第53話

「え、嘘でしょ。何、コイツら……」


 ブレくんとミサキちゃんの予選決勝は、僅か十分足らずで終わりを迎えた。


 その原因は、今、舞台の上にいる二人組のせいだ。


『強い! この二人、圧倒的過ぎる! A級冒険者の二人組、ナバル&ハサン! 他の参加者全員がかりで攻めても一切動じず! 涼しい顔で攻めを受け流し――いや、むしろ押し返して、その実力を見せつけたぁ!』


 いや、ビックリするぐらい圧倒的だったよ。


 A級冒険者が強い強いとは聞いていたけど、本当にちょっと強さの次元が違うというか……。


 でも、ステータス上では、私の方が上なんだよね?


 いや、見た感じ、それでも全然勝てるような感じがしなかったんだけど?


 とりあえず、ブレくんとミサキちゃんにお疲れさまメールを送っておこう。少し落ち込んでるかもしれないから、あんまり追い打ちにならないように言葉を選ぶよ。


 あ、返信がきた。


 えーと、ブレくんは……。


『完敗です。全然歯が立たなかった。流石、A級って感じでした』


 自分の実力不足を恥じてるみたい。


 いやぁ、ブレくんは頑張ったと思うよ?


 【パリィ】を積極的に狙ってたけど、フェイントに翻弄されて、あっという間に倒されちゃったのは、ステータスも違うし、仕方ないと思う。


 ミサキちゃんなんて一合打ち合わせたと思ったら、次の瞬間にはズンバラリンだったもんね。


 あれ、大丈夫なのかなー?


 即死だから痛みも感じないで復活できるのかな? ちょっと心配……。


 あ、ミサキちゃんの方からも返信がきたね。


『悔しい。ゴッドなら勝てる?』


 とりあえずはいつも通りで安心した。


 そして、勝てるかどうか、か……。


 どうかな?


 今のままだと厳しいような気もするけど……。


 私はステータスが高いけど、攻撃系のスキルをほとんど持ってないし、戦闘の経験値とかも考えると大分難しいんじゃないかなーとは思う。


 ステータスが高いといっても、ステータスで百ぐらいの差ならスキルとか戦闘の経験で簡単にひっくり返される気がするんだよね。


 だから、ミサキちゃんには『無理じゃない?』って返信したんだけど……。


『ゴッドなら勝てる』


 いや、ミサキちゃんのその謎の信頼はなんなの!?


 とりあえず、さっきのミサキちゃんたちの試合で全ての試合が終わったらしい。


 窓の外を見てみたら、もう夕方だ。


 ムンガガさんは帰ってきてるかなーと考えていたら、運営からのお知らせメールが届いたよ。


「へー、決勝トーナメント参加者一覧かぁ」


 お知らせメールによると、決勝トーナメントに勝ち残ったのは、次のタッグということらしい。


 ・サラ&ソフィア

 ・アクセル&クロウ

 ・マリス&レオン

 ・ミタライ&TAX

 ・タツ&リリ

 ・(*´ω`*)&アップル☆

 ・ナバル&ハサン

 ・イコ&ゴブ蔵(シードで本戦より出場)


 いやぁ、知ってる人もいれば、知らない人も多い。


 一応、大武祭中の場面を切り抜いたのか顔写真も載ってるけど、全然ピンとこない……って思っていたら、一人ピンとくる人がいたね。


「このサラって子、ガガさんの剣を奪った……」


 ちょっと嫌なことを思い出しちゃって、顔がしかめっ面になっちゃうよ。


 でも、この人でも決勝トーナメントにいけるってことは、そんなに大武祭自体のレベルが高くないのかな?


 いや、ゴブ蔵さんやイコさん、ナバルやハサンがいるんだから、レベルが低いわけがないか。


 じゃあ、サラちゃんもラッキーで勝ってきたのかもね。


「それにしても、明日から決勝トーナメントかぁ。しかも、あのアーチ状の上に建てられたでっかい闘技場にお客さんを入れて行われるって……。こっちにお客さん入るかなぁ?」


 連日、人が並ぶほどに屋台が繁盛してたから、ちょっと調子に乗ってたのかもしれない。


 小さな店をかまえてオープニングセールをやろうとしてたら、いきなり駅前に巨大なショッピングモールを建てられたかのような気分だよ。


 それでも、やるしかないんだけどね。


「一応、沢山のお客さんが来てくれることも考えておこう。見通しが甘くて、屋台では大変なことになったし。ブレくんとミサキちゃんに連絡取って手伝ってもらおうかな? 二人共、負けちゃって暇してると思うし、ちょっと落ち込んでるっぽいから、気分転換には丁度良いでしょ」


 私がメッセージを送ると、ややあってから返信がきた。


『手伝います』

『おっけー』


 とのことだったので、早速店の位置を知らせておくよ。


「はぁー、明日も忙しくなるかなぁ。なるといいなぁ」


 そんなことを願いながら、のんびりとムンガガさんの試作料理に付き合ったり、料理の値段改定に付き合ったりしてたら、夜もとっぷりとふけちゃったよ。


 ■□■


 明けて、翌日。


 まだ日も高くない内から、屋台の場所に行ったんだけど……。


 人がいる!


 良かったぁ……。


 朝から闘技場で席取りに向かっている人も多いだろうと思っていたから、これは朗報だよ。


 一応、集まっていた人たちに、本日は屋台を開かないことを説明。ただし、毒料理に関しては店舗の方で提供できる旨を伝えておくよ。


 それを聞いた人々の反応は様々だ。


 後で行くよーと言ってくれる人もいるし、待ち損じゃんと文句を言ってくる人もいる。


 とりあえず、あまりヘイトを集めないように低姿勢で謝りながら、昨日まで屋台のあった場所に立て看板を置いておく。


 もちろん、立て看板には海の藻屑亭までの地図が描いてあり、これ以降に毒スープ目当てで人がやってきても、地図を頼りに宿まで来れるようにしてある。


 私が立て看板を置いて帰る時にも、立て看板を覗き込んでる人がいたし、閑古鳥が鳴くってことが無いとは信じたいかな。


 というわけで、看板だけ出してきたら、今度は急いで海の藻屑亭にUターンだ。


 海の藻屑亭の中に入ると、ムンガガさんとブレくんが何故か対峙していた。


 いや、何でさ?


「なんや、おどれら!? 借金取りか!? 借金取りなんか、おぉう!?」

「いや、違いますって! 僕らはヤマさんに呼ばれて手伝いに来たんですって!」


 あ、そういえば、ムンガガさんに助っ人を呼んだことを説明してなかったよ。テヘペロ。


「あ、ゴッド」

「おう、テメェ! どういうことじゃ、コリャア!? 説明せんかい!?」

「ヤマさーん、何とかしてくださいよー!」


 というわけで、ムンガガさんに緊急で給仕を雇ったことを説明。


 ムンガガさんは、「いや、そんなんいらんやろ……」みたいなスタンスだったんだけど、屋台での接客がどれだけ忙しかったのかを懇切丁寧に説明したら、ムンガガさんも分かってくれたみたい。


 というか、私が手伝える内はいいけど、私がこの宿を去ってからもちゃんと機能するように、商業ギルドを通して給仕の募集をした方が良いのかもしれない。


 その辺は、ムンガガさんと要相談かなぁ。


「なんか、店の外ざわざわしてる」


 ミサキちゃんの言葉で我にかえる。


 もしかして、と店の外を見てみたら、既にお客さんが並び始めてるじゃん!


 誰もこないんじゃないかと少し不安があったんだけど、それは杞憂だったみたい!


 私は店の中にとって返す。


「ムンガガさん! もう店の外に並び始めてるんだけど、準備は大丈夫!? お客さん、中に入れちゃうよ!?」

「なんやと!? クソ忙しくなりそうやんけ! かまへん! 客いれぇ!」

「ごめん、ブレくん、ミサキちゃん、あんまり打ち合わせできてないけど、お客さんの注文とってムンガガさんに言ってくれれば良いから!」

「あ、一応、僕、居酒屋でバイトリーダーやってたこともあるんで、上手く回しますよ。台拭きとか食器とか、備品の場所を教えてくれれば何とかします」


 まさかのブレくんが頼もしく見える、だと……。


 引き篭もりでバイト経験のない私にとっては、その経歴は輝かし過ぎるよ!


 あ、でも、ネタ出しにファミレスは良く利用してるので、動きに不安はないからね。


 むしろ、新人のバイトよりも作業内容知ってるし。


「ブレは色々とバイト経験あり」

「ミサキちゃんの方は焼肉屋さん一本でバイトしてたよね?」

「まかない美味しいから」


 ミサキちゃんの方も即戦力!?


 これは、かなり貴重な戦力を呼び寄せたのでは……?


 私、意外と持ってる子?


「お願い! 二人とも急なことで悪いんだけど、力を貸して!」

「分かりました。急ですけどやれるだけやってみます」

「頑張る」


 うぅ、二人共えぇ子や……。


 思わず、感謝しちゃうよ。


 むしろ、この子らがゴッドじゃないの?


「ムンガガさん、お客さん入れるよ! あと、皿洗いとか材料の皮むきとかで人手がいるなら言って! それぐらいだったら私にもできるから!」

「おう、その時は頼むわ!」


 店の備品の位置をブレくんたちに教えてから、少しモタつきつつも海の藻屑亭の食堂部分にお客さんを呼び込む。


 これは、朝から並んでた人たちがそのまま来てくれた感じだね?


 これを捌ければ、しばらくは集団での来店はないかな?


 よし、頑張るぞ!


「いらっしゃいませー」


 最大限の猫なで声でお客さんを迎え入れつつ、私は激戦となるであろう午前中に思いを馳せるのであった。


 ■□■


 午前中を何とかすれば、忙しさも緩和すると思ってた時期が、私にもありました……。


 いや、マジで忙しいんですけど!?


 午前中を捌ければ、何とかなるだろうと思ってたんだけど、そのままお昼に差し掛かっちゃって、お客さんが全く途切れない!


 疲れを感じないアバターだからいいけど、生身の人間だったら、今頃へこたれて弱音吐いてる自信があるよ!


 というか、処理能力最大にした私とブレくん、ミサキちゃんがいて、お客さんを捌き切れないというのが計算外! ずっとエンドレスで仕事がやってきてるようにしか思えない!


 いや、むしろ、朝に食べた人たちがお昼に、もう一度食べたいって並び直してるじゃん!


 あの人、さっきも見た気がするんですけど!?


 もう、【毒耐性】取ったんだから、闘技場の方に観戦に行けばいいのにー!


 と思ってたんだけど、お客さんたちの会話を聞いてみると、闘技場の席取りと毒スープの二択で毒スープを選んだ人が多く、今から闘技場に行っても良い席も空いてないだろうから、それならここで料理を食べて【毒耐性】のレベルを上げちゃえってことらしい……。


 決勝トーナメントよりも、こっちの毒料理を選択してくれたのはありがたいから、文句が言いづらくなっちゃうよ……。


 いや、とか言って……アンタら、フロートスクリーン開いて決勝トーナメントの様子を観戦しながら、料理食べてるじゃん!


 単純に一挙両得な行動しようとしただけだよね!? 私は騙されないよ!


「おー、トーナメントの組み合わせが決まったぞ」

「どれどれ」

「マジかぁ、アクセルとミタライが一回戦であたるのかぁ……」

「前回優勝者コンビの実力も楽しみだなぁ」


 くぅ〜。


 どんな感じなのか、ちょっとだけ私もフロートスクリーンを開いてみようかな?


 組み合わせはちょっとだけ気になってたんだよねぇ〜。

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