第70話 下位冒険者はいざこざに巻き込まれそうになる


 俺とティルルカの視線の先……それもまだハッキリとは視認できないほど遠くでは、豚人間オークに追われた三人の冒険者が、時折迫り来る相手を迎撃しつつも、なんとか逃げ延びようともがいていた。


 問題はその冒険者達を見て、自分達がどう動くべきかという事だ。


 冒険者同士には、色々面倒な暗黙の了解が存在する事は周知の事実だ。その一つが、獲物の横取りはご法度だって事なんだけど……。


「横取りは当然ご法度なんだけど、死にかけてる他の冒険者を見捨てることもご法度なんだよな」


「でもそれって、あくまで助けるに足りる実力が有る冒険者の話ではないですか? まだ『鉄級』に昇格してもいないあたし達が、三体の豚人間オークを見て、『手出し出来ない』って判断をしても問題ないと思いますが」


「まぁ、それはそうなんだがな。だけど、仮に見捨ててその上でアイツ等が生き残った場合、また滅茶苦茶言われそうなんだよな」


「あれだけ遠かったらまだ気付かれてないのでは?」


「いや、多分気付いてるわ。じゃなきゃ真っ直ぐこっちに逃げてきたりしないだろう」


 三体の冒険者……じゃなくて三の冒険者達は、迎撃しつつも明らかにこっちに向かって来ている。


「まぁ、俺達が誰であるかには気付いてないと思うが。生き延びる為に、少しでも生存率が上がる方法を取っているようにも見える」


「そうでしょうか? あの人達がこっちに向かって来ているのなら、それは少し楽観的……と言うか希望的観測が過ぎるような気がします。まぁご主人様が『そう思いたい』というのも分かりますが……」


「……」


 図星を突かれて俺は口を噤む。


 俺達が『俺達』だと言う事に気付いてこっちに来てるのであれば、面倒な事になる事は目に見えてるし、気付いてなくとも実際に対面したらそれはそれでまた面倒な事になることは間違いない。それくらい俺は世間一般からの俺自身の悪評に自信がある。『悪評に自信がある』ってのも変な話しだが。


 奴等が、まぁ本当に、生き延びる為に助けを求めて来るのであれば、助ける事も吝かではないんだが、俺達の事に気付いてようとも気付いてなくとも、どっちにしろ面倒が起きることになるだろう。


 と言う訳で、面倒事を避けたい俺はなんとか良い方に思考を向けていたかったのだが、ティルルカにはそれを見抜かれてしまったのだ。


 まぁ、俺達が誰か気付いてこっちに向かって来てるって考えた方が無難だろうな。相手がこっちに向かってくる限り、迎え撃っても逃げ出しても面倒事に巻き込まれる事は確定だろう。


 それなら、俺が見える所で……把握できる範囲で事が起こってくれた方が対処がしやすい。


「……よし。取り敢えずこのまま様子見。危なそうなら援護しよう」


「了解しました」


 俺のその判断を、ティルルカは苦笑しながら了承した。ぶっちゃけ、さっきティルルカが言った通り、奴等を見捨てても文句を言われる筋合いは無い状況だ。どんな面倒があっても、豚人間オーク三体と相対する自信がなかったって言い張れば、処分を受けるような事は無いはずだ。


 それでもティルルカは、俺の甘い判断に従ってくれるんだから、どんな事があってもコイツを死なせる訳にはいかないな。


 俺は思考を切り換え、視線の先の状況に意識を集中する。


 こっちから近付くことはしない。俺達はあくまで第三者だ。求められるまで助けに入らない。


 三人の冒険者達は、時折足を止めて一撃二撃迎撃をしてまた直ぐさま退却するって事を繰り返している。


 徐々に徐々に俺達との距離が詰り、遂には豚人間オーク達も俺達の気配に気付いた。


『ブギャァァァ!』


 三体の豚人間オークの内の一体が、威嚇の為の怒号を上げるが、俺達はまだ動かない。


 別に怖気付いてる訳じゃあない。三人の冒険者達が、こちらをチラチラ見ながら様子を覗っており、明らかに気付いているのに助けを求めようとしないからだ。


 今、慌てて飛び出せば、獲物の横取りを訴えられる可能性がある。


 三人の冒険者達の戦いぶりは、とても褒められたものではなく、豚人間オーク達の攻撃をなんとか凌ぐのみで、時折斬り付けたり、魔法を放って反撃してはいるものの、全くダメージを与える事ができていない。与えたダメージよりも豚人間オークの再生能力の方が上回っている状態だ。


 それでも助けを求めないのは、俺達が……いや、俺が誰だか分かっているからだ。三人の内のリーダーと思わしき人物とさっき一瞬目が合ったんだが、アイツ舌打ちしやがったんだよね。俺なんかに助けられたくはないんだろう。


 それでも、自分達の限界を悟ったのか、舌打ちしながらこっちに向かって声を張り上げる。


「何してるんですか!? 早く助けなさい!」

「テメェらこれが見えねぇのか?! 顔だけじゃなく目も悪いのか!」

「これだから小悪党は……」


 盾役、槍使い、弓使いの三人が、それぞれ非難の声を上げている。


 いや、俺ら別にアンタ等の配下じゃねぇし。つーか、コイツ等頭大丈夫か? 他人にもの頼む態度じゃねぇだろ、それ。


 ティルルカも俺と同じことを思ったんだろう。呆れた顔をしている。


「俺達にお前等を助ける義務はねぇんだけど?」


「冒険者同士の暗黙の了解も知らないんですか?! 窮地に陥った冒険者を助ける義務がアナタ方にはあるんですよ!!」


「そいつは意見の相違だな。俺達としては『獲物の横取り』を主張されたくないんでね。助けて欲しかったらそれなりの態度と報酬を寄越しな」


「アナタは人としての心が無いんですか?! この状況を見て、何も思わないんですか?!」


 そこで、突如ショルツから「ナァー」とひと鳴き上がる。


「いや、思ったからここに残ってたんだけどね。誰がどう見ても他人にものを頼む態度じゃねぇだろうが。助ける気、失せるよ。ルカ、ショルツ、行こう」


「助けなかった事、後悔しますよ……」

「テメェ洒落になんねぇぞ!」

「この守銭奴が! そんなに金が大切か!!」


 ガヤガヤと煩い三人を置いて、俺とティルルカ、それにショルツはその場をあとにする。


 実は気付いたんだよね。俺とティルルカの気配察知能力の外側で、この一連の騒ぎをじっと見ている他の冒険者の存在……に、気付いているショルツの様子に。


 多分、全て計画的で、俺等が手を出さなくとも、その他の冒険者がこの事態を収拾するだろう。ならこれ以上、この場に居続ける理由は無い。

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