第78話 下位冒険者は新たな武器に挑む その壱


「槍技の基本は『突き』と『払い』それに『受け』です」


 そう言って、リリーヌ嬢は手に持った模擬用の短槍をくるりと回しながら、右脚を後ろに引く。そのまま半身になり、切っ先を前に向け両手で短槍の柄を握る。軽く腰を落として所謂中段の構えを取ってピタリと止まった。


 因みに此処はギルドの修練場だ。食後の運動がてら、俺の決心が揺らぐ前に、リリーヌ嬢に槍技の基本を伝授してもらう運びとなったのだった。


 視線の先では、リリーヌ嬢の全く力みを感じない構え。水面に落ちて漂う羽根や木の葉の用に力感が無い。


 すると突然、空気が一瞬ざわりと震える。次の瞬間に消える穂先。


 ヒシュッと空気が切り裂かれる様な音が響き、気付いた時には槍は突き出され、同じ速度で元の位置へと戻って行った。


 次いで、彼女は槍の穂先を正中よりもやや斜め下へと軽く向けて構える。そして、ピキリと足元から音がしたと思った瞬間、身体の捻りを加えながら穂先が大きく弧を描く。


 その後、ふわりと膝の力が抜けたかと思うと、元の構えと戻っていた。


「この二つ、後は防御用に『受け』を加えたものが槍技の基本になります。クロさんの場合はひとまず『突き』の習得に全神経を注いで下さい。と言うか戦闘センスは皆無なクロさんがあれもそれもと手を出すと、全てが中途半端になるので『突き』に集中して下さいな」


「相変わらずの毒舌ダナ!」


 だが、確かに俺では満遍なく修練してたら、いつまで経っても実戦では使えないなんてことになりかねない。


 俺は文句を押し殺しながら、リリーヌ嬢から短槍を受け取り、見様見真似で中段の構えを取る。


 リリーヌ嬢の訓練方法は、全てを手取り足取り教えてくれるようなものではない。基本は実演。そこからは自分で工夫しろってスタンスだ。


 俺は一旦目を瞑り、さっきのお手本を脳裏に思い浮かべる。


 女性としてはやや高めの身長であるリリーヌ嬢が、受付嬢スタイルで短槍を構える姿はかなり絵になっていた事は確かだ。他の受付嬢がスカート着用であるのに対して、リリーヌ嬢は動きやすさを重視した九分丈のパンツスーツ姿で、冒険者の中でも彼女の姿を密かに覗き見ている所をチラホラ見かける事がある。腰のラインから足首までのフォルムが腰フェチ脚フェチ達にはたまらんのだそうだ。そう、あくまで腰フェチ脚フェチ達にとってはだ! 胸の方は……ゲフンッゲフン……ノーコメントで。


「ヒウェッ?!」


 突如として発生した怜悧な殺気。


「クロさん? 貴方が今すべきなのは、必要な情報のみを脳裏に浮かべて直ぐそれを実行に移すことでは?」


「ハイィィィ!!」


 俺は追い立てられるように、リリーヌ嬢の槍捌きを思い出し、それをトレースする。


「うりゃ!」


 地面を踏み付け、両手に持った短槍をエイヤッと突き出してはみたものの……


「「………」」


 な、なんか違う……。


「クロさん、今のは勿論冗談ですよね?」

「ご主人様……まるでゴブ……いえ、何でもないですぅ……」


 分かってる! 分かってるって! だからそんな目で見ないでよぅ……。


「本当にしようがない人ですね、クロさんは」


 心底呆れたような表情で言われると、普段が普段だけに心に来る。


「……面目ない……」


「センスが無い人にありがちですが、身に着けた技術を何故他に応用しようとしないのですか?」


 小首を傾げて、不思議そうにそう疑問の声を上げるリリーヌ嬢だが、んなもん分かりきってるでしょうが。


「いや、だからしようとしないんじゃなくて、センスが無いから出来ないんじゃね?」


「……」


 無言になるリリーヌ嬢。あまりに的確な返しに、流石のリリーヌ嬢も反論の余地はなかったらしい。それはそれでかなぴぃ。


「ふぅ……」


 俺は大きく息を吐き、度腰を落として短槍を構える。再度脳裏にさっきのリリーヌ嬢の演舞を思い浮かべる。


「初めから、そんなに簡単に出来るとは思ってねぇよ。俺にこの手の才能センスが無いって事は、誰よりも俺自身が知ってるんだ。だから、愚直に突いて突いて突きまくって、頭ン中のイメージと実際の身体の動きの誤差を埋めて見せてやらぁ」


 キッと目を見開き、四肢に力を込めて突きを放……


「その台詞、クロさんが言うと卑猥な言葉にしか聞こえませんね」

「ご主人……是非、あたしを突いて下さいよ〜」


 ズコッ


「喧しいわ! 放っとけ!」


 気を取り直して構えを取る。リリーヌ嬢の『突き』は、全身が連動して放たれていた。


 具体的には、後ろ足で地面を蹴り、踏み込んだ前足でその勢いを受け止め、腰の捻りを加えながらその勢いを両腕へと伝え、最終的に穂先にまで捻りを加えながら突きを放っていた。


 さっきはそれを再現しようとしたのだが、足元は上手く連動せず、腰の捻りと両腕もそれぞれ別々に動き出したかの様なぎこちなさが出てしまっていた。


 理屈は分かってるんだ……なら、出来ない方がおかしいだろ!


「うりゃっ……りゃ? ありゃ?」


「「………」」


 くっ……千里の道も一歩からだ! ちくしょーい!



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