第56話

「パッケージ……? あ、コイツ、騎士団のレオンじゃん!」


 どうやら、お客さんの中でパッケージの金髪くんを知ってた人がいたみたい。


 ちょっと悔しそうな表情を浮かべてるよ。


「人族側のエリア3で、王都を巡回してる姿が度々目撃されてたけど、話しかけても全然好感度が上がらないし、イベントも発生しないから、仲間にするのは無理だろうって言われてたのに……。仲間にする方法があったのか……」


 聞いてみると、どうやらこのレオンという金髪くんは、騎士団でも若手のホープとされているNPCらしく、実力も相当なものらしい。


 マリスちゃんは、そのレオンくんを上手く仲間に引き入れて、今回の大武祭に参加したみたいだね。


 ちなみに、マリスちゃんについて聞いてみたら、「たまに、冒険者ギルドとかで見るけど、特に親しくもない」って話だった。


 うーん、どこかで見た気がするんだけど、私の気のせいなのかな?


 いや、それにしてもだよ。


「NPCと組んで大武祭に出るなんて、それってズルいんじゃないの?」


 私がそんな疑問を抱えていたら、


「そもそも、NPC同士で組んで出てますから、NPCが出ちゃいけないってわけでもないと思いますよ?」

「大会のお知らせにもNPCと組んではダメとは書いてなかった」


 と、ブレくんとミサキちゃんに論破されてしまった。


 つまり、マリスちゃんが上手くルールの穴を突いたということなのかな?


「大体、NPCと組めるって言っても、強いNPCと組める条件なんて全然分からないですし、あのマリスって人が上手かったんですよ、きっと」


 お客さんに呼ばれたブレくんが、そう言いながらホールに出ていく。


 まぁ、そう言われちゃうと……。


 でも、何か引っ掛かるんだよねぇ。


「そろそろ始まる」


 モヤモヤとしたものを抱えながらも、私はミサキちゃんの言葉に意識をフロートスクリーンに集中させる。


 闘技場の上では、レオンくんが一歩前に出て、イコさんとゴブ蔵さんに何か言ってるね。


 えーと、何々……。


『ご老人を斬る剣を私は持ち合わせてはおりません。どうか、今のうちに降参して頂けませんか――』


 って、いきなり降参勧告してるじゃん!


 随分な自信家だなぁ……。


 それとも、柔らかい物腰でいながらのナチュラル失礼な性格なのかな?


 その言葉を聞いて、ゴブ蔵さんとイコさんは肩を震わせて笑ってるね。まさか、前回覇者なのに弱者扱いされるとは、思ってもみなかったんじゃないかな。


『やれやれ、若いのに心配されるとは、このゴブ蔵も落ちたもんじゃなぁ』

『お爺さん、お相手さんが全力で戦えないと言うなら、少し本気を出さないといけませんよ?』

『そうじゃなぁ』


 次の瞬間には、ゴブ蔵さんの体がどんどんと盛り上がり、若々しい細マッチョのイケメン姿へと変貌する。


 あ、マリスちゃんの顔が強張ってるね。


 変身するのは予想外だったのかな?


『これで、どうじゃ?』

『なるほど。我が剣を振るうに不足なしといったところでしょうか』

『では、私は女の子の方のお相手をしますね。そちらはお任せましたよ、お爺さん』

『やり過ぎてしまわんようにな、イコさんや』


 マリスちゃんの表情がますます強張っていくんだけど……。


 ――あっ!


 あの緊張でガチガチになった表情で思い出した!


楠木麗くすのきれい……!」


 確か、LIAの記事が載っていた雑誌で佐々木幸一と一緒にCG関連のチーフデザイナーとして、インタビューを受けていた人だ。


 あー。もしかして、初回出荷のLIAを遊んでいて、このデスゲームに巻き込まれちゃったのかな?


 なんて、間の悪い……。


 でも、それで分かったよ。


 誰も仲間にする方法の分からなかったレオンを仲間にしてるのって、多分、開発にきっちり携わっていたからなんだろうね。


 だから、レオンの攻略チャートを知っていた。


 そして、デスゲームに巻き込まれた以上、死にたくないからって、相応に知識チートを活かして、自分を強化しまくったんじゃないかな?


 その結果が、本戦トーナメントの進出と。


 まぁ、生きるために必死だとはいえ、いきなり強キャラを連れ回して俺ツエーしたりする行為には、ちょっと引くけど……命が掛かってるなら仕方ないのかな?


 …………。


 ……あれ?


「どうしたの、ゴッド?」

「え?」

「何か難しい顔してる」

「そんな顔してた?」

「うん」


 ということは、私の中でモヤモヤがちゃんと解消されてないんだろうね。


 なんだろ……。


 私が思い悩んでる間にも試合は開始され、強NPC同士の戦いが始まる。


 先手を取ったのはレオンくんだけど、その攻撃を難なくいなすのはゴブ蔵さんだ。


 流石、前回大会の覇者。


 技の年季や練度が違いすぎて、レオンくんの攻撃が稚拙に見えるほどだ。


 しかも、レオンくんは剣を使ってるのに、ゴブ蔵さんは素手でその攻撃をそよ風のように受け流す。もう、完全に役者が違うね。


 一方のイコさんとマリスちゃんの戦いは、意外と拮抗してる?


 イコさんがトコトコと近付こうとするんだけど、マリスちゃんは徹底して距離を取って、魔術による攻撃を行ってるね。


 まぁ、イコさんは、その攻撃も【魔甲】で簡単に弾いちゃうんだけど……。


 総じて、イコさんたちの方が優勢に戦いを進めているのかな? 追うイコさん、逃げるマリスちゃんという図だ。


 うーん。


 これ、結構時間が掛かるのかなぁ?


 そう思ってたんだけど、均衡は一瞬で崩れる。


 ゴブ蔵さんの一撃がレオンくんにあたったと思ったら、次の瞬間にはゴブ蔵さんの拳が一気に数を増して、数十という拳がレオンくんを捉えちゃったよ。


 その攻撃で、レオンくんの体が上空高くに吹き飛び――、


 あ、その吹き飛んだ先にゴブ蔵さんが先回りして、組んだ拳で一気に地面に叩き落としたね。


 バカンッ!


 うわぁ……。


 レオンくんの体が闘技場に叩きつけられて、闘技場が見事にパカンと割れちゃった。


 ゴブ蔵さんも怒られるんじゃないかな、これ?


 でも、ゴブ蔵さんは、そんな状況なんてお構いなしに上空からの高速の膝蹴りで突き進んでくる!


 容赦のない追い打ちが、起き上がろうとしていたレオンくんの首にめきゃっとめり込むよ!


 いや、これだけやられても、ポリゴンにならないレオンくんもレオンくんじゃない!?


 けど、流石にこの追い打ちには耐えられなかったみたい。


 レオンくんの体がポリゴンとなって消えていっちゃった……。


 2対1となったところで、勝負があったと考えたのか、マリスちゃんは棄権サレンダーを選ぶんだけど……。


 ――あ。


 そうか。


 馬鹿だ、私……。


「ゴメン、ミサキちゃん、ブレくん、ムンガガさん! ちょっといったんお仕事抜けてもいい!?」

「なんや、一体?」

「お客さんの流れも緩くなってきてますから、大丈夫ですよー」

「何かあった? ゴッド?」

「ちょっと勘違いかもしれないけど、調べたいことがあって……後でちゃんと話すよ!」


 そう伝えると、私は海の藻屑亭からあっという間に外に出る。


 だけど、一歩大通りに出ると、そこは人混みの海だ。どこぞの有名な花火大会かってぐらいに混んでる!


 仕方ない、ショートカットしよう。


 私は路地裏に入ると、軽く跳んで民家の屋根の上へと着地する。


 このフォーザインの街は、どの家も四角い箱みたいな形をしてるからね。屋根伝いの移動がとてもしやすく出来てるんだ。


 いや、本来の目的はそう使うんじゃないとは思うんだけど……。


 とりあえず、人混みを避けて、私は屋根から屋根を伝って闘技場を目指すよ。


 こんなに急いでいる理由は、マリス……いや、楠木麗だ。


 さっきは、楠木麗が開発メンバーなのにも関わらず、デスゲームに巻き込まれてしまって可哀想とか考えてしまったけど……普通に考えれば、でしょ。


 むしろ、楠木麗は開発メンバーに加わってたし、チーフデザイナーという立場なら佐々木幸一とも接点があったはずだ。


 つまり、どちらかといえば、


 彼女がこのデスゲームについて、どこまで知ってるのか、どこまで関わってるのかまでは分からないけど、それを確認したくて、私は闘技場に向かう。


 けど、試合決着してからの移動だからね。


 もしかしたら、間に合わないかも……。


「【ジェットストリーム】!」


 【風魔術】レベル8である【ジェットストリーム】は強烈な気流の道を生み出すことのできる魔術だ。


 これは、そのまま相手にぶち当てて行動を阻害してもいいし、味方に使って移動速度を上げてもいい、使い勝手の良い【風魔術】である。


 私はそんな【ジェットストリーム】を自身を打ち上げるための射出機構カタパルトとして使い、何軒もの家を飛び越えて高々と宙を舞う。


 ひぇぇぇ〜! 高っ! 怖っ!


 ちょっとした遊園地のアトラクションのような気分を体験した後は、【風魔術】レベル7の【エアクッション】を発動する。


 バフッと風でできたクッションが優しく全身を支えてくれて、私は慣性を殺してゆったりと別の家の屋根へと着地していた。


 そして、そのまま、【ジェットストリーム】を行い――、


 多分、はたから見たら、フォーザインの街の上をぴょんぴょん飛び跳ねる私の奇行が見えたんだろうね……。


 うん、カッコ悪いこと、この上ないよ!


 それでも、普通に街中を走るよりはよっぽど早く、私は街の端にまで辿り着く。街の端まできたら、今度は上に登るまでの階段を探す。


 階段はあっさりと見つかった。


 なにせ、今は闘技場に出入りする人数が多いからね。


 人が多いところを探せば、階段の位置ぐらいはすぐにわかる。


 【隠形】レベル9のおかげで、人混みにさっと紛れ込んでも誰も何も言わないのは便利だ。


 そのまま、人混みに紛れながら、闘技場へと向かう。


 闘技場と街中まではほとんど一本道だから、まともな道を楠木麗……いや、マリスでいいか……が選択してれば、かち合ったりするかなーとも思ったんだけど、目を凝らして周囲を観察しても、マリスらしき人影は見当たらない。


 もしかしたら、決勝トーナメントに進んだ参加者にしか教えられない特別通路でもあるのかな? だとしたら、私は見当外れのところを探していることになる。


 むー、悩んでる暇はないね。


 急いでタツさんに連絡を取るよ!


「タツさん、今いい?」

『あー、ちょい待ち。みんな、すまんなー。ちょっとフレからコールや。大事な話みたいやから、すまんが外すでー』


 おっと……。


 もしかしたら、リリちゃんの後対応を行っていたところだったかな?


 だとしたら、悪いことしちゃったかなー。


『待たせたなぁ。なんや、急ぎの用事か?』

「ごめん。もしかして、リリちゃんの件で対応してくれてた? だったら、迷惑だったよね?」

『いや、連中しつこいねん。せやから、話を打ち切るにはちょうど良かったわ。それで、なんや?』

「急で悪いんだけど、決勝トーナメントに出た参加者だけに教えられる関係者通路って知らない? それを教えて欲しいんだけど……」

『そういえば、何かそんなのあったなぁ……。リリちゃんは活用しとったけど、ワイはあんま使っとらんから、忘れとったわ。っちゅーか、何に使うねん、そんなん?』

「タツさんは、楠木麗って知ってる?」

「ん? あー、何度か会ったことあるなぁ。追加のバグ案件を何度かCG班に直接持っていったことがあんねんけど、そこで塩対応してくれたキャップが奴や。これ、ポリゴン透過してますやんってツッコんだら、仕様やー! 言われて、一蹴してくれた思い出あったなぁ。あー、思い出した、思い出した」

「それで、マリスなんだけどさ」

『マリス? 決勝トーナメント参加者の奴か?』

「楠木麗に似てない?」

『言われてみれば、似とるか……? いや、ワイの知ってる楠木は常に目の下にクマつけて、死にそうな顔色して、寝癖ボサーな印象やったからな……。印象が違うというか……。せやけど、言われてみれば、確かに似とるか……?』

「楠木ってユグドラシルのチーフCGデザイナーでしょ? もしかしたら、佐々木幸一に繋がってるかもしれないから、会ってちょっと話をしてみたくて」

『それで関係者通路かい!』

「そう。今、一般通路を進んでるんだけど、それらしい人影が無いから、そっちじゃないかなって」

『試合終了から、結構経ってるで? もしかしたら、もうおらへんかも……』

「それでもいいよ、教えて。行くだけ行ってみるから」

『分かった。地図送るわ。ワイの方はまだ連中がおるからな。ちと協力は難しいかもしれへん』

「大丈夫。こっちはこっちで何とかするよ。じゃ、地図よろしく」

『おう、何か分かったら、ワイにも教えてな』


 しばらく待ってたら、タツさんから一枚の地図が送られてきた。


 どうやら、崖の一部に隠し通路があるらしく、そこから街中にひっそりと出ることが出来るらしい。


「あっちか……」


 私は踵を返すと、隠し通路の出口に向かってひたすらに走るのであった。

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