第72話 下位冒険者は三文芝居に巻き込まれる その弐


「なんとか言えよ悪人顔!」


 そう叫んだのは、件の三人パーティの内の一人である、語感の荒い槍使いだ。


 多分、俺を挑発したくて『悪人顔』って言葉を使ったんだろうが、あちらこちらから、不本意ながら通り名のように使われるようになってしまっているので、最早なんの挑発にもなってない。


 俺は、取り敢えずそれを無視して周りを見渡した。


 ギルド内にいるのは、三人の他に、比較的若い新人冒険者が数パーティと、併設された酒場で飲んだくれてるベテラン下位冒険者達、そして比較的新人に近いギルド職員達だ。


 普段なら、ベテラン受付嬢が最低二人はシフトに入ってるんだが見当たらない。多分、数カ月に一度の定例会議が開かれているのだろう。ほぼ味方はいないと思った方が良いな。


「クロウ様、『金色の剣』の方々の訴えは本当でしょうか? 本当でしたら問題です。すぐ調査するのでギルドから出ないで下さい」


 そう宣告してきたのは、確か少し前に王都のギルドから研修名目で派遣されているって話の、新顔受付嬢だ。


 俺と初対面の人間は、大抵最初、畏怖や嫌悪なんかの負の感情を抱くんだが、この受付嬢もその例に漏れず初対面からすっと、俺への当たりがキツい。


 キツいって言っても、何時も俺に対して当たりのキツいツッコミを入れ続けるリリーヌ嬢とは違い、俺を見る目が不審者を見るような目だったり、ゴキブリを見るような目だったり、変質者を見るような目だったり……って、リリーヌ嬢とあんまり変わりねぇじゃん。


 まぁ良いや。取り敢えずこの状況どうしよか。


 因みに『金色の剣』ってのはあの三人組のパーティ名だった筈だ。その名前にどんな謂れがあるかは知らないが、若手冒険者としてはそれなりの名は通っているらしい。


 パーティ名を付ける事は割と一般的で、名を挙げたい冒険者達なんかは知恵を絞って、他にはないカッコ良さげなパーティ名を付ける。んで名が売れると指名依頼なんかも増えて、等級も上がりやすくなるのだ。それはこの場の雰囲気にも表れていて、ギルド内にいる他の冒険者達は、名の通っている『金色の剣』の肩を持とうと口を挟む隙を今か今かと待ち構えているのが気配で分かる。


 因みに俺とティルルカの二人は敢えてパーティ名を付けずに活動している。多分、付けたら悪目立ちして悪評しか立たんだろうし。


 それはさておきこの状況を如何するかだ。まぁ、味方のいない状況で、このまま話しを続けていてもメリットは皆無なんだけど。


「……断る。俺が依頼終了の報告をする相手は、ギルド側から指定されている。他の人間にするつもりはない」


 そう言って俺達は踵を返した。一瞬、鼻白んだ新顔受付嬢が目に入るが知ったことではない。


 実は冒険者になりたての頃に、俺の謂れの無い醜聞や悪人顔のせいで多くの受付嬢から対応を嫌がられ、対応する受付嬢をギルド側から指定する旨を、リリーヌ嬢に告げられている。文句ならリリーヌ嬢を始めとする上層部に言えって話だ。


「待ちなさい、クロウ・ソーサルス! 勝手は許しませんよ!」

「そうだ! ギルドに逆らうのか、ゲス野郎が!」


 新顔受付嬢と『金色の剣』セリフにギルド内が「そうだそうだ」と迎合し始める。この様子じゃ、上層部がいないこの日を選んで示し合わせている可能性もあるな。


「……勝手も何も、元々ギルド側から言われた事だ。文句はアンタ等の上司に言うんだな」


「そうではありません! 私が言ってるのは、『金色の剣』の方々からの訴えの件です! 擦り付けトレインが事実であれば……」

「関係なく無い? 擦り付けトレインが有ろうと無かろうと、冒険者同士の信義の問題。ギルドは不介入が原則の筈だけど? ま、俺はやってないって事だけはこの場で宣言しておくけどな」


 ギルド内がザワザワと、新顔受付嬢のセリフに迎合する気配を見せたところで、俺は被せるようにそう告げる。実際の命のやり取りやギルド側の不手際なんかは別として、依頼中の冒険者同士のいざこざは不干渉を貫くのがギルドの在り方なのは本当だしね。


 隣のティルルカがこっそりため息をつき「なんでウチのご主人様はこんな風に自ら敵を作るような言い方を……」なんて呟いているが、そんなのは無視だ無視。俺のこれまでの経験上、この手の相手にまともに付き合う方が馬鹿を見る。元々味方は少ないんだし、悪評なんざ今更払拭しようなんて思わない。悪く言いたいんなら、俺の知らないところで幾らでも言えばいいんだ。


「やってないと言うなら尚更ここに留まって、ギルドの調査を受けるのが筋でしょう? 逃げ出そうとするのは後ろ暗いことが有るからです!」


「そう思いたいなら思えば良いだろ? 少なくとも、キミに俺をこの場に拘束する権限は皆無だ。どうせ上層部は定例会議中なんだろ? 俺は依頼帰りで疲れてるし、一旦ねぐらに戻って一休みしてから戻ってくるさ」


「……アナタ・・・のそんな言葉が信用されるとでも?」

「そのまま逃げちまうつもりだろ!」

「私達に擦り付けトレイン仕掛けた時のように無様に逃げ出そうというのですね? どうやって信用しろと?」

「逃げるしか脳の無いゲス野郎の言う事なんざ信用されるわけねぇだろうバァカ!」


 嫌味混じりのその中傷の数々に、傍らのティルルカが不快そうに眉を顰めるのが見える。こんな見え透いた嫌味にいちいち腹を立ててたら見が持たんぞ?


「信用されるも何も……俺は別にアンタ等に信用して欲しいだなんてひとことも言ってないが? 俺がいつ依頼完了の報告しに来ようが、勝手だろう。アンタにどうこう言われる筋合いはねぇよ」


「だから依頼の話ではないと、何度言われれば理解して頂けるのですか? まぁ、私の話を理解出来ない程度の知能しか無いから、見え透いた『悪』を積み重ねるても平気でいれるのでしょうね」

「これ程までに知能が低いと、それに合わせるのも大変でだ」

「何しろ人間の言葉が通じないのですからね」

「違ぇねぇ」


 コイツ等俺を怒らせて足止めしたいんだろう。こっちを小馬鹿にしたように、ニヤニヤしながら口を開くその様を見れば分かろうというものだ。


 まぁ、こう言っちゃ何だかが、この程度ならさんざん言われて慣れてるからたいして腹も立たない。


「ハイハーイ。ワタシアナタガタの言葉、理解デキマセーン」


 そう言って、構わずティルルカと共に再度踵を返す俺。


「ま、待ちなさい! ならばせめて、ティルルカちゃんを解放してこの場に置いて行きなさい!」


 すると、そんな訳分からん事を言われ、俺はピタと足を止めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る