第71話 下位冒険者は三文芝居に巻き込まれる その壱


『……きたる権能 能わざるは白亜の絶壁 不動要塞フォートレススタンス! ……刻の流れにたゆたいしは風の調べ 流れ導け 我が望む道筋に 矢反らしミサイルガード!』


 ティルルカが続けざま唱えた二つの魔法は瞬時に発動し、魔法の障壁と不可視の風の層を生み出した。


 取り敢えず発動自体は成功だが、問題はこれで豚人間オークの攻撃を上手くしのげるかだ。


「ヘイヘイヘイ! 来たまえ腐れ豚人間オーク!」


 良くわからん挑発に、脳味噌が退化している豚人間オークはいとも簡単に引っ掛かり、『ブギィィィ!』と奇声を上げながらティルルカに襲い掛かる。


 振り上げられた豚人間オークの棍棒の周りを、空気の流れが包み込み……掛けたが、それは瞬時に霧散して棍棒は無慈悲に振り下ろされる。


「にぎぃぃぃ!! タイミング難ぅぅぅ!!」


 発動した矢反らしミサイルガードは、振り下ろされる棍棒の軌道を変えることが出来ず、更に言うなら、わずかばかりも威力を軽減出来ていない。


 取り敢えず、不動要塞フォートレススタンスの障壁で棍棒の一撃を防いだようだが、今回の目的は魔法の同時利用の有用性を証明することだ。矢反らしミサイルガードが全く役に立っていないなら、他の手段を取る必要がある。


「おい、ルカ……」

「まだです、ご主人様! まだ終わってません!」


 俺の問い掛けに被せてそう反論するティルルカ。確かに矢反らしミサイルガードは、一度発動すると一定時間効果が持続する型の魔法だ。まだ役に立たないと決まった訳じゃない。


『ブキォォォ!!』

「こなくそぉぉぉ!!」


 豚人間オークは、再度棍棒を振り上げ、そしてそれを振り下ろす。


 ティルルカの大盾を中心に張り巡らされた障壁が、その棍棒を受け止め弾き返す。


 その攻防が二度三度と繰り返され、俺は如何したものかと思案する。


 ふと下を見るとショルツがじぃーっとその様子を見ていて……いや、見守っており、それを見て俺ももう少し様子を見る事に決めた。


 ショルツがこの様子なら危険は無いのだろう。


 見たところ、豚人間オークの攻撃速度に対し、ティルルカの矢反らしミサイルガードのタイミングが合っていない。豚人間オークの攻撃速度は常に同じではなく、力んだり狙いを定める動作が時折入り、それが軽いフェイントとなってタイミングをずらしている。


 何しろ豚人間オークの攻撃だ。まともに喰らえば軽い怪我では済まないのだ。その攻撃を真正面から受け止めながら、それを自分の身に受けるかもしれないというプレッシャーと戦っているのだ。それが如何ほどのものかは、影からこっそり攻撃を当てる戦闘スタイルの俺ではうかがい知ることはできない。


 矢反らしミサイルガードのタイミングを図ろうとすればするほど、プレッシャーに飲まれてタイミングがズレていく悪循環に陥ってる。


 これは、タイミングを掴むのに、時間がかかるかも知れないな。だが、ティルルカの成長には欠かせない戦闘だろう。


 俺は心を鬼にして、その戦闘を見守る事にしたのだった。














「鬼……ご主人様の鬼畜……」


「いや、確かに俺は心を鬼にして、見守る事に徹したが、それはお前を思えばこそで……」


 手を出さずに様子を見て続けていた俺の対応が不満だったようで、ティルルカは恨めしげな視線をこちらに向けてきた。それに対して俺は、ほんの少しの罪悪感から申し訳無さげにそう言いかけたのだが……


「ですよねですよね! やっぱりご主人様はあたしの事は心の底では愛していて下さってるから……」


 どうやらそれがご褒美になったようだ。それは何より。


「アーウン。ソウダネ。アイシテルー」


「ここまで来たら、そんな雑に扱わないで責任持ってちゃんと最後までお相手して下さいよご主人様ぁぁぁ!」


「えぇい、すがりつくな鬱陶しい!」


 豚人間オーク相手の戦闘という名の訓練を終えた俺達は、拠点としている街へと帰途についていた。


 結局、最後まで魔法の併用は完全には上手く行かず、二つ同時に魔法を使ったって以上の効果は発揮できなかった。要修行だな。


 因みにショルツは白烏クワトローナの姿で何処かへ飛び去っていた。割と自由気ままな奴らしく、前にも急にいなくなって、朝起きると宿に戻って来ていたってことがあったんで心配はしていない。


 そんなこんなでギルドにたどり着いた俺達は、入り口の戸を開け中へと入り込んだ。


 すると、いつも通りザワザワと騒がしいギルド内。しかし、何となく少し何時もとは違う雰囲気が漂っている気がする。


「……ご主人様?」


「……」


 その雰囲気を感じたのだろう、ティルルカも不安げに問い掛けてきた。それに対して俺は無言で返し、ギルドの中に視線を走らせる。


 すると、受付で喚き散らしているとあるパーティが目に入る。それ自体はギルドではよくある光景で、珍しい事でも不思議な事でも何でもない。


 問題はその喚き散らしているパーティのメンバーそのものにある。出来れば顔を合わせたくない、合わせればどう考えても面倒事しか起きないメンバーだったのだ。


 回れ右してギルドから出て行こうと考えたその瞬間、そいつ等の一人が俺達に気付いたのか、こちらを振り向き俺と目があった。


「あいつ等だ! あいつ等が豚人間オークを俺達に擦り付けて逃げ出しやがったんだ!」


 そう、ついさっき森で遭遇した、上から目線で俺達に助けを求めたあのクズパーティのメンバーだった。


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