第47話

 ゴブ蔵さんとイコさんの選手宣誓はつつがなく終わった。


 スポーツマンシップとかはなかったけど、正々堂々と実力を出し切って戦いましょうとか、そういった内容だ。


 私たちはお茶を飲みながら、その選手宣誓を見ていたんだけど、選手宣誓が終わったら、参加選手は各会場に向かわないといけないみたいで大移動が始まった。


 ここから、試合待ち、もしくは敗北した選手が街中の屋台を回ったりするわけなんだけど、別に大武祭に参加していなくても、屋台巡りをしている層は一定数はいるわけで……。


「何だ、この店……? はぁ、毒!?」


 あれま、お客さんが迷い込んできたよ。


 人族の冒険者らしい三人組で、その手には商業ギルドが発行しているパンフレットが握られている。


 もしかしたら、最初は混んでいるであろう中央部を避けて、外縁部の方から見に来たのかもしれないね。


「いらっしゃいませー。とっても美味しい毒料理はいかがですかー?」

「いや、毒料理とかふざけてんの?」

「行こーぜ、金払ってまで毒とか食いたくねぇって」


 けど、三人の冒険者たちは私たちの屋台を素通りする気のようだ。


 痛みがリアルなゲームだと、やっぱり毒を食べるってことに忌避感があるのかな?


 でも、ちょっと待って欲しい!


 この毒はただの毒ではないのだ!


「おっと、アナタたち、本当にそれでいいのかな〜?」

「ん?」

「いや、耳を貸すなよ」

「美味しいスープを食べるだけで【毒耐性】が付くって言ったらどうするよ……?」


 お。冒険者たちの足が止まったね。


 うんうん、分かってるねぇ。


「胡散臭ぇ〜」

「本当か、それ?」

「やめとけ、やめとけ」


 一人の興味は引けたけど、他の二人は懐疑的だね。ま、実際に食べてもらえば分かるでしょ。食べてもらえばね……。


「耐性レベル1には、三杯が必要だけどね? 毒の痛みに耐えるなら、二杯でもいけるよ」

「三杯だと毒の痛みは無いのか?」

「もちろん、美味しいだけだよ。まぁ、解毒のお茶は同時に飲んでもらうけどね」

「おいおいおい、マジで毒食う気か! 止めとけって!」

「いや、だって、スープ飲むだけで【毒耐性】が付くかもしれないんだぞ? 実際の冒険の最中に付いて酷い目にあうより百倍マシじゃないか。一杯、100褒賞石だって?」

「うん。【毒耐性】レベル1のスープは、一杯100褒賞石になりまーす」

「ほら、300褒賞石なら安くないか?」

「いや、怪しいって!」

「でも、300褒賞石ぐらいなら試してみてもいいかも……」

「お前まで!」


 フッフッフッ、二人目が興味を持ち始めたね。気分は、巣に蝶を絡め取った蜘蛛のようだよ。ま、私は蜘蛛系のモンスターじゃないんだけども。


「それで、どうするの? 買うの? 買わないの? どっち?」

「じゃあ、とりあえず、味見で一杯頂くわ」

「お、それなら俺も……」

「お買い上げありがとうございまーす」

「お前ら……。俺は止めたからな! どうなってもしらねーからな!」


 というわけで、お二人がお買い上げ。


 200褒賞石をもらって、黄金色に透き通ったスープを二杯渡す。


 見た目は全く毒々しい色に見えないんだけど、これがまた毒性が強いの何のって!


 本当、どうやって作ってるんだろ?


「なんだこのスープ? コンソメ?」

「いや、スッゲーいい香りしてるぞ。普通に美味そうだ……」

「はい、解毒のお茶」


 毒だけを渡したら殺人犯だからね。きっちりお茶も渡すよ。


「スープを飲んだあと、毒の状態表示が出るよりも先に飲んでね。それで後味もかなりスッキリするから」

「え? あぁ、分かった」

「知らねーぞ、知らねーからな……」

「いや、毒とか関係なしにマジで美味そうだぞ?」

「お前ら騙されてるって!」


 最後まで抵抗する一人を尻目に、冒険者二人はそっとスープに口をつけ――、


「「うっ――……」」


 固まっちゃったよ。


「そらみろ! 言わんこっちゃねぇ!」

「「――美味い!」」

「えぇ……?」


 そして、いきなり人が変わったようにスープを貪り飲む!


 うん、そうなんだよ。


 ムンガガさんの料理は、ちょっと頭オカシイくらいに美味しいんだよね。


「うまっ!? なんだこれ!? 今まで食ってきた食事がゴミに思えるほどに美味いスープだ! 中華? エスニック? 味付けは少しピリ辛だが、とにかく美味い!」

「このピリピリは香辛料じゃないよな? いや、舌先に残るこのピリピリした感覚が毒か! いや、だが、このピリピリというか、この刺激が深いコク、強烈な旨味の中に更に奥深いパンチを加えている! トータルでみると調和が取れているのか! これは凄い……」

「ま、マジかよ……」


 ふ、墜ちたね……。


「「ふぎっ!?」」

「え!? お、おいっ!?」


 だけど、二人は美味しさのあまり、余韻に浸りすぎて、お茶を飲むのを忘れていたらしい。


 そのまま毒エフェクト……なんか頭から紫の泡が出てる……を出して倒れてしまう。


 いや、お茶飲んでって言ったよね?


 あー、もー、仕方ないなー。


「【キュアライト】【キュアライト】」

「う、くっ……」

「の、喉が焼ける……」

「あー、もー、世話のやけるー、【ヒールライト】【ヒールライト】」


 二人を解毒してやり、HPを回復したところで、ようやく二人は立ち上がる。その様子だと大事ないみたいだね。


 まぁ、良かったよ。


「だ、大丈夫なのか……?」

「あぁ、大丈夫だ……。そこの売り子さんもありがとう……」

「毒の状態異常になる前にお茶飲んでって言ったよね? 流石に二度目はないから頼むよ?」

「あぁ、すまない……」

「今度は大丈夫だ……」

「いや、お前ら、まさか……」

「「二杯目を頼む!」」

「マジかよ! ぶっ倒れたじゃん! 何で二杯目にいくんだよ!?」

「何だったら、お兄さんも一杯いっとく?」

「要らねーよ! いや、目を覚ましてくれよ、お前ら!」


 肩を掴んで揺する三人目の人だけど、二人は示し合わせたように視線を交わすと肩をすくめてみせていた。


「あー、飲んでないと分からないか……」

「これ、普通に【毒耐性】とか関係なしに美味いぞ。というか、美味すぎるよな?」

「やべーよな? 正直、魔物族国家ナメてたわ」


 そういえば、お兄さん方は普通の人族だったね。イベントでこっちに来た観光客みたいなものかな?


 二人の意見を聞いて、最後の一人が悩み始める。さぁさぁ、蜘蛛の糸に絡め取られるのも時間の問題だよ?


「そんなにか? だったら、俺も――ヒィ!?」


 私の顔を見て悲鳴をあげるって失礼じゃない? ……と思ったけど、その視線は私の背後に向いている気がする。


 なので、くるーりと私も背後を振り向くと……。


 ヒィ!?


 ムンガガさんがバッキバキの目で般若のお面レベルの表情で口を開けて笑ってたよ!


 本人は営業スマイルのつもりなんだろうけど、どう考えても営業妨害だから!


「あ、悪魔が笑ってる!? やはり、このスープは悪魔の飲み物なんじゃないか!?」

「いや、違う違う。アレ、ウチのシェフ。顔が怖すぎるから、私が代わりに売り子やってんの」


 慌てて否定する私。


 否定しとかないと、お客さんに逃げられかねないよ!


「まいどおおきにぃ〜♪」

「ほら、あの調子じゃ、滅茶苦茶美味しいのに全然売れないでしょ……」


 私が背後を親指で指し示すと、三人も納得したような表情を浮かべていた。


 うん、そこは、わかってもらえて嬉しいよ……。


「まぁ、そうだな……」

「あれは、毒スープを飲む飲まない以前に客が逃げる顔だな……」

「いや、分かるけどよぉ……」

「なんでや!? おかしいやろ!? こんなに愛らしい笑顔浮かべとるのに!?」

「「「いやいやいや!」」」


 そう思ってるのは、ムンガガさんだけだよ!


 三人とも、完全に否定してるじゃん!


「とりあえず、おかわりをもらおうか」

「あ、俺も一杯……」


 というわけで、三人が【毒耐性】レベル1のスープをお買い上げ。


 まいどあり〜。


「うっま! なんだこれ!? いや、スープってレベルの満足感じゃねぇよ! むしろ、コース料理のメインを食った時以上の――むぐっ!?」


 初めてスープを飲んだ三人目が、お茶を飲んだ二人に羽交い締めされて、お茶を飲まされてるね。


 うん、同じ失敗は二度しないというのは、良いことだと思うよ?


「何するんだよ、お前ら!? 俺にも余韻に浸らせてくれてもいいだろ!? いや、お茶もうめぇけど!?」

「まだあと二杯残ってるんだから、そっちで楽しめ……」

「こっちは、あと一杯しか楽しめないんだぞ……」

「いや、知らねーよ!?」


 というわけで、お茶を入れてほっとひと息ついたところで、三杯目を頂く二人。それにしても、実に美味しそうにスープを飲むね。


「おっ」

「本当に【毒耐性】が生えた……」

「マジかよ!? さ、三杯目をくれ!」

「はい、まいどー」


 というわけで、結果的には三人揃って【毒耐性】が取れたんだけど、その顔は浮かない表情だ。


 どうしたんだろ?


「【毒耐性】は取得できたんだが……」

「あぁ、スープが美味すぎて、もう少し飲みたい……」

「【毒耐性】レベル2のスープがあるじゃん。これ頼まねぇの?」


 ちなみに、【毒耐性】レベル2のスープは200褒賞石。五杯飲めば、【毒耐性】がレベルアップするらしい。


 いや、ムンガガさんがそう調整するって言ってたから、そうなんだーって感じ。


 私自身は【状態異常耐性】のレベルが上がっちゃってるから、実際にどうなるのかは知らないんだよね。


 この人たちで人体実験してくれると、ありがたいんだけどなぁ。


「【毒耐性】がレベル2になるってことは、さっき以上に強烈な毒ってことだ……」

「もしかしたら、さっきの神的な味のバランスが崩れてしまうのかもしれない……」

「そ、そういうものか……!」


 三人はうだうだと悩んでいるようだけど……。


「いや、それに合わせて味は調整してあるんで。むしろ、毒を含んだ食べ物の旨味が濃く出てるんで、レベル1よりも美味しいまで――」

「「「【毒耐性】レベル2のスープを下さい!」」」

「まいどー」


 というわけで、三人はスープ五杯を飲んだところで、揃って【毒耐性】レベル2を手に入れたみたい。


 うん、味にも満足してもらえたようだし。


 これがきっかけになって、この屋台も流行ってくれると嬉しいんだけど、どうかなー?

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