第36話

「ギルマス! 希少素材の乱獲野郎を捕まえました!」

「捕まりましたー」

「騒々しいねぇ。何なんだい……?」


 どうやら、バックヤードの裏側にギルドマスターの部屋があったみたいで、私は力ずくでそこまで連行されていた。


 まぁ、抵抗してないけど。


 どうやら、よくわからないけど、私には重大な事件の容疑っぽいものがかけられているみたい(?)だ。


 でも、ひとつ言わせてほしい。


「私、野郎じゃないです」

「初めに否定するのがソコというのも、なかなかフテブテしい犯人だね……」


 私の目の前で、高級そうな机で執務を行っているのは、こめかみ辺りに山羊の角を生やした、どこか眠たげな顔をしたチョビ髭のオジサマだ。


 なんだろう。まるで覇気ってものが感じられないんだけど、この人がギルドマスターなのかな?


 あ、でも、もの凄く油断ならない感じがすると直感さんが告げてきてるね。


 あー、漫画で言うところの細目キャラのポジションって感じかな?


「あぁ、まずは挨拶からしておこうか。私は当ギルドのギルドマスターをやっているヨアヒムだ。よろしく」

「ヤマモトだよ。よろしく」


 ヨアヒムさんは、私が挨拶をしている最中も机の上の書類に次々と目を通しては処理をしていたんだけど、私の名前を聞いた瞬間だけ、その視線を私に向ける。


 そして、しばらく黙り込んだ後で、その視線をチラリと私を運んできた受付嬢へと向けていた。


「カッツェくん。君、ウチに来てどれぐらいになるかな?」

「え? 一ヶ月ぐらいだと思いますけど……」

「確か、元々B級冒険者としてやっていたんだけど、脚を怪我して冒険者を引退したんだったか」

「脚は怪我しましたが、目の前の犯罪者を取り逃がすほど落ちぶれちゃねぇ――ないです」

「それで? 冒険者ギルドに拾ってもらって受付嬢に転身するもトラブルが絶えずに解雇と……」

「だって、アイツら、オレの言うこと聞かねー……じゃなかった私の言うこと聞かないんですもの、オホホホ……」


 うん、カッツェさんって言ったっけ?


 この人、大分、猫を被ってるみたいだね。


 チラホラ素が見えるよ!


「はぁ。それでも、冒険者ギルドで積み重ねてきた功績を考えて、冷たく解雇することもできずに、向こうのギルマスから何とかこっちで採用してくれないかと頼られたわけだが……」

「はい」

「キミ、もしかして、クビになりたいの?」

「いや、なんで!?」


 いや、カッツェさん? あなたの今のムーヴはどう考えても暴走しているように思うんだけど……?


 けど、本人は至って真面目なようだ。


 びしっと私に指を突きつける。


「前にあったじゃないですか! 希少素材を依頼を消化もせずに乱獲する迷惑な冒険者集団がいるって話! 多分、コイツがその一味の一人ですよ!」

「あれは迷惑だけど、ルールでは罰せられないってはっきり言ったよね? ギルドの依頼以外で必要になったから素材を採取しました〜って、何の問題にもならないでしょ?」

「でも、ソイツらのせいで、正規の依頼を受けた奴らが困ってるんですよ! ギルドでも何とかしてやらないと!」

「それを何とかするのは、冒険者の仕事だよ。何とでもやりようはあるでしょ。それで対応できないなら、その冒険者の腕がお粗末なだけだよ。それに、キミは今、商業ギルドのギルド職員だ。言ってる意味分かる?」

「ギルドは協力しないって言うんですか!?」

「言葉尻を捉えて、会話を理解しないっていうのはキミの悪いクセだねぇ。まぁ、だから、騙されやすいし、トラブルも多くなるんだろうけど……」


 ヨアヒムさんは、そこまで言ってから私に目を向ける。


 え、私、なんかした?


「あと、キミもキミだ。ギルド内でこういうゴタゴタに巻き込まれた時は、さっさとギルドカードを出しなさい。今回の件に関しては、それで上手く収まったはずだ。けど、まぁ――」


 ヨアヒムさんがようやく書類に記載をする手を止めて、姿勢を正す。


「キミの顔は一度見たいと思っていたのも確かだからね。そういう意味では効率的だったかな? ようこそ、フォーザインへ。キミがミレーネの秘蔵っ子とかいうヤマモトだろう? たったひと月半程度でC級にまで上がったってことで、界隈じゃそれなりに噂になってるよ」

「そうなんですか?」

「こんなポヤポヤした奴が、あのミレーネの秘蔵っ子!?」


 ポヤポヤしてるかな?


 妹には、良くボーッとしてるとは言われたことあるけど。


 まぁ、何か変に疑われるのは嫌なので、ギルドカードを取り出して見せる。銀の煌めきが相変わらずカッコイイねぇ。


「マジか……」

「カッツェくん、謝って」

「え?」

「ミスした上に、謝罪もできないってなると、こっちもキミの処遇を考えなくちゃいけなくなる」

「いや、でも、コイツ、【調合】に【錬金術】に【鍛冶】のC級素材まで求めて……」

「あのねぇ。ここ最近の若手でC級になった人は何人かいるの。【錬金術】を伸ばしてC級とか、【調合】を伸ばしてC級とか。だけど、その程度で、あのミレーネの秘蔵っ子なんて呼ばれるわけないでしょ? ヤマモトくんはねぇ、一人で完結してるの。【錬金術】も【調合】も【鍛冶】も一人で全部C級。魔具を使った幹部会議通信じゃ、期待の若手として名前が上がってるほどのホープなんだよ? 将来的には、生産職の頂点が持つと言われる【魔神器創造】スキルに手が届くかもしれないとミレーネが言っちゃうぐらいに、将来を嘱望されてるんだ。だから、そんな子相手に悪い印象持たれたら、この業界で未来はないと思った方が良いからね。だから、今の内に謝っちゃいな?」


 えーっと、色々とツッコミどころがあるんですけど……。


 まず、ミレーネさんって何者?


 私の中では、有能なんだけど飲んだくれてるイメージしか思い浮かばない人なんだけど、何か凄い人なのかな?


 それと、【魔神器創造】が何か伝説のスキル扱いされてる件――。


 これ、普通に「【魔神器創造】持ってますよー」とは言えないし、言っちゃいけない雰囲気だよね? やっぱり秘匿しておかないとマズイっぽい?


 そして、最後に話の途中で深々と土下座を始めたカッツェさん。


 この人、思い込みが激しくて、あんまり考えないタイプだけど、悪い人ではないのかもしれない。いや、頭の悪い人なのかもしれないけど。


「や。人前で土下座させるほど偉くもないんで。頭上げてくださいません?」

「この度はまことに申し訳ありませんでした!」

「いや、すごく気まずいんで、頭上げて下さいって……」

「まことに! まことに申し訳ありませんでした!」


 すごくやりづらい……。


「それじゃあ、さっきも言ったけど素材の場所を教えてくれません? それでチャラにするんで」

「本当ですか!? 教えます! 教えます! 誠心誠意教えます! というわけで、ギルマス! 私、これから、この方に素材の位置や種類などを詳しく教えたいと思いますので、今から半休もらえますでしょうか!」

「いや、駄目だよ……」


 ですよねー。


 受付嬢の仕事を放り出して、いきなり「休み下さい!」なんて普通に考えて通じるわけがない。


 社会人はそんなに甘くないのだ!


 カッツェさんは、この世の終わりみたいな劇画調の顔になってるけど、それが普通だからね? 何か言えば、それが通るとか思っちゃいけないよ?


「ウチのギルド会員に請われて仕事するんだから、プライベートとしてでなくギルドの仕事として時間つけときなさい。あと、一応、後でどこに行ったかの出張届けも出しといてよ?」

「はい! ありがとうございます!」


 商業ギルド、思ったよりも、かなりホワイトな企業だった!?


 ■□■


 というわけで、カッツェさんと街にお出かけ。


 海の見える小洒落たオープンカフェでトロピカルなジュースを二人で飲んでるけど……いいのかな?


「冒険者時代に素材は結構集めて回っていたから、種類や場所ならちょっと詳しいんですよ!」


 そう言うカッツェさんの長い猫しっぽが椅子の隙間から機嫌良さそうに揺れる。


 カッツェさんは猫人間ワーキャットという魔物の種類らしく、頭に二つの猫耳がピンっと立っている可愛らしい女性だ。


 でも、癖のある赤毛の下にある目はどことなく猫っぽくもあり、勝ち気な印象も受ける。


 まぁ、さっきの素からすると、相当イケイケな性格だとは思うんだけど……まさに、猫だけに猫を被るのが上手いんだよねー。


「どうかしました?」

「いや、説明してもらうのに、わざわざこんな場所に移動する必要性があったのかなーって」

「ギルマスが後で出張届を出してと言ったので、この説明会で使ったお金も経費で落ちるはずです! なので、ちょっとお値段が高くて、いつもだと通えない雰囲気の良いお店をチョイスしてみました!」


 アカン。


 それ、後でヨアヒムさんに逆さ吊りにされる奴や……。


「まぁ、とりあえず、スイーツが来るのを景色でも眺めながら楽しみましょう」

「うん、まぁいいけどね?」


 後で怒られるのは、私じゃなくてカッツェさんだし。


 海をぼやーっと眺めていると、ん?ってなったので、カッツェさんに尋ねてみる。


「あのー。あそこの壁が浸食されて橋みたいになってるじゃないですか。あそこの橋の上に何かありますよね? 何です、あれ?」

「あれは、闘技場ですね」

「え!?」


 闘技場って、登録された剣闘士同士が中で殺し合いしてる奴? いやぁ、物騒だわー。


「えーと、この街って闘技場での剣闘士同士の試合がウリだったりするんですか?」

「いえ、普段は使ってませんよ? 使うのは祭典の時だけです」

「祭典?」

「数年に一度行われる、人と魔物との大武祭のことですね」


 祭典ってことは、お祭り騒ぎってことだよね? それを人と魔物とで……?


「えーと? もしかして、魔物族と人族って敵対してたりしないんですか?」

「今は休戦協定を結んで友好的な関係ですね」

「あー、そうなんだー」


 てっきり、普通のゲームと同じでバチバチバチと敵対してると思ってたよ!


 その質問は想定外だったのか、カッツェさんは困ったように微笑む。


 うぅ、世界情勢の情報とか集めてなくて、ごめんよぉ〜。


「数百年前は、人と魔物で結構ドンパチやってたりしたみたいですけどね。あっちが攻めてきたら、こっちが攻め返したりとか」


 いやー、そんな状況になったら、完全にプレイヤー同士の殺し合いになっちゃいますよねー。そんな世界観じゃなくて助かったー。


「でも、数十年前かな? 魔王様が代替わりしてから、なるべく内政に力を入れるようになって……。好戦的な魔物たちは弱腰だなんだって文句を言ってますけど、確実に生活は豊かになっていったんです。このフォーザインも人族の国と交易ができるようにまでなりましたし」


 まじかー。この街、海岸の端の方に港があると思ってたら、人族の国と交易やってたのかー。


 もしかして、ここからなら、人族の国にまで遊びに行けるのかな?


「でも、国同士の交流があると、その国の威信ってのを見せなくちゃいけないらしくって……。ほら、やっぱり我々魔物の特徴っていったら、強さじゃないですか?」

「え? あ、うん、そうかも……?」


 いや、ぷりちーさとか、美しさとか、逆にカッコ良さとかおどろおどろしさとか、色々とあると思うんだけども。


 でも、魔物族といえば強さらしい。


 少なくともカッツェさんの中ではそう決まっているらしい。


「そういった国の威信を見せるために、何年かに一度、人族も交えて大武祭をフォーザインで開催してるんです。その時に使われるのが、あの闘技場ですね」

「へー」

「でも、ここ最近は開かれてなくて……」

「そうなんだ。なんで?」

「理由は詳しくは分からないんですけど、風の噂では、前回優勝した魔族のペアが何らかの理由で参加できないんじゃないかとか、人族側で強力な冒険者を用意しているので万が一があってはいけないとか……何かそんな理由だったかな?」


 ふーん。やっぱり国の威信がかかってるから、開催に慎重になるのかなー?


 商人的発想だと、定期的に開催した方が儲かりそうな感じはするけどね。


「あ、それよりも素材の説明でしたね!」


 というわけで、雑談はおしまい。


 私たちは運ばれてきたパフェに舌鼓を打ちながらも、各種素材についての情報を交換するのだった。

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