第73話 下位冒険者は三文芝居に巻き込まれる その参


「……はぁん?」


 新顔受付嬢の一言に、俺は訳もわからすそう返した。


 すると「ヒィィィッ!?」と顔を恐怖に引き攣らせながら彼女は一歩後退る。更に言うなら、ギルドホール内にいる人間の多くが、俺から目線を逸して無関係を装い始めている。


「いいいいくら意にそぐわない対応が続いたからといって、ししし真摯に受付嬢を務める、カ、カルラさんを脅すとは、人としてあるまじき行為だ!」


「……」


 あの受付嬢、カルラって名前なのか。今知った。いや、それより、俺としては、ただ疑問を覚えて聞き返しただけなんだが、この周りの反応、なんか釈然とせんな。まぁ、無闇やたらと敵意を向けられるよりは、遠巻きにしてもらった方が静かで良いが。


「そ、そんな脅しに、私は屈しません! 早くティルルカちゃんを解放して、自由にしてあげて下さい!」


「そうだ! 不当に奴隷に落として無理矢理買い求めた事は調べがついてるんだ!」


 カルラ嬢の言葉に『金色の剣』の誰かが追随してるが、俺にとっては身に覚えのない告発だったので、俺は「はて?」と小首を傾げて再度問いを投げ掛ける。


「はぁん?」


 するとホール内にざわめきが起こり、皆が皆、一歩後退って俺から距離を取ろうとする。


 その様子をチラリと一瞥すると……


『ヒィィィ……』


「……」


 か細く悲鳴じみた呻き声を上げながら、皆が更に俺から離れて行くのを、俺は無言で見送る事しかできない。


 そんな俺を見かねたのか、ティルルカがため息をつきながら、俺の疑問を言葉にする。


「……あの……解放……とはどういう事でしようか? あと不当な奴隷落ちという話しはともかく、無理矢理買い求めたというお話はどういう事か……とご主人様は尋ねてるだけです」


 そうそう。俺はただ、ティルルカが口にしたような事を疑問に思っただけだ。決して威嚇したわけじゃないもん。グスン。


「き、君はこのグズ野郎に不当に奴隷にされたんだろう? それで無理矢理買われて仕方なくコイツの奴隷として付き従ってるだけだ! だから俺達が解放してやる!」


「いえ? あたしが奴隷に落ちたのは……」

「良いんだ! 君は何も言わなくてい良い! どうせ君は、奴隷の契約魔法で主の不利になる言動は出来ないように縛られてるんだろ? 何も言わなくて良い! 俺達に従ってれば君を解放してやれるから」


「いえ、だから別に……」

「じゃなけりゃ、当時、まだ『黒石級』だったこのクズ野郎が奴隷なんて買えるわけがないんだ! 君はこのクズ野郎にハメられて奴隷落ちして、無理矢理従わされてるだけだ! 分かってるから何も言わなくて良い!」


「だから、あたしは……」

「こんなクズ野郎を庇おうってのかい? 君は優しいから、普段から不当に暴力を振るわれていても庇おうとしてしまうんだろうね。でも、もう大丈夫だよ。俺達が付いてるからね」


「……ですから……」

「君は知らされていないだろうが、パーティとして登録している以上、今までの任務報酬は君にも与えられるべき物なんだ。であれば、既に奴隷としての身分も解放されて然るべき位に金は貯まっているはずだ」


「……」

「そうなんですよ、ティルルカちゃん。今現在、貴女が奴隷のままでいることが、不正の証拠なのです! 今すぐその方から離れて此方にいらっしゃって下さい……って、ティルルカちゃん! どこに行くのですか?!」


 ティルルカの台詞を遮って、入れ代わり立ち代わり勝手に話しを進めていくカルラ嬢と『金色の剣』メンバーに、何を言っても無駄だと悟ったのだろう、ティルルカは無言になっって踵を返すと、俺を出口へと促し歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待て、ティルルカ! まだ話は終ってな……」


 と、その途中で、『金色の剣』の口の悪い槍使いが、ティルルカの手を掴み、引き止めようと声を掛けたその瞬間、


「キャァァァ! 痴漢! 変態! 犯されるぅぅぅ!!」


 ティルルカの演技じみた悲鳴が、ホール内に響き渡る。


「な、何言ってやがんだ?! 俺はお前を助けようとしてるだけで……」


 慌てて手を放した槍使いが、しどろもどろになりながら言い訳を口にしていると、ティルルカはそれに対して、冷めた表情を浮かべて返す。


「見ず知らずの異性に、突然手を掴まれたら恐怖でしかないです」


「み、見ず知らずって……俺は『金色の剣』メンバーの……」


「あ、名前は結構です。興味無いので」


 あまりと言えばあまりの言葉に、槍使いだけではなくて、

ギルド内の誰もが唖然としている。


 そう、誰もが唖然として、上手い具合に、ホール内が静まり返ったのだ。ティルルカもなかなかの策士だな。


「それと……あたしは単なる借金奴隷です。主に嘘つくことと殺意を抱くことを禁止されている以外は、言動や行動を縛るような命令は、契約上受けることはあり得ません」


「そんな事はあり得ない! 現に今の発言は、クズ野郎に言わされて……」


「あたしがどの奴隷契約を結んでいるかは、奴隷商の旦那様に問い合わせれば直ぐに分かるでしょう。まぁ、それなりの立場は必要になりますが」


 客の情報を誰も彼もに、おいそれと話すわけにはいかないという事だ。だが、ギルド幹部であればその限りではないし、事実、ティルルカと契約を結んた直後に、ギルドから奴隷商の店主に問い合わせがあったと聞いている。


 ティルルカは、自分達が上の立場だと圧をかける『金色の剣』やカルラ嬢に対し、それが出来ない立場のくせに、勝手に色々と決め付けてくるな阿呆共……と、皮肉を言っているのだ。


「そもそもあたしを奴隷として売り払ったのはあたしの両親なんですよ。不当な扱いをしたのはその両親です。ご主人様は、奴隷として売りに出されたあたしを買い求めただけなのに、いったいそれの何処に落ち度があると?」


「それは貴女が、その人に騙されてるだけです! その人が裏でどれだけ不正を働いていると思っているのですか?!」


 カルラ嬢は一瞬信じられないって感じの表情を浮かべると、次いでキッと嫌悪感むきの表情になって俺を指さしそう罵声を上げる。


 するとホール内の他の人間も同意するよううんうんと頷いている。俺がチラリと目線を向けるとササッと目をそらしやがったが。


 不正って何じゃらホイ? 俺は再び小首を傾げるのだった。

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