第37話
素材の情報を交換し終えて、有意義な時間を過ごした後は宿にチェックインだ。
事前にオススメされた宿は、潮騒の調べ亭。
カッツェさんにも聞いたけど、お値段そこそこで宿の施設としては中の中。だけど、そこは料理が絶品で、新鮮な海の幸をふんだんに使った料理が昼、夕と楽しめるらしい。
朝はどうしたの? となるけど、朝は新鮮な魚を取りに漁に出てるから提供できないんだってさ。
というわけで、カッツェさんに教えてもらった道順通りに進んで、潮騒の調べ亭に到着。
日はすっかり落ちてきていて、もう夕暮れ時だ。
何だかんだで、カッツェさんとの情報交換に時間を使い過ぎたね。
「ごめんくださーい」
西部劇とかでお馴染みのスイングドアをくぐると、そこでは夕食を楽しむ雑多な人々が。
やっぱり美味しいって評判の店だけあって混んでるねぇ。
そんな中で、私を見つけたのか給仕さんが小走りに駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませー。お客様ですか?」
「うん。ご飯付きで泊まりたいんだけど、部屋って空いてる?」
「えーと、すみません。今日はもういっぱいで……」
…………。
嘘でしょ!?
すごい楽しみにしてきたのに!?
「お食事だけならお出しできますけど……」
「えーと、ちょっと待って。考えさせて……」
ここで、美味しい御飯を食べて、もう一度泊まる宿を探す気力が湧くだろうか?
ダメだ。食べたら満足しちゃって、これ以上動きたくなくなる。
なんなら、お風呂に入って寝たいぐらいの勢いだもん。
ここから、もう一度宿探しに出掛けるなんて、絶対に無理だ……。
ぐぐぐっと、私は拳を握り締める。
……無念だよ。
「ごめん、泊まれないなら今日はやめとく。ちなみに、この辺で他にオススメの宿とかは……」
そう切り出したら、食堂の方から怖い顔のおっちゃんが顔を出してきた。他の宿のことを聞いたから怒られるかなと思ったら、ぶっきらぼうな感じで口を開く。
「それなら、海の藻屑亭に行ってみるといい」
「海の、藻屑……?」
なんというネーミングセンス!?
人のこと言えないけども!
「店主同様のひねくれた名前だが、味やサービスは弟の俺が保証する。すぐ近くだから、行ってみな」
そう言って、料理の乗ったお皿を持って、お客さんのテーブルまで行っちゃった。どうやら強面だけど親切な人だったらしい。
「えーと、近いんですか?」
「えぇ、すぐそこですよ」
というわけで、そこまで言われちゃうと、逆に興味が湧くというか。
弟さんの言うことを信じて、海の藻屑亭に足を運んでみる。
「うーん。まさに、海の藻屑って感じ」
外観は、石造りの建物なのにどうしてそこまでボロっちくできるのかと思えるぐらいに、各所にヒビが入っている。
「でも、あのヒビは絵だね。ちょっと本物と見間違えるレベルで上手いけど」
つまり、わざとボロっちく見せかけている?
なんで? って聞かれたら答えに困るけど……。
店主の趣味なのかな?
とりあえず、性格がねじ曲がっているというのは理解できたよ。
「ごめんくださーい」
というわけで、入店。
うん、中はシンプルな造り。
特に内装にこだわっているわけでもなく、石壁、石床に木製の机と椅子が並ぶ。
商売っ気がまるでないねぇ……。
でも、店の中まで汚かったらどうしようとか思ってたから、そこはひと安心かな。
「おう、なんだワレェ!」
内装が普通で安心してたら、店の奥からカタギじゃない人が出てきた件!
グラサンにオールバックの細身の強面!
それが、黒のエプロンと包丁を身につけて迫ってくるのは、色んな意味で怖すぎる!
「客かぁ!? 客なんかぁ!?」
「えーと、弟さんの紹介で……。宿の部屋とか空いてます?」
「ワレェ! この状況見て、よくそんなこと言えんなぁ! ガラガラじゃボケェ! ワレが一ヶ月ぶりの客じゃあ!」
うん。この調子でよく一ヶ月前にお客さんが入ったよね?
どうしたものかなぁ。
サービス的には多分最悪な部類の宿だけど、今から新しい宿を探すというのもなぁ。
と思っていたら、いきなりカタギじゃない人がその場で土下座してきたんですけど!
今日はよく土下座されるね!?
「後生だから泊まらんかい! このままだと破産してしまうんじゃ!」
そして、人に頼む態度じゃない!
でも、まぁ、一度、お試しで泊まってみても良いかも?
御飯の味は潮騒の調べ亭の弟さんも認めていたしね。こういうところの方が、実は案外と穴場で美味しかったりするんじゃないかな?
「じゃあ、試しに一泊だけ……」
「よっしゃあ! 言質取ったからなぁ! もう覆せんぞぉ! 後悔するぐらいもてなしたるわ!」
後悔したら、二度とここには泊まりに来ないんじゃないかな?
というわけで、二階の部屋に案内される。
部屋の中も意外とシンプル。
ベッドとサイドテーブルとクローゼットのみ。ただし、窓は鎧戸じゃなく、普通に小さな穴が開いてるだけだ。日光があまり入ってこないようにするための対策かな? 街中の照り返しが酷いもんね。
というか、サングラスしてるキャラとか、喋るガイコツとか、色々とキャラデザは無茶苦茶やってるのに、街の設定がリアル寄りなのは何なの?
「シンプルな造りは普通にお金がないからなのかなー?」
とりあえず、飯ができるまで待っててくれと言われたので、部屋で時間を潰してるんだけど、割と手持ち無沙汰だ。
暇だから、明日の予定でも立てるかなー。
■□■
晩御飯の準備が整ったということで、一階の食堂部分に行くと、テーブルの上に置かれていたのは料理の山……。
「さぁ、たぁんと召し上がれ……!」
「いや、宿賃に見合ってないけど大丈夫?」
確か、泊まる時に支払ったのは30褒賞石ぐらいだったはず。
だけど、どう見ても原価だけで1000褒賞石分はありそうな料理の山が並ぶ。
しかも、見た感じは、高級料亭に出てくる感じの懐石料理がメインのようだ。
どれも魚介類がふんだんに使われているね。
魚だけじゃなくて、海老っぽいのも顔を出してるのは、ちょっと嬉しい。
「使わんと廃棄になるもん使っただけや! 折角の食材腐らせたら勿体ないやろが! 別に久しぶりの客だからって張り切ったわけちゃうぞ!」
言葉は乱暴だけど、やってることは優しいんだよなぁ……。
何か、そういう部分はガガさんに似てる?
まぁ、折角張り切って用意してもらったようだし、美味しくいただかせてもらいましょうか。
私は席について――、
…………。
「あのー、何で、私の対面に陣取って睨みつけてくるんですか……?」
「顔見せろや」
「え?」
「美味いか美味くないかは、ソイツの顔見れば分かるんじゃ! だから、その布取って飯食う顔見せろや!」
えぇー!? そりゃ、作った側としては、食べる人の反応は気になるものだろうけどさぁ!?
サングラス越しとはいえ、そんなにバッキバキの目つきで睨みつけられていたら、美味しい物も美味しく食べられないんじゃないかな……。
でも、店主さんは一歩も引く気はないみたい。
仕方ないので、私はフロートサークレットを外す。
そしたら、店主さんが一瞬固まったような気がする。
「ワレェ、サキュバスか吸血鬼の類だったんかぁ……」
「いえ、ディラハンですけど」
「嘘つけぇ! ディラハンがそんな別嬪なわけないやろが! おぉ!?」
「そうは言われましても……。あ、とりあえず、もう食べてもいいですか?」
「ほっぺた落とさんように気ィつけや!」
どうやら、食べてはいいみたい。
というわけで、いただきます。
何かフォークで懐石料理を食べるってのも変な感じだけど、まぁ、世界観的に仕方ないのかな?
そんなことを考えながらも、適当に焼き魚を口に入れたんだけど……。
「うっま!?」
え? いや、待って!? ちょっとおかしいレベルで美味しいんだけど!?
私の普段知ってる焼き魚が飴玉レベルだとしたら、これは砂糖菓子で言ったら、最上級のケーキレベルだ! それぐらいに味に格差がありすぎる!
私があまりの美味しさに呆気に取られているのを見て、対面に座る店主がニタリと邪悪な笑み……いや、本人的には非常に満足なんだろうけど……を浮かべる。
「どうや? 美味いやろぉ?」
「いや、ちょっと、何と言って良いか……」
別の料理にも手をつけてみるが、これも美味しい! 美味しいというか、味付けの概念を覆される感じ!
何、この奥行きのある味は? 今までに経験したことのない旨味に、次から次へと衝撃が押し寄せてくる! す、凄過ぎる……!
「美味いとか、美味くないとかじゃなくて、凄いです!」
「美味いって言えや、コラァ!」
「あ、はい。オイシイデス……」
これだけ美味しいのに流行ってないのって、ちゃんとした理由があるんだなーってしみじみ思っちゃうよ。
いや、でも、美味しいのは確かだ。
しかも、かなり未知の感覚の美味しさ。
代用できる言葉が見つからないぐらいには、美味しさの概念が壊される。
潮騒の調べ亭の弟さんが言ってたことは本当だったんだーと感心しながら、食べ続けていたら、視界の端に何かピカピカと光る表示が。
何だろ? と思って意識を集中すると、そこには……。
▶あなたは、状態:毒になりました。
毎秒毎に最大HPの0.3%のダメージを受けます。
……ん?
あがっ!? の、喉が焼けるように痛い!?
え、何!? 毒盛られた!?
「おっ!? きたか! きたんか、ワレェ! それじゃ、コレ飲んどけや!」
そう言って、渡された物を即座に【鑑定】する。
街中の宿だからって、すっかり油断してたよ! 額に脂汗が浮かぶ中で、私はその鑑定結果を見る。
====================
【薬煎茶】
レア:3
品質:高品質
性能:消費アイテム
備考:海の藻屑亭店主ムンガガによって作り出されたお茶。芳醇な香りと濃い目の味が特徴で、強い解毒作用がある。
====================
毒は確信犯かい!
私はその鑑定結果を見ると、一気にそのお茶を呷る。
すると、毒の状態異常が消えていた。
えーと、さっきのお茶ってこの料理とセットなの? この店が栄えていない理由をますます知った気がする……。
「えほ、えほっ! あの、料理、毒……?」
喉に違和感があって、上手く喋れないよ!
だけど、ムンガガさんは私の言いたいことを理解してくれたみたい。悪魔みたいな笑みを浮かべる。いや、実際に悪魔種族なのかもしれないけど。
「長年の料理研究の末に辿り着いた境地、それが毒料理や! 毒っていうのは、外敵から食われんようにするためのいわば自衛の力! そして、それは裏を返せば、その毒がなければバクバク食われるほどに美味いってことや! だから、それを上手く利用して料理に加えることで、ウチの料理は他と一線を画すほどに美味くなっとるんや!」
言わんとしていることは分かるよ?
毒キノコとして知られるベニテングタケとか、キノコフリークの間では実は美味しいとか言う話もあるし、江戸時代にフグを食べちゃいけないって禁止令が出た時も、毒にあたることを恐れずにひっそりと食べまくってたって話もあるくらいだし。
毒があるものが美味しいんじゃないか? というのは、何となくだけど感覚として分かる。
けど、実際にそれを料理にぶっ込むのは違うでしょ!?
「いや、流石にないよ。毒を料理に使うって……」
「ほんまかァ!? あの味を知って、なお、そう言えるんかァ!」
そう言われると、確かに他に類をみない味だった……というか、毒なんて食べたことないから、新しく感じただけかも……。
いや、違う。
ただの毒じゃない。
毒をきちんと美味しい料理としてまで高められた一品だった。
それは、確かだ。
そして、そこには創意工夫だけではなく、ムンガガさんの努力も多分に含まれているに違いない。
「これが、料理の新境地ということですか?」
「そうじゃ! 毒料理じゃ、ボケェ!」
とりあえず、解毒の魔術を自分に使いながら食べることには食べた。
色々と問題の多い宿だけど、食事だけは文句なく美味しい宿でした。
食事だけはね!
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