第74話 下位冒険者は三文芝居に巻き込まれる その四


「……俺、具体的にはどんな不正を働いるんだ?」


 もしかしたら自分でも知らない内に、何らかの不正を働いたのかもと思い、傍らのティルルカにそう問い掛ける。


「さぁ? 悪人顔のせいで評判が悪いだけで、実際はそんな度胸無いですもんね、ご主人様は」


「……」


 言ってる事はまぁ事実なんだが、奴隷であるお前が主である俺に対してぶっちゃけ過ぎてないかね、ティルルカさんや。


「な、何を言ってるのですか?! そのひとは、あの悪名高い、『ソーサルス商会の闇』なんですよ?! 商会におけるあらゆる悪事を一手に引受け、結局は、家族をも手に掛け、最後は部下に見限られて追放された、ソーサルス家の次男です! 悪事を働いている事は自明の理です!」


 そうだそうだと騒ぎ立て始める外野に勇気付けられたのか、カルラ嬢は断罪するかの様にそう力強く断じてきた。


 まぁ、同じ事を何度となく言われ続けてきた俺としては、今更な話だ。全くの出鱈目なのだが、俺が何言ったところで信用されない事は分かりきっているので反論する気も起きない。しかし敢えて言うとするならば、それ程の悪事を働いてきた人間に、ギルドが冒険者ライセンスを発行するはずないんじゃないかな?


 ティルルカも同じ事を思ったのだろう、呆れた様子を隠すこともなく、肩を竦めて口を開く。


「その話が事実だとしたら、ギルドが冒険者ライセンスを発行したりしないと思いますが?」


「そ、それは……よ、余程巧妙に隠していたのでしょう」


「それは、ギルドの管理体制が杜撰で、個人に手球に取られる程に無能だと、暗に批判しているのでしょうか?」


「んぐ……そ、それは……」


 視線を外し、しどろもどろに言葉を濁すカルラ嬢。


「ご主人様が組織で動いていたならともかく、明らかに個人だったんですよね? あたしが奴隷としてお仕えするまで、ボッチであったことは周知の事実だと伺っております」


 ボッチ言うな。事実だが。


「ギルドが、個人で動いていたご主人様の素性を探り切れないような程度の組織であれば、これ程までの巨大組織にはなり得なかったのでは?」


「た、確かにそうではありますが、クロウ氏の評判が頗る悪かったことも事実です! 火のない所のには煙は立たないとも言うではないですか?!」


「……ご主人様、そこんとこはどうなんです?」


「どうと言われてもな……大体はこの人相のせいで相手が勝手に悪印象持って、勝手に被害者意識を持たれて、勝手に非難してくるからな。正直、心当たりが有り過ぎて、例え火事が起こったていたとしても自分じゃ特定なんてできねぇ状態だ」


「つまり、見ず知らずの人からすれば、会う前から心象最悪なわけですね」


「ああ。その上、実家の事で有ること無いこと言われてるからな。それを信じる程度の浅い付き合いしかない奴等とか、ゴシップ大好きな奴等とかからすれば、それを火事だと認識するんじゃないか?」


「他人からすれば、不特定多数が悪い奴だって噂してたら、実情はどうあれ無責任に『悪者だ悪者だ』って騒ぎ立てますもんね」


「後はそれが事実として認知されて、更に噂が独り歩きして、極悪人として周知されるって訳だ。恐い恐い」


 そう他人事のように言って肩を竦める俺に、ティルルカは呆れたような視線を向けてくる。


「ご主人様も、少しは噂を否定したら良いのでは?」


「無駄な努力だよ。人間ってのは信じたいようにしか信じられない種族だからな」


 俺も、初めからこうだった訳じゃない。最初は勿論否定した。でも全てが徒労だった。


 両親が存命だった頃は、俺の悪人顔からくる悪評を抑え込む枷になってくれていたのだ。両親が事故に見せかけて殺されたその後はその枷が外れ、抑え込めなくなり、寧ろそれまでの抑制が反動となって悪評が大きく広まってしまったって訳だ。


 あとに残ったのは、両親に大事にされていたっていう事実だけだ。まぁそれが俺にとっては何よりの誇りで、これがあったから、ここまで腐らずに冒険者として生きて行けている。


 でも、それが他人には分からない。分かろうともしない。無責任にデマを広げて、自分達が信じたいと思うそのクソみたいな妄想をあたかも事実のように受け入れる。


 こうなると、もうどんなに否定しても意味は無い。俺が声高に否定すればするほど、それは違うと否定され、嘘つきのレッテルを貼られて更に新たな悪評が立ち昇るのだ。


 もしかしたら、もっとキチンと話しをすれば、分かってくれる人達も居るかもしれない。


 だが、もう既にそれをする気力が湧いてこない。それを諦めてしまっていると言う人間も居るだろうが、俺からするとそれは少し心外なのだ。どちらかと言うと悟ったって表現の方がしっくりくる。


 いや、別に強がってなんてないからな!


 そもそも、何故、虐げられてる俺の方から歩み寄らねばならんのだ? そこで遜るくらいなら、悪評なんぞ無視して好き勝手生きていくほうがマシだ。


「ま、アンタ等は、信じたい事を信じれば良いさ。俺が不正を働いてるってなら、その証拠をきっちり揃えて、然るべき所に申し出る事だな」


「ですねー。実害も受けてない第三者が、騒いだどころで、それは単なる大衆紙のゴシップ記事と大差ないですもん。行きましょ、ご主人様」


 他人からの積極的な理解を諦めた俺は肩を竦めて踵を返し、それに続いてティルルカも、呆れたような顔をしながら踵を返した。


「ちょっと待て! 俺達は当事者だ!」


 再度、俺達を引き留めるその台詞に、うんざりしつつも足を止める俺達なのであった。


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