第26話

 一旦、頭を整理する。


 えーっと、冒険者登録にきたルーキーにベテランのオッサン冒険者が絡む場面じゃなくて、ヨボヨボのお爺さんが倒れていて、それを介護するお婆さんという場面に遭遇したわけですけど?


 いや、それも全然意味わかんないね……。


 ほら、ゴブ蔵さんも、イコさんもいさかいごとを起こすようなタイプには見えなかったし、何でこんな事になっているのか理解不能だ。


 どういうこと?


「ほら、あれが噂のフェイルドですよ……」


 ブレくんが小声でヒソヒソとみんなに教えてくれる。


 けど、噂をそもそも知らない私にとっては『?』って感じだ。


 それを察してくれたのか、タツさんがわざわざ補足してくれるよ。


 流石、タツさん。気配り上手!


「誰がフラグ立てたんかは知らんが、最近、あのNPC二人が冒険者ギルドに現れるようになったんや」

「ほむほむ」

「まぁ、特殊なクエストが発動してるのは一目瞭然やから、二人に話聞くやろ?」

「うん。分かるよ」


 特殊な依頼なら特別な報酬が待ってるかもだからねー。


 欲に目が眩んだ冒険者なら、絶対にコンタクト取るよね!


「そしたら、二人はフォーザインまでの護衛を求めてるらしいねん」

「護衛! ……いや、すればいいんじゃない?」


 タツさんがもったいぶって溜めるから、思わず驚いちゃったよ。


 でも、内容は普通だった……。


 いや、それにしてもだよ?


 護衛って、ゴブ蔵さんたちをフォーザインまで連れてけばいいだけでしょ?


 何でまだエヴィルグランデの冒険者ギルドにゴブ蔵さんたちがいるのさ?


「チャレンジした人間が言うには、そんな簡単な依頼やないらしい」

「そーなの?」

「あの通り、見た目が老人やからな。まず、移動速度が遅いやろ?」

「馬車に乗せてあげればいいじゃない。サクサク進むよ?」


 私がツッコんだら、「ちょっと待っててな」とタツさんが考え込む。


 そして、何事もなかったかのように次の要因を挙げてきた。


 なんでやねん。


「あと、地下迷宮は三百六十度視界が開けてることが多いんや。せやから、四方八方から襲いかかってくる敵から、あの二人を守るのは至難の業やねん」

「私の馬車、セーフティエリアも兼ねてるから、多分、モンスターも襲い掛かってこれないと思うけど。あと、四方八方からって、そんなの普通のフィールドだって同じでしょ?」


 私がそう言うと、タツさんは怖い顔で考え込みつつ、「ちょっと黙っててくれへんか?」と言う。


 なので、ちょっとだけ黙った後で、キッパリと言ってあげる。


「依頼を受けた冒険者がショボいだけだよ、それ」

「落ち着いて考えてみたら、ホンマにそんな気がしてきたわ……。依頼失敗FAILEDとか大層な名前ついとるけど、依頼受けた奴が大したことなかったんとちゃう……?」

「タツさん、騙されてますって! 現に、フォーザインに辿り着いたこともある実力者パーティーでも失敗しているって案件なんですよ!? 今から初めてフォーザインに行こうとしている僕らが関わるようなものじゃないですって!?」


 ブレくんの必死の叫び。


 けど、そんな大声で言ったらさぁ……。


「お前さん方、フォーザインに行くのかね?」


 ほら、ゴブ蔵さんたちに聞きつけられて、近付いて来られちゃったじゃん。


 もちろん、イコさんも一緒だ。


「えーと、行くというか、攻略すると言いますか、その何というか……」


 ブレくんがゴニョゴニョと何か言ってるけど、歯切れが悪い。


 だったら、私が代わりに言ってあげよう。


「うん、行くよ。ゴブ蔵さんとイコさんもフォーザインまでの護衛を探してるんだって? 何だったら一緒に行く?」

「ちょっ――、何勝手に!」

「……それとも何? ブレくんは困っているお爺さんお婆さんを平気で見捨てられるような薄情な人なわけ?」

「い、いや、それは……。い、言い方が卑怯じゃないですかぁ!」

「もちろん、ブレはそんな人じゃない」

「いや、何でミサキちゃんがそこで答えるの!?」

「だったら、何の問題もないよね?」

「いや、その……。た、タツさーん……」


 半泣きのブレくんがタツさんに泣きつくが、


「まぁ、ヤマちゃんがやりたいんやったら、やってもえぇんとちゃう?」


 あっさりと伸ばした腕を払われる。


 けど、タツさんは「ただし」と言葉を付け加えることも忘れなかった。


「その二人の護衛対象の面倒はヤマちゃんがちゃんとみるんやで」


 ゴブ蔵さんとイコさんは犬猫か!


 そんな私たちのやり取りをゴブ蔵さんたちも近くで見ていたはずだが、特に気にした風もなく、いつも通りのニコニコとした笑顔を浮かべて――、


「ひよっこに、畜生扱い、悔しいな――ゴブ蔵、心の俳句」

「あらあら、お爺さん、心の声が漏れてますよ」


 めっちゃキレ散らかしておられたー!?


 ニコニコ顔ながら、心の内に闇を飼うゴブ蔵さんたちとも打ち合わせをしつつ、私たちのパーティーは、結局、計6人という人数でフォーザインに向かうことになるようです!


 ■□■


 私たちがゴブ蔵さんたちの護衛依頼を引き受けたことは、すぐに冒険者たちに伝わったみたいで、打ち合わせが終わった後には、何故か冒険者ギルド内でトトカルチョが始まっていた。


 どうやら、私たちが依頼成功するかどうかで賭けてるっぽい?


 なので、私も成功する方に賭けようと思ったんだけど、当事者は参加できねーからと胴元に除け者にされましたとさ。めでたし、めでたし。


 ――と、ひと悶着あったけど、一時間後にはみんなでエヴィルグランデの正門のところに集まって、ようやく冒険の始まりだ!


 なお、この一時間で、竜の微睡み亭に行って宿泊予約のキャンセルもしたし、ミレーネさんのところに行って街を出る旨の報告もした。


 まぁ、ミレーネさんとしては最後まで納得してなかった感じだけどね……。


 ミレーネさん的には、このまま私にはこの街に住んでもらいたかったみたいで、何度も戻ってきてよ、待ってるからと男女の別れ話ぐらいのしつこさでやり取りをしたぐらいだ。


 最終的には、もっと上のランクの依頼をこなしたいから〜って理由をつけて、逃げてきたんだけど、その時に、「ヤマモトちゃんがいなくなっちゃった以上、また新規のギルド会員でも募集しようかしら……」とか言っていたので、エヴィルグランデの商業ギルドで新規会員受付が再開する日も近いかもねー。


「おう、ヤマちゃん来たかー。ヤマちゃんが最後やでー」

「挨拶回りで遅くなっちゃった。ゴメンゴメン。それにしても、相変わらず、凄い人だねー」


 エヴィルグランデの門前はパレードでもやってるのかってぐらいの凄い人混みだ。その中には、冒険者の姿もちらほら見える。今から依頼をこなしに行くのかな? もう昼過ぎだけど。


「まぁ、いつもこの時間帯は混んでるんもあるけど、ハイエナしようって連中も何パーティーかおるんやないか」

「ハイエナ?」


 聞くと、私たちがフォーザインを目指すというのを聞きつけて、道中のモンスターに対して、私たちを盾にしつつ、消耗を防いだ上でエリアボスに挑戦しようという不届き者が何人かいるらしい。


「ま、こういうのは有名パーティーが良くやられたりするんやけどな」

「僕らは有名じゃないですけど、ギルドで目立っちゃいましたから」

「目立ったのは主にブレ」

「グフゥッ!?」


 なるほどねー。


 なんか気分は悪いけど、それも作戦のひとつとして認められてるのか、責められたりすることはないみたい。


 まぁ、もちろん、良好な関係性を築いてるわけでもないから、向こうが勝手にピンチになったとしても助ける義理はないんだって。


 でも、デスゲームだしなぁ。


 いざとなったら、普通に助けちゃいそうだよ。


「ゴブ蔵さんと、イコさんもこの人混み平気ですか?」

「お気遣いありがとね。わたしゃ平気だよ。お爺さんはどうです?」

「ワシも平気じゃぞ。昔はホブホブ言わせとったからなぁ。この程度全然平気じゃあ」


 ホブホブ?


 のゴブリン訛りなのかな? それか、ゴブ蔵さんってホブゴブリンだったりする? 痩せてて小さくて、とてもそうは見えないんだけど……。


「それじゃ、そろそろ出発しましょー。タツさーん、ここで出すけどいい?」

「道の真ん中はやめときー。端っこやったらえぇでー」


 というわけで、馬車召喚。


 ずんっと、いきなり出てきた重装甲馬車に、ブレくん含めて、私の馬車の存在を知らない人たちが一気に目を丸くする。


「じゃあ、ゴブ蔵さん、イコさん、乗って乗って」

「ほぉー、これは立派なもんじゃあ」

「はい、お邪魔しますよ」


 というわけで、御者台にご老人二人を乗せて出発〜。


 え、私? 私は最初は歩くよ。


 暇になってきたら、中で寛ぐかもしれないけど、最初ぐらいは旅の気分を味わいたいじゃない?


 ガラガラ動く馬車の隣を、頭の後ろで腕を組みながら歩いていく。


「相変わらず大きな門だねー」

「せやなぁ」


 内側から見る黒光りする門はいつ見ても光を乱反射する黒曜石みたいで美しい。そんな巨大な門を潜って外に出ると、そこから先は長閑のどかな草原の姿が広がる。


 そんな草原に引かれた一本の道を頼りに、私たちはのんびりと進んでいくよ。


「いや、おかしいでしょ!?」


 歩き始めてから随分経った頃に、ブレくんが急に何か言い始めたよ。


 ようやくフリーズしていた脳が再起動したみたい。


「馬車で依頼人を運ぶって話は聞いてましたけど、レンタルするものでしょ、普通!?」

「誰もレンタルするなんて言ってないよ? あー、もしかして、【馬車召喚】のスキルを見るのは初めて? ディラハンの種族スキルだから、機会がないと見ないもんねー」

「種族スキル!? 種族スキルなの、コレ!? 自走式の馬車が!?」


 その辺のゲームバランスのとり方は運営に言って下さい。


「ブレくん、ヤマちゃんに関してはそういうもんやと理解しないとアカンでー。そうやないと、あとあと疲れるからなー」


 馬車の屋根に乗って甲羅干ししながら、経験者は語るみたいにタツさんは言うけどさー。


 私、そこまで常識外れなことやってないよ?


 あるものを利用して、デザインに拘っただけでさー。多分、これくらいなら運営の想定の範囲内の遊び方なんだと思うんだ。


 運営の想定外バランスさんを持っているから、なおさらそう思うしねー。


「うっ、く、分かりました……。百歩譲って自走式の馬車については何も言いません……。それで、思ったんですけど、この馬車に全員乗れないんですか? それで進めれば、かなり楽でき――……アイタっ!?」


 ブレくんの言葉を途中で遮ったのは、ミサキちゃんだ。怖い顔で鞘付きの剣をブレくんの後頭部に叩き込んでいる。


「何、ナチュラルに乙女の花園に潜入しようとしてる……」

「いや、そんなんじゃないって! 全員が馬車で移動できれば時間の短縮にも繋がるし、無駄なモンスターとの戦闘だって避けられるかもしれないと思って!」


 あたふたと言い訳をするブレくんには悪いけど……。


「中は散らかってるから、人は入れたくないんだー。ゴメンね?」


 割と無造作にヒヒイロカネとか積んであるんで、中は普通に見せられないよ!


 そんな私の馬車の現状を知ってか知らずか、ブレくんはキリッとした顔を作ると、


「もしかして、ヤマさんって汚部屋の住人なんですか? ちゃんと片付けした方が良い――アイタッ!?」


 またデリカシーのないことを言って、ミサキちゃんにドツカれてるね。


 や、私、仕事部屋の方は綺麗だったよ?


 リビングの方は……生活感が溢れていたとだけ言っておきます。(ニッコリ)

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