第5話

「魔王軍第三都市、エヴィルグランデにようこそ! ここは四天王であられるライコ様が治める地! くれぐれも騒動などは起こさぬようにな! では、行って良し!」


 仮の入場許可証を骸骨の兵士から受け取り、タツさんと共にエヴィルグランデという都市の内部に入る。


「骸骨の兵士なのに、どうやって声を出しているんだろうね? 声帯が無いのに」

「そこは、ゲーム的なもんと割り切った方がえぇんちゃうか?」

「うーん、それだと、ちょっと門番のデザインを考えて欲しかったかなぁ」


 などと言いながらも、視線は潜り抜ける巨大門、そして、その先に広がる異世界的街並みに釘付けになってしまう。


 門には、魔術的? もしくは魔法的? な意味でも持たせてあるのか、何やら意味ありげな彫刻が其処彼処に刻まれており、時折、虹色の煌めきをキラリと放っている。


 色が真っ黒な門だけに、こういうワンポイントでのお洒落は、夜空に輝く明星のようで実に美しい!


 そして、街並み!


 これもまた黒を基調にした街並みで、全体的に鋭い、剣のようなイメージをした建物が数多く建っている。


 スペインのサグラダ・○ァミリア――……アレの規模を落として、真っ黒に塗ったものが、普通の家として建ち並んでいると想像すれば分かりやすいかな?


「あいたっ!?」

「おう、悪いな、嬢ちゃん」


 ほへ〜と街の景色に気を取られていたら、知らん相手と衝突。


 誰だ、と思って見上げてみたら、身長三メートルはありそうな巨体の種族がこっちを見ている……。


 オーガ? トロル? 良く分からないけど、筋肉ムキムキな魔物種族だ!


「道の真ん中でぼーっとしてると危ねえぜ?」

「あー、えっと、すみません」

「特に、俺みたいにデカい奴は足下をあんまり確認しないからよぉ! 潰されないように気をつけな! ガッハッハ!」


 そう言って、巨体のオニーサンは去っていってしまった。


 いや、今のNPC……?


 受け答えがすっごいスムーズだったんだけど?


 そして、凄い陽気。


 魔族ってもっと陰気なイメージがあるけど、このゲームではそうでもないのかな?


「大丈夫かいな?」

「え、あ、うん。大丈夫、大丈夫」


 ささっと道の端に寄りながら、タツさんにそう告げる。


 特にダメージらしいダメージはないみたいだ。良かった。


「魔王の四天王の治める土地だからか知らんけど、いきなりアレはビビるわなぁ……」


 あらためて周囲を見渡してみると、結構な種類の魔物たちが街を闊歩している。


 二足歩行の蜥蜴が武装をしていたり、紫色の皮膚をした牛とゴリラを掛け合せた悪魔みたいなのが歩いているし、ひとつ目の巨人なんかも片手に酒樽を呷りながら歩いている。


 むしろ、私のような普通の人型が少ないまである……?


 本当に、もう、何というか異世界に来たって感じ。しかも、それを肌を通して、空気感から感じられるのが素晴らしいね!


 新世界をLIAは体験出来るってキャッチコピーを見た時には、はいはい嘘松乙とか思ってたけど、これはまさに新世界だわ!


 道の砂埃、巨体が起こす振動ひとつ取ってみても、リアルとしか思えないもん。


「まさに、人種の坩堝って感じやなー」


 タツさんも、私が街の雰囲気に感じ入っていた事に気付いたのか、同じように街を眺めながら呟く。


「まぁ、人族じゃないんだけどねー」

「せやなぁー」


 人の街だと、エルフやドワーフとかが闊歩していたりするんだろうか? それはそれで見てみたいかも。


「で? 嬢ちゃんはどうするんや? ワイはこの後、チュートリアル受けにいくついでに、冒険者ギルドでギルドカードも発行してもらおうと思っとるんやけど」

「じゃあ、冒険者ギルドまでは一緒に行くよ。私もチュートリアルは受けないといけないし」

「ギルドカードの発行はえぇんか?」

「私は、商業ギルドの方で発行してもらうよ。生産職志望だし、そもそもモンスター退治とかはガラじゃないからね」

「そうかぁ? 結構センスあると思うけどなぁ」


 というわけで、タツさんと冒険者ギルドを探す。


 ちなみに、現在は門のところで受け取った『仮の入場許可証』のおかげで身分が証明されているため、街の中をウロウロ出来ているが、早い内に身分証を作っておかないと、その内に入場許可証が失効して、街から追い出されてしまうらしい。


 その身分証となりうるのが、各ギルドの登録カード……通称、ギルドカードと呼ばれているものだ。


 一応、初回登録は無料で、誰でも登録可。


 ただ、各ギルドによってノルマが定められており、そのノルマを達成できないと、ギルドを退会、登録カードも失効してしまうという仕組みらしい。


 そして、二度目の登録には、相応の褒賞石も掛かるとか何とか。


 つまり、まぁ、働かざる者食うべからずといった具合なんだろう。リアルでも、バーチャルでも、現実というのはなかなか厳しいということらしい。


「お、アレがそうやないか?」


 一枚の盾の前で剣が二つ交差したマーク。


 うん、説明書に描いてあった冒険者ギルドのマークだね。


「ほな、ちょっくら行こか」

「そだねー。あ。チュートリアルも受付で頼まないといけないのかな? だったら、一緒に並ぼうよ、タツさん」

「せやな。ま、ヤマちゃんは間違って冒険者登録せんようにな」

「わかってるって」


 冒険者登録するともれなく冒険者ギルドのギルドカードが付いてくる。なので、私はここでは冒険者登録はしない。


 ちなみに、ギルドの多重登録については可能らしいよ?


 ただ、各ギルドごとにノルマが課されていて、負担が増えるのでオススメはしないというのがタツさんのアドバイスだ。


 ちなみに、行商人とかがやりたいなら、そういうのも有りらしいけど、私がやりたいのは装備とかの一点物の作成だしなぁ。


 というわけで、タツさんと一緒に受付に並び、チュートリアルを申し込む。


 ラノベとかでお馴染みの『冒険者登録に来たヒヨッコにイジワル冒険者が絡んでくる』みたいなイベントは無かった。LIAなら実装してると思ったのになー。


「かくなる上は、私が登録にきた冒険者に絡んじゃう……?」

「そういうのは、商業ギルドでやってな?」


 冒険者ギルドに併設の酒場で、グダグダとタツさんと過ごす。


 何でも、チュートリアルは決まった時間にしか行われておらず、次のチュートリアルが始まるまで三十分ぐらいの時間が掛かるらしい。何か、運転免許証の更新を思い出してしまう仕様だなぁ。


「タツさんは、チュートリアルって何やるか知ってるの?」

「大したことないで。薬草見せられて、薬草を見分けられるようになったり、魔術の説明を受けて、属性の解説とか受けたり、教官と戦って戦闘レベルを測ったりするだけや」

「超重要じゃん! 特に薬草関連!」


 タツさんとのお喋りに興じていて、【鑑定】のスキル上げをサボっていたせいか、まだ【鑑定】のレベルが1なんだよ!


 それが、薬草が見分けられるようになるって、神イベントじゃん!


「まぁ、冒険者になると、ポーションとかアホほど使うからなぁ。それぐらい自作しろっちゅーことやろな」

「それってつまり……。ワールドマーケットにポーションを流したら、結構、儲かったりする?」

「序盤は儲かるやろなぁ。スキルも揃ってくると、回復手段も増えてくるし、ただのポーションやと売れなくなってくるんとちゃうか」

「なるほどねぇ。うひひ、メシの種ゲット〜!」

「悪い顔しとるなぁ」


 グダグダと話していたら、三十分はあっという間に過ぎたので、タツさんとチュートリアルの会場に向かう。


 どうやら、最初のチュートリアルは座学らしく、冒険者ギルドの二階にある部屋の一室で行うらしい。


 あらかじめ教えられていた部屋に入ると、そこには既に四人のプレイヤーがいた。


「なんや、ここまであんまりプレイヤー見とらんかったが、結構、この街に辿り着いとるんやな」

「言っても、私たちは(馬車のせいで)森の中を蛇行しまくってたから、むしろ遅い方じゃない?」

「ちゅーことは、ワイら含めて、ここにおるんは出遅れ組かぁ」


 出遅れ組って言うと、落ちこぼれのように聞こえるけど、別に最速攻略を目指すようなゲームじゃないからね。攻略最前線に行きたいなら、ちょっと出遅れてる感はあるかもしれないけど。


「何だァ、このチビ? 俺らのことをディスってんのかァ?」


 そして、出遅れ組という言葉に反応する顔色と目付きの悪い黒尽くめの男。


 この街では、人型の魔物が少ないと思っていたけど、この部屋に関しては五人も人型がいるね。まぁ、まともな魔物プレイヤーなら人型を選ぶかー。


「ん? 気ぃ悪ぅしたんなら、すまんなぁ。ワイ、正直やから思ったことがすぐ口に出んねん」

「あぁっ!? 煽ってんのか、テメェ!」


 男が益々目付きを鋭くして睨む。


 しかも、その男の犬歯が異様に伸びていくのを見ると、この男の子は吸血鬼ヴァンパイアかな?


 イケメンって感じじゃないけど、流行りのワイルド系って奴?


「まぁまぁ、別に最速攻略をするようなゲームじゃないんだし、そんなに目くじらを立てなくても良いんじゃない?」


 見かねた私が、割って入ると男は一瞬だけ目を瞠った後で、プイと顔を背ける。


「ちっ、顔いじり過ぎだろ……」


 いや、素ですけど!


 そして、論点はそこじゃないし!


「そうですよ、け、喧嘩はいけません! 僕たち、同じチュートリアルを受ける仲間じゃ――……ヒィッ!?」


 喧嘩の仲裁をしようとしたのか、ちょっと直視に堪えないゾンビの男の子が立ち上がって近付いてきたのだが、それを吸血鬼の男の子がひと睨みで黙らせる。


 いや、ヒィッて。


 君の姿の方がよっぽどヒィッて感じだからね?


「クセーんだよ! 近付くな!」

「す、すみません……」


 中身がよっぽど弱いのか、ゾンビの男の子はそのまますごすごと自分の席へと戻っていく。その動きは特に遅いようには見えない。


 映画とかで「アー、アー」言ってるタイプの遅いゾンビってわけじゃなさそうだね。


 そして、ゾンビの男の子の隣には、パーティードレスを着た髪の長い女の子が座っており、その子が吸血鬼の子をガン見している。


 ゾンビの子とは知り合いかな?


「んだよ?」

「別に」


 いや、別にって態度じゃなかったよね?


 何、ゾンビ君虐めてるんだ、あぁん? って態度だったよね? 目力強かったですよ?


 魔物プレイヤーって、個性強いのばっかりなのかなぁと思っていると……。


 ▶Merlinに【鑑定】されました。

 ▶【鑑定】に抵抗しました。


 ▶【バランス】が発動しました。

  【鑑定】をし返します。


 ▶【鑑定】に成功しました。


 名前 Merlin

 種族 レイス

 性別 ♂

 年齢 0歳

 LV 5

 HP 70/70

 MP 150/150

 SP 8


 物攻 2

 魔攻 20

 物防 8

 魔防 20

 体力 7

 敏捷 11

 直感 10

 精神 15

 運命 3

 

 ユニークスキル 【暗殺の刃】

 種族スキル 【物理無効】

 コモンスキル 【火魔術】Lv2/【闇魔術】Lv1/【鑑定】Lv2/【隠形】Lv1

 

 部屋の一番端に座っていたローブの男の子に【鑑定】を仕掛けられたみたい。


 ローブで顔の半分を隠しながら、口元だけでニヤニヤと笑いながらコチラを見ている。


 ニヤニヤ笑っているところを見ると、自分が【鑑定】し返されている事までは分かってないのかな? それは、こっちの【鑑定】が成功したから……?


 普通、人の許可も得ずに【鑑定】をするのは、どのVRMMORPGでもマナー違反なんだけど、彼はコレが初めての素人なんだろうか。それとも愉快犯?


 私が変な顔をしていたからだろう。


 タツさんが、それに気付いて訝しげな視線を送ってくる。


「何や、どうした?」

「いや、いきなり【鑑定】食らったんだけど、LIAでもコレはマナー違反だよね?」

「なんやと? どこのどいつや、そんな常識知らずなマネしたんは!」

「別に良いよ、タツさん。コッチの情報は抜かれなかったし、逆に相手の情報はし」


 私の言葉にローブの奥の薄ら笑いが凍る。


「だから気にしなくていいよ、マーリンさん?」


 私がそう言うことで、部屋中の視線がローブの男に集まる。


 彼は、何かを語る事なく、小さく舌打ちをすると沈黙を貫くように、俯いて顔を隠してしまった。この様子だと、【鑑定】をしたのは確信犯かな? 私がゲーム初心者だと侮った?


 もしくは、凄い豪華そうな鎧を着けているから、興味本位で【鑑定】をしちゃったのかもしれないね。これは、デザイン力を褒めるべき?


「なんや、その態度!」

「まぁまぁ、良いから座ろうよ、タツさん。このままだといつまで経ってもチュートリアルが始まらないよ」


 タツさんと連れ立って座ると、部屋の扉が開いて一人の女性が入ってくる。


 タイミングばっちりというか、全員が座るのがトリガーかな?


 黒レザーのハイレグみたいな格好で、ボン・キュッ・ボンの蠱惑的なスタイル。そして、背中には蝙蝠の羽が飾りのようについている女性だ。


 あれは、種族一覧で見たサキュバス? ひぇ〜、選ばなくて良かったよ! あんな格好、恥ずかしすぎて出来ないし!


「よーし、ひよっこども、揃ってるな! まずは、自己紹介だ! 私の名はリリカ! B級冒険者だ! 今日は貴様らに基礎の基礎を叩き込む教官として呼ばれた! よろしく頼む! それと――……」


 瞬間、リリカ教官の姿が消える。


 風が動いたのと、次の瞬間にくぐもった悲鳴が聞こえたので、何事かと後ろを振り返ると、マーリン君がリリカ教官に吊るし上げを食らっていた。


「許可もなく相手に向かって、【鑑定】を仕掛けるのはマナー違反だ。場合によっては、速攻で殺されるぞ。良く覚えておくといい」


 マーリン君は、【物理無効】なはずなんだけど、リリカ教官の腕を薄い魔力が覆っているのが見える。あれだと、【物理無効】でも普通に触れるんだ……。


 魔力を薄く纏わせるねぇ……。


「…………」


 ちぇ、簡単には出来ないか。多分、日々の研鑽が必要なんだろうね。


 そういう意味でいえば、リリカ教官はちゃんと研鑽を積んだ冒険者ということなのだろう。凄腕だね。


「す、すみません、でした……」


 やっとの思いで謝罪の言葉を吐き出したところで、マーリン君は床に転がされる。


「ゲホゲホッ……!」


 うん、ルールやマナーは大事だって、良く分かる。実力が上の相手には、無礼駄目絶対!


「へっ、ダッセェ」


 あー、吸血鬼くんが余計なこと言うー。ほらー、マーリン君が吸血鬼くんのこと睨んでるじゃない。


「仲良くしろとは言わないが、基礎講習が終わるまでは問題を起こすなよ?」


 リリカ教官も不穏な空気は感じ取ったみたいだね。


 というか、ゲーム内にまで現実みたいなゴタゴタを持ち込まないで欲しいんだけどねー。

 

 そうして、不穏な空気で始まったチュートリアルではあるけれど、内容事態はサクサクと進んだ。まぁ、みんな好き好んでこんなところで無駄な時間は過ごしたくないわけで……。


 わざと進行を妨げるような、そんな事態は起きなかったんだ。


 起きたことといえば――、


「この葉っぱをよく覚えておけよー。コイツが薬草の葉だ。冒険者ギルドの三階には、こうした薬草以外の便利な野草がまとめられた資料がある。採取の依頼なんかを受ける時は、事前にそうした野草のチェックをしてから出掛けることだ。そうじゃないと、クエストの最中で何を集めて良いか分からないみたいなアホな事態に陥るからなー」


 ▶【薬草】を認識しました。

 ▶【鑑定】で【薬草】が判断出来るようになりました。


 ▶【バランス】が発動しました。

 認識出来る野草の種類を調整します。


 ▶初級野草全五十二種を判断出来るようになりました。


「…………」

「どうした? 変な顔して?」

「いえ、何でもありません」


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