第32話

「ブレくん!」


 馬車から放り出されたブレくんは地面に激しく叩きつけられてゴロゴロと転がると、ピクリとも動かなくなる。


 もしかして、HPがレッドゲージでスタン状態!?


 こんな時になんでよ!?


 思わず泣きそうになりながらも、私は一瞬で踵を返す。


 だけど――、


 振り返らなきゃよかった!


 目の前に展開するのは、視界いっぱいに広がる、壁と見間違えるほどの巨大な口と削岩機のように生え揃った鋭い歯!


 それが地面ごとお構いなしに飲み込んでいく光景!


 虫嫌いがますます加速しそうな光景に、思わずクラクラしちゃうよ!


「失礼!」


 動けないブレくんのもとへ近付き、彼の体を肩に背負う。


 だが、その時には、大礫蟲ジャイアントワームの巨大な口はもう目の前だ。


 足元の岩盤が割れ、台風の時よりも強い風が、私とブレくんを吸い込もうとして勢いを増す。


 流石の【バランス】さんも、人ひとりを背負っている状態と、この環境では分が悪いのか、体のバランスが安定しない!


「こんなところで……! 【フォローウインド】!」


 苦し紛れの【フォローウインド】。


 【風魔術】のレベル1で覚える魔術だけど、本来は味方全体を風の膜で包み、その速度を上げたり、相手の弱い遠距離攻撃を弾く魔術だ。


 だが、その風の膜が功を奏した。


 一瞬だが、大礫蟲の吸い込む力が弱くなる。


 そこを踏ん張って、私は一気に加速する。


 だけど、大礫蟲も逃すものかと加速してくる。


 本当、しつこいなぁ! もう!


「あー! もー! こんなところで死にたくないんですけどっ!?」

「それもそうじゃのう」


 ……は?


 暴走気味に走る馬車から、誰かが飛び降りた?


 え、ゴブ蔵さん!?


 いやいやいや!


「ゴブ蔵さん、何してるの!? 逃げないと!」


 私は走りながら声を出すが、ゴブ蔵さんは不敵に笑うと、


「ちょいと足止めをせにゃならんじゃろ? ヤマさんは先に行っときなさい」


 そう言って、ゴブ蔵さんとすれ違う。


 いや、ダメだって! ゴブ蔵さん!


 相手は、多分、EODなんだよ!


 ゴブ蔵さんがいくら腕自慢の達人だからって、EODを相手にするなんて無理だって!


 ブレくんを運んでなければ、ゴブ蔵さんに加勢するところだけど……。


 一体、どうしたら!


 思い悩んでいると、後ろから強烈な光が迸る。


 ――え、何!?


 足を止めて後ろを振り返ると、そこにはヨボヨボのゴブリンのお爺さんの姿はなく――、


 長身痩躯で上半身裸の長髪のイケメンの姿があった。


「はぁ!?」


 一応、緑の肌に耳が尖っていて、ボロの腰布がその人が誰かを教えてくれているような気がするけど……。


「もしかして、ゴブ蔵さん……?」

「まぁ、一時間ほどしかもたんがのう。それぐらいなら全盛期の力で戦えるじゃろうて」


 いや、肉体自体が若返ってるんですけど!?


 そして、めっちゃイケメン!


 シワシワのゴブ蔵さんって、若い時はこんなイケメンだったの!? 時間って残酷だね!


「すまんのう、ムシケラ。ちと痛いぞ」


 ゴブ蔵さんの腕に、思わず鳥肌が立っちゃうくらいの膨大な魔力が纏わりついていく。


 あれは【魔甲】……?


 でも、私の奴とレベルが違い過ぎる!


 もう雰囲気からして、触れたら危険ってのが分かるもん!


 普通に空気がバチバチ言ってるし、見てるだけで肌が粟立ってくるレベル! ヤバ過ぎだって!


「覇っ!」


 ゴブ蔵さんが、一足飛びで大礫蟲の眼前まで距離を詰める。


 いや、それだとパックンチョされちゃうよ!?


 でも、私の心配は杞憂だったらしい。


 ゴブ蔵さんの全身から迸るような魔力が発せられ、ゴブ蔵さんは喰われながら、大礫蟲をぶん殴る。


 あれは、全身にも【魔甲】を展開してるの!?


 恐らく、ゴブ蔵さんはダメージを【魔甲】によって魔力で肩代わりさせ、ノーダメージのままに大礫蟲の牙をへし折りながらぶん殴ったのだろう。


 大気を震わせるほどの衝撃が駆け抜け、爆弾でも爆発したかのようなドォンといった音が辺りに轟く。


「すごっ」


 そして、音も凄いけど、その威力がまた凄い!


 あの巨体を押し留めるどころか、数十メートルも向こうに吹き飛ばしたのだ!


 これには、さしもの大礫蟲も面食らったのか動きを止める。


「ヤマさん、何やっとる! 走るぞ!」

「え? あっ、はい!」


 いや、今の感じなら、ゴブ蔵さんの力で大礫蟲も倒せないかな?


 思い切って聞いてみる?


「あのー。今のゴブ蔵さんなら、あのデカブツを倒せたりするんじゃないですかね?」

「どうじゃろうな? 一撃を加えただけでは何とも言えんが、相手はかなりタフそうじゃ。それに、この全盛期の力は一時間限定の力じゃからな。長丁場になると辛いのよ」

「なるほど、倒せるかどうかは確証が持てないと」

「ほれ、言ってるそばから動き出すぞ」


 私たちが再度逃げの一手を打ったことから、大礫蟲が調子を取り戻したのか動き始める。


 私たちは何とかその間に、馬車に追いつくとブレくんを馬車の上部に放り投げて、ミサキちゃんにキャッチさせ、ゴブ蔵さんを御者台に乗せ、私も御者台に跳び移る。


 重量過多が怖かったので、馬車全体に【フォローウインド】をかけて加速させ、そして、しつこいぐらいに背後に【アースウォール】を配置しては、大礫蟲の勢いを削いでいく。


「あー、もう、来ないで、来ないで……」


 ゴンゴンガンガンとぶち当たりながらも、それでも大礫蟲の速度が目に見えて鈍ることがない。


 このEOD元気過ぎるんですけど!?


「もー! ゴブ蔵さんの一撃を食らっても全然速度が衰えてないじゃん!? 【アースウォール】!」

「あれは、多分、土属性のモンスターや! 土や火の魔術じゃ効果は薄いし、物理攻撃にも強い! 弱点属性は風やと思うけど、【風魔術】には強い攻撃魔術が少ないから、対抗するのが難しいねん!」


 確かに、私が使える【風魔術】の中でも、攻撃魔術はレベル3の【ウインドカッター】ぐらいしかない。


 それでも、やらないよりはマシだ!


「【ウインドカッター】!」


 巨大な大礫蟲の体に風の刃が襲いかかって、微々たる傷を付けるけども、それもすぐにわからなくなってしまう。


 これ、【自動回復】とかのスキルを相手が持ってたりしない?


「ダメ! この程度じゃ全然きかない!」

「なら、私がやる」


 そう言って、馬車の後部に進み出たのはミサキちゃんだ。そして、馬車の後部のギリギリの位置に陣取ると金切り声を上げる。


 あれは、リリカ教官にもやっていた衝撃波を飛ばす技!


「一応、風属性」


 どんっ、と着弾した衝撃波が一瞬だが、大礫蟲の動きを封じる。もしかして、少しだけど効いてる?


「イケるんちゃうか!? ヤマちゃんの【アースウォール】とミサキちゃんの声で何とか逃げ切るで!」

「バンシーの種族スキル【デススクリーム】」


 そういう技名らしいよ!


 というわけで、私とミサキちゃんで交互に大礫蟲を妨害しながら、先へ先へと進んでいく。


 大礫蟲の暴走に恐れをなしたのか、他のモンスターが道を塞がないのが唯一の利点だけど、大礫蟲との追いかけっこは神経を磨り減らす作業だ。


 やがて、ミサキちゃんのMPが空になり、何とかできるのが私だけになってくると、後はもう全滅するのも時間の問題? って状況になってくる。


 私の方だって、MPが無限にあるわけじゃない。こうなったら、イチかバチかで【魔力浸透激圧掌(カッコだけwww)】でもぶち当ててみようかと考え始めたところで、急激に大礫蟲の動きが鈍る。


「遅くなった!? なんで!?」

「エリアボスのセーフティエリアが近いんや! 流石にセーフティエリアの中までは襲ってこんっちゅーことやろ!」

「それなら、あとひと踏ん張り頑張れば―― 【アースウォール】!」


 そして、五分後、悔しそうに頭を揺らしながら、地中に潜っていく大礫蟲を眺めながら、私たちは何とか生き残ったことに安堵のため息を漏らすのであった。


 ■□■


 第一エリア。


 そう呼ばれているのが、エヴィルグランデからフォーザイン地下迷宮までで、その地下迷宮一階のボスを倒すと、フォーザインへの道が拓けるので、そのボスのことを魔物側のプレイヤーはエリアボスと呼んでいるらしい。


 第一エリアのエリアボスは、ロックリトルドラゴン。


 ロックリザードが進化した姿と言われており、普通のロックリザードに翼が追加されたような容姿をしているらしい。


 そして、そんなエリアボスの生息地域を表現しているのか、エリアボス前のセーフティーエリアは、フォーザイン地下迷宮には珍しく岩場で構成されていた。


 岩場に縦長の鋭い裂け目が出来ており、そこを潜っていくと、割と広い円形の広場へと辿り着き、そこがエリアボス前の待合室みたいになっている感じだ。


 まぁ、何が言いたいかというと、私たちがひたすらゴンゴンガンガンやっていた姿は、ここで待機していた連中には一欠片も届いてなかったってことなんだよ。


 満身創痍でやってきた私たちを見て、鼻で笑う奴らが大勢居た光景に、思わずイラッとしちゃったんだよねー。


 多分、ヘボなパーティーがモンスターを多数引き寄せて、何とか命からがら辿り着いたんだろう程度に思ってるんだろうね。


 いや、アンタらが大礫蟲を相手にしたら、一瞬でポリゴンになって死んでるからね?


 今は正直、口を動かすのも面倒くさいから言わないけども!


「スマンけど、順番待ちの最後尾ってここで合っとるか?」

「あぁ、そこで大丈夫だ。しかし、おたくら大丈夫か? そんな感じでエリアボスに挑戦しようなんて無謀だぞ?」


 タツさんが話しかけた人が割と良い人そうで良かった。


 今は結構追い詰められたことで、心がささくれだっているからね。


 馬鹿なこと言うようだったら、ちょっとOHANASHIしなきゃいけないところだったよ。


 馬車を止め、ようやくひと心地ついたとばかりに、私は御者台の上で項垂れる。


 はぁ、しんどー……。


「みんな、大丈夫ー……?」

「ポーション欲しい。ブレが死にかけてる」

「あー、ゴメン。回復してなかったね。はい」


 ミサキちゃんにポーションを渡して、そのついでとばかりにみんなにお茶を汲む。


 ゴブ蔵さんは、いつの間にか元のヨボヨボな状態に戻ってるね。ひと仕事を終えたせいなのか、いつもよりも美味しそうにお茶を飲んでいる気がするよ。


「ほんで? 現状を把握したいんやけど。ワイはMPが半分切っとるけど、他はどうや?」

「MPなし」


 まぁ、ミサキちゃんはそうだよね。


「ぶはっ!? し、死ぬかと思った!? あれ? 右腕が動かない……?」


 ポーションを飲んで復活したブレくんが利き腕の違和感を訴える。


 あー、ガガさんと同じ症状だね。


 馬車からの落下って、意外と重症化するみたいだ。出していた速度もアレだったのもあるかもしれないけど、放っといたらマズイね。


 私は【再生薬】を取り出して、ブレくんに放る。


 ブレくんは、流石の運動神経で私が投げた【再生薬】を危なっかしいながらも片手で受け止めていた。


「おっとっと?」

「それ、飲んで。回復すると思うから」

「あ、はい。ありがとうございます」


 この様子なら、ブレくんだけは何の問題もなくエリアボスと戦えそうかな?

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