第80話 下位冒険者は新たな武器に挑む その参


「ご主人様、ゴブリンです!」


 ティルルカからの注意喚起の一言に、俺は短槍を脇に挟んで構えて駆け出す準備をする。


 俺達がいるのは、依然としてカーフの森で、この森の中で依頼をこなしながらの鍛錬の日数は、あれから更にひと月を数えていた。


 今日はその集大成って訳で、ゴブリン相手に俺流短槍術のお披露目会と相成ったのであった。


 俺とティルルカとショルツしかいないけど。


「了解。ルカはそいつを引き付けろ。俺は背後を狙う」


 そう言って、一歩足を踏み出しかけたその時、ティルルカが品を作ってなにやら意味不明に訴えて来る。


「……今度ぉ〜あたしを背後から襲って下さるのならぁ〜喜んでご主人様のご命令に従いますぅ〜」


「……色気も何も感じられないお前のその言動と行動に、一体何の価値があるのか真剣に悩んでも良い?」


「ご主人様!流石にそれは傷付きますぅ!」


 半泣きでそう訴えるティルルカを無視して、俺はゴブリンを迂回する為、駆け出した。


「……ボソッ本気なのに……」


 ん?今なんかティルルカが言ってたような……まぁ、良いか。


「ご主人様の唐変木ぅぅぅ!!」

『ギャギョギョギョ!』


 ティルルカの『挑発?』に引き寄せられて、ゴブリンが向かって行く。そうか、ティルルカの主はあのゴブリンだったのか。倒してしまってティルルカは悲しまないだろうか?


 そんな馬鹿なことを考えながら、ゴブリンの背後に回る。


 脇に抱えていた短槍を両手に持ち替え、スピードを落とさないよう気を付けながら一気に迫る。


「フッ」


 最後の一歩と言うところで軽く息を吐き、踏み足に魔力を流し込んで加速する。


 身体強化した左手で槍を抑え摩擦を生み、その反動と腰の捻りを組み合わせ、これまた身体強化した右手で捻りを加えながら突きを放つ。


刺突牙ランス!」


 身体強化と魔力操作で威力を増強した一撃が、ゴブリンを背後から串刺しにする。


『グゴッ……』


 背骨を砕き、肋骨を破壊し、その内側にある心臓を巻き込みながら、穂先が胸まで突き抜ける。


 自分の身体に何が起こったか理解する前に、そのゴブリンは絶命していた。


 こりゃ、串刺しなんて生易しいもんじゃないな。ゴブリンの心臓付近を完全に削り取っている●●●●●●●


 俺が短槍を抜き取ると、ゴブリンの死体はその場に崩れ落ちる。


「……こんなもんかな?なんとか形になって良かった」


「ナァ〜」


 ショルツが同意する様に返事をくれる。愛い奴め。


「……だいぶエグい一撃でしたね。普通、あんな勢いの突きを食らったら、突き刺さる前に身体ごと吹き飛びそうなものですけど、心臓周辺を削り取ったみたいに貫通しましたもん。威力と速さが半端ないと、あんな風になるんですね」


「身体強化と魔力操作様々だな。魔法がもっと使えればもっと楽になるのかもしれんが……」


洞窟ダンジョンとかだと、威力があり過ぎると壁や天井が崩れる可能性もありますし、キチンとその辺を制御出来るご主人様の攻撃は、かなり優秀だと思いますよ」


「それもそうか。それに無い物ねだりしてもしようがないしな」


「ですです。あたしにお色気ムンムンのむっちりギャルを求められても答えられないのと一緒です」


「今後は吹き飛ばす方も必要になるな。多数を相手にするなら戦況が楽になる」


「また無視ですかぁぁぁ!」


 四つん這いになって悲嘆に暮れるティルルカ。そんなティルルカを慰めるように前足をティルルカの頭にポンッと乗せるショルツ。


 いや、俺にどうしろと。


 俺は気を取り直し、手に持つ短槍に目を向ける。これは鍛冶屋のおやっさんに新たに作ってもらった、特別性の短槍だ。


 穂先は魔剛鉄アクサライト製で、魔力が通りやすく軽く増幅する効果もある。柄の部分は魔虫系魔物モンスターの外殻を加工して作った物で、こちらも魔力が通りやすく、しかも魔力を溜めようとする性質があるので、使い続ければ使い続けるほど、使い手の魔力性質に合うように馴染んでいく。しかもよくしなってかなり丈夫だ。


 長さは当初予定していた長さよりかなり短く、地面から肩位までしかないがその分小回りが効いて、背後に回って死角から襲い掛かる俺の戦闘スタイルにマッチしている。


「でも、ゴブリン相手にあの威力は過剰だよな」


「ですね。アレを連発してたら体力が保つのかも心配です」


 いつものように、あっさり切り替えたティルルカがむっくり起き上がってそう答えた。


「俺達の課題の一つが継続戦闘能力だからな。差し当たり、豚人間オークを長時間狩り続ける事が目標だけど、取り敢えずゴブリンで練習しておくか」


「ですです。あたしのヘイト管理の練習もしておきたいですし」


「そうだな。ショルツ、『迷いの森』頼めるか?」


「ナァ〜」


 そう返事をして、ショルツはくるりと背後に体を向ける。更に「ナァ」とひと鳴きすると、ショルツを中心に魔法陣が浮かび上がり、更にひと鳴き「ナァ」と唱えるとその魔法陣が急激に森の中へと広がって行った。


 『迷いの森』とは、ショルツが使える結界魔法の一つで、ある一定範囲に幻術による迷路を作る特殊な魔法だ。これでゴブリン達を誘導してこの場に呼び込み、無理なく連戦しようって訳だ。


「取り敢えず、この辺り一帯のゴブリン共を根絶やしにすっぞ」


「ご主人様、台詞と表情が悪役そのものです」


「テメェにゃ表情、分からんだろうが!」


「あたしくらいご主人様への愛が溢れていれば、見えなくても『視える』んですよ。ふへふへふは……」


「………」


 不気味な笑みを浮かべるティルルカから視線を外し、俺は集まり始めているゴブリン共の背後を取るため、その場から逃げ出したのだった。


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