第69話 下位冒険者は変態の可能性に思い悩む その弐


「それで試したい事ってのは?」


「はい、ご主人様が仰っていた魔法の併用です。不動要塞フォートレススタンスと風魔法を併用しようかと」


「風魔法は何を使うんだ?」


矢反らしミサイルガードを使ってみるつもりです」


 矢反らしミサイルガードってのは、風の力を使って、文字通り飛び来る矢を反らす魔法だ。空気の層を結界状に張り巡らせ、その結界に物質が触れると風が巻き起こって矢を反らすって訳だ。但し、この魔法はあまり大きな飛来物には効果が薄く、直接的な打撃にはあまり意味を成さなかった筈だ。


矢反らしミサイルガードじゃ、豚人間オークの攻撃は防げないんじゃないか?」


豚人間オークの攻撃を防ぐのは、あくまで不動要塞フォートレススタンスの障壁ですよ。ご主人様が仰ったじゃないですか。豚人間オークの攻撃で一番威力が出るのは叩き付ける瞬間だって。動き出しの瞬間であれば、矢反らしミサイルガードでも、ある程度、豚人間オークの攻撃の勢いを弱める事も多分出来ますよ」


「弱められた一撃であればあとは不動要塞フォートレススタンスで対応可能ってわけか……魔力的にはどうだ? キツくないか? あと、ぶっつけ本番でも出来るもんか?」


「魔力量に関しては問題ないと思いますし、単純に二つの魔法を順番に唱えるだけならそう難しくはないと思います」


 ティルルカは弱視のハンデを補う為に、探索魔法を常に使いつつ他の魔法を使っているから、確かに魔法の併用自体は問題ないかもしれない。だが、今ではほぼ無意識下で使っている探索魔法と、他の魔法を同列に語っても良いものだろうか?


 特に矢反らしミサイルガードは、言ってみれば力業で無理矢理相手の攻撃を遮断する不動要塞フォートレススタンスとは違って、相手の攻撃からリアクションを起こす思いの外繊細な魔法だ。


 それを、豚人間オークの強烈な攻撃に晒されつつ、冷静に使い分ける事が出来るのだろうか……魔法をあまり使わない俺では、正確なところはうかがい知る事はできないが。


「そんな真剣に心配して頂けるのは肉奴隷冥利に尽きるのですが……」


「肉奴隷ちゃうわい」


「……こればかりは実際にやってみないと分かりませんよ。実戦は最良の訓練だとも言いますし、取り敢えず試してみて、無理そうならショルツの助けを借りましょう」


「……分かった。無理はするなよ」


「はい!」


 嬉しそうに、そう返事をするティルルカを見てるのが照れくさく、俺は「フンッ」とそっぽを向いた。


 そんな俺を見て、背後でティルルカが「ニヒヒ」と笑っているが、珍しくそれ以上ウザ絡みしてこない。それはそれで不気味だが。


「あれ?」


 すると、そこでティルルカは、何かに気が付き顔を豚人間オークの気配を感じた方へと向ける。


「どうした、ルカ? 何か……ん? これは……」


「ご主人様も感じますか?」


「ああ。豚人間オークに追い立てられるように……」


「はい、豚人間オークに追われて、これは……小型の豚人間オークでしようか?」


「いやいやいや、普通に考えて豚人間オークに追い立てられる冒険者だろうが」


「デスヨネー。どうもあたしの『目』には、あの手の手合いはみんな同じに見えるんですよねぇ。まぁ、あたしに取ってはご主人様以外は豚人間オークもゴブリンも人間も皆んな同じに見えるんですけど」


「つまりはルカに取ってはリリーヌ嬢も、豚人間オークやゴブリンとさして変わりはないって事ですか……ほうほう。あとで報告せねば」


「……多分、それで折檻されるのはご主人様の方だと思いますが……」


「デスヨネー! なんという理不尽!」


 あの人、なんでかティルルカには甘いんだよね。理不尽だ。


「それで如何しましょうかね?」


「如何するもこうするも、獲物の横取りは冒険者教義に於いてはご法度じゃね?」


「なるほど。追い立てられてる豚人間オーク擬きを狩ってしまっては、確かに豚人間オークの獲物を横取りする形になって、冒険者にとってのマナー違反に該当してしまうかもしれませんね」


「そうそう、豚人間オークと言えども冒険者の端くれ。マナーはしっかり守らんとな……って、んな訳あるかい! なんか妙に、あの追い立てられてる冒険者達に厳しくね? 追い立てられてるんじゃなく、おびき寄せてるって可能性もあるだろに」


「実はあの気配、ギルドで『視た』事あるんですよね。こっちの話も聞かずに、勝手に『無理矢理奴隷にされてるハーフドワーフ』の話を創り上げて、『俺達が救ってやる』とか『俺達について来い』とか、上から目線で無理矢理あたしを連れて行こうとしたんですよ。あたしは、好きでご主人様の奴隷してるって何度も言ったのに……」


「ああ、アイツ等か。確か最近他所から移籍してきた若い冒険者達だったよな。俺もその場に居たからある程度知ってるけど、あれはホントに正義感から来た言葉だったぞ? 本人達からすれば、俺みたいな悪人顔が、見た目は少女なお前を奴隷にして連れ回すのは悪人に違いないって事なんだろうな。悪人に人権は無い的な」


「浅い正義感の持ち主達ですね。何故か若手の冒険者とか、ギルドの新人職員からのウケは良いみたいですけど」


「見てくれは良いからな。わかり易くヒーローっぽい活躍してるみたいだし、その所為だろ」


「脳味噌軽そうだし、あたしとしてはなるべくお近付きになりたくないですね」


「まぁな。俺もなるべくなら関わりたくないな」


「ご主人様を見たら難癖つけてきそうですもんね」


「全く持ってその通り。否定出来んのが哀しい」


「哀しいならあたしが全力で慰めますから! エヘエヘエヘヘ……」


 うっかり燃料与えてしまった所為で、不気味に笑い始めたティルルカから目を離し、俺は豚人間オーク達と冒険者の方へと意識を向けるのだった。

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