第39話

「大丈夫? 怪我はない?」


 丘の上で尻もちをついていた状態の女の子を助け起こす。


 近くで見ると、本当に小さくて可愛い。


 だけど、その顔色は死人のように真っ青だ。


 いや、本当に大丈夫……?


「えぇっと、はい。大丈夫です、HPも特に減ってないみたいですし……」


 HPというと、この子もプレイヤーかな?


 とりあえず、丘の上でわちゃわちゃとやってるのもどうかなーと思っていたら、


「あのー、そ、それじゃあ、私はこれで……」


 とか、女の子が言い出したんだけど……。


 いや、そんな死にそうな顔して「それじゃあ」って……無理があるでしょ!?


「待って」


 私は思わず、彼女の腕を掴んじゃったよ。


 えーと、こういうのはキャラじゃないんだけど……とは思いながらも、少しだけ声色を優しくする。


「もし良かったらだけど、話くらいなら聞くよ?」


 ■□■


 昨日、カッツェさんと行った小洒落たカフェに少女を連れて入る。


 この店、少しお高いせいか、お客さんの数がそんなに多くないんだよね。


 前回はオープンカフェで寛いだけど、今回は込み入った話になるだろうと思って、店員さんに個室はあるのか聞いちゃった。


 そしたら、あるって話だったので、店の奥に案内されて、そこに二人で入る。


 後で個室代金とか上乗せされちゃうんだろうか? 現金あったかなー?


「あの、どうして……」

「急にごめんね。私はヤマ――……えーと、ヤマちゃんでも、ヤマさんでも好きに呼んでいいよ?」


 危なっ。


 危うくヤマモトを名乗るところだったよ。


 気をつけないとねー。


 内心ヒヤヒヤしてると女の子の方も名乗る。


「私はリリって言います。インプ種族のプレイヤーです……」


 インプって小さな悪魔族かな?


 あんまり印象のない魔物だけど、見た目は小悪魔っぽくて可愛らしいんだよね。でも、この非力な見た目だと接近戦よりも魔術主体の戦い方なのかな。きっと。


「それじゃ、リリちゃんって呼ばせてもらうね?」

「はい……」

「それで、どうしてリリちゃんを呼び止めたかって話なんだけど……。なんか、リリちゃんが、今にも死にそうな顔をしてたんで、ほっとけなくてさ。何か事情があるなら、お姉さんに話してみないかなーって思って声をかけたわけ」

「…………」


 ……だんまりかぁ。


 まぁ、いきなり現れた得体の知れない相手に、色々相談しろって方が無理あるのかもしれないね。


 仕方ない。少しだけ身を削るしかないかな……。


「まぁ、これは独り言なんだけど……。昔、私も学生時代に軽いイジメ? 無視? にあっててね。登校拒否ってた時があってさ」

「…………」

「家に引き籠もってても孤独感に苛まれちゃって辛くって。自分なんて死んじゃった方が良いんじゃないかなーとか考えた時期もあったわけなのよ」

「…………」

「けどまぁ、幸いにも私には妹がいて、私の愚痴とか不満とか、怒りとか悲しみとか、そういうのを聞いてくれたりしてさ。何となくだけど、繋がりができたっていうか。そういうのがあるとさ、なんか死んじゃおうかなーみたいな気持ちも薄らいでくるのよ」


 チラリと見やると、リリちゃんが真剣な目でこっちを見ていた。


 もしかしたら、彼女も同じような気持ちだったのかもしれない。


 現実では、家族とか親しい友人もいるだろうけど、ここはゲームの中だしね。


 ブレくんとミサキちゃんみたいなリア友っていうならともかく、ゲームでの結びつきって、どこか深いようで浅い部分もあるし、困っていても誰かに相談したりできない状況だったのかもしれない。


 私は続ける。


「人に話すことで気持ちが軽くなったり、気持ちの整理がつくってことは結構あるんだって、その時知ったの。だから、今度は私の番ってわけじゃないけど……リリちゃんの愚痴くらいは聞いてあげられたりできないかなって思って――」

「うぅ……、ひっ……、ぐすっ……」


 えぇ、リリちゃん!? 何でそこで泣くの!?


 そんなに辛くて重いこと抱え込んでりするの!?


 いや、というか、この場合、どうしたら!?


 アワアワしながらも、私はリリちゃんが泣き止むまで、結局何もできなかった。


 はい。役立たずです、私……。


 ■□■


「全部、私のせいなんです……」


 リリちゃんは、そう言って吐露し始めた。


 リリちゃんがあの丘で会っていたのは、Takeタケくんって言って、彼女の元パーティーメンバーなんだそうだ。


 そして、今は……。


「ヤマさんも、あの場所に来たってことは生産職なんですよね?」

「まぁ、うん。そうだね」

「だったら、希少な調合アイテムを独占している冒険者たちがいるって話は知ってますよね……」

「昨日、商業ギルドで聞いたかな?」

「その独占している冒険者の一人がTakeくんなんです……」


 なんとまぁ、あの白毛の魔物のプレイヤーが、希少素材独占冒険者の一人だったんだ。


 そうかー。


 世間は狭いというか、なんというか……ねぇ?


「でも、Takeくんだって、好きでそんなことやってるわけじゃないんです!」

「あ、うん」


 リリちゃんの口調が急に強くなったから驚いちゃったよ。


 リリちゃんはTakeくんを信じてるみたい。


 多分、二人は良い関係性だったんじゃないのかな? そう思わせてくれるだけの力の入りっぷりだよ。


「Takeくんは、このフォーザインに着くまで、私と一緒のパーティーを組んでくれていました。こんな弱くて鈍臭い私なんかと、一緒に戦ってくれていたんです……」


 そこで、リリちゃんの声が一段沈む。


 何かあったのかな?


「でも、フォーザインまであと一歩というところで……。エリアボスの噛みつきを、Takeくんは鈍臭い私を庇って受けてしまって……」


 そして、右腕を失ったらしい。


 隻腕となったTakeくんは、回復魔術やポーションを使われて、何とか一命は取り留めたものの、利き腕を失った影響は大きく、フォーザインに辿り着いたものの、ろくに依頼もこなせない状態となってしまったらしい。


「私は謝りました。何度も何度も。でも、謝って済む問題でもなくて……。次第にTakeくんも荒れ始めて、気づいたらガラの悪い冒険者の方々とつるむようになってしまって……」


 ギルドの依頼……とりわけモンスター退治ができない冒険者は、【採取】とか【採掘】で稼ぐしかないと思うんだけど、それで得られる収入は微々たるものらしい。


 そこで、大きく儲けが出る仕組みを誰かが考えて、Takeくんもそれに乗ったと――それが、希少素材独占問題の真実の一部らしい。


 メンバーの中にはフォーザインに来るまでに結構無理をしたのか、部位欠損してるメンバーも多いらしいよ。


 そして、Takeくん的には生き残るのに必死なのかもしれないけど、それで他人に迷惑をかけちゃうのは……ちょっとねぇ。


 何よりも、リリちゃんがずっと気に病んでるのがよろしくないよね。


「私は何度もTakeくんにやめるように言ったんですけど、聞いてもらえなくて……。さっき突き飛ばされた時もシツコイんだよって……。弱くて鈍臭いお前を庇ったから俺はこうなったんだぞって……、う、うぅ……」


 そこまで言ったら、またリリちゃんが泣いちゃったよ。


 まぁ、Takeくんの気持ちは分かるけどさぁ。


 そこは、もう少し心配してくれている人の気持ちも考えてあげないといけないんじゃないかな?


 今は荒れてるんだろうけど、少しは思いやりを持って人と接して欲しいね。


「うぅ……ぐすっ……、そう、だから、私がいけないんです……。私が弱くて、鈍臭いから……。私のせいで……うぅっ……Takeくんの人生まで……」


 うーん。リリちゃんが後悔する気持ちも分かるし、Takeくんが腐る気持ちも分かるよ。


 でも、このままじゃ、二人ともどこまでいっても泥沼というかハッピーエンドにまで辿り着けない気がする。


 私は物語は、ハッピーエンドが好きな方だからね?


 悲劇のまんまで終わりを迎えるのは大嫌いなんだ。


 だから、私はこの二人をハッピーエンドに導くことに決めたよ!


「Takeくんが、人様に迷惑をかけていることに関しては、私が何とかできると思う」

「え……?」

「まだ確証はないんだけど……多分、何とかしてみせる」


 そう、確約はできないんだけど、何となく、どうにかできるんじゃないかなーってアイデアはあるんだよね。


 でも、それだけじゃダメなんだ。


 私は完全無欠のハッピーエンドを目指すよ!


「でも、それだけじゃダメ。それだけじゃ、Takeくんとリリちゃんは何も変わらない。Takeくんは相変わらず不貞腐れるだろうし、リリちゃんはTakeくんのことでずっと思い悩むことになる。だから、変えないと」

「変え、る……?」


 そうだ。私が希少素材の問題を解決したところで、根っ子のところでは何も変わらない。


 だから、状況を変えていく努力をしないと。


「Takeくんの気持ちを変えるために、まずはリリちゃんが変わろう。Takeくんの目の前で、『私は頑張ってこれだけ変われた。だから、Takeくんも頑張って変わろう』って言ってあげようよ。そしたら、Takeくんも変わろうって前向きになれるかもしれないし」

「で、でも、変わるって……どうしたら……」

「リリちゃんは、弱くて鈍臭い自分が好き?」

「そんなの……嫌いに決まってるじゃないですか……」

「だったら、まずはそこから変えようか」

「変えるって……どうやって……」


 あるじゃん。


 ひと月後に、多分、Takeくんの目にも触れるであろうデッカイイベントがさ!


「大武祭」

「え?」

「ワールドイベントの告知は見たでしょ? あれに出て、優勝しちゃおうよ」

「えぇえぇえ!? む、無理です! 私なんて弱い魔術しか使えない無能なんですから! そんなの絶対無理!」

「無理だからいいんじゃない」

「え?」

「それをTakeくんの目の前で覆せれば、それこそって証明になる。そうすれば、Takeくんだって片腕がなんだ! ってなるかもしれないでしょ?」

「それは……。そう、かも……?」


 それにまぁ、リリちゃん自身には頑張ってもらうけど、サポートに私が付くのだ。


 例え、リリちゃんが嫌だと言っても無理やり勝たせるよ!


「それじゃ、フレンド申請してもいい? 大丈夫、私が勝たせてあげるから」


 私が優しい声音で言うと、リリちゃんは少しだけ迷っていたようだが、やがて覚悟を決めたのか、「お願いします……!」と深々と頭を下げるのであった。

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