屋に就職し、アイツは大学に進学した。


 進む道は違ったかもしれないけど、俺たちは単車好きという絆で繋がっている。


 そう思っていた。


 アイツが単車で事故って死んだという話を聞いたのは、そんな折だ。


 全身から力が抜け、俺は膝から崩れ落ちた。


 ショックだった。


 俺の中から何かが抜け落ちて、そして、俺でない何かがずっと俺を動かしている――そんな状態が何日も続いた。


 俺が単車の良さを説いたから、アイツは死んだのか? 俺の愛した単車は、いとも容易く親友の命を奪う凶器だったのか?


 ぐるぐると思考が回転し、ただ生きているだけなのに何度も吐きそうになる。


 単車に対する不信感を持ってしまったからなのか、いつの間にか俺の心の内に燃え盛っていた情熱は消え失せ、惰性だけで生きていく日々が続く。


 俺がLIAの存在を知ったのは、そんな折だ。


『新世界で新たな人生を歩もう!』


 ……やり直そうと思った。


 魂の無くなってしまった俺の中に、何か新しいものを入れなければと思った。


 ゲームなんて、ほとんどしたことがなかったが、それでもリアルと同じような感じで動けるのなら、何とかなるだろう。


 それに、アイツが得意だったゲームの中だからこそ、何かを取り戻せるかもしれない――。


 そんな思いがあった。


 俺はその日、LIAの初回抽選に応募していた。


 ■□■


 LIAを遊び始めたその日の内に、俺は一人の少女に出会っていた。


 少女の名前は、リリ。


 鈍臭くて、初期地点のモンスターにすら苦戦する運動神経の鈍さ。


 思わず放っておけなくて、俺は彼女を助けてしまっていた。


 リリは喜んで、赤の他人である俺にペラペラと事情を話す。


 聞けば、リリは幼い頃に交通事故に遭ってから下半身が動かなくなってしまい、それ以来、ずっと車椅子生活らしい。だから、歩くことや走ることに慣れていないのだと言う。


 交通事故……。


 その言葉が、俺の心にズシリとのしかかる。


 罪滅ぼしとか、多分、そういうことではないと思う。


 けど、俺はリリがどうしても放ってはおけなくなった。


 何となく、運命だとか、そういうものを感じたのかもしれない。


 そして、リリと冒険を重ねることによって、少しずつだが、自分の中の空虚が埋まる気がしていた。


 俺はリリを助け、リリは俺を頼ってくれる。


 その感じが学生時代のあの頃を思い出して……俺はデスゲームの最中だというのに十分な充足感を得ていたのだ――。


 そう、あの時までは……。


 ■□■


 エリアボスからリリを庇い、俺は利き腕を失った。


 最初は何とかなるだろうとタカを括っていたのだが、だんだんと現実を突きつけられるようになって、俺は荒んだ。


 同じく荒んだ連中と徒党を組んで、楽に儲けるために希少素材の独占なんかにも手を出したりした。


 今、思うと、何て馬鹿だったのだろうと思う。


 そんなことをしたって、辛い現状は何も変わらないというのに……。


「自分がどれだけか、客観的に見てみなよ、か――」


 あの時に、親友ダチとつるむキッカケになった言葉。


 それを改めて言われてハッとした。


 まるで、今の自分の姿をアイツに笑われてるような気がして、俺は急に自分のやってきた事が恥ずかしくなったのだ。


 なんて女々しく、なんて情けなく、なんてさもしいのか……。


 一言でいえば、『ダセェ』――その一言に尽きる。


 そして、それはあの時、アイツを取り囲んでいた連中と同じということで……。


 …………。


 俺は変わろうと決心した。


 現状を打破し、右腕を取り戻すことを決意したのだ。


 方法は分からないが、可能性があることは、あの鎧の女が示していた。


 目標があるならそこに向かって、とにかく頑張ればいい。


 そうして目標に向かって頑張ることを、俺は得意としてきたはずだ。


 まずは、俺の今までの戦闘スタイルを捨てることから始める。


 片手しか使えずに、しかも利き手が使えない状態で、武器などまともに扱えるわけがないのだ。だから、魔術を覚えることにした。


 幸いにも、魔術はちゃんと書物を読めば、SPなしでも覚えられる。


 俺は連日図書館に通い、魔術に関連する本を読み漁っていた。


 その間にも、リリは大武祭に参加し、予選通過を決める。


 俺がおめでとうとメッセージを送ると、リリからはTakeくんのためにも頑張るね、と返信が返ってきた。


 今までの鬱屈とした心には刺さらなかったであろう言葉も、今の俺なら素直に受け止めることができる。


 俺はリリの言葉を胸に、遅くまで魔術の本を読み漁った。


 頑張るのは、リリだけじゃない。


 俺も頑張ろう。


 素直にそう思えた。


 そして、三日をかけ、俺はようやく【火魔術】を習得するに至った。


 まずは攻撃の手段を作り、モンスターと戦える手立てを作り出し、いずれは自分の腕を再生する手段を探す旅にでも出れたらいい――俺はそう考えていた。


 ■□■


 決勝トーナメントの一日目も、俺は図書館に通っていた。


 リリは順調に勝ち進み、明日はいよいよ準決勝だ。


 そして、それに勝ち抜けば同日に決勝となる。


 本当、アイツは凄いと素直に称賛できる。


 あの変な鎧はよく分からないが、それでもリリが変わったのは確かだ。


 そして、それは俺に向けてのエールでもある。


「俺も変わらねぇと……」


 何だか、天国のアイツにまで応援されてる気がして、俺の口から勝手に言葉が漏れ出す。


 こうやって、僅かにでも感傷に浸れるのは、俺の中の何かが埋まってきた証拠なのだろうか? 分からないけど、悪くはないと思う。


 とりあえず、リリも頑張ってることだし、俺も頑張らないと――。


 そう考えていたら……幻視だろうか?


 二つ前の路地にリリらしき少女が、男に無理やり腕を掴まれて、すっと消えていくのが見えた。


「見間違い……か?」


 見間違いなら見間違いでもいい。


 だけど、どうしても気になった俺は、その少女と少女の腕を掴んでいた男が消え去った路地裏へと足早に急ぐ。


 そこには誰もいない――。


「――――」

「――――!? ――――!」


 …………。


 いや、微かに奥で言い争う声がする。


 俺は嫌な予感がしながらも、その足を奥へと進めていく。


 そして、見てしまった。


 路地裏の奥で倒れ伏すリリと――、


 覆面を被った二人組の男の姿を……。


「リリ!?」

「あちゃぁ。ダンナ、どうします? 現場を見られちまいましたぜ?」

「大して計画に支障はない。このまま、計画通りに進めればいい」

「お前ら! リリから離れろ!」


 俺が憤慨して叫んだ瞬間、衝撃が俺の腹部を突き抜ける。


 強烈な痛みに意識がとびそうになった次の瞬間には、壁に背中をしたたかに打ち付け、その痛みで意識が戻ってくる。


 あまりの痛みに涙でにじむ視界。


 視線を向けると、男の一人が片足をゆっくりと下ろすのが見えた。


 蹴られたのか、俺は……?


 まるで、見えなかったぞ……。


「ありゃ、死んでねえ? 加減したんですか、ダンナ?」

「まさか。長毛系の魔物族は打撃攻撃が効きにくい種族特性を持っているんだ。それに加えて、イエティ種は頑丈さに定評があるからな。普通に耐えたんだろう。だが、中身はボロボロだ。もう立てん」


 男はそう言って、手に持っていた剣を腰の鞘へと納めていく。柄には二等辺三角形が沢山絡まりあったデザイン……。不思議な剣だ……。


「運が良かったな、小僧。この剣で斬られた者は例え掠り傷であったとしても、剣の所有者のめいが無ければ二度と目覚めることはない。先客が居なければ、お前が永遠の呪いの眠りに落ちていたところだ」


 せん、きゃく……?


 言葉を吐き出そうとしたが、代わりに俺の口からは血塊が吐き出される。


 あの男が言った通り、たった一撃で俺の体はズタボロになってしまったらしい。身動みじろぎひとつしようとしても体中に痛みが走る。


 だが、そんなことも言ってられない。


 涙ににじむ視界に、倒れているリリが映っているのだ。


 そのリリの倒れる地面には小さな血溜まりが出来つつあった。


 俺はそれを見て、足掻くように体を動かそうとする。


 なんだよ、コレ……。


 何が起きてるっていうんだ……。


「この女も馬鹿な女だぜ。ダンナのアドバイスに従って、素直に次の試合を棄権しときゃ、こんな目にも合わなかったってのによ。無駄に抵抗しようとするから、こんな目に合うんだ」

「仕事中に、おしゃべりが過ぎるぞ。さっさと【収納袋】を探せ」

「へへへ、ダンナそれなら既に見つけてやすぜ。これ見よがしに腰につけてやがりました」

「無用心なことだな」


 リリの腰に括り付けられた【収納袋】を回収した男は、腰に戻した剣とはまた違う剣を【収納】から取り出し、リリの【収納袋】を一閃する。


 それだけで、まるで段ボール箱の中身をぶち撒けたかのように、リリの持ち物が一斉に辺りに散乱する。


 コイツらが一体何をしているのか、最初は分からなかったが、散らばったアイテムのひとつの前で足を止めたことで、俺はコイツらが何故こんなことをしたのかを理解してしまった。


 それは、真っ黒な鎧。


 リリを魔王と言わしめ、リリが準決勝にまで駒を進めたリリの原動力……。


「本人が呪いによって目覚めず、装備も失ったとなれば、もはや戦えまい」


 やめろ……。


 それは、リリの大切なものだ……。


 リリが変わる決意を示して、俺が変わるための力になってくれたものだ……。


 やめろ……。やめてくれ……。


 だが、男は無情にも剣を鎧に向かって振り下ろす。


 ガン! ガガン! ガン!


 しばらくの間、抵抗を続けた鎧だったが、やがて男の攻撃に屈したのか、そのシルエットが歪み始める。


 あ、あぁ……。


 本人は呪いで目が覚めないなら、装備まで壊す必要はないじゃないか……。


 リリに何の恨みがあるっていうんだよ……。


 リリが頑張って積み上げようとしたものを壊さないでくれよ……。


 お願いだ……。


 やめてくれ……。 


「硬いな。魔鉄でできているのか?」

「ダンナ、これ壊すんじゃなくて、俺たちで使った方が良かったんじゃ?」

「この手の武装は、大体がオーダーメイドだ。俺たちが使うにはサイズが合わなすぎる。売るにしても、サイズの問題があるから買い叩かれるしな」


 リリの鎧が……。


 リリの覚悟が……、リリの気持ちが……。


 破壊されていく……。


 まるで、この一ヶ月の間に積み重ねてきたものが、夢か幻であったかのように……。


 無くなっていく……。


「あ……、がっ……、ごふっ……」


 リリが目覚めた時、全てを失った彼女を前にして、俺は何て言ったらいい……?


 俺はどんな顔をしてリリに会えばいい……?


 俺は、俺は……。


 リリのために……。


 何ができる……?


「ゲホ、ゴボ……、ゲボ……、ゴホ……」

「すげぇ、あの状態で立ち上がりやがった……」

「それ以上動くな。本当に死ぬぞ。別に俺たちはお前たちを殺そうとしているわけじゃない。俺たちは人族の権威を見せるために、この大会をどうしても優勝しないといけないんだ」


 男の言葉を聞いて、ようやく分かった。


 覆面を被ってはいるが、背格好が全く一緒だ。


 ナバル&ハサン……。


 リリたちの次の対戦相手……。


「この少女だって、決勝の頃には呪いを解除する。そうすれば、何も問題はないだろう? 傷自体も大したものではないしな」

「ただ、ちょーっと不戦敗になるってだけさ。別に命まで脅かそうってわけじゃねぇのよ。ただ、確実に俺たちが優勝したいってだけでね」

「だから、無理はするな。無理したところで、


 違う……。


「ゴホッ、ゲホッ……、ゴホ……」


 血の塊が俺の毛を赤く濡らす。


 変わらない、どうにもならない、八方塞がりだ――。


 そう思える、そんなどうにもならない状況でも、本当はそんなことなんかないって……。


 変わっていこう、変えていこうって……。


 リリが……。


 リリが教えてくれたんだ……。


 だから、俺ができるのは……。


 リリの思いに応えて、状況を変えることだけだ……!


「【ファイアーボール】……ゲホ、ゴホ……」

「うおっ! コイツ! 街中で【火魔術】を撃ちやがった!」


 スキルレベルの足りない、ショボイ火の球。


 それが、建物の壁にあたって炎の柱を上げる。


 いきなりの攻撃に驚いたのか、ハサンが飛び退るが、俺の狙いは攻撃じゃない……。


 誰か……、誰でもいい……、気づいてくれ……。


 燃え盛る炎を見ながら、俺は強い気持ちでそう願う。


「チッ、折角、殺さねぇでおいてやろうと思ったのによ。どうします、ダンナ? コイツ、殺しときますか?」

「そうだな――……む? 【危険察知】に反応があるな。誰かがこちらに向かってくるか?」

「ダンナが危険を感じるような相手? ヤバくねぇですかい?」

「チッ、仕方ない退くぞ」

「あの死にかけはどうしますかい?」

「ほっとけ」

「ですが、俺らのやったことを見られてますぜ?」

「構わん。ここにあるのは、死にかけの女と散々に破壊された鉄屑だけ。この二つを噂の魔王に結びつける者はほぼいないだろう。コイツがそれを主張したところで、誰も耳を貸さん」

「あぁ、なるほど。魔王の正体が明らかになってなかったことで、逆にこの女が魔王だということが証明できなくなってるんですかい」

「そういうことだ。自分が魔王だと名乗り出なかったことで墓穴を掘ったな」


 そんな……。


 俺がコイツらが犯人だと告げれば、お前たちは大武祭を失格になるんじゃないのか……?


 リリが正体を隠していたから、リリがリリだと証明できないだなんて、そんなことがあるのか……?


 あぁ……。


 駄目だ……。


 視界がぐらぐらと歪む。


 もうもうと上がる黒煙が、徐々に周囲を包み込もうとしてくる。


 くそ……。


 ゲームの中だけど、一酸化炭素中毒なんて状態異常があるのかな……?


 俺はそんな馬鹿なことを考えながらも、ぐるりと世界が回って、その場に倒れ込んでしまっていた。


 リリ……。


 願わくば、誰かが見つけてくれて、彼女だけでも救ってやってくれないか……。


 彼女は……。


 アイツは――。

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