第8話

 翌日――。


 一晩寝てみて、起きてみたら、問題は解決しているんじゃないかと思ったけど、ログアウトのボタンが復帰していないのを見て、色々と察した。


 ワールドチャットという誰もが書き込める文字チャットは、昨日から大混乱のようで、酷い罵詈雑言が飛んでいるのを見て、見るのをやめた。


 うん、諦めたともいう。


 とりあえず、私的には強制的な休暇が取れたと考えて、ゲームを楽しみたいかなー?


 まぁ、その内、誰かがゲーム攻略してくれることでしょう。


 私? 私は生産職だから、攻略最前線に出ていくことはない。うん、無いよ。むしろ、頼まれても嫌だ。痛いのNG。


「おはよう。出かけてくるね」

「はい、いってらっしゃい!」


 昨日の給仕の女の子に出掛ける旨を伝えて、今日は商業ギルドを目指す。


 仮の入場許可証の件もあるし、早目に身分証は作っておきたいのよねー。あと、五日分の宿泊費を払ったおかげで、割と懐具合がカツカツというのもある。ちょっと儲けたい気分なのだよー。


 入り組んだ路地を通って、大通りへ。


 そこから、まずは冒険者ギルドを探す。


 こういうのは、ユーザーに使い勝手が良いように、同じような施設は同じような場所にまとめて配置してあるのがVRMMORPGの常識。特に、自分の足で歩くようになってからは、そういう造りが顕著になったかな?


「おや、君は」


 大通りをウロウロしていたら、第一村人じゃなく、リリカ教官に発見されてしまった。とりあえず、挨拶しておこう。


「昨日ぶりです、リリカ教官」

「面白い挨拶だな? あと、教官はやめてくれ。あれは、ランク査定のために引き受けた仕事だ。今は、B級冒険者のリリカさ」


 言って、肩を竦める。


 相変わらず皮ハイレグとかいう際どい格好なんだけど、それに目を留める者はいない。


 多種多様な魔族の中だと、ハイレグ程度では目立たないらしい。


 いや、それでも、こちらが直視出来ないぐらいには恥ずかしいんだけども……。


「で? 本日はようやく冒険者登録をしに冒険者ギルドにやってきたのかな?」

「いえ、商業ギルドを探してまして。迷ってました」

「ふむ、商業ギルドなら通りを隔てた向こう側だな。ポーションと袋の看板が目印だから探してみるといい」

「あ、ありがとうございます」


 昨日は半ば強引に勧誘しようとしてきたから、ちょっと苦手意識があったんだけど、こうして話してみると、普通に良い人だね。ちょっと勘違いしてたかもしれないよ。


 礼を言うと、『冒険者ギルドにはお使いクエストのために、街の地図も貼ってあるから、迷ったなら見に来ると良い』とまでアドバイスされちゃった。


 うーん、これって遠回しに勧誘されてる?


 とりあえず、お礼を言って、黒塗りのマップに刺されたピンを目標に歩き始める。


 オートマッピングで歩いた場所は明るくなっていくんだけど、先に地図とか確認しておくと、街に関しては全て明るくなったりするのかな?


 でも、昨日の今日だと、冒険者ギルドにちょっと入りづらいのもある。


「おっ。ここかな?」


 というわけで、マゴマゴ考えていたら、何とか商業ギルドに到着。


 看板には積まれた袋と立てられたポーション瓶が描かれている。リリカさんの言葉を信じるなら、ここだろう。


「ごめんくださーい」


 古ぼけた感じの扉を開けると、中はシックな雰囲気のバーカウンターや脚の長い丸テーブルと丸椅子が設置されている。


 天井も高く、吊り下げられたファンも回っているので、何となく中南米の酒場にでも来たようなイメージだ。


 もしかしたら、普段は酒場として機能しているのかもしれない。


「あら、お客さん?」


 出迎えてくれたのは、胸がはち切れんばかりに大きいラミアのお姉さん。私よりも大きい、だと……。


 いや、対抗する気はないんだけども!


 そんな彼女がカウンターの後ろから、片眼鏡を直しつつ、私の方に視線を向ける。


「本日は、どのようなご要件で?」

「えっと、商業ギルドに登録したいんですけど」

「え? あ、うーん、登録かぁ。登録ねぇ」


 あれ? 誰でも登録できるんじゃないの?


 反応が芳しくない?


「何か問題でもありました?」

「そうねぇ。口で説明するよりも見てもらった方が早いかしら」


 そう言って、お姉さんが取り出したるは、試験管みたいなガラス瓶が五、六本。


 これって、多分、ポーションだよね?


 実物を見るのは初めてだけど、ギルドの看板に描かれていたし、間違いないと思う。


 しかし、これが何か……ん? んんん?


「何か、このポーション、全部色が違いません?」

「そうなの。でも、全部【鑑定】上は【初級ポーション】なのよー。困ったものだわ」


 いまいち話が見えないので、お姉さんに詳しく尋ねてみると、


 ・十本一セットの初級ポーション納品の依頼が昨日受注されて、受けたのが新人のギルド員だったらしい


 ・納品された物を確認してみると、品質がバラバラで、こんな物をワンセットとして道具屋に卸すわけにいかないから、依頼は失敗判定とのこと


 ・新人は抗議するも認められず


 ・新人はギルドで受けられる依頼を片っ端から受けて姿を消す ←今ココ


 と、いう状態らしい。


「それ、嫌がらせで依頼を受けたまま失踪してません?」

「そうなのよねぇ。とても、一人でこなせる量じゃないから注意したんだけど、聞く耳持たずで……」


 そりゃ、嫌がらせ目的だったら、依頼の成否なんて気にしないものね。


 とにかく、数を受けるでしょうよ。


「二日待ってひとつも依頼が終わらないようなら依頼失敗扱いにした方が良いですよ? ここの業務も回らないでしょうし」

「そうねぇ。仕事を探しに来た方にも悪いし、そうしようかしら〜」


 何だかおっとりとした人だなぁ。


 こんなことで商業ギルドは回るんだろうか?


「で、結局、その新人の態度が悪いから、新たなギルド会員を加入させるのに慎重な姿勢なんですか?」

「態度は別に良いのよ? 態度も口も悪い会員だって沢山いるし。ただ、納品された【初級ポーション】が問題なのよねぇ。これだけ品質にバラつきのある物を卸されたら、商業ギルドの信用問題にもなりかねないっていうんで、上がカンカンで……。それを理解しないで文句を言う新人にもブチギレって言うか……」


 商売は信用第一ってことね。


 ゲーム内で軽く生産をしようと考えていたプレイヤーにとっては、そこまで理解が及ばなかったのかもしれない。


「今の話を聞いたので、品質には気をつけますってことで登録できません?」

「言葉だけなら、何とでも言えるからねぇ。上を納得させるにはちょっと弱いかしら〜」

「でも、そんなことを言っていたら、誰も登録出来ないですよ?」

「一応、新人に頼らなきゃいけない程、人材不足ってわけでもないのよね〜。だから、しばらく登録を中止しても良いかなぁって……」


 アカン。こっちの方向性で攻めても突き崩せる気がしない。


「えぇっと、上って言ってますけど、お姉さんにその権限はないんですか?」

「これでも、一応副ギルド長なんだけど……こうして店番を任されるくらいには弱い立場なの。ごめんなさいね〜」


 いや、めっちゃ立場強いでしょ。


 むしろ、中途半端に押し切られて登録させないように、副ギルド長自らが出張ってきて防壁になっている感じでしょ?


 これは、彼女を口説き落とすのが正解かなー。


「私、一応、【調合】【鍛冶】【錬金術】を持っているんですけど、それでも駄目ですか?」

「…………。【鑑定】しても?」

「はい」


 ▶ミレーネに【鑑定】されました。

 ▶【鑑定】に抵抗しませんでした。


 ▶【バランス】が発動しました。

  【鑑定】をし返します。


 ▶【鑑定】に成功しました。


 【鑑定の片眼鏡】

 人や物を鑑定出来る片眼鏡。


 …………。


 ちょっ、【バランス】さん、何やってんの!?


「? 何かしら?」

「イエ、ナンデモナイデス……」


 幸いミレーネさんには気づかれてないみたいだ。……物に返したからかな?


 しかし、このスキルってば、勝手に起動するから使い勝手が悪過ぎる!


「これは……。相当な……」


 ミレーネさんが呟く。


 ……相当な? 何だろう?


「分かりました。それじゃあ、きっちり品質を揃えたポーションを十本作って持ってきてくれたら、ギルドに加入することを認めます!」


 おぉっと、いきなり生産職の道が開けた!?


 やったー!


「材料はこちらで用意するので、よろしくお願いね?」


 ▶クエスト:ミレーネからの依頼が発生しました。

 ▶【初級ポーション】1セット(10本)を納品して下さい。

 ▶期限:あと5日


 ▶ミレーネから薬草*15を受け取った。

 ▶ミレーネから水*15を受け取った。

 ▶ミレーネから空瓶*15を受け取った。


「あれ? 15本分もありますけど?」

「いきなり成功するとは思ってないわ。だから、余分な素材を使って調整して頂戴。余ったら、貴女の好きに使って良いわよ? とにかく品質を揃えてね? 濃すぎるのはエグ味が酷くて飲めたものじゃないし、薄過ぎるのは逆に効果が薄いの。だから、丁度良い濃さのものを十本お願い」

「その丁度良い濃さの物って、見本とかもらえます?」

「構わないわよ。あとで返すか、十一本分納品してもらえば良いわ。……あぁ、あと調合室はギルドの奥にあるから、そこの器具を使ってもらって構わないわ。作り方もそこに書いてあるので参考にしてね?」


 というわけで、見本のポーションをもらって、ギルドの奥へ。


 ギルドの奥には、他に錬金室もあったけど、鍛冶ができそうな部屋はない。鍛冶がやりたかったら、専門の場所にでも行かないと駄目ってことかな?


「ここが調合室かぁ」


 調合室には基礎調合セットという機材が置かれていた。どうも、これが無いと【調合】のスキル自体が使用出来ないみたいだ。


「こういう機材、どこかで売ってるのかな? いずれは買わないとダメかなー?」


 出来れば、【鍛冶】【錬金】【調合】の全てが出来る施設が欲しい。


 それが難しいなら、土地を買って、建物を建てて、自分で造るしかなさそうだけど、そうなると資金がなかなか厳しそうなのが何とも……。


 まぁ、世知辛いことは置いといて、ポーションを作っちゃいましょうかね。


「えーと、何々。『ゴブリンでも分かるポーションの作り方』? タイトル〜!」


 調合室にあった本を読んでみると、【調合】スキルだけでは、説明のなかった部分が記載されている。


 スキル【調合】を使えば、一瞬でポーションが作れるらしいけど、その場合はどうしても品質が低いものが出来てしまうらしい。【調合】のレベルが低い内は、手作業で工程を行っていった方が、品質が良くなると本には書いてあった。


 なので、ひとつひとつ手作業でやってみましょうかね。


 まずは、薬草を乳鉢ですり潰す。


 ごりごり〜っとね。


 で、すり潰した薬草を水の入ったビーカーに入れて、バーナーのような器具で熱する。


 この金網の付いた三脚とか懐かしいわー。


 そして、緑色の液体が沸騰したら、火を止めてした物を空瓶に詰めたら完成っと。


「うん。色が濃いね……」


 見本と見比べても色が濃すぎるね。


 エグ味が酷いんだっけ? 試食する気には到底なれない。けど、勿体ないので、とりあえずとっておく。


「原因は、沸騰してから火から離すのが遅かったからかな?」


 水の温度が徐々に上がるに連れて、薄緑色から濃い緑色にビーカー内の水の色が変わっていくんだけど、どうもジャストなタイミングが、沸騰するかしないかのタイミングっぽいんだよね。


「これ、多分、水も計量してやった方が良いよね? それで、時間を計ってと……」


 沸騰のタイミングは多分水の量で違うだろうから、その辺はきっちりと測ることにする。


 バーナーの火は出しっ放しでいいか。別に、私に料金の請求が来るわけじゃないし。それよりは、炎の勢いを固定してしまいたい。


「とりあえず、薬草の入っていない状態で500㏄だと27秒で沸騰すると……。じゃあ、26秒位でビーカーを移せば大丈夫かな?」


 というわけで、準備を整えて、いざ本番。


「出来た」


 システムでストップウォッチを呼び出して、細かく時間を計ってやったところ、簡単に見本と同じポーションが作れた。


「結構、簡単に出来ちゃったけども、失敗した新人さんって感覚でやる人だったのかな?」


 沸騰する時間を計らずに、自分の直感と体内時計を信じて、今だーって? そんな風にやってたら、そりゃ品質バラバラな物が出来上がるでしょうよ、といった感じだ。


 私はきっちり時間を計りながらやったものの、それでも十本中三本が濃かったり、薄かったりの失敗作になってしまった。沸騰のタイミングを少しでも見誤るとコレだ。予備の素材も貰っておいて良かったよ――とか思っていたら。


 ▶【バランス】が発動しました。

  【初級ポーション】の品質を均等にします。


「え……?」


 確認したら、失敗作だったはずのポーションまで全て成功作のポーションに置き換わっている。


「…………」


 運営。


 こんなチートスキルが横行しているような世界で、デスゲームなんて本当無理だから、今からでも遅くないよ?


 さっさと土下座して、補填のためのプレゼントを用意しといた方が良いんじゃないかな?

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