第77話 下位冒険者は世界三名牛のひとつに挑む


「……と、言う訳で、いよいよ『良い塩梅に熟成されたサタイアタウラスを食す会』が開催される訳だけど……調理方法は俺にお任せで良いの?」


 熟成済みのサタイアタウラスの肉塊を前に、俺は傍らの二人にそう声を掛けた。


「結構ですよ。と言うか、その発言は私に対する皮肉と受けっても良いでしょうか? と言うか皮肉ですよね?」


 瞳から光が消え失せたような表情で、小首を傾げるリリーヌ嬢。


「ちちちち違うから! 何か希望の調理方法方法知ってたら言って下さいってお話で御座いますぅぅぅ!」


 ジャンピング土下座で許しを乞う俺に、リリーヌ嬢は瞬きを繰り返しながら瞳に光を取り戻しつつ口を開いた。


「……まぁ、そう言う事にしておきましょう。私ではサタイアタウラスの塊肉は扱いかねますので」


(扱いかねると言うか……)


「何か失礼な事考えませんでしたか?」


「なななな何も考えてないって!(相変わらず鋭い……)」


「あたしもご主人様にお任せで」


 そう、家事が駄目駄目残念奴隷こと、ティルルカ・マルソーが口を挟む。


「お前には聞いてねぇよ! つーか、何故、主が奴隷の為に食事を作らねばならんのか、そこはちょいとばかり引っ掛かるがな!」


「あたしはご主人様専用肉奴隷ですので、夜伽以外に使い道は……って、ちゃんと最後まて構って下さい! 中途半端が一番心を抉られるんですぅ……えへっ……えへっえへっ…、」


 放っとこ。


 俺は、塊肉に塩を豪快に振りかけ、サーベルと見紛う程の大きな鉄串にぶっ刺し、用意してあったお手製の竈にかける。竈には既に火が入っており、これでは焼き上げようと言う訳だ。熟成されて水分が少なくなったこの肉の調理方法といえば、俺にはこれしか思い浮かばない。


「おおー! ご主人様、豪快ですね!」


「熟成肉は水分が少ないから、切り分けてから焼くとパサついちまうんだ。だからこうやって豪快に塊肉のまま焼くことで、表面をこんがり焼いて、中に肉汁を封じ込めようって訳だ」


「その薪も普通とは違いますよね? もしかして魔木ですか?」


「よくわかったな。流石だよ。アンタの言うとおり、普通の薪から作った炭じゃなくて、魔木から作った特殊な炭でさ、これって、炎があまり出ない割に高温になるから、あまり焦がさず中までしっかり火が通す事が出来るんだ。熟成肉を焼くにはもってこいの炭なんだよね」


 焼き色が付き始めた塊肉からは、食欲をそそる香ばしい匂いが漂い始めている。


 グゥ〜……


 誰のものとも付かない腹の虫の声が鳴り響く。そう、誰のものとも付いていないのだ。俺はそっちを見んぞ。見たら最後。きっと命は無い。


「お、俺、肉につけるソース作るわ」


「……」


「この肉、塩のみの味付けでもいけるけど、少し酸味のあるソースも合うんだよなー。刻んだ野菜と酢とワイン、後は香草入れて塩で味を整えれば出来上がり」


「……極刑」


「何故?!」


「まぁ、冗談ですが」


「冗談言ってる顔じゃないんだけど?!」


「気の所為です」


「気の所為って言うならその聖剣らしき業物仕舞って!」


「あら、いつの間に」


 うっかりうっかりと呟きながら、何事もなかったかのような表情で剣を納めるリリーヌ嬢。照れ隠しでいちいち聖剣らしき業物抜かないで欲しいものだ。


 クワバラクワバラと唱えながら、俺は肉を焼くのとソース作りに没頭げんじつとうひするのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「いやー……サタイアタウラスが世界三名牛に数えられるのも納得の美味しさでしたね……」


 ゲフッと年頃の乙女にはあるまじき吐息を吐きながら、遠い目をするティルルカ。


「本当に……これを、クロさんは独り占めしようとしていた訳ですか……」


 リリーヌさん! 目が座ってますがな!


「いいいいや、もうその事は忘れようよ?! 悪かったと思ってるからさぁ!」


「二度とそんな気が起きないように、魂に恐怖を刻み付けるべきでしょうか?」


「ヒィッ! もももう刻み付けられたから勘弁してくだはい……」


 ニッコリと笑みを浮かべ、小首を傾げてそう曰うリリーヌ嬢に、俺の股間はキュッとなる。その笑顔……逆に怖いって!


「そう言えばご主人様、確かリリーヌ様に相談したい事が有るじゃなかったでしたっけ?」


 空気を読まずにそう口を挟むティルルカ。コイツのこういう所は賞賛に値する。


 リリーヌ嬢は無言で、俺に問い掛ける様な視線を向けて来る。


「いや、最近豚人間オークと戦ってて思うんだけど、もう少し、火力を上げていかなきゃなんないかなぁって思ってさ。ナイフじゃソロソロ限界来てんのかなぁって」


「そうですね。クロさんは、元々どの武器にも適正有りませんでしたし、辛うじてナイフが他よりマシでしたのでナイフ主体の戦い方になっただけですし、決してナイフの扱いに長けている訳じゃありませんからね」


「グハッ……」


 少しはスライムの薄皮オブラートに包んで欲しかった。


「そういう事でしたら、槍はどうですか? だいぶ戦闘そのものに慣れてきているようですし、肉体の方も、武器を扱う身体付きになってきていると思います。魔力操作はお上手ですし、初心者でも火力の出しやすい槍を使うことによって、戦闘の幅は格段に広くなると思いますよ。長槍だと戦争でならともかく、冒険者稼業には向きませんので、いざとなったら片手でも扱える短槍がお薦めです」


 長槍は集団でこそ必殺の武器になり得るけど、ソロだと近付かれた時に対処できなくなるし、洞窟ダンジョンや森ではその長さが仇になる。両手が塞がっちゃうのも冒険者稼業ではマイナスだ。短槍なら片手でも扱えるし、戦い方次第では狭い場所でもいけるだろう。


「そうだな。斧や大剣みたいな重い武器は論外だし、片手剣なんかだと使えるレベルまで鍛錬するのも大変そうだ。短槍なら、取り敢えず高い火力を出そうってんなら、ひたすら突き続ければそれだけで鍛錬になるし、少し頑張れば今と同じレベルで戦闘できそうだ」


「槍なら剣よりお金掛らないですしね。メンテナンスも今使ってるナイフより楽なんじゃないでしょうか?」


「だな」


 ナイフや剣なのどの刃物系の武器は、当然だけど刀身部分が全部金属なんで、常に切れ味を要求されてメンテナンスは大変だしお金も掛かる。短槍は形状にもよるけど、一般的には先端部分だけに気を使えばいいから、そこまででもないんだよね。いざとなったら穂と柄を別々に交換も出来るし、メンテナンスする上でも扱いやすい。


 極めればどんな武器よりも強力になる潜在能力が有りつつも、実は初心者向きの武器としておすすめされる事が多いのが、槍という武器なのだ。センスが無い俺でも、少し頑張れば何とか形になるだろう。


「決めた。メインの武器を短槍に変えてランクアップを目指すぞ」

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