第29話

 気付いたら、何故かバーベキューに参加している人数が増えていた。


 どうして、こうなった……?


 いや、始まりは……。


 あぁ、そうだった。


 あっちから話しかけられたんだった。


 他のパーティーの見張りの人に声を掛けられたんだ。


 ……見張り。


 そう、見張りだ。


 私がなんで見張りが必要なのかと聞くと、その人はセーフティエリアにはモンスターは入ってこれないけど、普通にNPCだったり、プレイヤーは入ってこられるんだと答えてくれた。


 どうも、そのNPCやプレイヤーが悪意を持っていた場合に即応できる戦力が必要なようで、暗黙の了解として、パーティーの何人かは夜中も起きている必要があるんだって。


 で、悪意ある相手だった場合に、別のパーティーでも手を組んで撃退する必要があるみたい。


 だけど、ウチは全然そんなことを話し合ってないよね?


 ミサキちゃんと話し合って、正直知らんかったスマンって謝ったら、まぁ、次からは気をつけてくれれば良いよと許してくれた。


 意外といいひとだ。


 そのいいひと。


 どうも、私たちの会話が聞こえていたらしく、褒賞石おかねを払うからお酒を譲ってくれないかと交渉しにきたみたい。


 まぁ、夜中で何もやることのない状態で見張りなんて苦痛でしかないからね。


 いいよ、いいよ、ついでに食材持ってるなら、焼いていっても良いよーと、軽い気持ちで許可を出したんだよね。


 そしたら、同じような立場の見張りの人たちが来るわ、来るわ。


 どうも、この夜中の見張りはジャンケンとかで決めてるらしく、一種の罰ゲームのようになっているらしい。


 そんな状態で鬱憤も溜まっていただろうし、そこに褒賞石さえ払えば好きに飲み食い出来る居酒屋みたいなものがオープンしてしまったのだから……まぁ、利用するよね。


 なんか、普段から鬱憤がたまっているのか、パーティーの愚痴を漏らしたり、ゴブ蔵さんと飲み比べをして、【酩酊】とかいう状態異常をつけて地面に倒れたり、ミサキちゃんが焼肉に異常なこだわりをみせて、何故か周囲の冒険者に『肉の女王』とか言われて崇められていたりと、かなりやりたい放題やっている状態だ。


 なお、私は最初に声を掛けてきた見張りの男の人のリアル家庭事情を聞かされて、とても辛い状態……。


 新婚なのに、ゲームに囚われて、戻ったら離婚してるかもしれないとか……お酒が不味くなるような話はやめてくれないかな? いや、この人にとっては真剣なんだろうけど、巻き込まれる方はたまったものじゃないんだよね……。お願いだから、もっと楽しい話をしよ? ね?


 そんなこんなでなんだか大人数になってしまったバーベキュー会場を見回すと……イコさんがいない。


 どこに行ったのかなーと思ってキョロキョロとしていたら見つけた。


 セーフティエリアの端の大樹の前に立って、その木を見上げている。


 私はその姿が気になって、男に断りを入れて席を立つと、イコさんのもとに向かう。


「イコさん!」

「あら、ヤマさん。今日は護衛の依頼を受けてくれてありがとうね? おかげさまでとても楽チンだったし、お夕飯はとても楽しい場になったわ」

「そう言ってもらえれば幸いですけど、ちょっとはっちゃけ過ぎたかもしれません」


 本当はここまでの規模にする気は全くなかったからね!


 ちょっとやり過ぎた感はあるよ!


 反省する私だけど、イコさんはいつも通りの上品な笑みを浮かべている。


「そんなことはないわ。私はとても楽しめたもの」

「それでしたら、良かったです」

「そう、とても楽しめたの。だから、私は個人的にアナタにお礼がしたいなぁって思ってね。手を握ってくれる?」


 そう言って、イコさんが両手を差し出してきたので、私はその両手を軽く握る。


 小さくて、シワシワで、硬い手だ。


 イコさんはこの手でどんな人生を……NPCならバックボーンかな?……を歩んできたんだろうか。そんなことが気になってしまう。


 ――と。


「ふぎゃあ!? 痛っ、痛たたたっ!? イコさん、手! 手ぇ!?」

「うふふ」


 まるでイコさんの手から電流を流されたかのような痛みが私の体内に侵入し、全身を駆け巡っていく。


 だけど、イコさんはイタズラが成功した子供のように無邪気に笑うだけだ。


 シビシビ震えるけど、全身にダメージはない。


 例えるなら、昔に入った電気風呂? あれに似ている。今は一般の銭湯にあるのかどうかは分からないけど!


「あばばばばば……!?」

「心を落ち着けて? そして、自分の中を巡る魔力を感じるの」


 魔力? この痺れて暴れる感じが魔力?


 これを感じるって……。


 全身に感じてますけど!


 私の背から思わず変な汗が流れ落ちる。


 これ、本当にキツイ……!


「そう、魔力を感じられたら、それをゆっくりと自分の中で動かしてみて。さざなみのようにゆっくりと、小さく……」

「あぶぶ……! うご、動くかなぁぁぁ……!?」


 唇が勝手に震えちゃって、変な声が出ちゃうよ!


 でも、体の中にある何かが動く感じはする!


 これ、多分、イコさんが私の中に魔力を流して、無理やり私の魔力を揺らしてるんじゃないの!?


 それを体と感覚で覚えろってこと!?


 無理……って言いたいところだけど、多分、コレって特殊依頼の特別なイベントな気がする!


 だったら、頑張ってやってみるよ!


 何が得られるのかは知らないけども!


「そう、そのまま魔力をコントロールしておいて」


 イコさんの手が離され、私の中にはグイン、グインと動く不思議な感じが残される。これが魔力? 少しでも集中を切らしたりしたらどこかに吹っ飛んでいきそうなほど不安定で危なっかしい代物だよ!


「それをね、体の中で回して、練って、自分のものにしていくのよ」

「これ、凄くキツイんですけど……。これをやっていけばどんなことが出来るんですか……?」


 痺れは収まった。


 やはり、あの痺れはイコさんから魔力を無理やり流されていたために起きた痺れだったみたいだね。


 体内で魔力を循環させながら、私が尋ねるとイコさんは指折り数えていく。


「これを習得すれば、魔力を消費する行動全てに有利な補正が掛かるわねぇ。後は操作が安定してくれば、こんな事も出来るようになるわ」


 突き出したイコさんの右手に分かりやすく蒼いオーラのようなものが絡みつく。


 これは、規模は違うけど、リリカ教官のやっていた腕を魔力で覆う奴……?


「【魔甲】と呼ばれる技ね。これは、魔力を消費することで相手からのダメージを和らげたり、【物理無効】の相手にもダメージを与えられたりする便利な技なのよ」


 あの技……リリカ教官が披露してくれた後も、何度か個人的に試していたんだけど、全く出来なかったんだよね。


 それもそのはずだよ。


 根底に魔力に対してのちゃんとした認識がないと成立しない技なんだ、きっと。


 だから、魔力を認識した今の私ならやれる……?


 …………。


 いや、無理無理無理っ!


 だって、今、魔力をゆっくりと動かすだけで手いっぱいだもん!


 こんなの練り上げるとか無理だって!


 こねこねとかできないよ! こねこねとか!


 しかも、ちょっとでも力を緩めると暴発しそうで怖い! 今、一歩も動けない状態なんですけど!


 例えるなら、水が並々と注がれたコップを水を零さないように、ゆーっくり摺り足で運んでる状態!


 少しでも躓けば、中身をぶち撒けること待ったなし!


 こんな状態で【魔甲】なんてできるはずがない!


 ▶【バランス】が発動しました。

  魔力のバランスを調整します。


 ▶【魔力操作】スキルLv1を取得しました。


 ▶【バランス】が発動しました。

  スキルのバランスを調整します。


 ▶【魔力操作】スキルLv5を取得しました。


 ……うん、そうだね。


 不安定なんだから、【バランス】をとってあげれば良いよね……。


 さっきまで操るのもいっぱいいっぱいだった魔力の動きが、今は片手間で出来るぐらいにイージーになってる……。


 【バランス】さんの仕事の幅よ!


 なんでもありか!


 今なら、普通に【魔甲】ができそうだよ。


 ほら、できた。


 ▶【魔甲】スキルLv1を取得しました。


 ▶【バランス】が発動しました。

  スキルのバランスを調整します。


 ▶【魔甲】スキルLv5を取得しました。


「!? こんなに早く【魔甲】を……!」

「なんかできちゃいました」

「そう、この程度じゃあ、お返しに足りないというわけね……」


 いや、お返しには十分過ぎるほどもらってますから!


 もう、これ以上、痺れるのは勘弁してください!


 私の内心の声に気付くはずもなく、イコさんは続ける。


「じゃあ、これも教えておきましょうかね。疲れるから一回しかやらないから。よぉく見ておいてね」


 そう言って、イコさんが自然体で構えると、軽い感じでぱんっと手のひらを樹の幹に叩きつける。


 …………。


 え? 何も起きない?


「まぁ、こんなものね」


 イコさんが私の方を振り向くと同時――、


 大樹から一斉に緑の葉が雪崩のように落ちてくる。


 ザザーッ。


 ――って、いやいやいや!


 木の幹を傷付けずに葉っぱだけ傷付けて、全部落としたってこと!?


 あまりの光景に飲んでいた連中も馬鹿騒ぎをやめて、静まり返ったほどだ。


 それだけ、意味が分からない!


 いや、ゴブ蔵さんだけは、やんやの喝采をあげてるけども!


「【魔力浸透激圧掌まりょくしんとうげきあつしょう】――。お爺さんは、適当に【魔神掌まじんしょう】なんて呼ぶけどね。相手の防御力を無視して中身にダメージを与える、いわゆる奥義って奴だよ」


 奥義スキルかぁ。


 奥義スキルについては、既にひとつ持っているとはいえ、その内容は強力無比だ。


 この奥義スキルも防御無視でダメージを与えるだけって聞くと、RPGにはありがちな効果に聞こえるけど、今の効果を見る限り、好きな箇所を狙って爆散できるんじゃないかな?


 つまりは、北○神拳だ。


 …………。


 いや、そんなヤバイ奥義をプレイヤーに覚えさせて大丈夫? PKだったら垂涎ものの奥義だよ?


 そもそも、私だけ簡単にポンポンと奥義取得イベントが起きて良いの?


 いや、まぁ、取得できるとは限らないけども!


 大体、技を見ただけで相手の技を盗めるほど、私って格闘技に精通してないし、そもそもそんな器用でもないし!


 これってやっぱり、腕自慢の人が護衛して、イコさんの好感度を上げて覚えるような技じゃないのかな?


 道中の接待あんど接待で、イコさんの私に対する好感度がマックスまで上がっちゃったみたいだけど、本来は難易度の高い護衛依頼を完璧にこなした武人のような人が得るスキルなんじゃないの……?


 とりあえず、何かをやらないと終わらなそうな雰囲気なので、イコさんが葉を落とした木とは別の木の前に立って、イコさんの構えを真似てみる。


 こうかな?


 こんな感じだったような……?


 えーと、どうだろう……?


 ▶【ヤマモト流】に【猿真似】が登録されました。


 …………。


 誰がサルマネじゃ!


 こっちは真剣にやってるっての! ウッキー!

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