第52話

「――クソが! せっかく商売も軌道に乗ってきたっちゅうのに、これで終わりなんかい!」


 海の藻屑亭に帰ってきたムンガガさんは大荒れだ。


 けど、荒れてるだけの時間がないんだよね。


「ムンガガさん、癇癪起こしてる場合じゃないよ。明日の準備しなきゃ」

「はぁ!? 屋台で毒料理を売ることが禁止されたんやぞ! 準備なんかしても意味ないやろが!」

「意味はあるよ。ムンガガさんも聞いてたでしょ。『大武祭の屋台にて、これ以上の毒料理の販売を禁止させてもらう』ってギルマスは言ってたんだ。だから――」

「だから、売れないんやろが!」

「違うよ! 屋台で売っちゃダメだから、この宿で振る舞えばいいんだよ!」

「……はぁ?」


 正直、ずっと気になってたんだよね。


 大武祭ではボロ儲けしてる私たちだけど、それが終わったらどうなるんだろうって。


 これが終わったら、ムンガガさんはまた貧乏宿屋のヘンテコ店主に逆戻り?


 でも、屋台ではアレだけ売れたんだし、ムンガガさんの毒スープの味に惚れたってお客さんも数多くいた。それは、ムンガガさんにちゃんとした料理の腕があって、毒料理にもポテンシャルがあるってことを示してる。


 それなのに、大武祭の屋台が終わったら、それで終わり?


 そんなのもったいないじゃん!


「明日、元々屋台を出してたスペースに、海の藻屑亭までの地図を描いた看板を出してくるよ。どれだけのお客さんがこの宿に来てくれるかは分からないけど……スープだけじゃなくて、他の料理だって出せると思う」


 持ち帰りなしで、宿の食堂部分で食べてもらえば、諸々の問題も解決するだろうし、多分、ヨアヒムさんもそれをするように誘導してたと思うんだよね。


 折角の金になる木を屋台なんかで終わらせるな、ちゃんとした形で後にも続くようにしろ――って私にはそう言ってるように聞こえたよ。


「だから、明日の準備は必要だと思う。ムンガガさんがどうしても必要ないっていうならいいけど……」

「いや、分かったわ。テメェがそう言うんやったら、そうしたるわ」


 ありゃ、思ったより素直だね。


 変なものでも食べた?


「随分と聞き分けがいいね?」

「屋台での成功もテメェが誘ったからや! もっかい信じて賭けてみようってなるのは当然やろがい!」

「あ、うん、そっか。ありがと、ムンガガさん……」

「やめぇ! 照れるわ!」


 何だかんだムンガガさんとも長いからね。


 なんとなく信用を得てたんだなーって感じて嬉しくなっちゃうよ。


 というわけで、ムンガガさんは明日の準備に奔走し、私は私で海水を汲んできては、ちまちまと商業ギルドの依頼で必要になるアイテムを作り始める。


 うん、B級に上がるために納品すべきアイテムをこう、【魔神器創造】で作っとこうかなーってね。


 一斉に作らないのは、そんなに急に依頼をこなしたら、そのアイテムはどうやって手に入れたんだ? となって、【魔神器創造】の使用が疑われてしまう状況を作り出さないためだ。


 なので、とりあえず、ちまちまとアイテムを作ってる次第である。


「ふー、ちょっと休憩」


 海水のストックが切れたところで【魔神器創造】を解除する。


 私はベッドにダイブするようにして横になる。


 いやぁ、【魔神器創造】中は空中遊泳してる感じで、身体に負荷がかかってないんだけど、やっぱり感覚的に慣れてないのか、どうも疲れるんだよねー。


 まぁ、少し気分転換するかなーとフロートスクリーンを点けてみたら、ぱっといきなり映像が切り替わった。


「あ、ブレくんとミサキちゃんの試合か」


 予選も終盤のタイミングなんだけど、どうやら最終戦での試合のようだ。


 ブレくんもミサキちゃんも運が良いのか悪いのか、良く分からないね。


 舞台上に続々と参加者が集っていくのをざっと見回すんだけど、これは強そうって相手はいないのかな? 良くわかんないや。


「お、始まるね。ブレくん、ミサキちゃん、頑張れー」


 とりあえずは大乱戦から始まったブレくんとミサキちゃんの試合。


 ブレくんもミサキちゃんも序盤は積極的に戦おうとはせずに、逃げ回りながら向かってくる相手を追い払う感じで粘り強く戦っている。


 すると、徐々に人数が減っていき、人数が三十人前後にまで減ってきた。


 でも、そうなってくると、逃げ回るだけじゃ難しくなってくる。


 ブレくんとミサキちゃんは、何とか相方が落ちて、一人だけになっている相手を見つけては倒しにかかっているようだ。


「あ、ミサキちゃんのあの剣……」


 ミサキちゃんの剣が薄い魔力に包まれて、迫ってきた【ファイアーミサイル】を斬り落とす。


 あれって、イコさんに教えてもらった【魔甲】だよね?


 そっかー。練習して、できるようになったんだ……。


 それとも、SPで【魔力操作】のスキルでも取ったのかな?


 何にせよ、【魔甲】が使えるなら、装甲の薄いミサキちゃんでもMPを犠牲にしてダメージが抑えられるようになるはず。


 痛みが動きに制限を与える状況だと、それだけでもミサキちゃんに優位な気がするよ。


 更に、乱戦状態が続き、ようやく緩和した時、全体の人数は十五人にまで減っていた。


 ここまでくると、大体、誰がどれぐらいの強さなのかも分かってくるみたいで、強そうなタッグを相手に五組のタッグが手を組んで戦うみたいだね。


 そして、その囲いの一組に、ミサキちゃんたちの姿もあるよ。


 囲んでいないのは、相方が早々に落とされちゃった三人だね。彼らは動くに動けなくて、互いに牽制しあってるみたい。


 強い一組を狙って、五組が一斉に襲いかかる。


 ズルいというなかれ。


 これが、バトルロイヤルの醍醐味なのだ。


 いや、やったことないから本当かどうかは知らないけど……。


 強い一組を追い詰めてはいくんだけど、五組の方も無傷というわけにはいかない。


 それでも、数の暴力で強い一組の一人が落ちる。


 あとは後衛の一人だけとなった時――、


 まごつくだけで動こうとしなかった三人が動き出す。


 彼らは三人で一時的に連合を組んだらしい。


 強い一組と戦って疲弊した五組を背後から強襲するよ!


 いやぁ、挟撃を受ける形になっちゃって、乱戦が加速する、加速する。


 ブレくんもミサキちゃんを逃がすために自分が盾になって攻撃を受けるけど、大きなダメージを負ったのか、動きがおかしい。


 ミサキちゃんはまだ動けてるけど、この大乱戦じゃ、誰が有利なのか全く分からないね!


 みんなが入り乱れてワチャワチャとなっている中で、ついにミサキちゃんが覚悟を決める。


「あ! ミサキちゃんの【デススクリーム】!」


 全員が入り乱れている中に見事に風の衝撃波が炸裂する。


 完全に不意打ちになったのか、何人もの参加者がポリゴンに変わっていく。


 けど、その一撃で危険だと判断されたのか、今度は生き残った参加者が一斉にミサキちゃんに向かってくる!


 だけど、その先頭の参加者に向かってブレくんが組み付いたね!


 攻撃でも何でもないタックル。


 それでも体勢を崩すことには成功したのか、先頭が倒れ、続こうとしていた参加者たちが思わず足を止めてしまう。


 そこへ、クールタイムが終わったのか、ミサキちゃんの【デススクリーム】の二射目だ!


 ブレくんごと巻き込んで、一列になっていた参加者が全員巻き込まれたよ!


 気付いた時には、ミサキちゃん以外が全員ポリゴンになって消えていた。


 え、勝った?


 勝ったよね……?


 勝ったんだよね……?


 食い入るようにしてフロートスクリーンを見ていたら、実況をつけていないことに気付き、実況をオンにすると、


『大乱戦の予選を制したのは、ブレ&ミサキコンビだー!』


 ということらしい。


 やったー! 良かったねー!


 と私は思うが、ミサキちゃんの表情は晴れない。


 もしかしたら、【デススクリーム】を奥の手として、最後まで取っておきたかったのかな? それとも、ブレくんまで巻き込んで倒しちゃったことに対する罪悪感?


 まぁ、とりあえず励ます意味でもメッセージを送っとこうかな?


 見てたよー、おめでとーとブレくんとミサキちゃんに送ってと。


 あ、ブレくんから返事が返ってきた。


『ありです。体の中から破壊された感じで、まだ体中痛いっす』


 【デススクリーム】ってそんな感じなんだ……。

 

 食らいたくないなぁ……。


 あ、ミサキちゃんからも返ってきたね。


『奥の手切っちゃった。決勝までいくのは難しいかも』


 あー。やっぱり、【デススクリーム】は隠しておいて、勝ち残りたかったんだね。


 でも、あの状況だと仕方ないと思うよ?


 まだどうなるか分からないし、がんばれーと返しておく。


 さて、作業再開しようかなーと思っていたら、またフロートスクリーンの画面が切り替わったよ。忙しないね。


「あ、今度はタツさんとリリちゃんの予選決勝か」


 予選のバトルロイヤルを生き残った34組が一斉に同じ舞台に立って戦う予選決勝。


 ここで勝ったタッグが本戦のトーナメントに駒を進めることになるわけなんだけど……。


「あー、やっぱり。リリちゃん、凄くマークされてるねぇ」


 参加者のほとんどがリリちゃんをマークしてるらしく、ピリピリとした視線をリリちゃんに向けている。


 あと、弓を装備した参加者も多いね。


 多分、リリちゃん対策かな?


「いや、でも、リリちゃんの装備ってどっちかっていうと……」


 私が結論を出すよりも早く、試合が始まる。


 そして、それと同時に推進装置スラスターを噴かせながら、リリちゃんが


 まるで、フィギュアスケートの選手のように華麗に地面を滑りながら、両の手の平から魔力による弾丸をばら撒いていく。


 一斉に弓を取り出そうとしていた参加者は、その意表を突いた動きに対処できずに、魔力の弾丸を何発も無防備に食らったようだ。


 うん、まぁ、そうなるよねー。


「コグツーは陸戦での高機動を実現してるから、むしろ地上戦の方が得意なんだよねー。弓を持ってきた人はドンマイー」


 参加者の間を縫うようにして動く黒い影。


 その姿を参加者も剣を振って捉えようとするが、全くあたらない。


 そして、明後日の方向に放たれたはずの魔力弾が急に軌道を変えて、剣を振るった男にあたるという恐怖。


 ナニコレ、怖い。


『早い! 早い! そして、攻撃が全くあたらない! だが、魔王の攻撃は全て相手にあたっていく! この魔王を止められる勇者はいないのか!』


 実況ですら魔王扱いだし。


 そして、リリちゃんはまだ武装のほとんどを封印したまま戦っている。


 多分、決勝トーナメントまでの対策なんだろうね。


 高機動と直感センサー、あとは高威力の必中魔力弾だけで舞台の上を縦横無尽に駆け回る。


 というか、コレ、リリちゃん一人だけでいいんじゃないの?


 タツさん、何やってるんだろ、と思ったら上空からリリちゃんが気づきにくい位置にいる相手に牽制で【火魔術】を放っていたよ。


 地味だけど、いい仕事してるのかなぁ?


 やがて、予選一回戦よりは時間がかかったけど、ほとんど完勝という形でタツリリコンビが勝ち残った。


 これで、決勝トーナメント進出だね。


 おめでとーと早速メッセージを送ると、タツさんから早速メッセージが返ってきたよ。


『こんなんで決勝トーナメントいってえぇんか、不安やわ』


 まぁ、タツさん的には、ほぼ何もしてない感じなのかもね。


 そして、ややあってから、リリちゃんからも返信が返ってくる。


『Takeくんから、『おめでとう』ってきました!』


 ヒャー! 何? 何か良い感じじゃない?


 Takeくんも前向きになってくれるといいねって返しておこうっと!


 うんうん、このまま決勝トーナメントでも活躍して、Takeくんも立ち直ってくれれば万々歳だね。


 一人でベッドの上でゴロゴロしながら、フロートスクリーンを点けっぱなしにしてたら、ブレくんとミサキちゃんの方に画面が切り替わる。


 どうやら、こっちも予選決勝かな?

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