第7話

 リリカ教官の熱烈勧誘を何とか切り抜けた私は、どうにかこうにか冒険者ギルドの外へと逃れていた。


 そんな私の隣には、私と同じようにして、見慣れない街並みを眺めるタツさんがいる。


「……もう行くんか?」

「うん、一応宿でログアウトしてからだけど、商業ギルドの方に行ってみるよ。冒険者としてやっていくつもりもないし、これ以上、ここに居る意味も無いかなぁ……」

「それじゃあ、ここでお別れやな。そっか。ちと寂しくなるなぁ……」

「ま、今生の別れってわけでもないし。拠点が同じ街なら、何だかんだでちょいちょい会うでしょ」


 私が笑って告げると、視界の端がいきなりチカチカと点滅する。


 ▶タツからフレンド申請されました。

  許可しますか? ▶はい いいえ


 ここは、勿論許可だ。


 迷うことなく、私は『はい』を押す。


「まぁ、なんや。ワイで相談出来ることがあったら、いつでも連絡くれて構わんからな?」

「私も、生産関係で相談することがあるなら、お金次第で話を聞くよ?」

「そこは、『お友達価格で請け負うよ』と言うところちゃう?」

「ま、考えておくかなー」

「アカン。早速、友情にヒビやでぇ……」


 ワチャワチャとタツさんと会話を楽しみながら、適当なところで別れる。タツさんは、これから冒険者用の装備を買い出しに行くみたい。


 私は、宿を探してログアウトだね。


 適当に屋台で串肉を買いながら、屋台のおっちゃんに安くて良い宿屋を尋ねると、『竜の微睡み亭』って宿が良いみたい。


 おっちゃんの話を聞いたら、視界の端にマップが現れて、黒い部分にピンが立ったから、ここに行けば良いみたいだね。


「ん! ホクホクジューシー! 美味ひぃ!」


 ちなみに、料理はバフが付くものもあるらしいけど、それ以外は本当にフレーバーなアイテムで、食べなくても別に問題はない。


 満腹度とかも実装されてないし、だから、プレイヤーで料理を食べることは趣味の領域ってことになる。


 けど、ゲームの中とはいえ、こんなにはっきりと料理の味が分かって、美味しいというのなら、【料理】のスキルを取っても良いのかもしれない。


 いや、頑張れば、スキルとして生えてくるんだから、なるべく料理をするように頑張ろうかな?


 そんなことを串肉を食べながら思う……。


 それだけ美味しいってことね!


「そういえば、【鑑定】と同時に、【収納】のスキルも手に入れてたっけ。食材を買い込んで、突っ込んでおけば好きな時に料理が出来るかもねー」


 モンスターを倒して強くなって、より手強いエリアに進んでいくというのは、RPGの醍醐味だろうけど、こうやってのんびりと趣味のようにスキルを育てていくというのも、これはこれで楽しいゲームの遊び方なのかもしれない。


 ふらふら〜っと町中を彷徨って、目当ての宿に着いたのは一時間後くらいかな? もう空が大分暗くなっている。


 その逆に、宿の中はかなり明るくなっていて、晩御飯を食べている客で賑わっているようだ。どうやら、一階部分が食堂兼任って感じらしい。


「あ、いらっしゃーい」

「泊まりたいんだけど、部屋空いてるかな?」

「ちょっとお待ち下さいー」


 忙しなく働いているポニーテールの給仕さん。ぱっと見は赤毛のそばかすっ娘に見えるんだけど、その両のこめかみには角が生えている。うん、人族ってわけじゃなさそう。


「一人部屋ならありますよー。一泊二日で18褒賞石。昼と夜御飯付きで25褒賞石ですー」


 うーん。いきなり、料理を鍛えようと思っていた気持ちが折れそうだ。ちらりと食堂の様子をみると、お客さんは誰も彼もが幸せそうな顔をしている。


 むむむ……!


「……じゃあ、ご飯付きで五日お願い」


 私の決意はポッキリと折れました。


 いや、その内、料理作るから!


 【料理】スキル取れるように頑張るし!


「125褒賞石になりまーす」

「じゃあ、これで」

「まいどー。お部屋は二階の奥の206になりまーす。はい、これ鍵です。荷物置いたら、食堂の方に来て下さいねー。晩御飯を出しちゃいますからー」

「あ、それじゃあ、先に晩御飯もらっちゃっていい? 置くような荷物も特にないのよ」

「えぇっと?」


 給仕の女の子が、私の鎧をマジマジと観察して戸惑ったような声を出す。


 うーん、鎧は脱がないのかって顔だね。


「あー、私、ディラハンだから。鎧も体の一部というか、脱ごうにも脱げないのよ」

「あ、そうなんですね。それは失礼しました。では、こちらのお席にどうぞー」


 食堂の一角に通されて、本日の晩御飯を味わう。


 本日はミノタウロス肉のビーフシチュー。


 ガレットのような堅めのパンを浸しながら、ビーフシチューを堪能する。


「うーん。ひあわせ……」


 ミノタウロスは高級な牛肉のようなお味。でも、現実と違うのは脂が胃にもたれないから、グイグイといけちゃうってこと。


 ビーフシチューの中には厚切りのミノタウロス肉がゴロゴロと入っていたけど、どれもこれもが口の中に入った途端にホロホロと崩れ、牛肉本来の味を主張する。


「これだけ崩れるってことは、かなり煮込んでいるはずなのに、肉本来の味や旨味がかなり主張してくるのは何故? ミノタウロスの肉だからなの……?」

「それもありますけど、煮込む前に軽くフランベして表面を焼いているんで、肉の旨味が閉じ込められているんですよ。あ、いらっしゃーい」


 通りがかりの給仕の女の子がそう告げてくる。うぅむ、食材の味だけじゃなくて、調理法にも工夫が凝らされているのか。


 やるな、竜の微睡み亭!


 大満足の晩御飯を終えた私は部屋へと向かう。部屋の中はベッドひとつに、サイドテーブルがひとつと、クローゼットといったシンプルな内装。窓があるけど、鎧窓で月明かりなんかは入って来ない。


 その分、サイドテーブルにランタンが置かれているけどね。


「ランタンって油で点くのかな? それともファンタジーっぽく魔石?」


 この世界では、モンスターを倒すと褒賞石というものが手に入って、それが通貨の代わりとして使われている。


 そんな褒賞石に魔法で属性を付与したものが魔石と呼ばれるもので、人々の生活の助けとして使われている――というのが、説明書に書いてあった。


「カラカラいってるし、魔石っぽいなぁ」


 ちょっとランタンを振ってみたが、どうやら魔石で動いているみたい。


 ぽちっとスイッチを押したら、淡いランプ程度の明かりが周囲を照らす。何だか、アロマキャンドルに照らされたかのような安らぎ空間だ。


「雰囲気いいなぁ。炎が揺れてないのが残念だけど」


 キャンプファイヤーとか焚き火の火って何でか、いつまでも眺められるんだけど、今回のランタンは蛍光灯みたいに光るだけなので、炎を眺めることは出来ない。


 うーん、残念。


「じゃあ、そろそろログアウトするかなー」


 ベッドに横になり、ランタンの明かりを消してステータス画面を呼び出す。そして、ログアウト処理をしようとしたんだけど……。


「あれ? なにこれ?」


 ▶ゲーム参加者が十万人を超えました。

 ▶イベント開始準備中のため、ログアウト処理は出来ません。


「イベント開始準備……? 発売記念に何かやるのかな?」


 十万人といえば、初回販売本数と同じだ。


 普通、こういうイベントってある程度期間が空いてからやるもんだと思っていたけど、ここの運営は最初からやる気なんだね?


 タツさんから、バグの話を聞いてたりしなかったら期待が持てたんだけど、【バランス】の件といい、そこはかとなく不安だよ……。


 ▶緊急イベントが開始されます。

 ▶プレイヤーの皆様は上空を御覧下さい。


 ログアウト出来ない以上、イベントに参加するしかないのかな?


 とりあえず、システムのお知らせメッセージに従って、私は宿の鎧戸を開ける。


 上空は雲ひとつない綺麗な星空だ。


 ちらりと周囲を見渡すと、プレイヤーとおぼしき魔物がちらほらと空を見上げている。


 結構、魔物種族開始のプレイヤーもいるんだねぇ。


 やがて、空に急に雲が現れたかと思うと、その雲が一人の男の顔を形作る。眼鏡を掛けた細目の中年。七三分けにした頭は、古き良き時代のサラリーマンを思わせる格好だ。


 私はその男の名前を知っている。


 株式会社ユグドラシルのチーフプロデューサーである佐々木幸一だ。


 彼が陣頭指揮を執って、LIAを創り上げたからか、多くのメディアでインタビューを受けていたので、知っているプレイヤーも多いことだろう。


 佐々木さんは、軽く片手を上げながら挨拶をすると、前口上を述べ始める。


『やぁ、LIAユーザーのみんな。私のことを知っている人はこんにちは。私のことを知らない人は始めまして。チーフプロデューサーの佐々木だ。今回は、私たちの生んだ子供とでも言うべきLIAを楽しんでくれてありがとう。初回出荷十万本という本数ながら、既に次回生産予定の三十万本も予約が埋まっており、開発の方は嬉しい悲鳴に悩まされているよ』


 へー。既に、二次ロットの予約も始まっていて、そっちも予約が満杯なんだ。


 いや、確かに、ほぼ別世界を体験出来るもんね。この感動を得たいって考えるなら、それも当然なのかな? まぁ、そう考えられるのも、当選者の余裕なんだろうけど。


『そして、今回、売り上げ好評につき、私たち運営からのサプライズプレゼントを送ることにしたよ。みんな、システムのログアウトボタンを見てくれたまえ』


「ログアウトボタン?」


 プレゼントボックスにプレゼントとかが届くんじゃなくて?


 私がログアウトボタンに視線を移すと、そこに表示されていたログアウトボタンがすーっと消えていくではないか。


 ……はぁ?


 またバグ???


『おっと、色々と混乱する声が聞こえてくるようだが、安心して欲しい。これは全ての仕様だ』


 いや、バグじゃないの? バグだよね?


『私達はね、このLIAを創り出すのに、持てるだけの技術、情熱、体力……。それこそ、命を削る思いで創り上げてきた。開発チームが死にかけたことなんて、一度や二度じゃすまない。それだけの情熱をかけて創り上げてきたものが、このLIAなんだ……! だから、そのゲームを十把一絡げのゲームたちと同じように、飽きたからやーめたというのはちょっと許せなくてね……!』


 あれ? なにやら、雲行きが怪しいんだけど? あれ? あるぅえ?


『私達が命を懸けて創ったゲームを遊ぶのだから、遊ぶ方も命を懸けて遊んで貰えないと不公平だと私達は考えたわけだ……! だからね、真剣にやってもらおうと思って色々と趣向を凝らすことにしたんだよ! ――例えば、これ!』


 ▶痛覚設定が最大値に変更されました。

 ▶痛みが現実世界と同等のものとなります。

 ▶以降、変更することは出来ません。


「はぁ!?」

『腕を切られたなら相応の痛みを! 腹を貫かれたなら相応の苦しみを! そういうものがあって、初めて人間というものは真剣になれる! 私達が求めているのは、そういうものだ! 真剣に……死ぬ気でゲームを楽しんで欲しい!』

「正気の沙汰じゃない……」


 ▶タツからフレンドコールです。


 私は、フレンドコールをすかさずオンにする。


「もしもし、タツさん!」

『おぅ、ヤマちゃん! 見とるか、アレ!』

「見てるよ! 何考えてるの、アレ!」

『正直、ワイにも分からん……』


 膨大な量の開発で頭おかしくなっちゃったとか?


 いや、言わないけど。


 佐々木は続ける。


『このイベントが発生した時点で、初回の当選者たちの住所はすぐに警察に届けられる。君たちの身柄は、すぐにでも病院か施設にでも搬送されることだろう。そこで、点滴生活にはなるだろうが、餓死で死ぬということにはならないだろうから安心して欲しい。……ただし、ヴァーチャルギアを無理矢理外部の力で外された場合はその限りではないがね』


 ディスプレイ型ヘッドギアを脱がしたら、普通は安全装置が働いて、意識が戻ってくるものだけど……。


『LIAは通常のヴァーチャルゲームとは違って、より脳の奥深くの部分と電気信号で繋がっている。だからこそ、最高のリアル感を演出することが出来るんだがね。だが、逆にそれだけ脳の奥深くと結びついていると、無理矢理切断した場合の影響が大きいことが報告されている。下手をすると、ヴァーチャルギアを外された時点で植物人間になってしまう……なんてことが起こるかもしれない』


 確か、脳の電気信号を弄ることで体感出来るヴァーチャルゲームの開発初期段階では、そういった事故が多発したって聞いたことがあるけど……。LIAはその部分に踏み込んだってこと!?


『これはハッタリとちゃうな。実際、開発の現場では、それに近いような話もよう聞く。ゲーム終わったのに三時間くらい目が覚めなかったとかな。作り話の類やと思っとったが、マジやったんか』

「脳はデリケートな部分だから、ハッタリだとしても試す気にはならないけどね」


 街中の風景も見回すが、プレイヤーとおぼしき人々は誰もが戸惑ったような表情だ。


 そりゃ、いきなりこんな話を突きつけられちゃ、誰だって戸惑うよね……。


『あと、死んで蘇生されなかった場合も、現実世界で本当に死んでしまうから気を付けたまえ。蘇生薬はまだ見つかっていないが、見つけたら信用のできるプレイヤーに預けて、協力して攻略を進めることを推奨しよう』


 え、死んだら、本当に死ぬ?


 それって、デスゲームという奴では……?


『最後にもう一度言っておく。私達は真剣にゲーム攻略をして欲しい一心で、このようなイベントを行なっている! 決して、君たちに殺し合いを強要しているわけではない! 命がけの冒険の末に、本当の友情、本当の勇気、本当の信頼が育まれることを望んでいるのだ! だからこそ、君達にも真剣にゲームに取り組んでほしい!』

「勝手なことを……」

『まぁ、自分たちも苦労したんやから、お前たちも苦労しろっちゅう子供の理屈やな……』


 私達の感想では、ボロクソである。


 というか、そもそもゲームの攻略って、何をもってゲームの攻略って言うんだろ?


「タツさん、LIAって魔王を倒したらゲームクリアになるの?」

『魔王はおるけど、どうやろな? このゲーム、魔王を倒すことを最終目標にはしてへんし』


 それって、どうなればゲームを攻略したって言えるんだろ? 全てのアイテムを集めた? レベルをカンストにした? どれも違う気がする。


『では、諸君の健闘を祈る! ゲームを攻略したあかつきには、諸君らの身はこのゲームから解放されることだろう! では、存分にゲームを楽しんでくれたまえ!』


 そう言って、佐々木の姿は宙に消えた。


『フェイクかもなぁ……』


 タツさんは、そう言う。


『今の話を聞いとると、ゲームを進めて魔王を倒せばえぇやろって感じに聞こえるが、だからこそ。本当のゲームの攻略ってのは違うところにあるんとちゃうか?』

「タツさんもそう思う?」


 私も同じように感じた。むしろ、魔王と戦うように仕向けているような気がする。


『LIAは、自由度が半端ないゲームや。魔王を倒すっちゅーことも出来るが、基本は自由に遊ぶことを基軸に作られたと聞いとる。せやから、魔王を倒したくらいじゃ終わらんとちゃう?』

「タツさん、早目に冒険者ギルド抜けた方が良いよ。魔王討伐の空気とかになったら、絶対ワリ食うの魔王領の冒険者じゃん」

『ワールドチャットとか、掲示板で煽る奴が出るやろなぁ……。特に人族側の冒険者とか無茶言いそうや……。近いんやから何とかせぇとかな。けどまぁ、魔王領の冒険者が魔王討伐に動いたら、なんぼ何でも普通にテロ行為って分かるやろ? それをゲームクリア条件ってするのはおかしいって思うやろし、皆、そこまで馬鹿やないと思うから、しばらくは冒険者続けるわ』

「引き際は見誤らないでよ?」

『まぁ、やるだけやってみるわ。ほななー』


 そう言って、タツさんとの音声チャットが切れた。


 私は静かに鎧戸を閉めながら、ランタンの明かりを再度点ける。そして、ベッドの片隅に腰掛けながら、今日一日のことを思い出す。


 色んなことがあった。


 アバターに凝りまくって時間を消費し、


 適当なユニークスキルを選んだら、それが壊れで……、


 雑魚モンスターとも一進一退の攻防を演じ、


 タツさんと出会って、チュートリアルも受けた。


 そういえば、妹もLIAやっているんだよね。私と同じようにこの騒ぎに巻き込まれているのかな?


 でも、まぁ、あの子は私と違って要領の良い美人だからねぇ。案外と楽しくやってるのかもしれない。

 

 それにしても、今日、一番印象深かったのは――、


 【バランス】とかいうぶっ壊れユニークスキルのこと……。


「調整も、デバッグもまともに出来ない運営なのにデスゲーム開始って……運営、正気か?」

 

 問題は現在進行系で起きているが、それ以上に抱えているチートがヤバ過ぎて、実はこの問題もすぐに解決されちゃうんじゃないかと思う私がいるのであった。

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