第79話 下位冒険者は新たな武器に挑む その弐
「ふぅ……」
俺は大きく息を吐いて短槍を構える。
槍の基本的な構えである中段の構えへの移行が、だいぶスムーズになってきた。やり始めの頃は、一々頭で考えながら構えを取っていたので、どこかぎこちなさがあったのだが、短槍に体が馴染んできたからか、そのぎこちなさが完全に消え失せた……と、思う。多分。いや、きっと。
先ずは目標を捉えて意識を絞る。
これは一点だけを集中的に見る……という事ではない。薄っすら全体を捉えながら、その中で一点に意識を向ける……といった感じのイメージだ。一点にだけ意識が向いてしまうと、突発的に何か起こった時に対応できなくなるからだ。没頭と集中の違いってやつだな。
そこからは一気に動く。
前足の膝から力を抜き、体重が前に傾き始める力を利用しながら後ろ足で地面を蹴る。踏み出した前足でその勢いを受け止め、下肢に捻りを加えながらその勢いを上へ上へと伝えて行く。体幹を捻り、それに連動させて両腕を動かし、更に手首にも捻りを加えて突きを放つ。
穂先は空を巻き斬り、想定上の目標を貫く。
しかし、そこで終わりではない。突き終わりに合わせて、瞬時に飛び退き元の構えに戻る所までが一連の流れだ。
「……ふぅ……ようやく形になってきたな」
俺は残心を解いて、短槍を脇に抱えてそう呟いた。
「ですね。これでもう槍ゴブリンとは言われないで済みますね」
「ナァ〜」
すると、草むらをかき分けティルルカがショルツを伴い現れた。
俺はツカツカと現れたティルルカに近付き、その左右のこめかみに拳を当ててグリグリと締め上げる。
「ンギャァァァ!」
「誰がゴブリンだって?! そう言ってんのはテメェだけだろうがぁぁぁ!!」
「アギャァァァオウオウオウゥゥゥゥ! 気持ち良くなっちゃいますぅぅぅ!」
涙目になりながらも、気持ち悪い事を叫ぶティルルカに、俺は苦虫を噛み潰したかのような気分になり、こめかみから拳を外す。
因みに、ショルツは呆れたように「ナァ……」と鳴いて離れて行った。
こめかみを抑えながら地面を転げ回るティルルカを無視して、俺は溜め息をついて背を向ける。
ここまで出来るようになるまでにひと月を費やした。あ、別にティルルカへのこめかみグリグリの件じゃねぇぞ? 今の一連の動きの事だ。
突いて突いて突きまくっているその内に、リリーヌ嬢の見本はあまりに高度で、自分では再現不可能であることを悟った俺は、そこから自分の能力で出来る範囲の『突き』を熟考し、それを再現出来るよう鍛錬を繰り返した。それでたどり着いた今の『突き』だ。
その間、仕事をしないわけにもいかず、鍛錬の合間に薬草採取をこなすため、修練場所を近場のカーフの森に定めてここひと月毎日来ている。初心者用の狩場であるこの森の中でも特に
「問題は、実戦で同じ事ができるかだよなぁ」
俺のその呟きに、『うぐぐ……最近、ご主人様の愛の鞭が激し過ぎます……』などと口走っていたティルルカがこめかみを抑えながら起き上がり、恨めしげな上目使いでこちらに視線をくれつつ口を開く。
「……実戦じゃ、
「そうなんだよな。それに、このやり方だと今までの戦闘経験の全てを投げ捨てる事になりかねないよな?」
「ご主人は、
その言い方にはひとこと言いたいところだが、概ね間違ってはいない。
「突きを基本にするにしても、普通の槍使いの様な立ち回りは、俺の良さを殺すかもしれないな」
足を止めて、真正面から突きを放つような正義のヒーローばりの戦い方は、どう考えても俺には無理だろう。
「と言う事は戦闘スタイルは変えずに、攻撃方法だけを変えていく……という方法がご主人様にとっては一番望んだ形になりそうですね」
「だな。動きを妨げないように、短槍をもう少しだけ短くして……あとは動きながら突きを放てるように、突きのフォームを改造して……」
頭の中でやるべき事をまとめていると、ティルルカが小首を傾げながら口を開いた。
「魔力を短槍に纏わり付かせる事は出来そうなのですか? ご主人様の火力を上げる為には、最も重要なことだと思うのですが? 『視た』ところ、まだ試していないようですが」
「それは問題ないな。逆に両手で魔力操作が出来るから楽になったくらいだったから、鍛錬中は魔力に頼り過ぎないように敢えて使ってなかったんだ」
「あ、もう試したあとだったんですか、流石はご主人様です。あたしに隠れてこっそり試して、心配しているあたしを見てほくそ笑んだ上に、肉奴隷として至らないと恥辱に塗れて悶え苦しむあたしに憐れみの目を向けるご主人様……って少しは構ってくださいよぅ」
縋り付く
「ふぅ……」
そう大きく息を吐くと、身体を前方に傾ける。頭の中で目標を定めると、その前に倒れる力を利用して一気に駆け出した。
目標に近付くのに合わせ、短槍を構えて突きを放つ。
「エイッ……ヤ? あれ?」
「流石ご主人様……期待を裏切らない見事なへっぴり腰です」
「な、何故だぁぁぁ!!」
俺の絶叫が虚しく森の中に響き渡ったのだった。
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