第45話

 なんだかんだで時間は過ぎて、明日には大武祭が開催されるという前日――。


 私は朝の日課である海水集めを行った後、その足で商業ギルドへと向かうと、そのまま海の藻屑亭へと直行していた。


「ムンガガさん、戻ってるー?」

「なんやぁ、やかましいのぉ……」


 おー、朝の仕入れから帰ってきてたみたいだね。


 オールバックの上に三角巾を付けてる姿はなかなかにシュールだけど、居てくれて良かったよ。


「商業ギルドの方で、屋台の配置位置の情報をもらってきたから打ち合わせしよう」

「おどりゃあ! でかしたで! その席座れや!」


 というわけで、私が一緒に屋台をやる相手はムンガガさんでしたー。


 安全を確保しながら、食べるだけで【毒耐性】が手に入る料理なんて、冒険者にはバカ売れ間違いなしだと思うんだよね。


 そこに加えて、お店の売り上げで苦しんでいるムンガガさんをも救うという一石二鳥作戦!


 しかも、この作戦が成功すれば、ムンガガさんの店の立場も少しぐらいは向上するかもしれない。


 そんな考えを元に、ムンガガさんを誘って屋台をやることに決めたんだ。ムンガガさんは、一にも二にもなくオーケーしてくれたよ。


 ちなみに、屋台のジャンルとしては『毒』って書いて出したよ。


 カッツェさんはすんごい嫌な顔してたけど、「街の端っこの方でもいいから、とにかくスペース下さい!」ってゴリ押ししたら、何とか通ったんだ。


 ミレーネさんの秘蔵っ子とかいう例のアレが効いてるのかもしれないね?


 まぁ、結局、その時の言葉通りに、私たちの屋台に関しては、人通りが無さそうな街の端っこに配置されてるわけなんだけど……。


「おぉ!? こんな隅っこに配置されて大丈夫なんか!? ボケ、コラァ!?」

「まぁ、口コミが広がるまでは我慢かなぁ。幸い、大武祭は複数日あるんでしょ?」

「当たり前じゃ! 予選三日の、本戦二日の計五日じゃあ! そこで儲けられへんかったら、店は破産じゃあ!」


 いや、この大武祭にどれだけ命運かけてるの!?


「しかし、えぇんか!? 出し物は毒スープで!? もっと豪華な毒料理出した方がえぇんちゃうか!?」

「ムンガガさんは、サービス精神が旺盛過ぎなんだよ。スープで十分。それで元取れるから。というか、豪勢にしたら元が取れなくなっちゃうじゃん」


 何かというと、サービスしてこようとするムンガガさん。


 おかげさまで、私の【収納】にも大量の毒料理がストックされていたりする。


 だって、何かにつけて、私に毒料理を食べさせようとしてくるんだもん。そんなに食べられないって言ってるのに、まだ食えるやろー、まだ食えるやろーってさぁ……。


 美味しいんだけど、何故か確定で私の【状態異常耐性】を貫いてくるムンガガさんの料理は、いつ毒にかかるか分からなくて怖いから、最近では「後で食べる」と言いつつ、【収納】の中に死蔵しているような状態だ。


 これらの料理を毒を気にせずに食べられる未来がくればいいなぁ……。


 ちなみにスキルレベルは8にまで上がりました。


「屋台や食器なんかは、テメェが用意するゆうとったなぁ!? 準備は出来とるんか!? アァン!?」

「そのへんは万端だよ。ムンガガさんも毒スープ二種類の用意は完璧なの?」

「まだ試作段階やぁ! 明日までには仕上げたらぁ!」

「毒の量を調整するだけだから、味はそこまでこだわらなくても……」

「アホか、ボケェ! お客様に今できる最高のモンをお出しするのが一流の料理人やろが! その場しのぎの適当なモン出すようやったら、タマ取られても知らんぞ!」


 取らないよ、タマなんて……。


 その後もしばらく話し合いを続けたが、ムンガガさんの味付けが決まらないぐらいが問題で、他は大きな問題もなさそうだ。


 こうなれば、私のやることはほとんどないかなー。


 なので、私はムンガガさんに味付けを任せて、本日のメインイベントへと向かうのであった。


 ■□■


 フォーザインの崖のキワキワにある丘の上。


 そこには、今、ひとつの花が咲いている。


 供給過多によって、誰も求めなくなった【千変万花】だ。


 そんな【千変万花】を挟んで、二人の男女が向かい合っていた――。


「こんな所に呼び出して、一体何のつもりだ?」

Takeタケくん……」


 一人は全身真っ白な毛で覆われたイエティ種らしい、隻腕のTakeくん。


 そして、そんなTakeくんの目の前で毅然と立つリリちゃん。


 そして、遠くで【風魔術】レベル5の【ウィスパートーク】で会話を傍受する私。


 【ウィスパートーク】は遠く離れているパーティーメンバーと会話したり、距離のある相手の会話を盗み聞きしたりする、そんな魔術だ。


 そして、魔術名にある通り、使っていると耳元で囁かれてる感じで、非常に耳が擽ったかったりする。


 これ、苦手な人はかなり苦手な魔術なんじゃないかな?


 まぁ、私は何とか我慢するけどさぁ。

 

「あぁ、そうか……。とうとう俺を切る決心がついたって話か」


 リリちゃんとの会話の先手を取ったのは、まずはTakeくん。


 あらたまって話があると言われたから、その先を想像したみたい。


 何だか、恋人同士の別れ話みたいでちょっとドキドキしちゃうよ。


「そりゃそうだ。こんな片腕の使えねー奴の面倒なんて見ても仕方ないもんな。お前さんは、五体無事なんだから、俺なんか見捨てて違うパーティーに入れてもらった方が特だもんな。そーか、そーか」


 一人でベラベラ喋るね、Takeくん。


 そして、被害妄想が酷い!


「いいよ! 行っちまえよ! 俺なんか見捨ててよ! こんな俺なんかとパーティー組んでたって何のメリットもないしな! どこへなりとも行っちまえばいい!」

「Takeくん……」


 随分と捨て鉢だねぇ。


 【千変万花】の投げ売りをしたせいで、精神的にも追い詰めちゃったかな?


 でも、その捨て鉢な中にも、少しだけどリリちゃんを思う心があるんじゃないかと、私は考えるよ。


「変わっちゃったね、Takeくん」

「あぁ……?」

「出会った頃は、弱くて鈍臭い私にも手を差し伸べてくれて、いつも何とかなるって励ましてくれて、ずっと前向きに歩んでたのに……」

「それは……。腕を失くせば、誰だってそうなる……」

「そんなことないよ。Takeくんは腕を失くした直後でも、絶対に復帰してやる、前以上の実力になってやるって息巻いてたじゃない……」

「あの時の俺は現実が見えてなかったんだよ……」

「違う、そうじゃないんだよ……。あの時に、変わらなきゃいけなかったのは、私だったんだ……。Takeくんが絶望してしまう前に、私がTakeくんの希望になるべきだったんだ……。でも、私はずっと弱くて鈍臭いままの私で……、Takeくんに縋っていた……。Takeくんがいつか何とかしてくれるって、勝手に思い込んでたんだ……。その結果、Takeくんを追い詰めた……」

「……もう、終わったことだ」


 少なくとも、Takeくんにとってはリリちゃんは重荷だったのかな?


 イエティ種の長い毛によって、Takeくんの表情はなかなか分かりづらいんだけど、声の調子は暗い。もしかしたら、過去を悔いているのかもしれないね。


「終わってないよ! それどころか、始まってすらないよ!」

「始まる? 何が始まるっていうんだ? 終わってるんだよ。お前はまだしも……俺はもう終わりだ……」

「違う! Takeくんだって始まってない! まだ始まってないんだよ!」

「何を……」


 Takeくんが言葉に詰まったね。


 それだけ、リリちゃんの表情が真剣だったのだろう。


 Takeくんが不貞腐れているだけで何もしていなかった間に、リリちゃんは頑張って努力して、それに見合うだけの自信や実力を手に入れたんだ。


 本来のTakeくんならまだしも、自分でも不貞腐れている自覚があって、後ろめたいTakeくんなんかに気圧されるリリちゃんじゃないよ!


「私は変わった……ううん、私なんかでも変われるってことをTakeくんに示す。だから、Takeくんも変わろう? 前までの優しくて頼りになるTakeくんに戻って欲しいの」

「そんな簡単に変わるなんて……」

「大武祭」

「あ……?」

「大武祭に出ることにしたよ、私」

「……やめとけ。恥かくだけだ」

「前までの私だったら、Takeくんと同じ意見だったと思う……。無理だって言って何もせずに、そのくせ現状には不満ばかり言って、自分では何かを変えたいって動きもしないくせにね……」

「…………」

「でも、私は変わった。大武祭に向けて準備もしてきたの。だから、Takeくんには大武祭に出る私を見て欲しい。弱くて鈍臭い私でもこれだけ変われるんだってことを見て欲しい。それを見て、Takeくんだって変われるんだって、自分自身を信じて欲しい……」

「俺は……」


 Takeくんが何かを言いかけるけど、言葉が続かない。


 いきなりの展開に、Takeくん自身も答えあぐねているのかな?


 まぁ、弱くて、守ってやらないと何もできないと思っていた女の子が、いきなり大武祭に出ます、活躍しますとか言い始めたのだ。


 Takeくんが混乱するのも無理ないのかも。


「私は変わるよ。だから、次はTakeくんの番」

「…………」

「私が言いたかったのは、それだけ。急に呼び出しちゃってゴメンね」


 そう言って、リリちゃんは去っていく。


 残されたTakeくんは何を考えてるのか、その場で佇んだままだ。


 リリちゃんの姿が消えたところで、私は身を隠していた木の陰からそっと姿を現すよ。


 さて、それじゃ、少しだけ男の子のプライドに火を点けにいくかな?


 ■□■


「あのさー。あれだけ言われて悔しくないの?」

「な、なんだ、お前!?」


 黄昏れてたら、いきなり謎の人物登場で驚いたような顔をみせるTakeくん。


 けど、すぐに私の姿を思い出したのか、「あ、お前は!」と警戒心をあらわにする。


「お前がリリを誑かしたのか!」

「誑かしただなんて、人聞きの悪い。リリちゃんに自信と勇気を与えただけだよ」

「それで、リリが俺を見下してきたっていうのか……!」

「見下す? 何で?」

「何でって……!? 俺がいつまでもこんな状態で不貞腐れてるから……! それで、私は変われたって……」


 つい、とTakeくんは視線を下に落とす。


 私はわざとらしくため息をつくよ。


「それじゃ、あなたはリリちゃんを最初にパーティーに誘った時、あの娘を見下してたってわけ? コイツ鈍臭いし、コイツがいた方が優越感に浸れるとか、そういう思いでリリちゃんをパーティーに誘ったの?」

「そんなわけあるか! リリは……アイツは頑張ってたけど、結果が伴ってなくて! 落ち込でいて……。だから、助けたい、協力してやりたいって思ったんだ! 見下したいなんて、そんな気持ちでパーティーなんて組んでねぇよ!」

「だったら、リリちゃんだって一緒だよ」

「な、に……」

「アナタを助けたい、何とかしたいって一心で頑張ってるんじゃん。でも、今の自分の力じゃ力不足だから、自分を変えてみせて、それでアナタも変わってくれるって信じて頑張ってるんじゃん。それをアンタは全世界の絶望背負い込んだような顔して、リリちゃんの言葉を否定してばかりでさー。そんな生き方して、恥ずかしくないの?」

「あ、アンタに何が分かるってんだ! 腕を落としたこともないアンタに何が……!」


 はぁ?


 ここまで言われて、まだウダウダ言うわけ?


 ちょっとカッチーンときたよ?


「なら、腕を落とせばいいんだね」


 私はガガさんに作ってもらった剣で左腕をスパリと斬り落とす。


 …………。


 ンギャー!? 痛い、痛い、痛い、痛い!?


 死ぬ! 死ぬ! ナンダコレ!? 人間の感じていい痛みじゃないって!?


 思わずその場に転がり回りたい衝動を抑えながらも、目をつぶって歯を食いしばって痛みに耐えつつ、ショートカットで【神秘の再生薬】を使うよ。


 次の瞬間には、光と共に私の左腕が戻ってくる。


 あー、死ぬかと思った! もうやらない! 二度とやらない!


「い、今、腕が……」

「世の中には、こういう薬もあるってこと。それすらも知ろうとせずに、くだ巻いて、リリちゃんの優しさに縋ってさ。自分がどれだけダサいか、客観的に見てみなよ」


 びしぃっと右手でTakeくんを指差すけど……駄目だ、左腕が本当に付いてるのか気になる。


 左腕の感覚はあるんだけど、さっきの痛みの残像みたいなものが残っていて、痛くて痛くて仕方ない。


 Takeくんよりも、私の方がやさぐれたいぐらいだよ!


「魔術だってさ、部位欠損を治す魔術ぐらいあるんじゃないの? そういうのも探さずにさ、絶望してる暇があるの? リリちゃんが言ってた変わるってそういうことじゃないの? 私が言いたかったのはそれだけ。後は自分で考えて」

「…………」


 これだけ言っても、まだ不貞腐れてるなら性根がそういう人なんだろうなと思うことにする。


 でも、願わくば、腕切り損にはならないで欲しいかな?


 本当に痛かったからね!


 本当に痛かったんだからね!?


 頼むよ、本当に!?

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