第68話 下位冒険者は変態の可能性に思い悩む その壱


「ご主人様の作ったこの携帯食、売り出すなりレシピを売るなりすればかなり儲けられると思うんですけど、やっぱりそのつもりは無いんですか?」


 ティルルカは、ナッツ入りの携帯食……俺がとあるスジを使って手に入れたレシピをもとに作り上げた、シリアルバーなる物を齧ってそう問いかけて来た。


 このシリアルバーなる物は、歩きながら食べれる上に、冒険しごとの間に不足しがちな栄養分を手軽に補給できる優れ物だ。一食分としてはものが足りないが、合間合間の間食に食べるにはうってつけの食い物なのだ。


 因みにショルツはこのシリアルバーではなく、魔物の肉のスパイス漬けの燻製を食べている。これもシリアルバーと同じくとあるスジから仕入れたレシピだ。


「俺は商売からは足を洗ったんだ。もう、あの世界に戻る事はねぇよ。そもそも、それのレシピは俺が考案したもんじゃねぇし、それを黙って自分の物のとして売りに出すだなんて恥ずかしくてできねぇよ」


「ですが、商売とは元々そういうものなのでは? 考えた人と作った人が別だってのはよく聞く話ですし、ぶっちゃけ、それを売り物にまでする能力ってのもまた別な才能なんですから、その辺はあまり気にする必要ないのでは? それに、普段からギルドで素材売って生計を立ててる訳ですから、レシピを売っるっていうのもそれとあまり変わり無いと思うんですけど……」


「全く違ぇよ。レシピってのは知的財産だ。『物』を売るのと形の無い『概念』みたいなもんを売るのでは全く規模が違ってくる。恐らく、価値が分かる奴にこのレシピをきちんと正式手続きを踏んで売ったら……いや、止めとくか。お前が変に金儲けに覚醒めて、あっちの世界に入り込まれても困るし」


「それはあたしを手放したくないって言う、ご主人様からの遠回しの告白ですごべふっ……照れ隠しで拳骨だなんて……ご主人様のいけずぅ」


 キモく身体をくねらせるティルルカから視線を外し、俺は内心ため息をつく。方向性はズレているが、実はティルルカの言葉はあながち間違いではなかったりする。


 俺がティルルカを手放したくないと思っているのは事実なのだ。その為に、ティルルカの将来性の一つを勝手に潰している自覚が俺にはあった。


 ティルルカは、誰から見ても愛嬌があり、誰に対しても人当たりが良いので、目が見えないハンデも相まって、ギルド内ではマスコットキャラが確立されつつあるのだが、実はかなり強かだ。


 奴隷に落ちた事情が事情なだけあって、あまり他人に心の内を晒さないし、笑顔の下で相手を値踏みしながら、自分にとって……いや、今は『俺達』にとって有益か否かを判断している節がある。


 これはどれも商人としては得難い能力で、俺では持ち得なかった能力だ。俺よりよっぽど一廉の商人に成れる可能性があるだろう。


 だが、俺はそれを由としていない。


 何故なら、元々はティルルカの方が俺に依存気味であったのだが、今となっては俺の方がコイツを必要としているからだ。今後も商売の世界とは距離を置くつもりの俺のもとにいる限り、ティルルカがそちら方面の能力を上げる事は出来ない。


 俺の奴隷でいる限り、ティルルカの可能性の一つを潰すことになるだろう。


 俺は内心ため息をつきながら背後を振り返り口を開く。


「おら、下らねぇこと言ってねぇで行くぞ」


「はぁ〜い」


「ナァ〜」


 そう言って、俺はティルルカとショルツを引き連れ、次の獲物を求めて森の奥へと足を踏み入れたその時……





(……ご主人様……それ程警戒なさらなくとも、あたしは絶対ご主人様様から離れたりしませんよ? と言うかもうそろそろ限界ですよね? あと一息で……うへへへへへ……)





 ゾクリと悪寒が走り、俺は慌てて背後を振り返る。


「……ルカ?」


「何でしょうか、ご主人様?」


「今、なんか言わんかった?」


「え? なんの事でしょうか?」


 キョトンとした表情で小首を傾げるティルルカ。問い対しての回答としてはおかしい気がしないでもないが……


「い、いや、気の所為なら良い」


 深く考えるのはよそう。


「それより、魔物モンスターの気配はどうだ?」


「それでしたら向こうの方に、豚人間オークと思わしき気配が三体ほど有ります」


「距離は?」


「互いに進み合って、30分後に遭遇する感じでしょうか」


「そうか……行けるか?」


「はい。ご主人様の話を聞いて試したい事が出来ましたので」


「無理はするなよ?」


「勿論です! ご主人様と事致すまで、貞操は守り続けますのでご安心下さい!」


「……あーハイハイ」


「扱いが日に日に酷くなってる! でもそこが良い!」


 俺は時々お前が分からん。


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