第21話

 頭が熱い。目が腫れぼったい……。


 ともすれば、閉じてしまいそうになるまぶたを無理矢理こじ開けながら、睡魔と戦――えずにスパッと負けて、私は大木に馬車ごと衝突して目を覚ました。


「あー、久し振りの徹夜仕事はこたえるわー……」


 めきめきっと、衝撃に耐えかねた大木が根元から折れる中で、私はショボショボとする目を擦りながらも、自分の胸元に光る銀色の輝きに意識を覚醒させる。


 銀色のギルドカードが朝日に輝いて眩しいなぁ……。


「急ごう。治る確率は経過時間が短ければ短いほど良いって話だったし……」


 私はクラクラする頭を振りながらも、馬車を急いで走らせる。


 これ、もしかして睡眠を取ってないから、デバフが掛かっているのかもしれないなーなんてことを思いながらも、私は乱暴な運転で森の中を爆走していた。


 ■□■


 話は三時間ほど前に遡る――。


 エヴィルグランデの商業ギルドでは、前代未聞というべき事態が起こっていた。


「オッケー。全て品質に問題はないみたいね」


 品質はあらかじめチェックはしていたんだけど、やっぱり改まってミレーネさんに確認されるとドキドキしちゃうね。


 でも、無事に全て済んだみたい。


 良かったー……。


「それにしても、一日でD級の依頼を全て終わらせちゃうなんて前代未聞よ?」

「うん、疲れました!」

「あなたが作った錬金アイテムも、調合アイテムも全部一人で品質確認させられてる私の方が疲れたわよ!」

「でも、ミレーネさん、途中で私の出した料理をアテにしてお酒飲んでたじゃないですかー」

「普通、商業ギルドは夜中まで開けてないの! それを捻じ曲げてまで、ヤマモトちゃんに協力したんだから、それなりの役得があってもいいじゃない!」


 なお、ミレーネさんは夜中に散々飲んでいた様子だったのに、二日酔いの気配すら見えないのは何なんだろう?


 やっぱり、ラミアなだけにウワバミなんだろうか……。


「とにかく、おめでとう。これでヤマモトちゃんもC級のギルド員よ」


 ミレーネさんから丁寧に手渡されたのは、銀のギルドカード。


 私はそれを受け取って、銅のギルドカードを返す。


 C級かぁ……。


 これでようやく一人前って感じなのかな? 良く分からないけど……。


 まぁ、何となく感慨に浸ってしまうぐらいには疲れた……。


 でも、あとひと踏ん張りが必要なんだ。


 私は気合を入れ直す。


「それと、これ。【再生薬】の素材とレシピね」


 ▶ミレーネから特薬草*15を受け取った。

 ▶ミレーネから聖水*15を受け取った。

 ▶ミレーネからスライムの核*30を受け取った。

 ▶ミレーネから時兎の尻尾*3を受け取った。

 ▶ミレーネから空瓶*3を受け取った。


「急なことだったから、試作含めて三回分の材料しか集められなかったけど、ヤマモトちゃんなら大丈夫でしょ?」

「レシピまで……いいんですか?」

「レシピはタダだけど、材料はタダじゃないわよ? 分割で上納金に上乗せしておくから、売り上げで支払ってね?」


 そこは、安くならなかったみたい。


 ガッカリだよ……。


「じゃあ、もう一度、奥借りますー」


 というわけで、材料を持って再度錬金室へと向かう私。


 一時間後には、何とか【再生薬】を二つ作ることが出来たので、失敗作一つも成功作に変化させることが出来たよ。


 何を言っているのか分からないと思うけど、私にも分からないよ。


 全ては【バランス】さんが悪いっ! 


 ■□■


 そんなわけで、私は絶賛、ガガさんに【再生薬】を届けるために馬車で爆走中だ。


 ちょっと前まで、「待てー!」だとか、「止まれー!」だとか、後ろから聞こえてたような気がしたけど、森の奥に入るにつれて聞こえなくなったから、まぁ、無視でいいんじゃないかな?


 で、そんな無茶な走りもようやく終点を迎える。


 ガガさんの工房である御洒落ハウスが見えてきたところで、適当なモンスターを【死の宣告】をしながら轢き殺し、私は馬車を素早く飛び降りていた。


「ガガさ――……ん?」


 てぃっ、と格好良く降りたつもりだったけど、ガクンと腰が砕けて膝が笑う。


 そして、そのままドシャリと私はその場に突っ伏していた。


「あれ? 何か体調がおかしい……?」


 フラフラとしながらも、何とか体を引き起こして立ち上がる。


 いや、私の状態異常よりも、ガガさんの方が優先だ。


 今の時間帯だと作業場かな?


「ガガさーん。あっ、ガガさ……んんっ?」


 ガガさんは、お洒落ハウスの広い前庭に、でんっと立っていた。


 だけど、その格好はいつものバンダナに薄汚れた作業着姿じゃない。


 上から下までを金属製の防具で覆い、どこにひと狩り行くんだろう? ってぐらいデカイハンマーを逆さにして地面に突き刺している。


 そして、衛兵か何かのように、その場に仁王立ちだ。


 私は思わず辺りをキョロキョロと見回してしまう。


「え? 何? 何かが襲ってくる感じ?」

「あぁ、来たな。森をドッカンドッカン破壊しながら、急速に近付いてくる馬鹿がな」

「そんな危険な相手が来たの? 私も協力して戦おうか?」

「お前のことだよ! 何、身に覚えがありませんみたいな顔してやがんだ! モンスターの集団暴走スタンピードかと思って、フル装備になっちまったじゃねぇか!」


 どうやら、居眠り運転のツケがきたようだ。


 ガガさんに叱られちゃったよ。


 というか、このゲームの中にもモンスターの集団暴走スタンピードってあるんだね?


 運営が手ぐすね引いてそうだから、気を付けないといけないかなー。


 皆が攻略を進めずに、街に引き籠もり始めたら、絶対にプレイヤーを追い込むために引き起こす気がするよ……。


「まぁ、集団暴走じゃねぇってんなら別にいいんだ。茶でも淹れるから、飲むか?」

「あ。濃いめでお願いしまーす」


 ガガさんの淹れるお茶って渋いんだよねー。


 最初は、飲むたびにイーッ!てなってたんだけど、徐々に慣れてくるにつれて、その渋みが癖になってきちゃってねぇ……。

 

 ――って、今はそんなことはどうでも良いんだよ!


「いや、そんなことより! ガガさん、コレ飲んで欲しいんだけど!」

「あん?」


 私は今朝方作ったばかりの【再生薬】を【収納】から取り出すと、それをそのままガガさんに手渡す。


 私はそのままガガさんが、薬をひと息にあおる姿を期待するのだが、ガガさんは不審そうな顔で【再生薬】をめつすがめつ眺め始める。


「なんだ、この紫色の液体は? クソ不味そうじゃねぇか?」

「クソ不味いかもしれないけど、ほらお茶だと思って、ググッと!」

「クソ不味いとか言われたものをググッといくと思うか?」

「ガガさんの……、ちょっと良いとこ、見てみたい……、――ダメ?」

「上目遣いとその声やめろ! サブイボ出るわ!」


 折角の上目遣いあんど甘い声おねだりをしたのに、その感想は酷くない?


 けれど、流石に私がジーッと眺めているのに根負けしたのか、ガガさんは覚悟を決めると、【再生薬】を一気飲みしてくれたよ。


 漢だねぇ……。


「オゥエッ!」


 その後で、庭の草の上に四つん這いになって、えずいていちゃってるけど、良薬口に苦しとも言うから仕方ないね。


「オェー……。ゲロマヂぃ……。なんだこれ……。庭の草食った方がマシだぞ……」

「じゃあ、これ」

「そう言って、庭の草を渡す奴があるか!」


 口直しに良いかと思ったんだけど、手を払われちゃったよ。


 でも、そのおかげで、ガガさんも気付いたみたいだね。


 巨大ハンマーを持てるようにと、革のベルトでガチガチに固めていた自分の右手をしげしげと見つめると……。


「ふんっ!」


 力を右腕に込めることで、革のベルトが全部弾けとんじゃったよ!


 まるで、ほうれん草を食べたポ○イみたいなパフォーマンスに、私の目も丸くなる。


 こんな漫画みたいなこと出来る人いるんだね。


「テメェ、俺に何を飲ませやがった! 右手の感覚が完全に治ってるじゃねぇか!」

「【再生薬】だよ、【再生薬】! ガガさんのためにわざわざ【調合】したり、【錬金】したりして大変だったんだからねー。感謝してよ!」

「うるせー!」


 ポカリとやられる。


 なんで!? 頑張ったのに!?


「ありがとよ……」


 照れ隠し!?


 あと、そのまま頭を撫でないで欲しい!


 髪が乱れるから!


「もー! ガガさん、髪乱れるからやめて!」

「おー、悪い、悪い」


 ガガさんの手から逃れたんだけど、あれ?


 視界がグラグラ揺れてる?


 さっきから、何なの、これ!


 ▶連続しての二十四時間以上のゲームのプレイは健康を害する恐れがあります。

 ▶ゲームを強制的にログアウトします。

 ▶強制ログアウトが拒否されました。

 ▶現在ゲームの進行上、ログアウトすることができません。

 ▶強制的に意識をシャットダウンします。


 あー、ヴァーチャルギアに内蔵されている二十四時間制限機能が働いたのかー……。


 これは、ヴァーチャルゲームのやり過ぎによる健康被害が頻発したことから、ある時期よりハードに組み込まれた機能だ。


 二十四時間以上のゲームの連続プレイを検知するとハード側が強制的にゲームを終わらせる、もしくはゲーム内の意識を強制的に睡眠モードに移行するらしい。


 私もこの状態になるのは初めてだけど、ネット上では割と有名な話だった。だから、気付くことができた。


 けど、現在、LIAはログアウト不可能な状態だから、この後、私は強制的に意識を落とされて眠っちゃうみたいだね。


 そういえば、ゲーム内時間で二日間ぐらいずっと起きてたかな……?


 そりゃ、引っ掛かるかー。


 ちなみに、現実時間とゲーム内の体感時間が違ったりするのは、VRMMORPGあるあるなんだけど、LIAでもそういうのはあるみたい。


 私が活動してた時間を考えると、大体二倍くらいに加速されてるのかな?


 そんなことを考えていたら、流石に瞼が堪えられないくらいに重くなってきた。こりゃダメだね。


「ごめん、ガガさん。疲れたから寝るよ」

「はぁ?」

「ベッドまで運んどいて。おやすみー」


 そう言って、私はそのまま庭の草地の上にぶっ倒れるのであった。


 ■□■


【ガガ視点】


「何なんだコイツは……」


 目の前でいきなりぶっ倒れた銀髪の少女を見て、俺はそう呟くしかなかった。


 俺でも敵わなかった強盗をシバいて剣を取り戻してきたかと思ったら、今度は動かなくなっていた俺の腕を治す薬を持ってきて、かと思ったら庭でいきなりぶっ倒れた。


「行動が唐突過ぎんだろ……」


 そう呟くしかない。


 思えば、鍛冶仕事でもロングソードをひたすらに作っていたり、奇行が見え隠れしていたような気がする。


 とはいえ、だ。


「ちっ、仕方ねぇな」

 

 俺は地面に倒れたまま、だらしない寝顔を見せる銀髪の少女を抱きかかえると、ゆっくりと工房に戻り、客間のベッドにその少女の体を横たえていた。


 起こさないように気を使ったつもりだが、そんな気遣いは関係ないとばかりに、少女は眠りこけている。


「緩みきった顔しやがって……」


 そんな少女の寝顔を見ながら、俺は元に戻った自分の右手の感触を試すように何度も拳を握っては開いてを繰り返す。


 一度は諦めた右手の感触が戻ってきたのは、確かにコイツのおかげだ。


 最初は便利な小間使い程度にしか思っていなかったのに、コイツのおかげで魔剣の製作も一気に進んだし、飯だって大分面倒みてもらっちまってるし、それに【水晶鋼】の手に入れ方まで教えてもらってる……。


 いや、コイツと知り合ってから、俺もらってばかりじゃねぇか……?


 あぁ、でも剣を打ったか。


 だが、あれは正当な仕事として受けたものだ。


 だから、俺はコイツにまだ借りをひとつも返していない。


「くそ、B級鍛冶師の名が泣くぜ……」


 コイツ……ヤマモトは深い眠りにでもついたのか、全く起きる気配もなく眠り続けているようだ。


 コイツに気付かれないで、借りを返すには今が絶好の機会か。


「そういえば、コイツが作ってたもんがあったな。借りを返すことになるかは分からねぇが、少し手を入れてやるか……」


 余計なことすんな、って怒鳴られるかもな。


 けどまぁ、感謝ってのは言葉じゃなくて、態度だろ。そもそも、言葉で伝えるなんて小っ恥ずかしくていけねぇや。


「さて、どう改造してやろうか」


 イタズラを考えるガキになった気持ちで、俺は悠然と作業場へと向かうのであった。

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