第57話

 うん。隠し通路の前まで来たよ。


 見た目はただの崖だけど、内部のスイッチを押すと岩肌がゴゴゴと動いて通れるようになるらしいって、タツさんからメッセージが届いてた。


 ただし、外からは開けられないみたいだね。


 色々やってみたけど、全然開かない。


 こうね。押してみたり、横に引いてみたり、むしろ引っ張ってみたり……なんか無理に力を込めたら、ミシミシ言い始めたから、慌てて手を離しちゃったよ。


 別に隠し扉を壊したいわけじゃないからね?


 マリスとちょっと話がしたいだけなんだよ。


 なので、隠し扉の前でじーっと待機してるわけなんだけど……。


 これ、一体、何分待てばいいのかな?


 いや、マリスが出てこなかったら、ずーっと待ちぼうけすることになるのかなぁって思い始めちゃって……。


 夜まで待ちぼうけとか、そんなの嫌なんですけど?


 あ、そうだ!


 タツさんが、『リリちゃんがこの隠し通路を良く使ってる』みたいなことを言ってたね。


 リリちゃんに聞けば、闘技場からこの出口までのおおよその移動時間が分かるんじゃない?


 それが分かれば、待ち時間の目処も立てられるでしょ。


 では、早速、リリちゃんにフレンドコールをっと――。


 ……あれ?


 リリちゃんの名前がグレーに変わってる。


 どういうこと……?


 とりあえず、リリちゃんの名前を選択して、再度フレンドコールをしようとしたんだけど――、


 ▶選択されたフレンドは現在応答できない状態です。


 ……と、返ってきましたよっと。


 うーん。


「なんだろう? 何かあったのかな?」


 そもそもグレーってどういう状態なんだろうね?


 このフレンドコールって、別に本物の電話ってわけじゃないから、電波が届かないとか、そういうのはないと思うんだよ。


 つまり、相手がフレンドコールに出ないというのは、出ることができない状態になっているってことで……。


 じゃあ、そのフレンドコールに出れない状態って何さ? って思っていたら――。


 ボウッ――。


 街中で急に火の手が上がったんですけど?


「えーと、街中で火事……?」


 そんなこと、今まで起こったことがなかったから、すんごい違和感だ。


 いや、違和感というか……。


「嫌な予感がする……」


 今すぐ、火の手が上がった場所に行ってみたい気分に駆られるけど、マリスの件も重要だよね?


 けど、マリスは出てくるかどうかすらも定かじゃないし……。


 リリちゃんはリリちゃんで、何故か連絡が取れない状態になっていて、街中では謎の火の手が上がってるし……。


 あれが、リリちゃんに関係する事柄なのかは、よく分からないけど……。


「普通の状況でないのは確かだよね?」


 街中の異常を確認すべき?


 それとも、来るかどうかもわからないマリスを待つべき?


 でも、マリスを待っていたせいで、リリちゃんに万が一があったら……。


 でも、あの火事がリリちゃんに関係する事柄じゃないかもしれないし……。


 …………。


 あー、もうっ!


 いいよ、決めた!


「何も無かったら、リリちゃんにスイーツ奢ってもらおう!」


 私は後ろ髪を引かれる思いでありながらも、火の手の上がる街中へと向けて駆け出すのであった。


 ■□■


 火の手はすぐに収まった。


 そもそも火事じゃないのかな?


 もしかしたら、誰かが街中で【火魔術】でも撃ったのかもしれないね。


 私闘の結果で魔術を使いましたーとかいうオチだったら、ズッコケちゃうよ。


 私の緊張と時間を返せって感じだ。


 というか、マリスの件といい、全てが後手後手に回っちゃってる気がしてならない。


 状況、状況に振り回されてる感じだ。


 あぁぁぁ、状況を解析して先手が打てる叡智が欲しい!


 【思考加速】はあるけども、【思考加速】は決して、お利口になるスキルじゃないし!


 【先読み】は相手の筋肉の動きを見て、次の動きを読むスキルだから、大局を見るのには適さないし!


 この状況を分析したり、まとめたり、何とかするアイデアが生まれるようなスキルが欲しいよ! むしろ、求めるべきは地頭の良さ? そんなのリアルスキルじゃん! そういうのは持ってませんが何か!?


「あの辺りかな?」


 【ジェットストリーム】ですっ飛びながら、一部が煤で汚れている建物の屋上に着地する。


 火の手は入り組んだ路地裏から起こったみたいだけど……。


 薄暗い路地裏に目を凝らすと、何か薄汚れた白いものが倒れてるね。


 それと――。


「リリちゃん!」


 私は路地裏に急いで飛び降りる。


 そして、ガシャンと何かを踏んだ音――。


 え、と思って辺りを見回してみたら、色々とアイテムが辺りに散らばっている。


 踏んだのは、ポーションのビン?


 え、何でこんな所に沢山のアイテムが散らばってるの?


 私が慌てて、周囲を見回すと――、


「コグツー……」


 そこには、原型を留めないほどに破壊されたコグツーの姿が……。


 丹精込めて作った装備が破壊された現実。


 そのことに、一瞬、思考が停止しかけるが、今はそれどころじゃない。


 リリちゃんに近づいて、彼女の状態を確認する。


「息はある。でも……」


 リリちゃんが倒れていた地面には、小さな血溜まりが出来ていて、本人の首筋にも一筋の切り傷ができている。


 誰かに切られたってこと?


 でも、誰に?


 いや、それよりも今は回復が先だ!


「【ヒールライト】!」


 これで傷口は消えたんだけど、なんでリリちゃんはこんなところに倒れてるんだろう?


 そして、この散らばったアイテムは一体……?


「う、ぐっ……」


 声が聞こえ、私は慌てて振り返る。


 路地裏にうずくまっていた白い塊。


 それが、僅かに震えながら動こうとしている。


 というか、えっ、これ、人!?


 いやいやいや、この白いのTakeくんじゃん!


 もう、なんなの!? 全然わかんないよ!


「あー! もう、Takeくんの方が重症じゃん! 【ヒールライト】! 【ヒールライト】!」


 真っ白い毛並が血で汚れてる。


 一体何があったのかは分からないけど、リリちゃんよりもダメージは多いみたい。


 とりあえず、二回ほど回復しておくよ!


「アンタ、は……」

「リリちゃんと違って、Takeくんとは話ができるみたいだね。まぁ、リリちゃんが目を覚ましたら、リリちゃんの方にも事情を聞くけど……。Takeくんにも何があったのか話してもらうよ?」

「リリは……、目覚めない……」


 え?


「リリは――……」


 そのまま気を失ったのか、動かなくなっちゃったんだけど……。


 えええ……。


 気になるところで気を失わないで、最後まで言って欲しいんだけど……?


 とりあえず、いつまでも路地裏で突っ立ってるわけにはいかず、私はアイテムを回収してから、リリちゃんとTakeくんを担ぎ上げ、海の藻屑亭へと戻るのであった――。


 ■□■


「――リリッ!」


 ずびしっ。


「あ、ごめん」

「…………」


 起きて早々に、いきなり私の手を握ってきたTakeくんに、反射的にチョップを頭頂部に叩き込んじゃったよ。


 ベッドで寝かされていたTakeくんは、そんな私の反撃が思いの外痛かったのか、頭を抱えて悶えてるね。


 もしかして、【ヒールライト】が必要かな?


 ちなみに、現在はもう夜中だ。


 海の藻屑亭の食堂部分の営業は既に終了済み。


 本日も売り上げが絶好調で、ムンガガさんもついさっきまで明日の営業分の食材を手に入れるために奔走してたぐらいだ。


 私の方はといえば、海の藻屑亭にリリちゃんとTakeくんを連れ帰ると、ムンガガさんに空いてる部屋を借りて、そこで二人を懸命に看病していた感じになる。


 ブレくんとミサキちゃんには悪いことをしちゃったけど、二人は全然気にしてないと笑顔で帰っていった。うん、ちょっと多めにバイト代を包んだ効果は絶大だね。


 ちなみに、二人には明日もバイトを頼んだよ。


 ムンガガさんにも納得してもらってる。


 A定食ばかり注文を取ってくるミサキちゃんには、何か言いたそうだったけど、二人共何だかんだ優秀だからね。


 というわけで、私は今までTakeくんやリリちゃんのお世話をしていたんだけど……。


 日もとっぷりと暮れた時分になって、ようやくTakeくんが目を覚ましたといった次第である。


 正直、何がどうなってこうなってるのか、さっぱりだからね。Takeくんには順を追って説明して欲しいぐらいだよ。


 あ、説明で思い出した。


 タツさんにも、マリスの件やリリちゃんの件で話し合いたいから、連絡を入れておこうっと。


 さくさくっと海の藻屑亭の地図を送っておいて、ここに来て欲しい旨をメッセージとして送っておくよ。


 さぁて、それじゃあ、次はTakeくんに事情を聞こうかな?


「それで? 色々と説明して欲しいんだけど、何でTakeくんはあそこでボロボロになって倒れてたの? それに、リリちゃんが目覚めないってどういうこと?」

「それは……」


 Takeくんは、近くのベッドで眠ったままのリリちゃんに視線を移してから、やがてポツリポツリと話し始めた。


「俺がリリを見かけたのは、本当に偶然だったんだ。それに、信じてもらえないかもしれないけど、アンタの言葉で俺は変わろうとしていたんだよ――」

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