第20話

「流石に、ワーカホリックに過ぎるよ!?」

「おう、戻ったか……わーか? 何だそりゃ?」


 月が真上に出ているぐらいの深夜にガガさんの工房に帰ったら、作業場の方からキンキン、キンキンと音がするから、「まさか……」と思って見に来たら、ガガさんが剣を打ってるし!


 死にかけたんだから、そこは大人しく休もうよ!?


「ガガさん、分かってる!? もうちょっとで死にかけたんだよ!? それなのに、もう剣を打とうとするなんて!」

「俺は、鬼人族だからな。他人よりも断然タフなんだよ。ま、おかげでなかなか剣を手放さなかったからか、滅多斬りにされたがな。ヘヘへ……」


 いや、笑い事じゃないよ!


 そこは、安全第一で剣を手放そうよ!


「まぁ、待ってろ。奪われた剣の代わりはすぐに打ってやるからよ。おっと……」


 ガガさんが、ハンマーを取り落とす。


 珍しい……。


 いや、それよりも剣の件を報告しとかないと!


「それは、もういいよ! 剣は奪い返してきたから、ほら!」

「マジかよ……。お前、たまにとんでもねぇな。俺すらも相手の動きが全く見えなかったってのに、どうやって取り返したんだ?」

「そこは、懇切丁寧に返してってお願いしたら、返してくれたよ」

「それだけで、返してくれる相手かぁ?」


 ガガさんの疑いの眼差しを避けるようにして、私はガガさんが取り落としたハンマーを拾う。


「まぁ、ちょっとOHANASHIしたかもしれないけど……」


 そこで、私は気付いてしまう。


 ガガさんの右手にぐるぐると巻かれた革のベルトの存在に――。


「ガガさん、その右手……」

「あー、こうやってベルトで固定しねぇと、どうしても右手からハンマーがスッポ抜けんだよ。どうも、斬られた後遺症みてぇだな。右手に全然力が入らねぇや。ハッハッハ!」

「笑い事じゃないよ! それ、きっと私のせいだ! 私の【ヒールライト】が未熟だったから……」


 スキルレベルをもっと上げておけば、こんな事態は起きなかったのかもしれない。


 顔から血の気が失せていく。


 だけど、ガガさんは、それは違うとばかりに首を振る。


「初級回復魔術の【ヒールライト】じゃあ、深い傷ってのは回復しきれねぇんだ。気にすんな。それに命が助かっただけ儲けもんだろ」

「でも……」

「でももクソもねぇ! お前さんは俺の命を救ってくれた! そして俺は助かった! それでいいじゃねえか!」

「けど、その腕じゃ、ガガさんが剣を打つのは、もう無理じゃない……」

「なぁに、腕は二本あんだ。時間は掛かるかもしれねぇけど、左でできるようにすりゃあいい。……知ってるか? 鬼人族ってのは結構長生きするんだぜ?」


 屈託のない顔で笑うガガさん。


 ガガさんの中ではもう心の整理が出来ているのかもしれないけど、私の中ではそんなに簡単に割り切れることじゃない。


 別に私のせいじゃないけど、でもやっぱり、ガガさんが長い間、満足に剣を打てなくなるのは嫌だ!


 私は必死で考えた末に、ガガさんにひとつの質問をぶつける。


「……【ヒールライト】以上の回復魔術だったら回復するの? 例えば、【蘇生薬】レベルの回復魔術が出来たりしたら?」

「【蘇生薬】レベルの回復力までは要らねぇよ。ただ、そうだな。【ヒールライト】の上位の魔術だったなら、治るかもしれねぇな。ま、その辺は俺も詳しくねぇけど……」

「ガガさん!」

「あん……? ――おわっ!?」


 私は【収納】から簡単に食べられる料理を取り出して、その場に並べていく。これだけあれば大丈夫かな?


「なんでぇ、こんなに料理を並べて……」

「私、少し出掛けてくるから! 三日分くらいはあるから、それで食いつないで!」

「は? 出かけるってどこにだよ?」

「街だよ、街! 今から行けば、朝の開門ぐらいには間に合うでしょ!」


 私はそう言いながら工房を出ると、【馬車召喚】を行う。


 目指すは、エヴィルグランデ。


 この時期、本当は街に寄りたくはなかったんだけど、早朝の人が少ない時間帯ならに目撃されることもないでしょ。


 私は馬車の前面にある御者台ではなく、馬車の内部のコクピットのように改装した部分に乗り込むと、手早く行き先を指定する。


 こういう時に自走式だと楽だね!


「モンスターも、道も無視して、街へ一直線のルートを取るよ。そしたら、ギルドにダッシュだ。蛇の道はラミア――。あの人ならもっと詳しいことも知ってるはず……」


 私はミニマップ上から行き先を選択すると、そこまでの経路を一直線に指定して、馬車を走らせるのであった。


 ■□■


 森の中を散々に破壊した馬車がエヴィルグランデの門の前に辿り着いたのは、山際がようやく明るくなりかけた頃だった。


 私は馬車で派手にドリフトを決めながら、雑魚モンスターの一匹を轢くと、そのまま【死の宣告】を行ってトドメを刺してから馬車を送還する。


 エヴィルグランデの門はようやく開き始めたタイミングなのか、通行する人数は思いのほか少ないようだ。


 私はその流れに乗って、街の中へと足を踏み入れる。


 まだ雑踏というには薄いざわめきを耳にしながらも、私の足は迷いなく私が良く知る建物へと向かっていた。


「――ミレーネさん、居る!?」

「居るわよー。さっき起きたばかりだけど……」


 扉を勢い良く開けて、商業ギルドに飛び込んだところ、どうやらミレーネさんは居てくれたようだ。良かった……。


「緊急事態だから、助けて欲しいんだけど!」

「緊急事態? 朝からきな臭いわねぇ……」


 寝ぼけ眼を擦っていたミレーネさんの顔が、ようやくシャキっとし始める。


 でも、寝癖ボサボサなのは頂けないけどね!


 けど、こっちだって緊急事態なんだ! グズグズしている暇はないとばかりに、私はカウンターの席に腰掛けて、ミレーネさんと向き合う。


 ミレーネさんは、そんな私のためなのか、グラスに一杯の水を汲んで渡してくれる。ひと息で飲んじゃうよ。グビッとね!


「ぷはっ!」

「そんな慌てないでも。私は逃げないわよ?」

「ミレーネさんは、そうかもしれないけど、ガガさんが大変なんだよ!」

「ガガくんが?」


 私の言葉にミレーネさんの顔がちょっとだけ曇る。


 その様子だと、ガガさんの存在は商業ギルドでも無視できるような存在じゃないみたいだね。


 まぁ、実質A級の鍛冶師なんだから、なかなか替えのきかない存在だろうなとは予想してたけど……。


「落ち着いて聞いてね? ガガさんが強盗に襲われて、怪我しちゃったんだ。主だった傷は私が魔術で治したんだけど、右手の深い傷だけがどうしても治らなくて……」

「ガガくんが利き腕を? それはちょっとマズイわね……」


 ミレーネさんもマズいって認識なんだね。


 むしろ、ガガさんが怪我を甘く見すぎなんだよ!


「で、ガガさんに聞いたんだけど、【ヒールライト】の上位の魔術なら、もしかしたら治るかもって話だったんだけど、ミレーネさんなら、そういう魔術が使える術師にツテがあったりしない?」

「なるほど、そういうことね。まぁ、あるにはあるけど……」

「お金なら出すよ!」


 こういう治療行為には、喜捨とかお布施とか、そういうものが必要なんでしょ?


 魔物側の国に教会みたいなものがあるのかどうかは不明だけども!


 でも、今は習作の儲けで、少しは蓄えがある状態だ。お金の問題でなんとかなるのであれば、そこをケチりたくはない。


 覚悟を決めた目でミレーネさんを見るけど、ミレーネさんは軽く首を振って答える。


 お金の問題じゃないってこと……?


「【ヒールライト】の一段階上の魔術は【エリアヒール】といって、その魔術では身体の重い損壊は治せないの。そういった怪我を治すには、二段階上となる【シャインヒール】という魔術が必要となるわ。そして、それだけの魔術が使えるほどの技量の者ともなると……とても忙しい身分の人となるの。私なんかのツテじゃ、多分、動いてくれないわね」


 一般人の怪我程度では、枢機卿は動いてくれません――みたいなこと?


 いや、それは、そうかもしれないけどさ……。


「時間がかかってもいいから、その人に会うことはできませんか?」


 とにかく約束でも何でもして、ガガさんを診てもらおうと思っていた私に対して、ミレーネさんの冷たい言葉が刺さる。


「ヤマモトちゃん、よく聞いてね? そういう体の異常は、なってから三日で体に定着すると言われているわ。つまり、その体の損壊が通常の状態として、体が認識するリミットが三日ってことなの。アポを取ってから三日の間に治療を行うことは、現実的に不可能に近いのよ……」

「そんな……」


 折角、ここまで来たのに……。


 絶望で目の前が真っ暗になってしまう。


 たった三日で状態が定着してしまうというのなら、帰りの道程も考えれば実質一日でどうにかしなきゃいけないってことだ。


 私自身の【光魔術】のレベルを上げて、【シャインヒール】を覚えるという手もあるが、現状、一段階上の【エリアヒール】すら覚えていない状態だから、とても間に合うとは思えない。


 それとも冒険者ギルドで回復魔術の使い手でも募ってみる?


 でも、見つからなかったら、挽回できないほどの時間をロスしてしまうかも……。


 どうしたらいい……。


 どうしたら……。


 その時、私の中で直感さんが仕事をする。


 閃きに近いものが、私の中で瞬いた。


「ミレーネさん、【シャインヒール】に近い効果の薬とかあったりしないんですか! 重度の傷を治すような薬とか!」

「ある……わよ。あるには、あるわ。その名も【再生薬】っていうんだけど……」

「それ、売って下さい!」

「ごめんなさい。【再生薬】は完全受注生産で在庫が残ってないのよ。しかも、作れる錬金術師がこの街に居ないから、第四都市のフォーザインにまで遣いを出して注文しないといけないの。そんなことをやっていたら、確実に三日が過ぎてしまうわ」


 どうして……。


 ようやく光明を見つけたと思ったのに……。


 その光明すらも消されてしまうというの?


「他の薬だったら、まだ在庫があったりもするんだけどね。【再生薬】は【錬金術】スキルに加えて、【調合】スキルもそれなりのレベルで必要だから、製作できる人が限られてしまって……。どうしても、各街で在庫が不足しがちなのよ」


 【再生薬】を作るには、【錬金術】と【調合】の二つのスキルが必要だけど、その二つをきっちりと伸ばすような人材は稀だから、【再生薬】の在庫も枯渇しているということみたいだ。


 【再生薬】って名前だけを聞くと、【蘇生薬】よりもランクは落ちるように思えるけど……。


 ――!?


「ミレーネさん! もしかして、【再生薬】ってC級のレシピにあったりします!?」

「そうね。C級の【錬金術】のレシピにあるはずよ」


 ビンゴ!


 【蘇生薬】がB級のレシピだって言ってたから、それよりもランクが落ちる【再生薬】がC級のレシピにあるかもと尋ねてみたら大当たりだよ!


 だったら、やりようはある!


「ミレーネさん、【再生薬】の素材って集められます!?」

「集めても良いけど、レシピはC級になってからじゃないと公開出来ないわよ?」

「問題ないです!」


 私はそう言うと、掲示板に貼ってあったD級の依頼を、その場から全て引っがしていく。


「ちょ、ちょっと!」


 そして、引っがした依頼書全てを、ドンッとミレーネさんの目の前へと置いていた。


 その依頼書の山に、一番最初の無責任な生産職希望者の姿でも思い出したのか、ミレーネさんは怖い顔だ。


 だけど、私だって引き下がるつもりはない。


 いや、そもそも、既に準備は整っているのだ。ここで退く理由がない!


「コレ、全部受けます!」

「ヤマモトちゃん、自分が何やってるか分かってるの……?」

「大丈夫です。素材は全て森の中で集め終わっています。あと、奥をお借りしますよ? 丸一日で終わらせますんで、貸し切りでお願いします!」


 私はそう言って、調合室と錬金室がある商業ギルドの奥へと向かうのであった。

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