第76話 下位冒険者は三文芝居に巻き込まれる 了


「……如何したんですか?」


 クロウとティルルカがギルドから出て行って程なく、定例会議が終わったのだろう、ギルド上層部の一部が、会議室から出て人気の少なくなっていたギルドホールへと降りてきた。


 その一人であるリリーヌが、静まり返ったギルドホールを見渡して、誰へともなく、そう問を投げ掛けたのだった。


 すると、意を決したように、カルラが一歩前に出て、今あったことを自分の主観のみで伝え始める。


「……と、言うわけで、クロウ氏が『金色の剣』へ擦り付けトレインを行い、彼らを窮地に陥れたのです。その上、奴隷であるティルルカちゃんを、不当に契約で縛り続けているのです! 彼女のような優秀な冒険者をこのままクロウ氏に縛り続けられるのはギルドとしても損失です! 直ちに……」


「ティルルカちゃんは、自分の意志でクロさんの奴隷やってるのですから、余計なお世話と言うものでしょう」


 コテンと小首を傾げて、カルラの言葉をそう平然と遮るリリーヌ。


「そ、そんな筈ないじゃないですか! 自ら奴隷で選ぶだなんてある筈が……」


「寧ろこの件はクロさんの方が、ティルルカちゃんを奴隷から解放しようとしてるのに、ティルルカちゃんが拒んでいるのです」


「リリーヌ先輩はそんな与太話を信じているんですか?!」


「与太話も何も、私自身がティルルカちゃんから相談を受けたので間違いないです」


「え?」


「『あたしは奴隷としてご主人様に仕えたいのに、ご主人様はそんなあたしを解放して遠ざけようとするんですぅー』って泣き付いてきたんで、私がクロさんを〆……いえ、説得して、きたる日まで今のままでいるように取り計らいました」


「……来る日?」


「それは彼らのプライベートな話しなので、この場でこれ以上お話するつもりはありません。そもそも彼らの奴隷契約は単なる借金奴隷ですから、契約の縛りはあまり強くありません。本人同士の意思も充分尊重されていますし、その事は上層部でも把握してますので何ら問題になる事はありません」


「そんな……そ、それでは擦り付けトレインの方は如何するのですか?! 幾ら当人同士の問題だと言っても、彼の行為は目に余ります! 何か処分を下すべきです!」


「具体的にどんな行為が目に余ったのですか?」


「だから彼らは『金色の剣』に豚人間オーク擦り付けトレインして……」


「そうだ! アイツは十体……いや、二十体近くいたと思うが、豚人間オークの群れを俺達に擦り付けトレインしやがって……」


 リリーヌの問い掛けに、金色の剣のメンバーの一人が身振り手振りを加えながら訴えた。


 しかし、リリーヌは人差し指を頬に当て、小首傾げて疑問を呈す。


「それはおかしな話ですね。単独……もしくは二、三体で行動する事が基本の豚人間オークが二十体もの群れを成していたら、ギルドで把握出来ない訳が無いでしょう」


「あ、い、いや……俺達も命の危険が迫っていたんで、正確な数は把握出来ていないが……」


「……まぁ、追い詰められていれば、そう錯覚する事もあるかも知れませんね」


「そ、そうなんだ! だが、複数の豚人間オーク擦り付けトレインされたのは事実で……」


「それもおかしな話です。カルラさんの報告では、あなた方は、鉄級への昇格が目前だと聞きましたが? そこまでの技量が有るのであれば、多少の豚人間オーク擦り付けトレインされたとしても、問題無く対処出来るでしょう。寧ろ、素材と魔石を採取出来るのですから喜ばしい事ではないですか?」


「そ、そりゃあ、俺達の手に掛かれば豚人間オーク如きは……だ、だが擦り付けトレインされたことは事実であるし……」


「そこもおかしな話ですね。ティルルカちゃんがいる以上、擦り付けトレインしなくちゃいけない数の豚人間オークに手を出す事はあり得ませんし、がさつな豚人間オーク達が、ティルルカちゃんの探索魔法サーチを掻い潜って不意打ちを仕掛けられるとも思えません。彼女の探索魔法サーチは、半径一キロの範囲を見通せる程の精度があります」


 リリーヌの言葉に、ギルドホールにいたメンバー達は一様にギョッとした表情を浮かべる。まだ下位に留まっている冒険者にそんな芸当が出来るとは思っていなかったのだろう。


「そ、そんな事、何でアンタに分かるんだ?!」


「そりゃあ、私が直に確かめてますので」


「……え?」


「ティルルカちゃんは目が不自由ですので、ライセンス発行後もある程度、試験や調査が必要になるんですよ。ギルドの規定で決められていますので、僭越ながら私が毎回試験官となって確かめているんです。あ、勿論ギルド執行部内の別な人間が立会人として間に立っていますのでご安心下さい」


「……」


「まぁ、詳しくはこの場ではお話できませんが、彼らには豚人間オーク程度なら十体以下でしたら倒せずとも退ける秘策も有りますので、あなた方の主張するような行為は信じ難いものがあります」


「いや、だが……」


「そこまで食い下がるのでしたら、私が対処致しますよ? 私であれば、現場に残る魔力痕から大凡のことは調査出来ますので」


「い、いや、もう時間が経ってるから、痕跡なんて残っては……」


「ご安心下さい。私であればひと月以内の出来事でしたら大凡把握出来ますので」


「「「「っ!!」」」」


「どうされますか? ご希望とあれば、調査致しますが」


「い、いや、これ以上事を荒たげたくはねぇから、今回の事は目を瞑ってやる」


「そ、そうですね。我々も、彼らの失墜を望んでいたわけではありません。我々への対応に疑問を覚えたから少しお灸を据えようとしただけです。ギルドがそのように彼らの行動を問題無しと定めるのであれば、我々としては何も言うことはありません。ギルドの決定に従います」


「そ、そうだな。お、俺達の勘違いがあったかもしれないし、ギルドが問題無いって判断したのであれば、これ以上、騒ぎ立てても意味は無い。引き下がろう」


 金色の剣のメンバー三人は、各々慌ててそう言い募り、リリーヌの提案を拒絶する。


「……そうですね。それ・・が賢い選択と言うものでしょう。ギャラックさんもそれで良いですね?」


 ギルドホールの隅で、クロウ達が出て行ってからは我関せずを決め込んでいた冒険者は、突然話を振られてギョッとして振り返る。


「な、何故俺に話を振る。俺は何の関わりも……」


「貴方と金色の剣がつるんで……おっと失礼致しました。懇意にされていることを、ギルドが把握していないとお思いですか?」


「「「「「っ!!」」」」」


「多少のおいたは目を瞑りますが、度が過ぎればライセンスに関わることを肝に銘じておいて下さい。それとカルラさん」


「は、はい!」


「貴女が何故王都からこの街に異動させられたのか、もう少し考えて行動しなさい」


「え?」


「焦って短絡的に評価を上げようとしても、ギルドの諜報部の目は欺けません。受付嬢の華々しい活躍など、ギルド本部は求めてないんですよ」


「……」


 リリーヌの言葉に、カルラは恥辱に塗れたかの様な形相を浮かべ唇を噛む。


 元々、カルラは同期の中でも優秀で、ギルド本部での評価もそれなりに高かったのだが、やや視野が狭い傾向にある事が問題となっていた。故に、成長を促す目的もあって異動させられたのだが、本人は左遷させられたとマイナスに捉えてしまったのだ。


 今回の騒動は、一般的には悪名高いが何故かギルドの一部で高い評価を受けるクロウを糾弾し、周りの賛同を得る事でギルドでさえ野放しにしていた(とカルラが信じている)クロウを断罪する事で、本部に返り咲こうと考えた彼女の暴走だったのだが、逆効果であった事は言うまでもない。


 リリーヌはそれを指摘したのだが、それをカルラがどう受け取るかは本人次第。


 そして、この場は双方お咎め無しと言うことでお開きになったのだった。


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